第二百三話 雷光の覇者
時雨回です。というか、今まで時雨はそれほど強く書いていませんでしたが、実際はかなり強いです。世界ランクで言うなら三桁には入ります。
身体強化魔術術式『ミョルニル』。
神経の伝達速度を最大限まで加速させてつつ無意識の内に体にかけられているリミッターを解除することが出来る。
簡単にいうなら、あらゆる筋肉の動きを人間が最大まで稼働出来る範囲内で伸縮自由にする術式。もちろん、その性能は桁違いだ。
ミョルニル自体は海道時雨しか使えない。唯一中級以上を使用可能な雷属性を極めた時雨しか使えないと言っていい。
雷神槍の速度は標準的な収束砲は約時速200km程度で、天雷槍はそれより早い時速250kmほど。対するミョルニルは時速400kmまで計測されている。
普通なら反応出来るのがおかしな速度だ。それを悟られることなく戦う時雨の強さは世界でも五指に入る。
弱点はあるものの、その弱点をものともしない強さに憧れる人は少なくない。
その当の本人は地面を踏みしめる。そして、手に持つ斧を振り切った。だが、そこにリーリエ・セルフィナの姿はない。
リーリエ・セルフィナの姿は時雨の背後。そのままリーリエ・セルフィナはナイフを突き出して、空を切った。
リーリエ・セルフィナが前を見ると、少し離れた位置には地面を滑りながら止まっている時雨の姿がある。
斧を振り切ったまま前に走ったのだ。それによって背後からの攻撃を避けた。周ならば別の回避方法になるだろうが、これはこれで時雨らしいという回避の仕方だ。
時雨の速度はデバイスや武器の携帯がないなら最速と言ってもよく、その純粋な速さの前では天雷槍ですら霞む。
「あなたは仕事が忙しいのでは?」
「相変わらず、感情によって口調が変わるのだな」
時雨はそう言いながら自らの斧の石突部分にある蓋を開けてエネルギーバッテリーを入れる。その数三つ。入れ終わった時雨は蓋を閉じた。
「今日、明日のために仕事はかなり終わらせた。『GF』総長と言っても、孫の勇士をみたいからな。だが、予定が変わったのも事実だ」
「確かに言っていましたね。一体、何の予定が」
「天界の勢力が動き出している気配がある」
その言葉にリーリエ・セルフィナは信じられないというように首を横に振る。
人界には第一特務という存在や、単身で天界に乗り込んで制圧可能な慧海の存在がある。なのに、天界が動くということはむしろ、魔界への侵攻準備ではないかと思ってしまう。
「ご冗談を」
「今まで戦場を見渡していたから気づいたが、学園都市の建物や地面に組まれた術式があるため、莫大な戦果を出せるであろう二人がまだ動いていない。休んでいる」
「それが何か?」
その二人に関してはリーリエ・セルフィナも気づいていた。戦闘に参加すれば派手な魔術によって一瞬で位置を把握かのな二人。
海道駿も警戒している二人だ。
「リーリエ。お前は何も聞いていないのか? 第三者の勢力について」
「私は何も聞いていないわ。むしろ、初耳。今の私の役目は白川悠聖を止めること。駿さんも危険だと判断している」
「オレに勝てるとでも?」
二人の間に火花が散る。比喩ではなく事実だ。実際に放電によってお互いの紫電がぶつかり合って火花を散らしている。
「勝つしかないわ」
そして、リーリエ・セルフィナが地面を蹴った瞬間、リーリエ・セルフィナの腹部に時雨が持つ斧が食い込んでいた。時雨はそのまま近くの壁にリーリエ・セルフィナを叩きつける。
「ランス」
時雨はただそれだけを発する。それだけで、時雨の持つ斧は形を変え、槍となった。ただし、ハルバートという方が近いかもしれない。斧の刃が小さいためそういう風には見えないが。
そして、その手に持つ槍をリーリエ・セルフィナに向かって投げつけた。リーリエ・セルフィナは横に転がって避けるが転がった時点で時雨は槍を掴み取っている。
「アックス」
槍から斧に変わる。そして、その斧に紫電が纏わりついた。
「紫電一閃」
白百合流の紫電一閃とは違う。あちらは紫電のような高速の一閃だ。この紫電一閃は、紫電を纏う一閃。
まるで周が放つ破魔雷閃のごとく紫電の刃が受け止めようとリーリエ・セルフィナが構えたナイフを簡単に砕いて突き刺さり、振り抜かれる。
リーリエ・セルフィナは体力をごっそり持って行かれながらその手に取り出したナイフを投げつけようとして、その腕を取られる。
「相変わらず弱点は変わっていないな」
「くっ」
その手を払い、リーリエ・セルフィナは瞬間移動によって時雨と距離を取る。
「あなたに言われたくありませんわ。その反則的な加速と反応速度。雷属性の攻撃の威力」
「これでも第一特務の隊員だ。訓練はしている」
「だからこそ、私はあなたが嫌いなのよ!」
リーリエ・セルフィナが時雨に向かって飛びかかる。時雨は斧を構え、視界からリーリエ・セルフィナの姿が消えた。すかさず前に飛び出して振り抜かれた剣を避ける。着地しつつ振り返るがそこにリーリエ・セルフィナの姿はない。
時雨は微かに目を細めながらその場に前のめりに倒れ込むように動いた。そして、体を捻りながら後ろで振り抜かれた剣を避ける。そして、ちょうどそこにいたリーリエ・セルフィナに斧を叩きつけた。
リーリエ・セルフィナはまともに斧を食らって吹き飛ばされる。
「何故」
二連続転移による攻撃。時雨の攻撃速度では空間を制御する時間が足りないためそれを使ってのだが、完全な死角からの攻撃を時雨は全て避けていた。
普通ならありえない。周や悠人のような存在を除いて。
「天雷槍を使っているならわかるだろ。磁力だ。体中から放出される磁力を上手く作用させる。誰かが近づけば磁力は引き寄せられるか反発されるか。天雷槍よりミョルニルの方が速い以上、後から攻撃した方が得だからな」
完全にリーリエ・セルフィナを狙った動き。そこに時雨の思惑通りに動いたリーリエ・セルフィナを時雨は叩いただけ。
言うのは簡単だが行うのは難しい。
それに、例え時雨であっても雷属性や身体強化以外に関しては魔力量を除いて一般人クラスしかない。だから、攻撃を当てればいいと思っていたリーリエ・セルフィナは見事に策に嵌っていた。
「バカにして。あなたはいつもバカにして。上からの言葉は嫌いなのよ。それに、私はまだ奥の手は使っていない」
「奇遇だな。オレもだ」
時雨が斧を構える。リーリエ・セルフィナはナイフを取り出した。
「あなたが私より速いなら、動けないようにすればいいだけ」
その言葉と共に慧海の周囲に大量のナイフが出現した。それは逃げ場が無いくらいの大量のナイフ。
リーリエ・セルフィナは笑みを浮かべる。笑みを浮かべて指をパチンと鳴らした瞬間、全てのナイフが時雨に向かって放たれていた。
回避出来るような攻撃ではないし、回避するような距離でもない。
ナイフが加速し、時雨がいた空間を貫いた。そう、時雨が、いた、空間を。
リーリエ・セルフィナが目を見開きながら振り返る。そこには斧を振り上げた時雨の姿。そして、紫電一閃がリーリエ・セルフィナを呑み込んだ。
「上手く奥の手が使えたな。さて、ベリエ」
「はい?」
アリエの治癒を行っていたベリエが声を返す。
「シェルターに向かえ」
「わかっています、時雨師匠。私も無茶をするつもりはありませんから」
「それでいい」
すでにベリエの体はボロボロだ。これ以上戦ったならただの足手まといにしかならない。それくらいはベリエも理解している。
だから、時雨は歩き出した。
「後は任せろ」
「お願い、します」
時雨は斧を肩に担ぐ。そして、歩きながら空を見上げた。
「これからが本番だぞ、周。頑張れ」