第二百十八話 歌姫の祈り
イグジストアストラルの砲撃がダークエルフの体に直撃する。だが、それはリアクティブアーマーによってほぼ散らされ、ダメージはほとんど入っていない。
対するダークエルフは対艦剣を握りしめて振りかぶっている。イグジストアストラルは腕を交差して対艦剣を受け止めた。
「っく」
やって来る振動に鈴は小さく声を漏らした。その瞬間にメリルは背中の砲の一つを放った。だが、ダークエルフは軽く後ろに下がって対艦剣で払う。
反応速度がかなり速い上にリアクティブアーマーを破壊するのが至難の技。このままでは魔力が収束して爆発する方が早い。
「リアクティブアーマーさえ破壊出来れば!」
メリルはそうボヤくがダークエルフのリアクティブアーマーはなかなか破壊出来ていない。いくらソードウルフやアストラルルーラ、アストラルソティスが砲撃を加えてもリアクティブアーマーが剥がれないのだ。
「どうすれば」
鈴は背中の砲を一斉に撃ち込みながら小さく呟く。
どうすればダークエルフを止められる? どうすれば、リアクティブアーマーを破壊出来る?
二人の頭の中にあるのはそれだった。
リアクティブアーマーを破壊出来なければダークエルフはほぼ無尽蔵の力があると言っていい。攻撃力も、防御力もリアクティブアーマーは極めて高い。
メリルは何かに突き動かされるように通信を開いていた。
「これで終わりじゃ!」
アル・アジフの言葉が響き渡る。それと共に一斉に放たれた魔術が突撃してきたローブの集団を吹き飛ばしていた。
アル・アジフは小さく息を吐いて魔術書アル・アジフを閉じる。
「ふむ、どうやら最後の攻撃だったようじゃな」
「そうみたいです。『GF』の通信を聞いている限り、敵集団は降参を始めたとか」
少し大きめの通信機にデバイスやらを繋げている委員長はアル・アジフの言葉に答えた。隣ではミューズレアルを従える俊也の姿がある。
「とりあえず、一段落したってことだな。つか、まだ終わっていない部分も多いし」
ホッとしたように息を吐きながら悠聖が空と地上に視線を移す。眩い光が二度ほど確認出来たが、二度目の弱い眩い光の後に片方のゲートが消え去っていたのだ。
もちろん、そんな芸当が出来るのは楓ただ一人でもある。
「アル・アジフ。お前は行かないのか?」
悠聖は地上の光に目を移しながら尋ねた。あの光はダークエルフが出している光。あのまま収束すればとある現象が起きて一面焼け野原になる。おそらく、一面では済まない規模になるだろう。
アル・アジフはゆっくり首を横に振った。
「我は信じているからの。助けに向かった者達を。我らが手助けに行くようなことではないぞ」
「なるほどね。まあ、あの面々ならな」
「そこまで呑気でいいのかしら?」
冬華が呆れたように尋ねる。それに悠聖は呆れたように答えた。
「お前の方が呑気だろ?」
冬華はフェンリルを枕に寝転がっている。というか、戦闘が終わった瞬間にフェンリルに抱きついてこうなった。ちなみに、優月もフェンリルに抱きついている。
悠聖は小さく溜め息をついて空を見上げた。
「あっちのゲートは孝治が行くとして、オレらはここでずっと待機だな」
「僕一人が守っていてもいいよ」
「まあ、アルトさんがいれば何とかなると思うけど、悠聖君はそこまでゆっくりしていていいの?」
「アルト一人でどうやって疲労の高い俊也やボロボロのエレノアさんを守るんだよ」
悠聖は呆れたように視線を向ける。俊也は正直ヤバい。というか、委員長に肩を乗せて寝ている。本当なら戦場ではそんなことはしてはいけないのだが、ここに来た俊也を見た瞬間、そうは言っていられなかった。
身体中の筋肉が悲鳴を上げていたり、実は骨折していたり、本当にボロボロだったり。
委員長がいなかったらかなりマズかったに違いない。
「戦況はようやく傾いてきたところだ。途中で大きな変更があったけど、このまま現状を維持していくしかないな」
「なるほどの。ん?」
アル・アジフがデバイスを取り出す。そして、それを通信機に繋げた。
『我じゃ』
メリルは通信からアル・アジフの声が響いてホッとする。実は一度かけ間違えていたからだ。
「私です。メリルです」
『悠人はどうじゃ?』
「現在、ダークエルフのリアクティブアーマーを剥がす作業を行っていますが、リアクティブアーマーはどうやって装着していますか?」
一瞬の間。おそらく、アル・アジフは悠人の状態を聞きたいのだろう。だが、それは色々と状況に反している。だからこその一瞬の間。
『リアクティブアーマーは粒子結合じゃ。今から浩平に送るデータのポイントを撃てば理論上はリアクティブアーマーを剥がすことが出来る』
「理論上ですか?」
『リアクティブアーマー自体がすでにオーバードライブを起こしている場合は不可能じゃ。そして、それは理論上ではそうであって、現実では試したことがない』
もし、その情報が正しいならリアクティブアーマーを簡単、とはいかないが剥がすことが出来る。つまり、ダークエルフは強制的にFBDシステムを発動させられることになる。
あの機動力のために防御力を殺したフォルムに。
『悠人を頼む』
「わかりました」
メリルは通信を切った。ダークエルフはイグジストアストラルとぶつかり合っているが、イグジストアストラルが押されている。
メリルは再び通信を開く。次は浩平に。
「浩平さん、聞こえますか?」
「大丈夫だ。データは送られてきた」
スコープを覗きながら全てのポイントと地形を見ていた浩平は膝立ちになってフレヴァングを構えていた。その周囲には大量の銃がある。
「ポイントは全部で358。今までで一番多い数だな」
『そんなに』
あまりの数の多さにメリルが絶句する。だが、浩平はニヤリと笑みを浮かべた。
「大丈夫だぜ」
浩平はフレヴァングで狙いを定める。浩平が展開している銃の数は約100。それをほぼ同時に、そして、的確に当てないといけない。チャンスはおそらく一度だろう。
だが、浩平は笑みを浮かべている。
「俺は外さない。だから、リアクティブアーマーが剥がれた後のダークエルフを食い止めておいてくれよ」
全ての銃で狙いをつける。撃つポイントは全て決まっている。
浩平は一度深呼吸をして息を吸い込み、そして、引き金を引いた。
音の暴風。
全ての銃口から弾丸が連射される姿はまさにそれに相応しい状況だった。
ダークエルフは浩平がいる場所を振り向く。だが、その瞬間には二十連射された弾丸がダークエルフに迫っていた。
ある弾丸は地面を跳ね、ある弾丸は壁を跳ね、ある弾丸はイグジストアストラルの体を跳ね、ある弾丸は放たれた弾丸とぶつかり合って跳ね、ある跳ねた弾丸は跳ねた弾丸とぶつかり合って跳ね返る。
その全てはダークエルフの細かな動きを修正して跳ね返っていた。
リアクティブアーマーのついている部分。ダークエルフの全身、前だけじゃない。後ろにも弾丸が狙いを定める。もう、反応する時間はない。
そして、弾丸が一斉にリアクティブアーマーを叩いた。
浩平は全ての銃を収納してフレヴァングを肩に担ぐ。そこには身動きをしないダークエルフの姿。そして、何かが落ちた。黒い装甲だ。リアクティブアーマーだ。それが落ちる。
見えるのは純白のダークエルフ。
「これなら」
浩平がガッツポーズをした瞬間、ダークエルフが動いた。両手にバスターライフルを構えて浩平に向けている。浩平はとっさにその場から飛び退きながら防御魔法を幾重にも展開した。
だが、両手のバスターライフルから放たれた光は防御魔法を砕き、浩平を吹き飛ばす。
直撃しなかったのが幸いか、浩平は何とか建物の影に着地した。
「浩平!?」
それを見ていたリースが慌てて駆け寄ってくる。浩平は大丈夫という風に手を上げようとして、痛みで顔をしかめた。
よく見てみると腕が折れている。
「あちゃ。やっちゃった」
「見せて」
リースが浩平の腕を取り、すかさず竜言語魔法書を開いて竜言語魔法を唱えた。竜言語魔法はあっという間に骨折を治す。
「撃てる?」
「ちょっとキツいな。魔法で治ったからって痛みで狙えるような状況じゃないし」
『浩平さん、大丈夫ですか?』
すると、通信機に繋いだままのデバイスから声が聞こえる。浩平はそれを手に取った。
「大丈夫だが、射撃は出来ない。悪い」
『いえ。大丈夫です』
浩平はその言葉にリースと顔を見合わせた。
『私がやります』
メリルが深呼吸をする。
これからやることはやったことのない領域だからだ。
音界というのは歌姫が共に歴史を歩んでいた世界。だからこそ、たくさんの歌姫としての戦い方が受け継がれている。その中にはいくつもの危険なものがあり、メリルはそれらを嫌っていた。
だが、その一つをメリルは使用する。
「鈴、ダークエルフを押さえてもらえますか?」
「了解」
鈴が出力を最大限まで上げてイグジストアストラルでダークエルフを押し倒そうとする。だが、ダークエルフはそれを軽々と避けてイグジストアストラルにバスターライフルを放ってきた。
鈴はとっさにそれを腕で弾いてダークエルフに手を伸ばす。
「捕まえた!?」
がっちり掴んだ手をイグジストアストラルは引っ張った。ダークエルフが体勢を崩し、その瞬間に背負い投げる。
ダークエルフの体が地面に叩きつけられ、イグジストアストラルはその上に乗った。
「メリル!」
「悠人、ごめんなさい。今からあなたの中に乗り込みます」
メリルの口から旋律が漏れる。それはまるで子守歌。何かの言語ではあるだろうが、その言語が同乗者の鈴にはわからない。
メリルはさらに歌う。高らかに、そして、清らかに。
それは全ての闇を晴らす強力な光だとでも言うかのようにメリルの歌は響き渡る。イグジストアストラルの中を。そして、イグジストアストラルの外を。そして、ダークエルフの中を。
その瞬間、世界が変わったように鈴は思えた。何故なら、今、メリルは立っているからだ。イグジストアストラルのコクピットじゃない。周囲にあるのは様々な扉。
「ここは」
「悠人の心の中です。この歌は『傀儡人形』と呼ばれる題目の歌。対象の心に入り込み心の形を変える歌です」
「歌姫にそんな力が」
「音界の歌姫だけでしょう。今の私達は完全に無防備です。ですから、今の内に私達は悠人を救わないと行けません。ただし」
メリルは周囲を見渡した。周囲にある扉の数は全部で約20。まるで、拒絶するかのようなたくさんの扉。
「それには本物の扉を開く必要があります」
「つまり、この中のどれか」
「はい」
扉はほとんど同じだ。細部はほんの少しだけ違っているが、それはよく見ないとわからない。
鈴は小さく息を吐いて前に踏み出す。そして、小さく頷いた。
「メリルはわかった?」
「おそらくそうではないかと思っていますが」
「じゃ、一斉に指差そうよ。せーの」
鈴とメリルは同時に指差した。ある一点を。
そこに扉はない。変わりに、壁がある真っ白な壁が。
「悠人は下手だよね。本当に隠したいなら壁にしなくてもいいのに」
「それほどまでに悠人は隠したいのでしょう。鈴は私よりもたくさん悠人と一緒にいるのでわかっているのでは?」
「うん。悠人は私達を家族のように思ってくれている。アル・アジフさん、私、リリーナで一つの家族。だから、悠人はああなったんだと思う」
恋人というのはある意味家族と同じくらい大事な存在。そんな存在を失ったなら悠人が暴れてもおかしくはない。
二人は頷き合うと壁に向かって歩き、手を伸ばした。そして、世界が変わる。
現れた世界にあるのは部屋。中央にベッドがある部屋。そのベッドに悠人が腰掛けている。
「悠人」
鈴が悠人に声をかけた。悠人はビクッと体を震わせて鈴の方を振り向く。
「助けに来たよ」
「いらない」
鈴の言葉に悠人は首を横に振って拒絶した。
「もう、ルナはいない。いないんだよ。だからね、みんな殺せばいいんだ」
悠人がゆっくり立ち上がる。その手にあるのはエネルギーライフル。ただし、大きさは普通に人が使うサイズ。
「みんな殺せば、ルナは寂しくないよ。みんながいるんだから。みんなを殺したら、僕もすぐに向かうよ。みんなが一緒だったなら、僕はそれで満足だから」
「あなたはそれで満足ですか?」
メリルが一歩前に踏み出した。悠人はそれに反応してエネルギーライフルの引き金を引く。
放たれたエネルギー弾はメリルの肩を貫いて鮮血を飛び散らせた。だが、メリルは足を止めない。さらに一歩を踏み出す。
「満足だよ」
「違います。あなたはただ、ルナがいなくなった事実から逃げ出しているだけです。それをして、あなたは救われるのですか?」
「救われるよ」
「いいえ。救われません。あなたが私や鈴を殺す度にあなたの心は壊れて行くでしょう。そんなことをルナが望むとでも」
「だったら、どうしたらいいんだよ!?」
悠人の叫びが周囲に響き渡った。
「ルナは死んだ。僕のせいで死んだ。どうしたらいいんだよ!? 僕はどうしたら、ルナと再び会えるんだよ!?」
「ルナはもういません。あなたは会うことは出来ません」
「だったら、僕は、何をして生きていけばいいの?」
悠人はエネルギーライフルを落とし、ベッドに腰掛ける。
「ルナがいなくなったなら、僕は何をすればいいの? 何を守ればいいの? 何と戦えばいいの? 何を殺せばいいの?」
「悠人」
鈴が拳を握り締める。
悠人の心をルナが完全に占めていることに鈴はある意味諦めていた。でも、ルナがいなくなって目的を失った悠人にかける言葉がないのが悔しくて鈴は思わず涙を流してしまう。
そんな中、メリルは一歩を踏み出していた。
「何をすればいいの? 何に乗ればいいの? メリル、命令してよ。僕に」
「大丈夫ですよ、悠人」
メリルがゆっくり悠人を抱き締める。
「もう、戦わなくていいんです。もう、戦わなくても。この戦いが終われば音界に来ませんか?」
「音界に?」
「はい。音界はここと違って静かで長閑です。ですから、ゆっくり休んでください。休んで、普通に暮らしてください。もう、あなたが戦う必要はありません。ルナの故郷で」
「ルナの故郷に? うん、そうだね」
悠人がゆっくり頷き、そして、まぶたを閉じる。その瞬間、世界が戻っていた。
鈴は数回瞬きをして周囲を見渡す。
ここはイグジストアストラルのコクピットの中。そして、ダークエルフから光の翼は消えている。
鈴はホッと息を吐いた。
「すみません」
息を吐いた瞬間にメリルからの声が聞こえる。
「勝手にあのようなことを言って」
「ううん。悠人はもう、戦わない方がいい。悠人には似合わないから。戦いなんて」
レバーを握り締め、鈴は答える。
強くなろうと鈴は思った。強くなって悠人の代わりになろうと。そうしたならきっと、
悠人は戦わなくて済むと思った。
次回の悠人の活躍は第三章になります。