第二百二十六話 思い
ついに500話目。これが始まってからほとんど一年。いろいろとありましたがよくこんなに書けたなと思っています。
体育祭最初。はっきり言って、参加する人は少ないだろうと思っていた。何せ、昨日あったことを考えたら当たり前だ。学園都市全体で起きた戦い。
レヴァンティンを通じて色々な情報を集めたが様々な点から言って、メディアがひたすら叩きまくっていた。もちろん、『GF』だけではなく国連や日本政府もだ。
確かに『GF』はそういう事実を隠していた。その事に関しては本当に紛糾した。だが、日本政府の動きが遅かったこと、動き出した時には終わっていたことなどで日本政府ですらバッシングを受けた。
さらには、時雨が記者会見で国連部隊が学園都市で動いていた可能性があると伝えたからだ。それに関してはいくつかの証拠があるため国連もバッシングを受けている。
だが、それなのにこの人出はなんだろうか。まるで戦いが無かったかのようにたくさんの人が行き交っている。
「これが、私達が守った街なんですね」
「いや、まあ、そうなんだが、どうしてここまでいるんだ? それが不思議でたまらないんだが」
「兄さんは自分の活躍を自覚した方がいいですよ。学園都市を守った事実はみんな知っているから。戦闘による死者は一人だけ。負傷者はたくさん出たけど、全て私達が守ったんだよ」
死者は一人。それはルナのことだ。
その時の様子は浩平から聞いたが、悠人を守ろうとして撃たれたらしい。今も悠人は引きこもっている。
「そっか。由姫、どこに行く?」
「りんご飴とチョコバナナと綿アメとフランクフルトと焼きそばと」
「どれか二つにしような」
オレは小さく溜め息をついて財布の中身を思い出していた。
お祭りの時に屋台で売られてものはどうしてこんなにもおいしいのだろうか。というか、体育祭でどうして屋台があるのだろうか。
まあ、祭りであることには変わりはないし。
オレと由姫は学園都市の中央にある広場のベンチに座って戦利品を食べていた。戦利品と言ってもオレの財布から出たお金によるものだが。
「つか、よく食べられるよな」
「兄さんはあまり食べてないですよね? チョコバナナもらっていいですか?」
「食うなら食え」
オレは一口かじったチョコバナナを由姫に渡した。由姫は嬉しそうにチョコバナナを頬張る。
こういう長閑な一日もいいものだよな。
「というか、そろそろ時間なんだが大丈夫か?」
夕方までに四人とデートすることになったため一人当たりの時間は少ない。由姫との時間は屋台を回ったり屋台で買ったものを食べているだけで時間がかなり経過していた。
由姫はチョコバナナを口に放り込んで咀嚼してベンチから立ち上がる。
「お兄ちゃんにとって、私は何?」
「そりゃ、大切な人だな。オレを救ってくれた人」
「でも、私はお兄ちゃんにとっては妹なんだよね?」
「義理だぞ」
オレは由姫が言おうとしていることに何となく察しがついた。だから、由姫に向かってオレは謝ろうとする。しかし、それより早く由姫の口が動いた。
「もしかしたら、デートをするのはこれが最後かもしれないし」
その言葉にオレは黙ってしまう。
「お兄ちゃん、好きな人がいるよね? それは私じゃない。違う?」
「間違っていない」
確かに由姫から好意を寄せられるのは嬉しい。大事な人であり、妹であり、女の子だ。だけど、オレは由姫以外に好きな人がいる。
デートすることになった時からオレはそう決めていた。
「私はお兄ちゃんが好き。男の人として好き」
「その気持ちは嬉しいけど、悪い。オレには好きな人がいるんだ。付き合えるかわからないけど、今日告白する」
「そう、なんだ。うん。わかった。お兄ちゃんの気持ちはわかった」
由姫が俯いた。オレはその姿を見ないように背中を向ける。ここで甘い言葉をかけるわけにはいかないから。
「由姫、最後に。お前が妹で、大切な人で、オレを救ってくれた人には変わりはないから」
オレはその言葉と共に歩き出す。慰めるのはオレの仕事じゃない。慰めるのはずっとついて来ていた音姉の仕事だ。
だから、オレは次の目的地に向かって歩き出した。
由姫にハンカチが差し出される。由姫はそれを無言で受け取ってまぶたに当てる。
ハンカチを差し出した音姫は静かに由姫の隣に座った。
「振られちゃったね」
「お姉ちゃん」
「大丈夫だよ。弟くんは決して由姫ちゃんとは気まずくなるようなことはしない。それは私が断言します」
「うん」
由姫は小さく頷く。頷いて音姫の肩に顔を押し当てた。音姫は由姫の頭を優しく抱き締める。
音姫はただ由姫が泣き止むまで優しく由姫を抱き締めていた。
「ようやく来たの」
待ち合わせの場所。第76移動隊の駐在所前にはアルの姿があった。アルの服装は何故か都島学園のセーラー服となっている。理由は全くわからないが。
オレは小さく息を吐いてアルに尋ねる。
「似合ってはいるけど、コスプレか?」
「まあ、その一種ではあるの。どうじゃ、萌えぬか?」
「いや、燃えてないだろ?」
オレが不思議そうに首を傾げるとアルが呆れたように溜め息をついた。
「そなたは相変わらずじゃな」
「相変わらずって、意味がわからないだけど」
とりあえず、急に燃えるとか言われてもわからない。アルがセーラー服を着ると術式が発動するのか?
「まあ、別によい。周、これから寄ってくれるかの」
「寄るってどこにだよ」
「そなたの高校じゃ。我も昔に戻りたくての」
都島学園に人の気配はほとんど皆無だった。
まあ、当たり前だ。都島学園のグラウンドには練習している人やウォーミングアップしている人が普通ならいたかもしれないが、今は普通じゃない。つまり、いない。
オレはアルが歩くままについて行く。向かっている場所から考えて屋上だよな?
「そなたとは出会ってから様々なことがあったの」
「初対面の時がアルから依頼された狭間市のことだよな」
「そうじゃな。我は噂としては知っておった。もちろん、商売敵という意味での敵として」
あの頃はいろいろとやったからな。まだ、小学生であったにも関わらず様々なポジションで動ける力。小学生としては極めて高い戦闘能力と指揮能力。
まあ、指揮能力に関してはいろいろと推測は立っているけど。
「出会ってみれば思った以上に弱い存在だったと驚いたがの」
「悪かったな。まあ、いろいろあったからな」
強く見えてもちょっとしたことで壊れてしまう。それがオレだと自分でもわかっている。
そういうのを感じて、人は強くなる。と思う。
「そなたを知り、そなたらと共に戦い、そなたに助けられ、我はいろいろなことを狭間市で知った。そなたのことを」
「本当にいろいろあったよな」
「そうじゃな」
アルが屋上に向かう扉を開け放つ。そして、オレ達は屋上に出た。
気持ちのよい風がオレ達の体に向かって吹き、心地よさがある。暖かな日の光は今の季節では少し暑い。
「じゃから、そなたに言いたいことがある」
アルが振り返る。その時のアルの表情は真剣そのものだった。
「我はそなたが好きじゃ。愛しておる。じゃから、我と付き合ってくれぬか?」
「すまない」
オレはすぐに答えた。
こういうことは分かっていた。分かっていたからこそ、オレはすでに言葉を考えていた。
「オレには好きな人がいるんだ。アルが大切な人ってのには変わりはないけど、付き合うことは出来ない」
「やはりの。じゃが、一つだけそなたに言っておくぞ」
アルがオレに近づいて人差し指をオレの唇に当ててきた。
「我とエリシアはそなたのものじゃ。それは未来永劫、そなたが死んでも守り通す」
「重いな」
「我らの思いは重いぞ。エリシアと話をするかの?」
「頼めるか?」
アルが目を閉じて体から力を抜く。そして、目を開けた時にはもう気配が違っていた。
アルではなくエリシア。本来の体の持ち主に。エリシアの顔には笑みが浮かんでいる。
「いろいろと聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「はい」
にっこり浮かんだ笑みに嫌な予感がする。思わず一歩下がった瞬間、オレの手はエリシアに掴まれていた。
「好きな人について、根掘り葉掘り聞かさせていただきますね」
「え、遠慮したいな」
その瞬間、エリシアの手に凄い力がかかってオレの手を握り潰そうとする。
オレは冷や汗が出るのがわかった。
「いいですよね?」
「はい」
もちろん、そんな状態では頷くことしか出来なかった。
「ったく、エリシアも手加減してくれよな」
オレは小さく溜め息をついて階段を下りる。結局、時間ギリギリまで本当に根掘り葉掘り聞いてきた。好きな人の話をすると少し驚いたようになって、そして、納得した。
どうせ後々にわかっただろうからいいけど。
最後は一人にして欲しいと言っていたから今頃泣いているのだろう。
「はぁ。少し憂鬱になるな」
オレが小さく溜め息をついて道を曲がった時、そこにはちょうど同じ制服姿の一誠がいた。オレは軽く片手を上げる。
「よっ」
「あまり出会いたくはなかったが」
「別にいいだろ。今はいがみ合っているわけじゃない」
いがみ合っているわけじゃないけど協力しているわけでもない。
あの戦いの後、“義賊”が捕まったという話は聞いていない。恐らく、正体がほとんどわかっていないから捕まえるに捕まえられないのだろう。
オレは壁に背中をつけた。
「これから“義賊”はどうするんだ?」
「解散だ。そもそも、“義賊”自体は海道駿からの支援によって出来たものだ。後から入った夢は知らない話だが」
「そうなのか?」
初めてそんな話を聞いた。やっぱり、親父も根っからの『GF』だったんだな。
「そもそも、俺も健さんも真人もハトもワカメも孤児だ。それを集めたのが海道駿。海道駿は父親のようなものだ」
「そっか。だから、協力したんだな」
「ああ。まさか、海道椿姫があのような思想を持つとは思わなかったが」
そう言いながら一誠は軽く肩をすくめる。
オレは苦笑しながら頷いた。
「確かにな。親父も予測出来なかったみたいだし。なあ、一誠」
「なんだ?」
「“義賊”、これからもやっていかないか?」
その言葉に一誠は軽く目を見開いた。そして、呆れたように笑みを浮かべる。
「俺達は犯罪者だ」
「“義賊”の正体を知るのはオレ達だけ。それに、『GF』の上層部も怪しくなってきたんだ。だから、自由に動ける部隊が欲しい」
「なるほど。だが、上層部が怪しいというのはどういうことだ?」
オレは少しだけ言葉を考える。考えてからその言葉を口にした。
「世界を救うという目的以外に何か目的があるような気がする。それはまだわかっていないけど、その目的のためなら平気で人を見捨てるくらいに」
「そういうことか。ならば、動こう。夢についてだが」
「昨日話した。『GF』に来るか、普通の生活に戻るか」
それについては昨日時点で夢に言っている。夢は第76移動隊に入りたいと言っていたけど、考え直すようにも言った。
そういう大事なことはしっかり考えないといけないから。
「ならいい。それにしても、明日は大変らしいな。予定を調べてもらったら笑えた」
「まあ、明日一日中どころか四、五日は学園都市にいられないだろうな。孝治と共に世界を飛び回るから。一応、みんなには話を通しておくが、謹慎期間としてあまり動くなよ」
「わかっているさ」
一誠は笑みを浮かべる。その笑みにオレは笑みで返した。
『見向きもされませんでしたね』
宙を漂うスケッチブックに書かれた文字を見ながらアル・アジフは小さく溜め息をついた。
「そなたは」
『事実ですから。せっかく、私達は抱いてもらったのに』
「まあ、わかりきっていたことじゃ」
アル・アジフは手すりに背中を預けて空を見上げた。空は青く透き通っている。ゲートや謎の航空艦の姿はどこにもない。あの航空艦の存在は気になるが、見つけることは難しいだろう。
アル・アジフは空に向かって溜め息をつく。
「周にとって我は女の子というより母親みたいな存在じゃ。我もそれでいいと思っておる。周は、まだ子供じゃからな」
『本当は女の子として見られたいくせに』
「今更の話じゃ。今は、次を考えていかないと」
アル・アジフが手すりから背中を離す。そして、これまた宙に浮いている魔術書アル・アジフを掴んだ。
「次、ですか?」
アル・アジフとエリシアが入れ替わる。どうやらアル・アジフは考える作業に移ったらしい。
『そうじゃ。次。天界について調べるぞ。あの天王マクシミリアンまで来たとなれば異常事態じゃ』
その言葉にエリシアは頷く。
天王マクシミリアン。
天界の王であり、魔王ギルガメシュと同じ力を持つとされる強大な存在。二人は天王マクシミリアンの強さを知っている。
『周がいない四日ほどで調べ上げるぞ。そうすれば、必ず周は振り向いてくれる。目指せ、寝取り』
「何かと間違っていますし、あなたという人は」
エリシアは呆れながらも笑みを浮かべていた。
「私も手伝いますよ」
『助かる。早く天界について情報を集めないとな。泣くのはそれからじゃ』
エリシアは頷いて目尻に溜まった涙を指で拭き取った。
「つまり、滅びについては認知していたのですね」
捕まった。
何に?
マスコミに。
今の学園都市はそういうのは特に規制しているのだが、学園都市内にある一部のメディアに関しては自粛を要請しているがそんなものは聞かないのがマスコミ。
そうして捕まってしまった。しかも、知り合いに。
「つかさ、山口さん、知り合いなんだから別に敬語じゃなくても」
「今は日本新聞学園都市支部の一人として記事を使っているわけで公私混同はしないと決めています」
「どうせ都や琴美から話を聞いているんだよな?」
オレの言葉に山口さんが視線を逸らす。山口さんはオレの前の学園都市『GF』代表。オレが学園都市『GF』代表になったのは中学三年生の時だから、もう20代半ばでもある。
学園都市『GF』代表として就職先は引く手数多だったらしいが、それを全て蹴って日本新聞に入社した。
日本新聞って日本の名前がついておきながら小さな新聞社なんだけどな。
だから、一応は戦えるわけで、今の状況で逃げようとしても捕まるだろう。
「聞きたいことを聞けば去って行きますので」
「それがかなり困るんだけど。ともかく、今は用事が立て込んでいるんだ。学園都市『GF』代表としての会見は明日から何回もやるって言っているだろうが」
「そこを何か一言」
山口さんが笑みを浮かべながら尋ねてくる。オレは小さく溜め息をついて、
「えっ? 智花先輩?」
そう言えば山口さんって山口智花って名前だったよな、と思いながらオレは振り返った。振り返った先にいるのはこれまた何故か都島高校の制服を着た都。
都は大学生なのにどうして高校の制服? まあ、似合っているけどさ。
「あらあら。もしかして、海道の用事って都とのデート? それは失礼しました」
「智花先輩。周様は忙しいので質問には私が答えると言ったはずですよ」
「そうなんだけど、一記者として聞きたいことがいくつかあって」
「それは私が答えます。今日は周様は思い人に告白する日なのです。ですから、今日はご遠慮お願いします」
その言葉にオレは驚いていた。そして、都の顔を見る。都はオレの手を掴んだ。
「都はそれでいいの?」
その言葉は山口さんの口から。都はそれにはっきりと頷いた。
「私は周様の幸せだけを祈っていますから」
「わかった。なら、それ以上は言わない」
山口さんがお手上げという風に肩をすくめる。都はその解答に満足したように頷いて歩き出した。もちろん、手で繋がっているオレも歩き出す。
「都、お前」
「周様はまだ昼ご飯を食べていませんよね。ランチの時間には少し遅いですが昼ご飯にしましょう」
由姫の時にたらふく食べたが結構な距離を歩いているためお腹は少しすいている。
オレは小さく頷いて都に連れられるまま歩くことにした。
「ご馳走でした」
オレは呆然としながら都がご馳走というのを見ていた。何故なら、都の前に積まれたたくさんのお皿。それを全て都が一人で食べたのだ。
パスタがあればハンバーグやフライ物。さらにはリゾット、サラダにスープその他諸々。
しめてお値段5000ほど。
どこに都の体に入るのかわからない量だ。
対するオレは平凡なリゾット。ただし、どこかの美食家が絶賛したリゾット。お値段400弱。
「よく食べられたな」
「昨日からご飯が進みますから。大した活躍はしていませんけどね」
「いやいやいや。普通に活躍していたから。それに聞いたぞ。断章の話。鞘から抜くことで能力を反転させる力があったなんて」
「はい。断章は鞘に入った防衛型と鞘を抜いた攻撃型の二つがあります。それにしても、よく反転とわかりましたね」
「話を聞いたらな」
まさか、そんな能力があるなんて微塵も思わなかったけど。
そもそも、神剣というのは未だにどういう原理で力を出しているかわからないものだ。その意味ではある意味仕方のないことではあるが。
「神剣を使った分だけご飯を必要とするなら面白いよな」
「私はただのやけ食いです。周様が私を選ばないとわかっていたので」
「どうして」
すると、都はにっこり笑みを浮かべた。
「周様は好きですよね。あのお方のことが」
その言葉にオレは都が誰を言ったのか理解した。そして、頷く。
「ああ。そうだな」
「最初からわかっていました。周様の中では私は大切な人ではあるが恋人候補ではないということを。どちらかというとお姉さんって感じでしたよね」
「はぁ。都には隠し事が出来ないみたいだな。確かに、都は何というか、母親というか姉というか」
「ふふっ。私には隠し事が出来ません。ですから、一つ、おまじないです」
都は身を乗り出した。そして、オレの唇に触れるだけのキスをしてくる。
「あなたの心配事は私が引き受けました。ですから、不安にならず頑張ってください」
やっぱり、都には隠し事が出来ないな。もしかしたら、オレことを一番しっているのは都かもしれない。由姫や亜紗ではなく都。
オレの一番の心配事を完全にわかっている。
「ありがとうな。都がいてくれるから、頑張れる」
「はい。頑張ってください」
オレは立ち上がって伝票を手に取った。だが、都がその手を握って遮ってくる。
「私が払います。これは私が食べたものですから」
「いや、オレが払うよ」
オレは財布を取り出す。そして、その中から一万円札を取り出す。そして、都にその一万円を握らせた。
「もう少し、食べたいんだろ?」
その言葉に都は頷く。この言葉の意味に気づいただろうな。
オレは伝票から手を離し、立ち上がった。そして、そのまま出口に向かって歩き出す。
出口を出る際に振り返った時、都は俯いていた。オレはそれを見て一瞬だけ足を止めて、
また、歩き出す。
「あなたはそれでいいわ」
琴美が近くの電柱に背中を預けて立っている。そして、背中を離した。
「後を頼めるか?」
「ええ。振られた親友を慰めるのは親友の役目よ。それにしても、都ほどいい女の子はいないのに」
「まあ、そうだな」
確かに都ほどいい女の子は少ないだろう。
オレを正確にわかっていてサポートしてくれる。そして、優しく包み込んでくれる。
相性がいいという点では都が一番だろう。
「だけど、あいつを好きになっちゃったから。ずっと、守りたいと思ってしまったから」
「そう。なら、仕方ないわね。後は任せなさい」
オレと琴美がすれ違う。オレは頷きだけを残して歩き出した。
「リゾットを二つ、ください」
店内に入った瞬間聞こえた都の声に琴美は少し呆れたように溜め息をついた。溜め息をついて、都に近づく。
「都」
「そろそろ来ると思っていました」
都が目尻を指で拭いながら顔を上げる。目は少し赤くなっているためちょっと泣いたということはすぐにわかった。
琴美は小さく溜め息をついて都とは向かいの席に座る。
「食べ過ぎよ」
「食べ足りないくらいです」
「だから、食べ過ぎよ」
琴美はまた小さく溜め息をついた。
「サラダにしておきなさい」
「夜はサラダバーだけですので」
「どれだけサラダを食べる気よ」
こういう状況になれば都はひたすらサラダバーだけで空腹を満たすことは琴美にはわかっていた。
琴美は小さく溜め息をついて都を見る。
「今日、久しぶりに飲みに行かない? 都も浴びるようにお酒が飲みたいでしょ?」
「つまみが食べたいです」
その言葉を聞いた瞬間、琴美は思わず吹き出していた。その言葉は本当に今の都に的確であったから。
「最後は亜紗だな」
オレは亜紗との待ち合わせ場所に向かっていた。待ち合わせ場所は待ち合わせするにしては少し変な場所だと思う。
学園都市平塚大学付属病院。学園都市の最高峰の病院であり、『GF』の負傷者は主にここに運び込まれていた。ただ、第76移動隊はこの病院を利用することはない。
基本的には治療兵である委員長か魔界では治療兵として数えられているベリエとアリエの三人がいれば十分だからだ。オレと音姉のリハビリメニューも三人に組んでもらったし。
その平塚大学付属病院の前に亜紗の姿があった。亜紗の服装はやはりというべきか制服。最初から合わせていたよな?
『遅い』
不満そうな顔で亜紗がスケッチブックを捲っている。オレは苦笑して亜紗に話しかけた。
「予定より三十分は早いはずなんだが。シリーズ03は?」
『シリーズ03じゃない。緒美。田中緒美。とりあえず、延命は簡単に出来た。後は調整だけ。数日後には退院出来るらしい』
その文字にオレはホッと息を吐いた。妖精乱舞を使った亜紗がシリーズ03、いや、緒美以外の生体兵器を倒したため、緒美だけが生き残ることになった。
オレはアリエル・ロワソと意見交換をしてこの病院に緒美を預けることにしたのだ。
もちろん、病院内で延命及び調整によりこれからの人生を過ごせるようにするために。
生体兵器の中で最も完成していると言われる亜紗の体に期待したのだが、どうやらよかったみたいだ。
「どうやら賭けに勝ったみたいだな」
『周さんには珍しく他人任せだった。周さんならいつも率先してやるのに』
「今回はオレの専門分野じゃないからな。正直、自分の体については把握して言うけど、亜紗みたいなほぼ100%は調整しかできない。さすがアリエル・ロワソというべきか」
緒美を調整する際にはアリエル・ロワソからいくつかのデータを受け取っていた。そもそも、生体兵器自体がかなり特殊であり、本来なら生後間もないころから生体兵器としての手術を行わないと成功は難しいとされている。
されているのは改造されたのがオレと亜紗しかいないからだ。緒美がどこに住んでいて何をしていたかなんてわからない。そこを調べて行かないとな。
「ともかく、今はオレ達のことだ。場所を変えるんだろ?」
『うん。一つ、行きたいところがあるから』
「亜紗の好きにしてくれ。一応、普通のデートメニューも考えているけど?」
『つまらない』
まさか、つまらないの一言でぶった切られることになるとは。まあ、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。亜紗って第76移動隊の中だと一番女の子として変わっているから。変わっていても、どこもおかしくないんだよな。
「そっか。わかった。じゃ、お姫様の指示に従いますか」
「つか、何でこんなに大盛況なの?」
オレは道を歩きながら首をかしげる。ただ、大盛況というレベルじゃなかった。簡単に言うなら昨日起きた戦いは本当にあったのかというレベルのもの。
一応、第76移動隊の大半は参加していない。孝治とか悠聖とかは参加しているみたいだけど。
楓やエレノアは緊急入院中だし、ベリエは学園都市から離れてとある世界的に有名な大学の付属病院にいるし、メグと夢の二人はまったり過ごしているとか。フュリアス部隊も全く参加していない。
『クラスメートから話を聞いたけど、必ず守ってくれるという信頼があったみたい。案の定、学園都市の学生に怪我人はいても死者はいなかったからみんな安心していると思う』
「平和大国日本だからこそだと思うけどな」
『違うよ。学園都市だからだと思う』
「どういうことだ?」
学園都市だからという意味がわからない。最近のことを考えたらやたらと騒がしかったので危機感はあったはずなのに。
『周さんが言った言葉だよ? この学園都市は学生の街だって』
確かに言ったなら。というか、それは外部からの援軍に力を頼らないと言う意味だったんだけど。実際、昨日は応援にきた外部『GF』はほとんど戦闘に参加しなかったらしいからな。
『だから、自分達で開催する。周さんは気づかない? 屋台も学園自治政府が交渉して学生が切り盛りしているんだよ』
そう言われてみれば屋台は時折見知った顔が混じっている。見知ったというのは『GF』隊員だからだろう。もしかしたら、それ以外のもいろいろとやってくれているのかもしれない。
それはそれでかなり嬉しい。オレの言った言葉が嘘にならないから。
「恵まれているな。オレら」
『うん。恵まれている。周さん、こっち』
亜紗の手に引かれる。その方向にあるのはオレの最終目的地だ。
「亜紗、こっちは」
『お願いだから。多分、第76移動隊としての最後のお願い』
その言葉にオレは思わず息を呑んでいた。
とあるビルの屋上。そこにオレは立っていた。向かい側にいるのは七天失星を抜いた亜紗の姿。オレは小さくため息をついてレヴァンティンを抜き放つ。
「あのな、今のオレは戦えるような体じゃないんだぞ」
『知ってる』
亜紗はにっこり笑みを浮かべてスケッチブックを開く。
『そんなことは十も承知。だけど、これだけはしないといけない』
「第76移動隊から卒業するためか」
オレは亜紗の先ほど言った言葉を思い出していた。亜紗は第76移動隊からの異動をお願いしてきたのだ。
『そう。私はずっと周さんに頼っていた。周さんがいないところではリコに頼っていた。でも、それだと私は強くなれない』
「自分自身をと強くするために、独り立ちするためにそういう選択をした、ってことか」
『うん。だから、最後に見て欲しい。私に生きる意味をくれた周さんから、一人でも世間と戦っていけるような、そんな姿を』
オレは小さくため息をつく。亜紗は昔からよく一緒にいた。
戦うことを覚えてからはさらに一緒にいた。一年ほど離したことはあるけど、定期的に会っていたし、第76移動隊の話を持ちかえたら次の日には異動願いを元いた隊に出していたほどだ。
そんな亜紗がオレから離れようとしている。それは少し寂しくて、そして、嬉しい。
「わかった。来いよ。レヴァンティン。無茶でもいいから体を動かしてくれよ」
『はあ、仕方ありませんね。わかりました。タイミングは私がしますので』
オレはレヴァンティンを握り締める。そして、レヴァンティンの言葉に耳を傾けた。亜紗も七天失星を鞘に納めている。抜刀術? 今のオレは抜刀するような力はないから受け止められるかはかなり不安だ。
だけど、受け止めるしかない。
『スタート!』
その瞬間、オレは自分の感覚を信じて横に跳んでいた。それと同時に亜紗が前に地面を蹴りながら七天失星を鞘から抜き放つ。
その瞬間、全部で15の斬撃がおれのいた場所を通り過ぎていた。それに一瞬だけ足を止め、そして、感覚が完全な警鐘を鳴らす。回避することが出来ない。
そして、抜刀によって振り上げられた七天失星が強引に軌道を変えてオレに向かって振り下ろされる。その斬撃は全てで15。回避は間に合わない。オレはすかさずレヴァンティンを構えた。
「レヴァンティンモードⅥ!!」
その瞬間、レヴァンティンが形を変える。刃は四つに分かれ、長方形の四隅に散らばり、中央に握る柄を中心に魔力の壁を展開する。そこに、斬撃が襲いかかった。
強力な衝撃と共にオレの体が後ろに弾き飛ばされる。
「っつ、今のは」
『七天抜刀』
七天失星を鞘に収めた亜紗がオレにスケッチブックを見せてくる。それにオレは小さくため息をついてレヴァンティンを元に戻して鞘に収めた。
「七天失星が七天だったとはな。安い買い物をしたものだ」
『そうだと思う。でも、周さんがいなかったたこの刀は手に入らなかった。この子を完全な形に出来なかった。だから、ありがとう。そして』
亜紗がスケッチブックを開く。次に書かれている文字はなんとなく想像がついた。
『あなたのことが好きです』
「悪い。その気持ちには答えられない。オレにとって亜紗はなんというか、妹というか、そんな感じが一番近いかもしれない。もしかしたら、四人の中で、一番恋愛感情に遠い」
『わかっていた。そんなことはわかっていた。でも、私は周さんが好き。私を救ってくれた周さんが好き。私に生きる希望を与えてくれた周さんが好き。周さんのことが好き。だから、この気持ちはずっと持っておく。持って、新たな土地で頑張ってみる』
オレは苦笑する。ここまで愛されているのに告白を断るなんて、クラスメートに知られたらどうなることやら。
「ああ。どこの部隊かは決めているのか?」
『内定はもらっていないけど、いい返事をもらっている場所ならある。そこに行きたい』
「そっか。ちゃんと、オレかアルに相談するんだぞ。決まった時は真っ先にオレに知らせること。先方に話に行かないとな」
『ごめんなさい』
その言葉にオレは笑みを浮かべて亜紗の頭を撫でた。
「可愛い亜紗の旅立ちなんだ。それくらい、苦も思わないさ」
『ありがとう』
その感謝の言葉はオレの心の中に直接話しかけられてきた。オレは苦笑して亜紗の頭をさらに撫でる。
亜紗はただ、オレにひたすらありがとうと言い続けるだけだった。
オレは小さく息を吐く。すでに時刻は夕刻。先ほど、体育祭実行委員から閉会の言葉が放送された。それと同時に歓声が上がったが、オレはずっとここにいた。
今頃悠聖は何をしているか。孝治は何をしているか。悠人は大丈夫だろうか。等々、たくさんの心配はある者のオレはずっと離れることをしなかった。だって、そろそろ時間だから。
「少し、待たせたかな」
その言葉にオレは振り返る。そこにいたのは昔に来ていた藍色のゴスロリ服を着た正。相変わらず、正ってゴスロリ服が似合うよな。
「いや、待っていない。いろいろと考えていたからな」
「そうかい。僕は驚いているよ」
正がオレの横に立つ。そして、学園都市を見渡す。
「まさか、この学園都市を守りきるなんて。規模は縮小したとはいえ、立派な体育祭だと僕は思ったよ」
「オレが頑張ったものじゃない。学園都市にいるみんなが頑張ったものだ。オレはただ言っただけ」
「それでも、君の作戦が功を奏した。違うかな?」
「どうかな?」
正の笑みにオレは苦笑で返す。そして、オレは正と向かい合った。
「あの時の約束を果たしていいか?」
「どうぞ」
正が少しだけ優しく笑みを浮かべて頷いてくれる。
正とここで話したのは数日前のはずだが、数週間前のように感じてしまう。それほどまでにこの数日間は密度の濃い数日間でもあった。
「正、オレはお前のことが好きだ。最初は誰かと思ったけど、お前と会話していくうちにお前がいれば安心できると思えてしまったんだ。だから、オレと付き合ってくれ」
オレは夕日に照らされながら自分の心の中にある感情を正に向けて話した。
正は俯く。この場所からは表情はうかがい知れない。
「本当に、どうして、こんな運命になってしまったんだろうね」
正の言葉が聞こえた瞬間、オレの目の前に時計の針がいくつか柄についた剣を向けられていた。
「その申し出を僕は受け取ることはできない。だって、僕は君を殺すために、この世界に来たのだから」
次回、第二章で「話」がつく最後の話です。事態はある意味急展開ですが、その理由やら正の正体やらそれらが全て次の話で語られます。