第七話 アーク
揺れる。
シェルターの中にいる僕は大地が揺れるのを感じていた。もちろん、それは地上で戦いが起きているということ。首都にまで戦いが起きているということ。
レジスタンスの話は聞いていたし、鈴とリリーナがレジスタンスとの戦いに駆り出されていたのも知っている。でも、それが首都で起きるなんて。
「悠人、大丈夫?」
鈴が僕の顔を覗き込んでくる。僕はそれにゆっくりと頷いた。だけど、鈴は不安そうに僕を見ている。
周囲にはメリルのメイドさん達が控えているけど誰もが身を寄せ合っていなかった。常に周囲を警戒している。そんな中でメリルだけが平然と座っていた。
「メリルは怖くないの?」
僕の言葉にメリルが優しく笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。例えここまで来ても私が必ず悠人と鈴に皆さんを助けますから」
「強いね」
メリルは本当に強い。強くて強くて僕なんかが本当にちっぽけに見える。
僕はどうしてこんなにも弱いのだろうか。僕はどうしてこんなにも逃げているのだろうか。
「強くはありませんよ。私はただ、みんなを守りたいだけですから。ですから、大丈夫です。安心してください。私は、皆さんを守りたいと心の底から思っていますから」
「うん」
その言葉に僕は頷く。
僕は死にたいと思っていた。でも、あの彼女によって本当は死にたくないのだとわかってしまった。僕は中途半端なんだ。何事にも、自分で何も決めていないくせに。
「強くなりたい」
僕は小さく呟いた。その言葉に隣にいる鈴が笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。一緒に、強くなろうよ」
その言葉に、僕はただ頷くしか出来なかった。
アークフレイ。
アークベルラと同じアークの名を持つ剣でありアークの中で唯一の鎧でもある。それが白騎士の手に握られていることに私は心の底から驚いていた。
そもそも、アークの名を冠する武器が音界に存在していること自体が予想外だし、それがアークフレイならさらに予想外な事態でもある。
「リリーナ」
その声に私が振り向くとそこにはアルネウラと優月の二人とダブルシンクロをした悠聖の姿があった。
私はアークベルラを握り締めて白騎士を睨みつける。
「悠人達は?」
「ちゃんとシェルターに避難したよ。私は白騎士の姿を確認しに来ただけなんだけど」
「リリーナの武装じゃ無理じゃないか? こっちはアルネウラと優月のダブルシンクロでも逃げ切られる」
「めっちゃ強いよね!?」
あまりに強いような気がする。私の強さは悠聖よりも下。それなのにアークフレイの持ち主は悠聖すら逃げ切られる速度。
アークの持ち主同士の戦いではかなり不利になるとしか思えない。
私は唇を噛み締めた。噛み締めてアークベルラを握り締める。
「それと、あの武装、知っているみたいだな」
その言葉に私は一瞬だけ動揺してしまった。もちろん、そんな動揺は簡単に見破られてしまう。
「神剣なのか?」
「神剣とは違うよ。神剣みたいな特殊な力はないけど、魔王と天王を決める際に必要とされるアークの武器」
「それが何で音界にあるんだ? そもそも、あの鎧は防御力が硬いを通り越しているし」
「アークについてはあまり語れないよ。今はその時期じゃないから。でも、アークに対抗出来るのはアークだけ。だから、私が」
「ったく」
悠聖が呆れたように息を吐くと私の体をそっと後ろに押した。私は一歩だけ後ろに下がってしまう。
「ここはオレに任せろ。アークだか何だか知らないが、そろそろ孝治達も来る。だったら、逃がしはしないさ」
「でも、あの白騎士が持って着ているアークフレイは全てのアークの中でも最強だから」
「この世に最強なんてものはない」
悠聖が薙刀を握り締めて白騎士に向ける。白騎士は激しく剣をぶつけ合っていた。完全に押されているが。
「そんな幻想、オレ達が必ず消してやるさ」
そうかっこつけたものの、あの白騎士をどう倒すべきだろうか。つか、海道正の破魔雷閃受けてもあまり傷ついていないような気がする。
『アークという名前は聞いたことがあるね。優月は?』
『精霊の祝福を受けた武器、というよりも、精霊王が祝福した武器の名前がアーク。私も現物は初めて見るけど』
どないしろと言うのだろうか。ここに周がいればどうにかなったかもしれないが、今はそんな隙はない。
とりあえず、攻撃を仕掛けるぞ。鎧と言ったってどこか弱点があるはずだからな。
『『了解』』
二人の声が頭の中で響く。オレはそれを確認して白騎士に向かって駆け出した。薙刀を握り締めて全速力で白騎士に向かう。
白騎士は走り込んでくるオレに気づくが、海道正の放つ剣によって動きが止められる。時計の針がいくつも付いた剣は独特の能力があるかもしれないが、今はいいだろう。
フローズンシューター20発の操作を頼んだ。
魔力を練って氷を凝縮させながら薙刀を握り締めつつ屋根の端から白騎士に向かって飛びかかった。オレの姿を見ていた海道正が後ろに飛び退いた。白騎士の体勢が崩れる。
「もらった!」
四方からフローズンシューターが襲いかかる中、オレは薙刀を振り下ろした。白騎士はその他に持つ剣を振る。だけど、それは簡単に薙刀で受け止めることが出来た。そこにフローズンシューターが直撃する。だが、白騎士の鎧にはフローズンシューターが直撃した際に見られる劣化現象を見ることは出来なかった。
どうやら、魔術的な防御力は果てしなく高いと考えた方がいいな。
「白騎士、お前の目的なんだ?」
だが、白騎士は答えない。力任せにオレを押し飛ばそうとしてくる。だけど、今シンクロしているのはアルネウラだ。氷属性の精霊としては中級ではあるが、氷属性の精霊とシンクロしている際に使用できる能力は簡単に使用できる。
相手の力を受け流しながら、その鎧に手を当てる。だけど、受け流した衝撃が戻ってくるのを感じてオレは手を離した。
『威力の反射かな? それくらいしか考えることは出来ないけど。ともかく、わからない程度に反射しながら受け流しているからこの方法は有効じゃないよね』
『アルネウラ、少し真剣にした方がいいと思う』
『そうなんだけどね、はっきり言って、アークフレイだっけ。それを破壊するのは至難の業だと思う。精霊の祝福とか言っていたけど、こんなもの、最上級精霊の力を借りてなんとかだよ。冬華って今どこにいるの?』
先に操作しているからここに来るのはまず無理だろ?
オレは小さくため息をつきながら白騎士の剣を握る手を掴んだ。白騎士は慌てて手を引こうとするけど、オレはむしろ力任せに白騎士を引き寄せる。
「白騎士、お前は何が目的だ? オレは別にお前と戦うことを目的としているわけじゃない。こんなところまで単身で来ているということは誰か一人を狙ったものだろ?」
「あなたには関係ない」
白騎士からの返答。そして、白騎士が頭突きをしてきた。さすがに相手は金属。痛みの衝撃で思わず離れてしまう。すかさず襲いかかる白い剣。オレはそれを空中宙返りで回避した。
魔力任せの回避の仕方だし、自分のダメージを与えての回避だから連続では使用できないけど、必殺の一撃でも上手く使えば避けることが出来る。
白騎士の体勢が完全にずれた。オレはすかさず白騎士の背中から地面の押し倒す。
「関節極めるのは難しいけど、この体勢に入ったら逃げるのも難しいだろ?」
「離せ。私は、歌姫様を守るために行かないといけないんだ!」
「メリルを?」
その言葉に白騎士の動きが止まった。それと同時にリリーナがオレの近くに着地する。
「悠聖、ナイス。じゃ、ここで仕留めて」
「ようやく現れたな。歌姫様を誑かす悪魔め! ここであったが百年目。この白騎士の名においてお前を滅する。だから、どいてくれ!」
オレはリリーナの顔を見た。リリーナは完全に困惑しているから何が何だかわからないだろうけど、白騎士の目的はどうやらリリーナを殺すことらしい。
オレは小さくため息をついて白騎士の上から退いた。白騎士は慌てて立ち上がるが、オレは白い剣を踏みつけたままにしておく。
「リリーナも白騎士もちょっと待て。特に白騎士、リリーナはメリルの親友だぞ?」
「親友?」
白騎士が不思議そうにリリーナの顔を見る。リリーナもわけがわからずオレを見ていた。
「ともかく、メリルのところに連れて行けば万事解決だろう」
『君の一存で決めて欲しくはないけどな』
その言葉にオレは空を見上げる。そこにはエネルギーライフルを構えるアストラルルーラの姿があった。
その隣には同じようにエネルギーライフルを構えるアストラルソティスの姿。
『だが、その考えには賛成だ。白騎士。今は剣を引いて欲しい。僕の権限で歌姫様のところまで連れて行く。君が何を勘違いしたかは分からないけど、歌姫様の言葉なら信じるだろ?』
「当り前。歌姫様は至高の存在。その言葉を疑いう方がどうかしている」
『なら、剣を引いてくれ。リリーナも引くように』
リリーナは完全に不満そうだがそれでもその手にもる鎌を引いた。それにオレはほっと息を吐いて白い剣から足をどける。白騎士はすかさず剣を鞘に収めた。
「連れて行って。歌姫様のところに」
「万事解決したね」
そんな様子を正は空から魔力で作り出した足場に腰かけて見ていた。戦闘は収まった。正が見ていた最悪の未来にならずに。
「これで、この世界での僕の役目は終了かな。次は天界にでも」
「チェックメイト、と言った方がいいか?」
その言葉と共に正の首筋に運命が当てられる。それをちらっと見た正は少しだけ楽しそうに笑みを浮かべた。
「まさか、こっち来るとは、さすがの僕も予想外だよ。でもね」
正の姿が消える。そして、運命を向けていた孝治に正は聖剣の先を向ける。
「簡単に後ろを取ることは出来るんだよ」
「それはうちのセリフやな」
正は振り返る。そこには、レーヴァテインを大量にコピーして漂わせている光の姿があった。正を囲むように全ての先が狙っている。ただし、孝治も狙っている。
それに正は冷や汗が出るのがわかった。
「正気かい? いや、君なら正気だね」
「なんかむかつくけど、ともかく、武器を捨てて投降し。そうしたら、うちはあんたを傷つけへんは」
「うーん。確かにそれは魅力的だね。でも、僕は」
正が笑みを浮かべた瞬間、光の視界から姿を消した。そして、いつの間にかレーヴァテインの包囲網の外に出ている。
「逃げさせてもらうよ」
「チェックメイト」
そんな言葉が正の背後から聞こえてきた。浮かべた笑みを固めて正は振り返る。
そこには、カグラとブラックレクイエムの穂先に魔力を収束させた楓の姿があった。もちろん、本気で収束している。
「今度こそ、降参してくれる?」
にっこりと笑みを浮かべる楓に正は苦笑しながら聖剣を鞘に納めて両手を上げることしか出来なかった。