第十二話 敵の狙いと思惑
多分、時折存在を匂わしていたはず。
「それだけじゃわからないだろ。冬華、状況を詳しく頼む」
完全に混乱している部屋の面々を冷静になるように自分に言い聞かせながら冬華に尋ねた。
レジニア峡谷が陽動? 本体はフルーベル平原?
唐突すぎて意味がわからない。そもそも、あまりのことにこの場にいる誰もが理解出来ないでいた。
「私と俊也の二人は最初レジニア峡谷の方に向かっていたの。だけど、委員長からの報告でフルーベル平原近くの村で精霊召喚符を見つけたと聞いたから最速で向かったのだけど、ちょうど村を襲う一団と遭遇したわけ」
「フュリアスの数は何機でしたか?」
メリルが首を傾げながら訪ねる。確かに、遭遇した割にはあんまり服が汚れていないような。
「一機もいなかったわ」
その言葉にメリルが目を見開いて驚く。確かに、音界の戦闘能力はフュリアスが基本だからな。
「変わりにいたのはセコッティと名乗る集団と精霊召喚符。私と俊也がいたから良かったものの、いなかったら村人が蒸発したわね」
「セコッティ。一体何なんだ? メリル、聞いたことはあるか?」
「はい。ならず者達の呼び名の一つでしたが、セコッティを名乗ったということはおそらく」
「反世界派集団。今の政権や歌姫が嫌なわけじゃない。自分達の好きに出来ない世界を嫌った最も忌み嫌われた集団だ」
メリルの言葉を遮ってルーイがオレの目を見ながら言う。
もしかしたら、何かあったのか?
「あらゆるレジスタンスより厄介な存在だが、セコッティがいるとなると」
「レジニア峡谷は陽動の可能性も高くなる。そういうことです」
リマがルーイの言葉を引き継いで白騎士を見ながら言った。白騎士は呆れたように溜め息をつく。
おそらく、白騎士にもセコッティについての情報を出すように促したのだろう。
「セコッティについてはあまり詳しくはない」
白騎士が肩をすくめながら言う。
「ただ、私達が持っている情報の中で最も有用なものはおそらく」
その時、鎧の中にある白騎士の目が訳ありのように光った。まるで、この中にいる誰かに言うかのように。
「セコッティのリーダーは黒猫だと言うこと」
その瞬間、オレは違和感を感じて振り返っていた。そこには微かに目を見開く冬華の姿があった。
よく一緒にいるからこそわかる本当に些細な違い。だけど、オレは指摘しなかった。
だから、オレは孝治に尋ねる。
「孝治は心当たりがあるか?」
孝治なら裏社会には何かと詳しい。だから、少しはわかっている。そう思っていたのだが、孝治は首を横に振った。
「俺は黒猫と呼ばれる人を二人も知らない」
ん? 二人?
「どういうことだ?」
「黒猫は真柴昭三の呼び名の一つだ。だが、真柴昭三は未だに刑期が終わっていない」
真柴昭三の名前に悠人が体をビクッと震わせる。
さすがに、忘れろと言っても無理があるからな。
「なるほどね」
オレは小さく息を吐いた。冬華に聞いた方が早そうだけど、冬華の様子に気づいたのはオレだけだからここは黙っておこう。
だけど、黒猫という存在は何なのかはわからない。でも、黒猫なら精霊召喚符について詳しいと思えるのも事実だ。こうなったら、
「孝治。オレは冬華と一緒にフルーベル平原に向かう。黒猫とやらは何かわからないけど、せっかく見つけた手がかりだ。ここで見逃してはいられないからな」
「わかった。レジニア峡谷は任せておけ。さっそく行ってくる。機会を逃すわけにはいかないからな」
オレの言葉に孝治は頷いた。
「ああ。隣の部屋は何も無いから相談するならそこでしろよ」
だが、この言葉にオレは頬がひきつるのがわかった。
孝治は気づいている。気づいていながら冬華については完全にオレに任せようとしている。
信用しているからだと思いたいが、孝治は少し感覚がズレているからな。
「そうだな。冬華、隣の部屋でセコッティについて聞きたいことがあるから行こう」
「ええ」
オレと冬華はすぐさま部屋から出て隣の部屋に向かいドアを開けた。
そこは倉庫のようでたくさんのものがある。孝治の場合はそれがわかっていてあのようなことを言ったのだろう。
オレは小さく溜め息をついてエルフィンを呼び出した。
「音が漏れないように頼む」
『了解したよ』
その言葉と共にエルフィンは姿を消した。それにより、この場所は完全に物理的魔術的にブロックされることになる。
オレは小さく溜め息をついて冬華を見た。冬華は不安そうにオレを見ている。
「冬華には聞き覚えがあるみたいだな」
「うん。あんまり、話したく内容だからみんなの前では言わなかったけど、多分、私の知っている黒猫で間違いは無い」
そう断言するということは黒猫の正体について確信を持っているということ。
それは、オレ達が再開するまでの空白の数年を埋めるような話だと思う。
「だから、狙いは何となくわかってる」
「狙い?」
「うん。黒猫の狙いは全ての最上級精霊を手に入れるということ。物理属性は精霊が存在しないから全部で九体の精霊王を含む最上級精霊を下部にすること。だから、世界各地から私のような精霊に対して相性のいい人達を集めていた」
「その頃から『ES』にいたのか?」
「正確には両親が最初から『ES』だったから最初から関係者なんだけどね」
そう言いながら冬華は笑う。でも、冬華は今の言葉が他人に聞かれたらかなりマズいというのはわかっているのだろう。
聞き方によれば冬華は子供だがスパイのようにも聞こえるから。オレという精霊召喚師を監視していたスパイ。
「もちろん、候補には悠聖も上がっていたけど、悠聖の場合はすでにセイバー・ルカとディアボルガを召喚していたから」
つまりは再会からあまり昔じゃないということか。
「黒猫の思惑はわからない。でも、目的は確実に私と悠聖に俊也の三人だと思う」
「精霊王以外の最上級精霊が近くにいるからな」
「だから、本音を言えば悠聖達にはレジニア峡谷に向かって欲しい。でも」
「フュリアスは魔術に対して弱いからな」
イグジストアストラルやストライクバーストを覗くフュリアスは魔術に対して極めて弱い。リアクティブアーマーのような対魔術装甲で無い限り当たれば削られ直撃すれば一撃でやられる。
それは魔鉄を使っているからだが、魔鉄で無ければフュリアスを作ることは出来ない。
フルーベル平原はフュリアスはいないからフュリアス以外で向かうのが当たり前だ。
「悠聖、どうすればいい? 狙いは私達の最上級精霊だから、相手をするより」
「あいつを、久しぶりに呼ぶしかないか」
オレは小さく溜め息をついた。藁にもすがりたい時に使えるオレがほぼ使わない精霊であるあいつを。
冬華は首を傾げて、そして、納得したように頷いた。
オレが急にあいつと言えばあいつしかいないからな。
「まあ、ここなら誰にも見られないし、大丈夫だろう」
召喚用の魔術陣を展開する。呼び出すのはオレが持つ精霊の中でも本気を出せば最強と言われる存在。
実際は精霊の契約はしていないが、別の意味での契約は行っている。
オレの召喚に応じ、姿を現すのは長い青い髪の女性。耳は長く、背中には水晶みたいな翼がある。
そして、どこか優月に近い雰囲気があった。
「私を呼び出すとはただならぬ事態が発生したと私は考えます」
「ああ。ちょっとただならぬ事態になったから、契約に従ってオレに力を貸して欲しい。精霊主エルブス」
精霊の主。正確には精霊母と呼ばれる始まり精霊を作り出した精霊を名乗る神に近い何か。
とある契約をオレと結んでいるから今回は手伝ってくれるはずだ。
「なるほど。私の子供達が狙われていると私は考えます」
「ああ。相手はわからない。でも、目的は最上級精霊の可能性が高い。だから、ここに契約の履行を」
「わかりました。精霊帝の命じるままに」
エルブスの姿が消える。オレは小さく溜め息をついて魔術陣を消し去った。
「今のが精霊主エルブス。精霊を作った存在」
「オレだって事実かは半信半疑だ。でも、精霊はたった一体の精霊母から増えたと聞いているし、エルブスの力はディアボルガとルカを合わせた力があるからな。強さだけは桁違い」
「なるほど。でも、あなたが精霊帝と呼ばれていたのはどうしてかしら? そういう契約を結んだの?」
「いや、ちょっと違うんだよな」
本当にちょっと違う。エルブスが楽しんで契約に書き足したから今見れば事実ではある。
「アルネウラと優月の二人を導く存在だから、精霊の新しい可能性を持つ存在だから、エルブスは精霊帝って呼ぶんだ」
「可能性?」
オレは頷く。おそらく、それは滅びに対する可能性。
「じゃ、案内してくれ。フルーベル平原で敵の姿を確認したい」
「わかったわ。だから」
冬華がにっこり微笑んだ。
「私の最速についてきてね?」
追いつけないんだが。というか、オレはどこで間違えた?