第二百八話 到着
魔力が渦巻いている。ゲートを造るために動いていた魔力粒子の流れが今までとは違う動きをしている。それをオレは感じていた。
全ての魔力粒子が翼に流れ込んでいるのだ。つまり、あの翼はオレのレアスキルと同等のもの。
一体誰が。
その時、レヴァンティンが震えた。オレはとっさにレヴァンティンを耳に近づける。
『周、聞こえるか?』
聞こえてきたのは浩平の声だ。
「浩平か? お前、今、どこにいる?」
『そんなことより、お前の場所から光の翼は見えているよな?』
「当たり前だ。何があった?」
『信じられない話だが、ダークエルフから光の翼が出ている』
「ダークエルフから?」
オレは眉をひそめた。
ダークエルフの基本設計はアルが行ったけど、システム関連は新しく一緒に開発した。精神感応を従来よりも高めてマテリアルライザー並みにしたのだ。
だから、『天空の羽衣』すら再現するマテリアルライザー並みということはあの翼もダークエルフが出したとは納得出来る。
ただ、中に乗っている悠人が心配だ。
「悠人は?」
『暴走してる。敵味方見境なく攻撃だ。一応、リースが引きつけているから何とかなっているが、こっちは敵の救助に忙しいんだよ』
ということはリーゼアインとリーゼツヴァイの救助か。だが、ダークエルフのリアクティブアーマーは魔術ですら砕けない。
対抗出来るのはイグジストアストラルくらいか。
「わかった。一度通信を切るぞ」
オレは小さく息を吐いてレヴァンティンを下ろした。近くにいる全員がオレを見ている。
今の位置から考えて目的地はすぐそこだろう。
「全員、速度を上げて中央に乗り込むぞ。事情は走りながら説明する」
その言葉と共にオレ達は走り出した。何も聞かずについて来てくれるのは本当にありがとう。
「あの翼、お兄ちゃんのと同じだよね?」
心配そうな表情をした茜が振り返りながら尋ねてくる。もちろん、視線の先にあるのは巨大な魔力の翼。
茜には能力を最大限まで使ったからわかるのだろう。
「おそらくな。あのまま魔力が収束していったら魔力が暴走して爆発が起きる可能性がある。そんなことをさせるわけにはいかないからな」
「魔力の暴走ですか? 兄さん、一体何が」
「あの魔力量から考えて学園都市が簡単に吹き飛びますよね、周様」
断章の力を最大限まで使った場合、同じような翼が出来る都は知っている。抑えきれない量の魔力が収束した場合、その爆発は一定範囲の全てを吹き飛ばすということを。
そして、その爆発は大きければ大きいほど比例して大きくなる。
「ああ。あの大きさから考えて、関東は消滅するな。世界は混乱、ってレベルじゃないな」
そんなことが起きたなら文字通り災厄で『赤のクリスマス』以上のことが起きる。もちろん、オレも死ぬ。
「止めるにはイグジストアストラルが必要だ。マテリアルライザーはむしろ危険だからな」
「ちょっと待った。イグジストアストラルを使うのはいいとして、イグジストアストラルの中には音界の姫様がいるよね? どうするつもり?」
「問題がそれなんだよな」
メリルは現在学園都市を守るための歌姫による術式を歌っている。イグジストアストラルにしたのは撃破される心配がないためだが、暴走した悠人との戦いなら確実に衝撃によって気絶する可能性が高い。そうなれば、最悪の事態になった場合は学園都市を守れない。
孝治も悠聖も浩平も必死に動いている。オレ達もすぐに到着しないと。
『話は聞いたよ』
すると、レヴァンティンから音姉の声が漏れてきた。オレはレヴァンティンを顔に近づける。
『もしもの時のために術式は共有しているから何とかなると思う』
「何とかって、音姉は今ゲートから出て来る相手を倒しているんだろ? そんなの、どうやったら」
『今、何が大事なのか考えて』
音姉の言葉にオレは黙った。
絶対的に戦力が足りなさすぎる。出来れば後五部隊いればどうにかなるのに。
『弟くん!』
「オレは」
どうすればいい。どうすれば、音姉を守りながら戦える? 今、あの場所に近いのは誰だ? 誰が一体、音姉を守れる?
オレは走りながら奥歯を噛み締める。
どうすれば、いい?
『ったく、海道周。お前は相変わらず俺達を蚊帳の外か?』
その言葉からレヴァンティンの声が聞こえる。オレはハッとして顔を上げた。
『いい加減、第76移動隊以外の部隊を使おうぜ。お前は宣言したじゃないか。学園都市は学生の街だってな』
「紅くん」
音姫の言葉に紅は笑みを浮かべた。そして、紅は手のひらに炎を作り出して天魔の群れに投げつけた。
灼熱の炎が天魔の群れを呑み込み焼き尽くす。
「お前達だけで守ってんじゃねえぞ。俺達だって学園都市の『GF』なんだぜ」
『紅』
周の声はどこか嬉しさを含んでいた。その声を聞いた紅はより一層笑みを浮かべる。
「お前は俺の能力が信じられないのか?」
『お前の性格は信じられないな』
「おいおい。まあ、任せろや」
紅が音姫に通信を返す。それと同時にアレックスとロドリゲスが紅の隣に着地した。
ゲートからは未だに天魔が吐き出されている。
『音姫、メリルからはオレが話す。だから、頼んだ』
「うん」
音姫が光輝を鞘に戻して髪を括っていたリボンを解く。
「アレックス、ロドリゲス、これから全ての音姫さんの攻撃を弾き、あいつらを倒すぞ。一回も邪魔をさせるな」
「全ては世のため男のため」
「我らがチーム“ゲイ”ボルグ。これより殲滅行動に入ります」
「オレはゲイじゃねぇ!!」
紅の叫びと共に三人は同時に天魔の群れに飛びかかった。
オレは軽く笑みを浮かべながらレヴァンティンを下ろす。
「周君、嬉しそう」
「そりゃな。予定はかなり狂っているけど、今の状況なら十分に挽回可能だ。このまま中央に」
そう言いながら道を曲がると、そこにはローブの集団の姿があった。
どうやら待ち構えていたらしい。向こう側では戦闘が起きている以上、ここが相手の最終防衛線か。
オレはレヴァンティンを握り締める。
「ここを突破すれば到着だ。このまま全力で」
「全員突撃!」
その言葉にオレ達は固まった。そして、ローブの集団も固まっている。何故なら、それを言ったのはシェルターにいるはずのリコだったからだ。そのリコが学園都市の『GF』部隊を引き連れてローブの集団に突撃していた。
リコが加速と減速を上手く使い、ローブの集団に突入して掻き乱したところに部隊が突撃する。
虚を突いた攻撃だがいい作戦だ。
「周ちゃん! ここは私が食い止めるから!」
ローブの集団と戦いながらリコは声を上げる。その言葉にオレ達は頷いた。
「行くぞ」
そのままレヴァンティンを握り締めて乱戦の中を突撃する。何故か、オレ達を進む道は道が開いていたが。
さっさと向かってさっさと地下に突入する。そして、親父を止めないと。
壁に叩きつけられる。その感覚が俊也の中では数秒遅れて感じられた。そして、俊也は前のめりに倒れる。
『俊也! ぐっ』
黒の服の男の拳はフィンブルドを捉えて壁に叩きつける。すでにアーガイルもタイクーンもグレイブも壁に叩きつけられて動きを止めていた。
フィンブルドはゆっくり起き上がる。
『化け物、かよ』
「誉め言葉だな。精霊にそう言われるとは思わなかった」
男はゆっくり俊也に向かって歩み寄る。俊也はゆっくり体を起こすがもう戦えるような状態ではない。それは俊也達の精霊にも共通すること。
男は笑みを浮かべて俊也に手を伸ばす。
「終わりだ」
そのまま首を絞めて殺そうと男が考えた瞬間、何かが迫って来ているのに気づき、男はとっさに後ろに下がった。
それと同時に男が立っていた場所に半透明の壁が突き刺さる。
「誰だ!?」
「『鋼鉄騎士』を見たことがないのかな? だったら、これでわかるよね」
その言葉と共に半透明の壁の前に薄い膜で全身を纏ったアルトの姿があった。アルトは『鋼鉄処女』を纏って笑みを浮かべている。
「貴様は」
「悪いけど、介入させてもらうよ」
アルトは槍を構える。
「あなたが悪名名高い自称ガウェインさんだね」
「知っているのか。なら、何故介入する? 力を知っているのだろ?」
その言葉にアルトは肩をすくめた。そして、『鋼鉄騎士』に『鋼鉄処女』を展開したまま槍を薄い膜が包み込む。
あの日、由姫にアルトが負けてから必死に特訓した自分のレアスキルの使い方。
『鋼鉄騎士』と『鋼鉄処女』と『狂乱騎士』を同時に展開する究極の混合レアスキル。
「僕はただ、あなたが最硬の防御力を持つことに疑問を持っているだけだよ」
七天失星の刃がイグジストアストラルの砲撃をかいくぐってきたローブの男を斬り裂いた。そして、飛んできた魔術を弾く。
イグジストアストラルやソードウルフがいるとはいえ、戦略的には向こうが上だということは亜紗はわかっていた。
今、亜紗がすることは一つだけ。周が来るまでこの場を守りきること。
アル・アジフや悠聖もこちらに向かっているのはわかる。今は亜紗のすぐ後ろにある地下への入り口を守りきることだ。
亜紗は小さく息を吸い込んで七天失星を構える。
ローブの集団はイグジストアストラルやソードウルフの砲撃をかいくぐってやって来る。その数はだんだん多くなってきた。アストラルソティスやアストラルルーラがいるとは言え、数が絶対的に足りない。
亜紗が軽く息を抜いた瞬間、ちょうど亜紗の後ろから誰かが現れた。ローブの女だ。その手に持つナイフをそのまま真っ直ぐ亜紗に向かって突き、ナイフが空を待った。
「気を抜くではない!」
声を上げた人物はローブの女の側頭部を蹴り飛ばして亜紗の隣に着地する。
『遅い』
亜紗は不満そうな顔で亜紗の隣で魔術書アル・アジフを開くアル・アジフに向かって抗議する。
アル・アジフは苦笑しながらいくつもの魔術を砲撃をかいくぐってくる相手に向かって放った。爆発が相手を吹き飛ばす。
「そう言うではない。説得に時間がかかっての」
その言葉と共に砲撃を行っているアストラルルーラやアストラルソティスにソードウルフを守るようにエネルギーシールドを全開にしたイージスが到着していた。
アル・アジフが今まで戦列にあまり参加しなかったのはイージスを戦場に連れて来るため。
「それに、我の魔力はほぼ残っておる。心配しなくても今から本気でいくぞ」
『それなら安心。アル・アジフさんの本気なら本当に心強いから』
その文字と共に亜紗は笑みを浮かべる。
「着々と集まっているようだな」
その声は上から聞こえてきた。その声に二人が見上げると、そこには悠聖と冬華の二人が降りてきていた。そして、地面に着地する。
「後は周隊長達か? オレより遅いなんて後で何か奢って」
「誰が遅いって?」
その言葉に全員が振り返った。そこには笑みを浮かべた周の姿がある。
「さあ、第三、いや、第四段階を始めるぜ!」