第四十八話 乱入者
「由姫ーッ!」
オレの声が響く中、吹き飛ばされた由姫が地面にぶつかり、跳ねて転がった。
オレは由姫に慌てて近づこうとする。だが、背後から飛んできた攻撃に気づいて振り返りながらレヴァンティンで叩き落とす。
「あらら、叩き落とされちゃったよ。ボス、どうするよ」
そこにいたのは大小様々な姿をした面々。だが、見ただけでわかる。こいつらは魔物がいる魔界の住人だ。
「作戦遂行が先だ。邪魔をする奴らは潰せ」
一番真ん中にいる角が額に生えた以外は普通の男がオレを見ながら言う。あまりのプレッシャーに動けない。
時雨クラス、いや、慧海クラスか。
「そなたらは何者じゃ!」
アル・アジフが魔術書を広げる。オレは動けないが浩平とリースの二人が由姫に駆け寄るのがわかった。
「お初にお目にかかります。『ES』穏健派代表アル・アジフ殿。我は魔界の貴族派所属クラインと言います。此度は鬼の回収に参りました」
オレを睨みつけたままそいつはアル・アジフに言う。あいつは気づいている。今一番危険なのはオレ、いや、オレの近くにいる人だと。
「鬼の回収じゃと。そなた、何が目的じゃ」
「鬼の力と申しましょうか。この世に存在した神に匹敵する力。それを我らのために役立てもらうのですよ」
魔界とオレらがいる世界、通称人界、は仲が悪い。正確にはもう一つパラレルワールドというか並行世界というべき天界とも仲が悪い。
だが、人界及び魔界、天界の行き来が本当に大変で、オレ達がほとんど話題にしないほど難しい。稀に魔物が暴れることはあるが、それは運良くきた魔物だ。
「この力でこの地を滅ぼし、空の世界も滅ぼし、我らが覇権を握る。素晴らしいではありませんか。低脳な人間共や家畜な羽虫共を殲滅出来る。なんと美しい」
人界から魔界に移動するには地下を、天界に移動するには空を使う。だから、魔界は天界を空の世界だと言う。
オレはレヴァンティンを握りしめた。
「さあ、失せろ。死にたくない人間は尻尾を巻いて逃げるんだな」
「てめえ」
「周」
オレの横に空から孝治が着地する。
「相手は俺らに任せろ。お前は由姫を」
「わかった」
オレは由姫に向かって駆けた。それに気づいた浩平が立ち上がりながらフレヴァングを肩に担ぐ。
「大丈夫だ。後は任せたぜ」
「ああ」
オレは由姫の横に急いでやって来た。多分、取り乱していたに違いない。いや、絶対だ。
もう、失うのは嫌だから。
「由姫? 大丈夫か?」
「お兄、ちゃん。無事?」
由姫が弱々しい声を上げてオレを見てくる。
「オレは無事だ。今から治癒魔術をかけてやるから」
「私は、大丈夫。っつ、だから、他の、人を」
「大丈夫だ。孝治が戦ってくれてる。あいつが負けるわけ」
「嘘」
由姫を挟んで反対側にいるリースが目を見開いて驚いている。
オレは振り返った。そこにはボロボロの孝治と中村の姿があった。離れた場所には悠聖とアル・アジフが転がっている。
「嘘、だろ」
孝治が負けた?
今は夜だぞ。孝治の『影渡り』が最大限発揮される時間だぞ。なのに、どうして。
「弱い。惰弱な敵だ。さあ、処刑の」
「させるか!」
浩平がフレヴァングを構える。だが、引き金を引くことはなかった。何故なら、浩平の影から現れた数人のクラインが浩平の体を一斉に殴ったからだ。
このスキルをオレは知っている。
「『影写し』」
「ほう、我の能力を知っているか。知っていたとしても我には勝てんな」
「っつ」
孝治はやられ、悠聖や中村、アル・アジフも動けない。亜沙はダウンバーストの余波から倒れたままだし、由姫は戦闘不能。都はアル・アジフに駆け寄り、リースは呆然としている。
「でも、あまり痛くないよな」
ただ、浩平はまだ動けていた。クラインが呆然と浩平を見る。
「バカな。我が魔力を込めた拳で気絶すらしないだと」
そんな威力の攻撃ならオレ達がよく浩平にしているものだ。だから、浩平には効かない。不気味だけど。
「周、動けるのはお前だけだろ。この状況を打開出来る手段は?」
「くっ」
思いつかない。孝治やアル・アジフがやられた相手にオレなんかが勝てる見込みはない。
オレが俯いた瞬間、ぶわっと凄まじい殺気が湧き上がった。
オレはそっちの方を向く。そこにはゆらりと立ち上がる音姉がいた。後ろには復活を始めている鬼の姿が。
キレたという領域を越えている。
「由姫ちゃんを、どうして傷つけたの?」
「我に質問するか。だが、答えてやろう。気まぐれだ。満足か?」
「うん」
音姉が頷く。頷いてオレに向かって何かを投げてきた。オレはそれを受け取る。
オレが音姉にプレゼントしたリボンだ。力を封じ込める能力をつけたリボン。つまり、音姉は自分で止めるつもりはないらしい。
音姉が顔を上げる。その顔には狂ったまでの笑顔があった。
「持っててね」
「人間。何を」
その瞬間にはクラインの懐に音姉が入っていた。
浩平の防御力はゲームでいうとカンストです。