第九話 歌姫と白騎士と第76移動隊とレジスタンスと
正が空気になってしまった回。
「どういうことですか?」
メリルが呆れたようにオレ達に向かって言う。メリルの側にはポカンとした悠人や鈴の姿がある。
まあ、リリーナから事情を聞いたオレ達だからどうしてそのような顔をしているのかは何となくわかる。
オレはルカとシンクロをした完全武装だし、孝治、光、楓の三人は海道正に注意を向けていたりもする。
「どういうことですか? 白川悠聖」
再びメリルが聞いてくる。
「何とも言いにくいことなんだけど、白騎士がやって来たのはリリーナを狙うためで、海道正はついでに捕まえてきた」
「わけがわからないのですが」
確かにそうなるよな。白騎士にいたっては完全に片膝をついて頭を下げている。ちなみに、海道正は周囲を見渡してしきりに感心している。
「歌姫様。私の行為によって街を混乱させたことは責任を感じております。ですが」
白騎士は立ち上がるとリリーナを指差した。
「この悪魔が歌姫様の隣にいるのは我慢なりません!」
「悪魔じゃなくて魔人と人間のハーフだよ!」
「いつしか必ず歌姫様の命を狙うはずです! 今ここで、討伐の命令を」
「わけがわかんないよ!」
リリーナがアークベルラを握り締めて白騎士に向ける。白騎士は背中の鞘に入っているアークフレイを握り締めた瞬間、メリルがみんなに聞こえるように溜め息をついた。
「【永久の鎖よ。二人を捕らえなさい】」
そして、リリーナと白騎士の二人が半透明の鎖によって拘束された。歌姫の力はアークフレイには通用するのか。
歌姫の力ってすごいよな。
「白騎士。あなたは政府レジスタンスの騎士であることは知っています。ですが、何故、リリーナを狙うのですか? リリーナは長年の親友です」
「最近、地方の治世が少し悪くなっています。山賊のような輩が出没し始めたからです。ですが、政府は何の対策もせずに地方を見捨てています。そのようなことが許されるわけがなく、私達は自らを守るために軍隊を組みました。それがいつの間にか政府レジスタンスとなっている。それが今の政府レジスタンスです。私達は歌姫様を崇拝しています。ですが、歌姫様の近くに悪魔がいるなら私は心を悪魔にしてでも悪魔を討ち取ることを」
「白騎士はどうしてリリーナが悪魔だと断言したんだ?」
オレは不思議に思って白騎士に尋ねることにした。
「悪魔って言ったら『蒼鉛の悪魔』である鈴や悪魔じみた火力を持つ光や楓になるんじゃないか?」
リリーナが悪魔というのはよくわからない。魔人というならリリーナは正しいし、白騎士が天界の勢力の一部ならリリーナを狙うのは間違っていない。
だが、そういう風には見えない。天界の住民は本当に傲慢な奴が多かったりする。大体30%は確実に傲慢だろう。
白騎士は迷うことなくリリーナが持つアークベルラを指差した。
「あの武器は悪いものだと私の剣が伝えてくれるから」
「あー、なるほどね」
リリーナがわかったように頷いた。
「さすがはアークフレイ。他のアークを探知する能力もあるんだね」
「リリーナ、僕達にもわかるように説明してくれない?」
悠人の言葉にみんなが頷いた。
アークというのは詳しくは知らないけど、聖霊の祝福を受けたものだとは聞いているが。
「私のアークベルラ」
リリーナはそう言いながら手に持つ鎌を軽く上に上げる。
「白騎士のアークフレイ」
今度は白騎士を指差した。
「そのどちらも魔界と天界にとっては大事なものなんだ。悠人は魔王や天王になる条件は知っているかな?」
「えっと、一番強い人?」
確かに魔界はある意味戦国時代。そこの王ということは一番強い人になるけど、正確には少し違う。
魔王ギルガメシュや天王マクシミリアンは善知鳥慧海によって負かされているという事実があるから。
まあ、慧海さんも満身創痍だったらしいけど。
「50点。正確には、アークを持つ一番強い人。アークベルラはパパから受け継いだもの。本来なら貸し出すのはアウトなんだけど、そろそろ後継者争いが活発化するからもしものために持たされていたけど」
「後継者争いということは100年に一度の魔王選定だよな。再来年だっけ」
オレの言葉にリリーナは頷く。
「うん。魔王選定の戦いは始まっているんだけどね、魔王派には刹那がいるから」
「負ける要素が見当たらないと思うんだが」
刹那は『雷帝』でかつ魔界最強の人物。ギルガメシュをパワー型とするなら刹那はスピード型。
戦い方次第では周にすら勝てる。ちなみに、同じタイプの時雨さんには勝てない。
「まあ、私のアークベルラはあくまでお飾りだから。私自身は魔王になるつもりはないし。ただ、アークの持ち主との戦いは別だけどね」
「アークの持ち主は戦う運命にあると言うことか」
沈黙を保っていた孝治が口を開いた。その言葉にリリーナが頷く。
「そうだね。特にアークベルラとアークフレイは戦う運命にあると言えるかな」
「そうか」
孝治が少しだけ笑みを浮かべて運命を鞘から抜き放った。そして、ただ一閃する。
その行為に運命の能力を見たことがない大半の面々は不思議そうに首をかしげていた。ルーイなんて臨戦態勢になっているし。
最初に驚いたのは白騎士。慌ててアークフレイを見渡す。
「邪気が消えた」
「邪気って何かな? というか、今、何をしたの?」
リリーナが不思議そうに首をかしげる。それに孝治は笑みを浮かべた。
「その運命を断ち切った。それだけのことだ」
簡単に言うけど運命だけの特殊能力なんだよな。狙って上手いことやりやがって。
「説明をお願いします」
メリルがわけのわからないと言う風に首をかしげる。まあ、普通の反応がそれだろう。
「俺の愛剣である運命は運命というキーワードに反応してその運命を断ち切る能力がある。それを使ったまでのこと」
その言葉にオレは思わず苦笑してしまう。これで、懸念事はいくつか解消できたな。
「まあ、白騎士はこれでリリーナを狙う理由はなくなっただろ。後、聞きたいことがあるんだ」
白騎士がオレを振り向く。オレは白騎士に真剣な表情で尋ねることにした。
「お前ら政府レジスタンスはあくまで政府に対する組織なんだな?」
「私達は歌姫様を崇拝していると言ったはずだ。歌姫様は私たちの事を心配してくれているとわかっているだからこそ、私達は政府に対してのレジスタンスとして活動している」
「だったら、もう一つに歌姫に対するレジスタンスがあると聞いている。そいつらは一体何なんだ?」
もしかしたら、精霊召喚符に関することがそこにあるかも知れない。もちろん、そんな簡単なことじゃないとは思うけど、可能性の一つとして考えられる中で一番高いのはそこだ。
孝治には否定されたけど。
「あいつらか。あいつらとは私達も激しく争っている。特にレジニア峡谷付近での構想は激しいな」
「どこだよ」
音界の地理には全く詳しくないからわからない。
「確か、農産物が豊かなところじゃないかな? ここに来た時、メリルがよく僕に差しいれて来てくれたのがレジニア峡谷近辺の果樹園で取れた野菜や果物だったから」
「覚えていたのですか? 少し、驚いています。レジニア峡谷は大きな峡谷ではありますが、その周囲には農地に適した平野が存在しています。そこで栽培される農作物はブランド物であり値段は少々高いですが、味は極めて良いため高級食材の生産地とされています。私の記憶が確かなら、あそこで政府レジスタンスは活動していなかったような」
「レジニア峡谷周辺の農家は政府によって保護されています。それに不満を言う人は少なからずいても、そこで生産される農作物は極めて美味しいものです。私達はそのような生産地を影から守ってもいますから」
「なんつうか、政府レジスタンスというより裏組織とだけ言えばいいような組織だよな」
オレが苦笑しながらそう言うと、白騎士が呆れたように睨みつけてきた。
「何も分かっていないな。この世界に。お前は人界から来た者か」
「明らかに気づけよ。オレの戦い方はかなり特殊だろ。アルネウラ」
オレの言葉と共にアルネウラが現れる。アルネウラは白騎士に近づいてその鎧をじろじろと見つめる。
オレは小さくため息をついてアルネウラの首根っこを掴んで引き戻した。
『悠聖、邪魔しないでよ』
「誰が観察しろと言った。ともかく、オレは精霊召喚師。ここに来たのは精霊召喚符について調べていたからなんだが、政府レジスタンスは何か知らないか?」
「精霊召喚符? もしかして」
白騎士が胴の部分の鎧を外す。その隙間から肌色の何かが見えた瞬間、オレの視界はアルネウラの手によって塞がれていた。
今の色は、まさか、白騎士は裸だと言うのか。
「目潰し」
「喰らうか!」
背後では必死に孝治の目を潰そうとする光と孝治が争っている。まあ、気持ちはわかるけどさ。
「これのことか?」
鎧が装着されるような音と共にオレの視界が戻った。視界の中には困惑した表情のアルネウラと優月。そして、白騎士が持つ精霊召喚符。
オレは白騎士に近づいて精霊召喚符を受け取った。
「これをどこで」
「レジニア峡谷で戦闘した時にな。この世界のものではないと判断したから持っていたのだが」
「ビンゴだ」
オレは笑みを浮かべた。そして、その精霊召喚符の術式を見る。
あの時、狭間戦役の時とは少し術式が違う。改良されていると見るべきか。
「とりあえず、レジニア峡谷に」
「歌姫様!!」
大きな声と共に入り口が開き、そこから一人のメイドが入ってきた。孝治の鼻息が少しだけ荒くなる。
「リセリア、何かあったのですか?」
「ベルトランが、レジニア峡谷にて撃墜されました。政府は非常事態宣言を発令。政府は歌姫様に同行の数を最大3として緊急会議への参加を要請しています。」
その言葉にオレ達の顔に完全に動揺が走った。白騎士がすかさず出口に走りだそうとするが、オレはその手を掴んだ。
ここで切羽詰まって動くのは得策じゃない。それは白騎士もわかっているのか白騎士の体から力が抜ける。
「わかりました。ルーイと第76移動隊から一人。後は」
「僕が行く」
そう名乗り上げたのは悠人。
「メリル、僕も行かせて」
「悠人、いいのですか? あそこに出る以上、悠人は」
「うん。鈴、リリーナ。僕のエクスカリバーの点検の行ってくれるかな?」
そう言った悠人の顔はオレ達が人界で別れた時とは少し違う、何かに達観したような顔。
それにオレはただ笑みを浮かべるしか出来なかった。
「じゃあ、オレが行こう。孝治は、海道正の拘束を頼むな」
「あっ」
オレの言葉にメリルが忘れていたかのように声を上げる。実際に忘れていたんだろうな。
「いいだろう。こいつを止められるのは俺くらいだからな」
「頼りにしている」
オレは少し苦笑してメリルを見た。メリルも小さく頷いて返してくれる。
「わかりました。では、リセリア、皆さんに別室の準備を。私はルーイ、悠人、白川悠聖の三人と緊急会議に出席します。リマは鈴、リリーナと一緒に期待の調整に向かってください。では、行きましょうか」
その言葉と共に歩き出したメリルの姿はまさに指導者というのに相応しい姿のように思えた。だから、オレはまた苦笑して頷く。
「第76移動隊代表として行かせてもらうよ」