第二百十二話 全ての思い
感覚が速い。
俊也はそう考えていた。体には紫電がまとわりつき、緑の服をした男の動きがよく見えていた。
加速した時の速さは文字通り神速と言ってもいい。背後に回り込みながら俊也を守っている委員長に攻撃を仕掛けようとする。だけど、俊也はそれをさせない。
男の動きより速く俊也は動いて男の体に拳を叩き込んだ。男はそのまま吹き飛んで、服装を途中で黒色に変えながら転がる。そのまま近くの建物に激突した。
「俊也君、すごいね」
『全部ミューズのおかげだよ。あいつ、精霊としては破格の能力を持っているからな』
俊也とは離れた位置には委員長とフィンブルドの姿があった。他の三体の精霊は傷が深いため姿を隠して休んでいる。
委員長はその言葉に首を傾げながらフィンブルドを見る。
「破格の能力?」
『まあな。例えば、海道時雨のミョルニル。あれは俺の風の加護よりも速く行動が出来る。それは何故か。簡単だ。ミョルニルは体内の神経伝達を常時最高速度を可能とするんだ。速度はほぼ雷と同じ。その速度で思考し、行動が出来る。問題点を上げるなら最高速度は使っていない時と同じだ。まあ、だから、海道時雨はミョルニルと同時に天雷槍を運用しているんだけどな。だが、ミューズは違う。ミューズの能力はミョルニルと同じ帯電化と、雷纏った加速。しかも、その速度は雷と同じ速度を出せる。この意味がわかるな』
フィンブルドの言葉に委員長は頷く。
それほど特異な存在と契約出来た俊也は何者かという考えもあるが、委員長は高鳴る胸の鼓動がその考えを一瞬でかき消していた。
俊也はただ、委員長を守るためにミューズレアルと契約をした。そのことが純粋に嬉しいのだ。
「この、糞餓鬼が!」
男が立ち上がり俊也に向かって突撃する。だが、男の前に『狂乱騎士』を槍に纏うアルトが立ち塞がった。
アルトは『鋼鉄処女』を展開したまま小さく息を吸い込む。
「貫け」
「そこをどけ!!」
男が加速する。その真っ正面からアルトは槍を全力で突いた。
黒い服に『狂乱騎士』の槍が激突する。全力の魔力を込めた槍は黒い服によって弾かれ、男の体は微かに体勢を崩した。
「解放しろ! 『狂乱騎士』!」
その瞬間にアルトは叫ぶ。すると、槍を纏っていた膜が一瞬にして解け、男の体を狙うように細い槍となって放たれた。
男はすかさず黒色から緑色に服装を変えて、俊也の膝が男の顔面に激突していた。
何が起きたか理解出来ていない男の体に『狂乱騎士』による槍が貫くはずだった。
だが、男の服装は緑色から白色となり槍が全て外れる。
「貴様ら、殺す。泣いて謝っても許さない。この場で殺してやる」
「させないよ。あなたみたいな人間はここで倒させてもらうから」
「同感だね。あなたの力は確かに凄い。だけど、その力は僕達に向けるものじゃない。僕達に向けるなら、容赦なく殺すよ」
俊也とアルトの二人は身構える。
俊也は新たな仲間であるミューズレアルと共に、アルトは由姫に負けてから必死に鍛えた力と共に。
男は怒りで顔が歪んでいる。そして、地面を蹴った。
服はいつの間にか白色から白と青、言うならば空の色に変わっている。
「僕が前にでる」
アルトは『鋼鉄処女』を展開したまま前に出た。その槍には再度『狂乱騎士』が纏わりついている。
対する男は拳を握り締めて飛び上がった。そして、アルトを叩き潰そうと拳を振りかぶる。
「わかっていればどうということはない!」
『鋼鉄騎士』を複数展開しながら『鋼鉄処女』も展開。そして、『狂乱騎士』の槍を握り締める。
「なら、潰れろ」
そして、男の拳が振り下ろされ、一瞬にして『鋼鉄騎士』が砕かれ、『鋼鉄処女』に大きなひびが入った。
アルトは後ろに下がりながら槍を振るう。だが、そこに男の姿は無かった。男はいつの間にかアルトの後ろに移動している。
「させない!」
すかさず俊也が男に突撃する。男はそれを見ながら拳を振るった。『鋼鉄処女』は砕け散り、アルトは振り返りながら槍でガードしようとする。そこに俊也は入り込んだ。
俊也は紫電を体に纏い、その拳を男に打ちつけて、紫電が霧散した。
「やはりな」
男が笑みを浮かべて拳を振るう。男の拳は後ろに下がろうとした俊也を捉え、アルトに向かって殴り飛ばした。その速度は高速。
受け止めたアルトごと二人は吹き飛ばされ壁に激突する。
「ハハハッ、フハハハハッ。さすがだ。さすがこの力。精霊の力などこの服の前では塵にも等しい。やはり、この力が最高の力なのだ。さて」
男が振り返る。そこには委員長とフィンブルドの姿がある。
フィンブルドは委員長の前まで出て身構えた。
「あの糞餓鬼はお前のことが大事だったみたいだな。ならば、ここで先に殺してやろう」
男が一歩を踏み出す。委員長は一歩後ろに下がった。男はさらに一歩踏み出す。委員長はまた後ろに下がる。
だが、このままいたちごっこは続かない。
男が一歩踏み出した瞬間、男は加速した。フィンブルドで捉えられる加速。
フィンブルドはその見に風を纏い全力の加速による蹴りを男に叩きつけた。だが、蹴りが男に当たった瞬間、風は霧散しフィンブルドの体から力が抜ける。
「非力だな」
男の拳がフィンブルドを捉え、吹き飛ばした。
フィンブルドは背中から壁に叩きつけられる。
『その服、魔力を吸い込むのか!?』
体を起こそうとフィンブルドは力を込めるが上手く力が入らずその場に崩れ落ちる。対する男は笑みを浮かべて頷いた。
「正解だ。あらゆる魔力の力、そう、特に精霊の力は糧となる。さて」
男が笑みを浮かべて委員長を見る。委員長は小さな悲鳴を上げて後ろに下がった。だが、その背中に壁が当たる。
もう、逃げ場はない。
「どうやって殺されたい? もう、お前を守るものはいない。お前の好きに殺してやる」
「助けて」
委員長は恐怖で目を瞑り震える唇で言葉を紡ぐ。
「助けて、俊也君」
その時、誰かが立ち上がる音がした。その音に振り返った男は目を見開く。
そこには、頭から血を流しながら、体から血を流しながらも立ち上がる俊也の姿があった。その目はまだ死んでいない。
「糞餓鬼に何が出来る? 満身創痍のお前に何が」
俊也は前に踏み出す。その足取りは不安定で今にも倒れそうだが男を睨みつける視線は揺らいでいない。
男は顔を怒りで歪めて叫ぶ。
「なら、この女から殺してやるよ!」
全速力で振り返り、全速力で拳を振るう。それだけで満身創痍の俊也は助けることが出来ず、ただの治療兵でしかない委員長を殺すことが出来るはずだった。
だが、そこに委員長の姿はなく、そこにいたのは小さな炎の竜。
男の拳が炎の竜を散らす。
「どこに行きやがった!」
「俊也君! お願い!」
委員長の声は空から。
男が振り向いた先にはこちらも満身創痍のエレノアが委員長を抱えている姿だった。
俊也が地面を蹴る。
男は笑みを浮かべて拳を振りかぶる。
相手は精霊召喚師。この力は負けないと自信満々に宣言出来る。だから、男は拳を振りかぶる。
対する俊也は満身創痍。ミューズレアルの力を使っているが、最大限までは使えない。でも、たった一つだけ使える最大の力がある。
紫電を最大まで纏い、最大まで加速して男に向かって走る。
それは、ミューズレアルだからこそ出来る最大級の技。
「千破万雷!!」
そして、一つの稲妻と化した俊也は男とぶつかり合う。魔力が吸い取られるのは一瞬。吸い込む量より向かってくる魔力が多いため一種にして男の体に俊也は激突した。
男の体が壁に叩きつけられる。だが、俊也は速度を一切緩めなかった。壊れない建物にひたすら叩きつけられ男。
『今だ、解放しろ』
心の中から聞こえるミューズレアルの声に俊也は力の全てを出し切る。
「くらえーっ!!」
最大の出力で全ての雷を放ちきる。
目も眩むばかりの光が消え去ったそこには服を黒こげにした男の姿があった。
その姿を見た俊也の体から力が抜ける。だが、その場に倒れることは無かった。膝をついた俊也の体を委員長が抱き締める。
俊也の顔の位置はちょうど委員長の胸くらい。
「花子さん?」
「バカ」
委員長が俊也を抱き締める。
「こんなにボロボロになって」
俊也の体が魔術によっと治癒される。俊也が顔を上げると、そこには涙を流す委員長の顔があった。だから、俊也は笑みを浮かべる。
「良かった。無事で」
「良くないよ。良くないよ。俊也君が死んだら私は」
「死なないよ」
俊也が委員長の背中に手を回す。そして、優しく抱き締めた。
「死なない。僕にはみんながいるから、みんなが、いるから。だから、ずっとそばにいてください。僕のそばに」
「はい」
そんな様子を満身創痍のエレノアとアルトは見ていた。二人の顔に浮かんでいるのは笑み。
「一件落着かな」
「そうだね」
二人が言葉を交わす。だが、その声は小さく、二人にだけ聞こえるような言葉。ただ二人は抱き合う二人を静かに祝福していた。
ついに服の色を変える男との戦いが決着。第一章でも出てきたこの男は多分、第四章でも出ます。(笑)覚えていたらですが。