第四十九話 鬼姫
唐突に語られる内容がありますが、この話の後の幕間にて語られる内容に入っています。
音姉の刀が煌めいたと思った瞬間、クラインが殴り飛ばされていた。そのまま追撃しようとするが、クライン以外にいた魔物達が道を塞ごうとする。
音姉ははっきりと言った。
「どけ!」
その言葉と共に道を塞ごうとした魔物が吹き飛んだ。まるで、言葉が実行されたように。
音姉は刀を振り上げる。
だが、その腕をクラインは掴んだ。
「人間の分際で!」
クラインはそのまま魔術をゼロ距離で叩きつけようとする。だが、音姉の姿が消えた。
「由姫ちゃんを傷つけた罪は思いよ」
「そうそう」
音姉はいつの間にか二人に増えていた。いや、もっと増えている。
いつの間にか音姉は三十人になっていた。
「私の禁忌に触れたからね」
「由姫ちゃんと弟くんは私が守らないといけないのに」
「あなた達は由姫ちゃんを傷つけた」
「弟くんを狙った」
三十人の音姉が口々に言葉を発する。
オレは額から汗が流れるのがわかった。
分かれた音姉は全てが実体を持っている。オレの感覚はそう判断していた。
「どれが本物だ!」
クラインが『影写し』の能力で全ての音姉の周囲に大量の自分の影の実体を作り出す。これ自体が神話レベルのスキルと言われ、極めて強力な効果だ。だが、その全てが音姉の刀によって斬り裂かれていた。
「どれが本物?」
「勘違いしているよ」
「うん、勘違い」
音姉全員が声を合わせる。
『全てが本物で全てが偽物。それがこの技だよ』
聞いたことがある。白百合流の究極奥義には自分と同じ分身を作り出す能力があると。それが、これか。
クラインは目を見開いて後ずさる。
「バカな。ありえぬ。ありえぬ。人間が神の境地に立つなど。鬼よ。こいつを滅ぼせ」
『我に命令するか。だが、いいだろう。この者はまさに鬼だ』
鬼が音姉にゆっくり近づく。オレは周囲を見ながらレヴァンティンを握りしめた。
「私が鬼?」
「面白いね。本当に」
「音姫? 歌姫? どれが本物の私?」
「私は鬼姫だから」
分身が消え、音姉が動く。だが、鬼は全く動けなかった。
居合い斬りの後に体を回転させながら大上段から振り下ろす。そして、振り下ろした後は勢いよく斬り上げた。そのまま鬼の腹を蹴り飛ばす。
紫電一閃から雲散霧消。そして、雲散霧消・鎧斬り。次は多分、大上段からの大地を割る振り下ろし。白百合流山砕き『砕破剛刀』だ。
音姉は大上段から振り下ろした。刀は地面に突き刺さり、鬼ごと大地を割る。
白百合流山砕き『砕破剛刀』。
極めた人なら本当に山を砕くとされる技。だが、その衝撃に耐えられなかった刀が砕け散った。
だが、鬼の体も大きく裂けている。オレは地面を蹴った。
背後からクラインに迫る。
「人間風情が!」
だが、オレに気づいたクラインが振り返りながら魔術を放ってくる。
体に突き刺さる土の槍。だけど、オレは痛みをこらえて地面を蹴った。そのままレヴァンティンでクラインの体を斬りつける。いや、斬りつけるつもりだった。
レヴァンティンが止まる。何かに引っかかったように。
それと同時にオレの体に何かが巻きついた。
「頸線か」
「クラリーネめ。おいしい所だけを持っていったな。まあいい。貴様から死にたいようだな。」
音姉は砕けた刀を見ながら呆然としている。あの刀は確か音姉の爺さんの形見だったな。本来の武器を使わずに大事にしていた刀。
オレは息を吸い込んだ。音姉に立ち直ってもらわないと、オレ達は生き残れない。
「ったく、音姉!」
音姉の体がビクッと震える。
「第76移動隊隊長海道周の名において、限定的な解除を許可する」
狭間市に向かう前に時雨から言われたことを思い出す。オレの許可があれば、音姉も亜紗も孝治も、限定的に本来の武器を使える。だから、今まで封印してきた音姉の本来の武器を使わせる。
「弟くん?」
「オレ達を守れ! 音姉の神剣で!」
この世にある神の力が宿った武器。それが神剣だ。神剣の持ち主は『GF』からマークされ、不用意に使わないように定められている。それほどまでに強く、強力だ。
音姉は頷いた。頷いて刀の柄を放す。
「神剣だと!」
クラインが驚いて音姉を見た。
当たり前だ。こんな子供が神剣を持つなんて奴らからしたら考えられないだろうな。
「弟くんに隠していたはずなんだけど」
「悪い。時雨から聞いた」
第76移動隊の隊長になる以上秘密には出来ないとあの日言われた。
音姉が神剣を持っていることを。
「私は、弟くんにとって身近な姉でいたかったのにな」
「音姉はいつでも身近だよ」
「ありがとう」
音姉が歩く。だが、その手には新たな刀が握られていた。
普通の刀にしか見えない。見た目だけは。だが、その刀が持つ力に誰もが目を見開いていた。
「まさか、光輝」
音姉が刀を、光輝を構える。
「弟くんを離しなさい。離さないなら、手加減は出来ない」
さっきの音姉は鬼姫というべきくらい混乱していた。だが、今の音姉は落ち着いている。
「くっ、一旦引くぞ」
クラインの声と共に魔物達が一斉に飛び散った。
オレは頸線からの拘束を外され、レヴァンティンを下ろす。
「音姉」
オレは音姉にリボンを差し出した。
音姉は光輝を鞘に収めて髪をリボンで括る。
「弟くん、ごめんね」
「何がだ?」
「取り乱して。私、由姫ちゃんがやられて、それで」
「取り乱していたのはオレもだ。音姉だけの責任じゃない」
オレは振り返った。
孝治や亜紗がゆっくり起き上がっている。悠聖も立ち上がった。
「負けたな」
「うん。新たな敵も現れたね」
「魔界の奴らか。ったく、何だって言うんだ」
わからない。魔界の奴らがどうして金色の鬼を狙っているかが全くわからない。
鬼は魔界の奴らに回収された。奴らは一体何を企んでいる。
「本気、出さないとな」
オレは満月の空を見上げた。
ようやく第一章前半前編が終わりました。これから後編に入ります。
見所は周の本気と音姫達が持つ神剣の力。
これからさらに長くなります。どこまで行くかわかりませんがともかく突っ走っていきます。
何か悪い点に気づいた人がいれば、教えてくださればありがたいです。
物語をよくしいきたいのでご意見ご感想お待ちしております。
次は幕間が入ります。説明不十分だと思う世界と神剣についてです。