第二百十九話 妖精乱舞
放たれる触手に対して亜紗は魔術を発動し、風の刃で迎撃する。だが、相手の攻撃は手数が多く、一撃一撃が脆くてもそれを手数でカバーしている状況だった。さらには力が強く、速度もある。
まるで、吸収した二人の力を持っているかのように。
「あの時の、アリエル・ロワソの最高傑作が私の最高傑作によって追い詰められている。何て快感なんだ。何て爽快なんだ」
「それはあなたの力じゃない!」
亜紗が叫びながら触手を打ち払う。だが、触手はどんどん亜紗に向かって伸びていた。迎撃しながらも後ろに下がっている。
それを感じながら亜紗は必死に前に出ようと頑張っていた。片手に七天失星を、もう一方の手に普通の刀を握り締め、不慣れな二刀流で何とか対抗している。
だが、それですら押されている。
「おやおや。『剣の舞』を使っていないのですか?」
その言葉に亜紗は唇を噛み締めた。『剣の舞』は確かに強力だ。もし、妖精乱舞が無ければ使っていたに違いない。
だが、亜紗にとってこの相手は妖精乱舞でなければ倒せないかもしれないと思ったほどの強敵。
亜紗は後ろに下がった瞬間、いくつもの魔術陣を展開して風の刃をいくつも放った。だが、それは前を塞いだ触手によって本体までは届かない。
「無駄無駄無駄無駄無駄! 無駄で無駄で無駄だ!! 私の最高傑作の前ではあらゆる何もかもが届かない。生体兵器をベースに作れば幾らでも最強の兵隊が作れるというのに、あのアリエル・ロワソは生体兵器を開発を止めて」
「生体兵器は道具なんかじゃない」
亜紗が七天失星を握り締める。そして、その先を男に向けた。
「生体兵器は自分で考え自分で動く。あなた達のような考えている存在じゃない」
「改造されなければ力の無い哀れな子供に私達は力を恵んであげた。無用な子供達を有用な存在に昇華させた。それを非難するいわれはない」
「違う」
亜紗ははっきりと否定する。
「確かに、人は弱い人もいる。戦えないくらい弱い人もいる。だけど、それが人だから。たくさんの人はそういう存在だから。私のように戦いしか出来ない人もいれば、守りたいから戦っている人もいる。そんな人達を一括りに有用だ無用だなんてあなたに決める権利はない!」
「それはお前が強いからだ。弱い人は力を欲する。強くなるための手助けを」
「人としての尊厳を奪って何が手助け? そんなもの、手助けでもなんでもない! 強くなるのに必要なのはただ一つ」
亜紗が向かってきた触手を斬り落とす。
「信念と根気。ただ、それだけ」
亜紗は地面を蹴った。大量の触手が亜紗に向かって放たれるが、亜紗は両手の刀を放り投げ、矛神の柄に手を乗せる。
一閃。
たったそれだけで十分だった。前を阻む触手ごと肉塊を真っ二つに切り裂く。亜紗はそのまま矛神を鞘に収め、落ちてきた七天失星と刀を受け止めた。
「あなたの最高傑作はもうない」
「それはどうかな?」
男が笑みを浮かべる。すると、二つに分けれた肉塊が一つになった。いや、分かれていたはずの部分が巻き戻しをされたかのようにくっついたのだ。そのまま肉塊は触手を放って来る。
亜紗は小さく舌打ちをして後ろに下がった。
「こいつを止められるものはもういない。だが、そのこのままでは埒が明かないな。03」
男の言葉にシリーズ03が体をびくっと震わせた。
「お前も一つになれ。そうすれば、もっと、もっと強い存在が出来上がる」
「い、いや」
「逆らうのか? 想像主に。愚かだな」
男が笑みを浮かべる。そして、男はシリーズ03を指さした。
「さあ、喰らえ。そして、血肉とかせ。本当の意味で最強になるのだ!」
触手がシリーズ03に向かって放たれる。ちょうどシリーズ03の前に到達したメグが炎獄の御槍を構える。そして、向かってきた触手を焼き払う。だが、それだけ。続いて迫った触手がメグの体を捕え、殴り飛ばした。
その触手はそのままシリーズ03に狙いを定めて、
根元から一気に切断された。
男が微かに驚きながら目を少しだけ見開いている。そこには、矛神を鞘から抜いた亜紗がいたからだ。三回しか使えない矛神の三回目を使った。つまり、もう、矛神は使えない。
「バカな真似を。その矛神で私を倒していれば、状況は変わっていたかもしれないのに」
「そうかもしれない。でも、私は周さんの近くで周さんを見ていた。だから、あなたは殺さない。殺さないけど」
亜紗は肉塊に視線を向ける。
あの肉塊は亜紗と同じ存在だ。同じ生体兵器。違いは助けてくれた人がいるかいないか。もしかしたら亜紗もあの一人になったかもしれない。
亜紗は周と出会ったから。亜紗の人生を大きく変える人物と出会えたから。
「あなた達は殺す。ううん。私の手で終わらせる」
「終わらせることが出来るのか? お前の力ではそのようなことは出来ない。こいつにすら何も」
「知ってる? 神隠しという言葉を」
亜紗が刀を鞘に収める。そして、鞘ごと虚空に収めた。対する七天失星は鞘から引き抜かれたまま光と風を纏っている。
男は微かに眉をひそめる。それと同時に肉塊が触手を放った。
一閃。
矛神を振るよりももっと軽いような一閃。たったそれだけなのに亜紗に迫っていた触手はほとんどが溶け、残った部分も細切れになっていた。
「何をした」
「神隠しというのは妖精が起こすもの。それを知ってる?」
「今、何をした!?」
男の言葉と共に触手が放たれ、斬り落とされる。
速いという次元ではなかった。亜紗はすでに七天失星を鞘に納めている。対する肉塊は半ばまで溶けていた。だが、すぐに再生する。再生はするが、男には亜紗が何をしたかわからなかった。
「何をしたのだ!?」
「幾らあなたが生体兵器として最強の存在を作ったとしても、人間には勝てない。その点ではアリエル・ロワソには感謝している」
亜紗は前にでる。肉塊はすかさず触手を放つが振られた七天失星が消し去っていく。
七天失星の刃は光輝を使っているかのように光り輝き、光輝と違って熱量を持っている。それは一瞬にして溶かすような熱量。
男はようやくその光についてわかった。七天失星に纏わりついている風に関しても。
「風王具現化と、光王具現化の限定展開」
「正解。だけど、それだけじゃない。見せてあげる。これが本当の生体兵器をというもの」
亜紗は息を吸い込んだ。そして、一言口にする。
「妖精乱舞」
その瞬間、亜紗の体が消えたように男から見えた。だが、それは間違っている。亜紗はそこに存在している。存在はしているのだが、男の視界には入っていないのだ。男は必死に周囲を見渡している。だが、男の視界のなかにはどこにも見当たらない。
妖精乱舞。
亜紗が持つ生体兵器としての特徴にして、最強の能力。風を得意とする亜紗が光王具現化を、剣に宿す超限定的ながら、使用できるのはこの能力があるからでもある。
能力はただ一つ。隠匿能力。
光の屈折に作用して目標から完全に姿を消すことのできる能力。しかも、それは複数の存在を複数の標的から見えないくすることもできる。それはいくら光属性のエキスパートでもわからないくらいの隠匿能力。
そこに亜紗の能力が合わさった場合、その凶悪性は計り知れない。
「ど、どこだ。どこにいる。どこに隠れている」
「隠れていないし逃げも隠れもしていない。ただ、あなた達には見えていないだけ。それが、神隠し」
亜紗は前に踏み出す。この能力を開発したアリエル・ロワソは何を思って妖精乱舞と名乗ったのかわからない。だけど、その名前は今の亜紗に相応しいものだった。
亜紗が地面を蹴る。その地面を蹴る音は響かない。響かないが、肉塊の体は半分が溶け去っていた。すぐに修復する体に抉りこまれる七天失星。
亜紗は静かに唱えた。
「光王具現化、解放」
その瞬間、突き刺さった七天失星を中心に光が肉塊から漏れ出し、その体が一瞬にして蒸発した。
亜紗は妖精乱舞をを終了して七天失星を鞘に収める。
「これで終わり」
「な、な、な、な」
男は今の状況が理解できないのか口をパクパク開いているだけだ。亜紗は小さく息を吐いて、そして、振り向いた。通路の奥を。
「亜紗さん、どうかしましたか?」
由姫が同じように視線を向けながら尋ねる。対する亜紗は何も答えない。いや、必死に通路の先を凝視している。何かを捉えようと。
そして、姿を現した。幻想種の一団が。
「あれは、くっ。亜紗さん、撤退しましょう」
「間に合わない。私一人だと撤退できるけど、今の由姫とメグは走れないしシリーズ03にこの男もいる。撤退するには人が足りない。それに、周さんを助けに行かないと」
亜紗は七天失星を握り締めて前にでる。だが、幻想種の群れは、主にゲルナズムが大半だが、ほぼ全速力で向かってきている。このままじゃ危ないのは簡単にわかる。だけど、圧倒的に守るメンバーが少なすぎる。
亜紗は覚悟を決めて七天失星を握り締めた。そして、向かってくるゲルナズムに向かって構え、
亜紗の隣を光の矢が通り過ぎ、ゲルナズムに直撃して爆発した。その爆風は周囲のゲルナズムをも砕き、一団の動きを遅くする。
「大丈夫ですか?」
「助けに、来ました」
そこに颯爽と現れたのは都と夢の二人。二人は亜紗の後ろに立ってそれぞれの武器を構える。
「ちょっと多いですね」
「ちょっとじゃない」
「ちょっとですよ」
都は笑みを浮かべながらそう言って断章の杖の先を握り締めた。ちょうどそこは都の手が握り締めることが可能な大きさを有している。
「私も、ちょっと、本気を出しますから」
そして、都はそれを引き抜いた。断章から現れたのは一本のレイピア。振り返りながらそれを見た亜紗は思わず唖然としてしまう。
断章は杖として強力な能力を持っていたはずなのに、実は仕込み杖だなんて誰が思うだろうか。周ですら気づいていない。
都は笑みを浮かべながらそのレイピアを幻想種の群れに向けた。
「連綿と続く章を断ち切れ!」
その瞬間、レイピアを向けられていたゲルナズムが一瞬にして消え去った。まるで、そこにはいなかったかのように。
「では、行きましょう」
都の呑気な声に、亜紗は小さくため息をついて幻想種の群れに七天失星を構えた。