第十話 緊急会議
音界において歌姫の言葉は絶対でもあります。
会議室は戦争。
まさにその表現が正しいような光景だった。何故なら、僕達が入った会議室は混乱していたからだ。正確には首相陣営に掴みかかろうとする陣営とそれを食い止めようとしている陣営の二つによって。
僕と悠聖さんはぽかんとして固まってしまう。ただ、メリルとルーイの二人だけは呆れたようにため息をついていた。
「静かにしなさい!!」
そして、メリルの一喝。その声は極めて大きく、歌姫の力を使っていないはずなのに完全に会議室の混乱を鎮めることに成功していた。
メリルは小さく息を吐いて歩き出す。そして、会議室の最も高い位置にある椅子に座った。僕達はその隣に立ち並ぶ。
「グレイル首相。何が起きたか簡潔に説明をお願いします」
「ふん。平民共が貴族達の政策に口を出した。それだけのことだ」
「つまりは、あなたが勝手に決めたということですね」
「首相の権限だ。平民達の言葉を聞くのは良識のない貴族達のすること。さあ、歌姫メリルよ。すぐさま部隊の派遣に了承を」
「黙りなさい!」
メリルの一喝が飛ぶ。その言葉に首相は完全に口に出そうとしていた言葉を呑み込んでいた。
メリルはすっと立ち上がる。そして、全員を見下ろしながらはっきりとした口調で話しかける。
「皆さん、着席してください。緊急会議は歌姫の言葉から始まります。ですから、まだ、緊急会議は始まっていません。グレイル首相はなにか考えがあるようですが、その理由及びその結果予測を私はまだ聞いていません。皆さん、緊急会議を始めます。着席してください」
メリルの言葉にみんなが動き出す。首相はまるで呪うかのような視線でメリルを見ていた。そして、僕に視線を移して目を見開く。
メリルは小さく息を吐き、全員が座ったことを確認した。
「揃いましたね。皆さん、緊急会議へ出席していただきありがとうございます。緊急会議を要請したグレイル首相はその趣旨を述べてください」
「約一時間前。レジスタンス勢力を鎮圧するために出撃していた戦略級航空空母ベルトランの撃墜が確認された。ベルトランに乗っていたフュリアス全機からも応答はない。それを確認したギガッシュも破壊された。緊急会議を開いた理由はレジスタンスに対する行動をどうするかということだ。私は」
「グレイル首相。あなたの考えを述べる時間はちゃんと取っています。今は、私が話します」
メリルが完全に首相の勢いを殺した。
僕はメリルを見る。そこには自信満々の表情をした顔のメリルがそこにいた。
「ベルトランに乗っていたフュリアスの種類をお願いします」
「アストラルブレイズが5機。量産型アストラルソティス試作機が10機。ギガッシュ30機。ラフリア25機だ」
戦力としてはかなり強力と言っていいだろう。僕が戦っても手こずるような戦力。そんな戦力がレジスタンスの勢力に落とされたということはかなり厳しい相手ということになる。
さすがにメリルもそれには苦しいと思ったのか唇をかみしめた。
「敵の姿は確認できたのですか?」
「確認を行ったギガッシュ10機編成が最後に映したのはどこからか飛来したエネルギー弾だ。レジニア峡谷は極めて開けたところではあるが、どこからともなく飛来したキンボール級の大きさのエネルギー弾に撃ち抜かれた」
一瞬、キンボールはなにかと思ったが、スポーツの名前だと思いだして眉をひそめる。
あのボールは確か120cmほどの大きさがあるから、それくらいの大きさとなると、エネルギー弾としては少し小さめ。つまり、エネルギーバルカンかな?
「敵は極めて隠密性の高い機体だ。もしかしたら、人界の兵器かもしれないと私は疑っている」
首相が笑みを浮かべながら言ってくる。つまりは責任の一部をメリルに押しつけようとしているのだ。僕はそれに反論しようとした。だが、僕をルーイの手が遮る。
ルーイを見ると、ルーイは笑みを浮かべていた。まるで、心配がいらないと言う風に。
「グレイル首相。あなたの言い分はわかりました。確かに隠密性の高い期待の可能性は高いということはわかりました。私は意見を聞きたいと思います。人界の部隊でもある第76移動隊臨時隊長白川悠聖に」
今、メリルが悠聖さんの役職をでっち上げた。
「あなたはどう考えますか?」
メリルが悠聖さんを振り向く。悠聖さんは一瞬だけ驚いて少しだけ苦笑した。
「オレはフュリアスの機構についてはあまり詳しくないが、いくら隠密性が高いとしても攻撃する瞬間はどうしても何かのセンサーに入ってくるはずだと思う。確認を行ったギガッシュは映像だけを撮っていたのか?」
悠聖さんの言葉に首相が近くにいた人に話しかける。その人は机の上に散らばった資料の一枚を首相に手渡した。
首相はそれを受け取って目を通し、頷く。
「映像だけではない。センサー類もリンクしていたが、そこに目立った反応は無い」
「となると、センサー外からの遠距離射撃か、生身の人間による魔術砲撃」
その言葉に会議室が完全に沸き立った。当り前だ。音界でフュリアスには生身の人間は勝てないというのは常識だから。ちなみに、白騎士は除くと思う。
だけど、悠聖さんの口から出たのはそういうことだった。
「悠人、フュリアスが狙える最大射程は? 人界音界区別なくだ」
悠聖さんが僕を見る。メリルは頷いて僕を見た。だから、僕も頷く。
「音界の武器はわからないけど、人界基準で言うなら、最大射程はZ&G社の超長距離スナイパーライフルで50km。ただし、フュリアスが5機で支えてようやく放つことが出来るものだからセンサーには確実に映るよ」
「ありがとう。首相、音界の最大射程は?」
「ほとんど同じと思ってくれてかまわない」
首相が苦虫をつぶしたかのような表情になる。その表情に悠聖さんは小さく頷いた。
「なら、大体攻撃の目星は付いた」
そして、悠聖さんが精霊召喚符を取り出した。
「これは精霊召喚符。精霊召喚符は精霊を強制的に呼び出すものだ。オレが音界に来たのは式典に参加するためと、この精霊召喚符が音界で使われていると聞いたからだ。首相は精霊と言うものはどういうものかわかるか?」
「いや」
「実際見てもらった方がいいな。ディアボルガ」
悠聖さんの言葉と共にディアボルガが姿を現した。巨大な翼に体格のいい体。右手に錫杖を持ったまま腕を組み、まるで魔神のような顔で周囲を見渡した。そして、悠聖さんを振り返る。
『我をこういうことに使うとは』
「悪いな。精霊を見せるには一番インパクトがあるだろ?」
『勝手にしろ』
ディアボルガが姿を消す。消えてから周囲を見渡して気づいたけど、会議室にいつ人の大半は腰を抜かして椅子から落ちている。
確かに、ディアボルガは何も知らない人からすれば恐怖の対象だけど、学園都市では小学生に大人気なんだよね。最初は泣かれていたけど、お菓子を持ち運ぶようになってからお菓子を配る優しいおじさん扱いになっているし。
「後は、アルネウラ、優月」
さらに悠聖さんはアルネウラと優月を呼び出した。優月は悠聖さんの背中に隠れ、アルネウラは視線を一身に受けて無い胸を張って偉そうに立っている。
「こいつらみたいに人と同じ姿をしているような精霊もいれば、ディアボルガみたいに腰を抜かす奴が出るような風貌の奴もいる。そいつらの特徴として、シンクロすれば音界の住人でも人界の一般人以上のの強さを得られる。それがこの精霊召喚符だ。歌姫親衛隊のルーイは知っているよな?」
「ああ。僕達が人界に入った時に配られたものだ。胡散くさくて使わなかったが、かなり危険な代物だったはずだ」
「これは精霊の命を食らう。精霊もオレ達と同じように生きているし考えるし話せる。こいつらみたいに恋することだって出来る。だから、オレは精霊を悪用したり利用するような奴らは許せないんだ。今回の件には精霊召喚符が関わっている可能性がある。だから、第76移動隊臨時隊長のオレは今回の作戦への参加を要請する」
「ありがとうございます。首相。あなたの考えたプランをお聞かせください。彼、白川悠聖の考えでは相手は並みのフュリアスでは相手にならない強さだと感じましたが」
首相は小さく息を吸った。そして、頷く。
ベルトランが撃墜されたということは相手は強大な兵力を持っていると私は推測していた。だから、私自ら指揮を執る本部隊の準備が整うまで、選別された平民部隊によって食い止める作戦だ。本部隊は3000のフュリアスを各地からかき集めて総攻撃を考えた。だが、平民達は首都の警備が疎かになると」
「その意見には私も賛成させていただきます」
メリルの言葉に会議室が湧いた。対する首相はまるで貫くような視線をメリルに向けている。
だが、メリルは「ですが」という言葉を続いて言ったことによって会議室はあっという間に静まり返った。
「グレイル首相の考えは確かに正しいと思っています。相手はベルトランを鎮めるほどの兵力。ならば、こちらもそれを簡単に制圧できる兵力を用意するのが妥当です。ですが、その部隊はどこにありますか? 数を揃えればいいというものではありません。相手の数がわからない以上、総力戦で挑めば痛い目に会うのはこちらです。ですから、提案します」
メリルの表情に不敵な笑みが浮かんだ。それはいつものメリルでは見たことのないような野獣の表情でもあった。
少しかっこいいかも。
「歌姫親衛隊の一部及び第76移動隊のメンバーが強襲を仕掛けます。首相達は部隊を動かせれるように準備をお願いします」
「待て。歌姫メリル。確かに人界の第76移動隊は強いと聞くが、相手はお前が言ったように人数すらわかっていないのだぞ。それを相手に」
「白川悠聖。あなたの兵力をフュリアス換算で言ってください」
「地味に難しいな。とりあえず、ディアボルガとセイバー・ルカが大体ルーイくらいか? イグニスやらライガやらはリマくらいだろうし、ダブルシンクロしたオレはルーイが二人?」
悠聖さん。あなたの実力はそんなに弱くありません。というか、一度鈴が乗るイグジストアストラルを倒したことありませんでした?
「つまりは白川悠聖一人で歌姫親衛隊隊長クラスが6倍になるということです」
「すまない、歌姫メリル。意味がわからない」
うん。僕も意味がわからない。
「今回の作戦は参加フュリアスはアストラルソティス、エクスカリバー、イグジストアストラル。作戦内容は敵数の把握。出来るならば殲滅。はっきり言わさせていただきます。そのメンバーに負けはありません。責任は私が取ります。ですから、グレイル首相は後方で兵力を溜めてください」
「了承できると思っているのか? 人界の部隊に死者が出れば、外交問題になりかねないのだぞ」
「そうなのですか?」
真顔で返すメリルにその場にいた誰もが完全に固まった。そして、誰からともなくため息をつく。最初にため息をついたのはルーイだったような。
メリルは困惑した表情で周囲を見渡している。最後の最後で考えていなかったんだね。
「ドル換算で6万ドル。第76移動隊を動かすとしたならその額が妥当だ」
「つまりは800万フロワか」
換金レートを把握しているルーイがすぐさま計算してメリルに伝える。それにメリルは不思議そうに首をかしげた。
せめて、そこだけは気づいて欲しかったな。
「メリル、僕達第76移動隊は傭兵として参加すると言っているんだよ。800万フロワはその料金。傭兵としての参加なら個人の参加ということとして見なされるから外交問題には発展しない。納得したかな?」
「は。解説ありがとうございます。800万フロワ程度なら私の貯金から出します。ですから、私に雇われてください」
僕は悠聖さんを見た。悠聖さんは笑みを浮かべて頷いている。
「交渉成立。首相さんはそれでいいか? 反論があるなら聞くが」
「人界の傭兵はそんなに安いのか?」
「ちなみに、知り合い価格だからな。本当なら危険手当やら報酬手当やら割引を無くしたりすれば大体5000万ドルになるな。一日」
その計算で行くと、何割引きにしたの?
「歌姫メリル。あなたの策に従おう。兵を無駄に減らすことはしたくないからな」
「わかりました。グレイル首相。私は今か準備を行うので緊急会議の進行はお願いします。本部隊の面々に関しては上手く戦力を整えるように。出し惜しみをしなくても構いません」
「っつ。了解した」
メリルが歩き出す。それに僕達もついて行く。
なんというか、メリルが圧倒的だった。ほんの少しでも優位に立った瞬間にその優位差を遺憾なく発揮して完全に丸め込んでいた。
音界に伝わる第76移動隊の噂は様々だけど、一番の噂は全世界最強のパイロットである僕の存在。
それがあるからこそ、優位に立つことが出来たと思う。
会議室から僕らは出た。そして、メリルが盛大に溜め息をつく。
「疲れました」
「メリルはすごかったね。会議室でみんなを圧倒していたし」
「歌姫の言葉は絶対だ。今の首相は反論するが、大半は歌姫の言葉に盲目的に従う。メリルが圧倒するのは当たり前のことだが、これからが大変だぞ」
ルーイの言葉に僕は頷いた。
僕達は出撃する。だから、僕は感覚を戻さないといけない。フュリアスに乗る感覚を。
「悠人、あなたは待機していても」
「戦うよ。戦う。もう、強くなるしかないから」
僕は言う。そう、強くならないと。誰にも負けないくらいに強くならないと。
全てを殺してでも、強くならないと。