第二百二話 大きな流れ
二人ほどほとんど出ていない、というか、戦闘始まってから一人は名前すら出してないような気がしますが、楓と光の二人の活躍の場はもう少し後になります。ちなみに、この話は二人とは関係ありません。忘れ去られているであろうと考えたので。
「化け物ね」
ベリエは小さく呻いた。そこには雷の槍が胸に突き刺さったまま拳を突き出すリーリエ・セルフィナの姿。壁に叩きつけられたベリエの口から血が吐き出される。
「惜しかったですね。本当に、後少しでした。後少しで私は負けていましたよ」
リーリエ・セルフィナが自らの胸に突き刺さった雷の槍を引き抜く。
「天雷槍による防御が一瞬でも遅れていたなら負けていました。本当に」
リーリエ・セルフィナが笑みを浮かべたままベリエに近づく。もう、ベリエが戦う力はない。
体が傷つくことなんて関係なく使った雷神槍や千破万雷によってベリエの体はほとんどがボロボロだった。生きているのが不思議なくらいの状態。だが、目は死んでいない。未だに闘志を燃やしている。
「どうして、そんな目を? 餓鬼は大人しく大人の指図を受けていればこんなことには」
「あんたには、わからないわよ。私達には、守らないといけないものがあるんだから!」
それはシェルターの一つ。時折聞こえる爆発や振動にシェルターに逃げ延びた人達が身を寄せ合っている。
その中を駆け回るのは『GF』であり学園自治政府の人達であった。
その中にエクシダ・フバルの姿はある。
「戦いが大きくなっているようだな」
その言葉に隣に控えていたアルトがピクリと動く。
思った以上に人員を必要としたため、第一特務の面々も走り回っていた。怪我人の治癒や事情を説明するために。
「行かないのか?」
エクシダ・フバルの言葉に首を横に振る。
「私は、エクシダ・フバル氏を守ることが命令です」
だが、アルトの顔に浮かんでいるのは苦渋。本当は行きたいと思っている。
「『GF』の仕事は民間人を守ることではないのか?」
「それは」
アルトは床を見つめる。
民間人を守るのと同じようにエクシダ・フバルも守らなければならないと思っている。だから、アルトは行くことが出来ない。
どうすればいいかアルトにはわからない。もし、周やエリオットなら簡単に動くだろう。周は最高を目指し、エリオットは最善を目指すから。
「お兄ちゃんは、守ってくれないの?」
その言葉にアルトは顔を上げた。すぐ近くに血まみれの服を着た幼い女の子の姿がある。
「こら、未来! お兄さん達だって大事なことがあるのよ」
隣にいる母親らしき人物が女の子を抱きかかえる。アルトはその女の子に見覚えがあった。周がシェルターに連れてきた女の子だ。
あの時の周は傷が回復しているものの血だらけであり、ちょうど近くにいたアルトは周が出るのは不可能だと思っていた。だが、周は向かった。
学園都市を守るために。
「君の名前は」
アルトは女の子に近づき、頭を撫でながら名前を尋ねた。女の子は嬉しそうに答える。
「みき!」
「そっかみきちゃんか」
アルトはその言葉に笑みを浮かべて頷いた。
「君は、周が命がけで助けた子だね」
「うん。お兄ちゃんは助けてくれたよ。お兄ちゃんは、助けてくれないの?」
その言葉にアルトは黙ってしまう。シェルター内にいる誰もがこの会話を聞いていた。アルトは良くも悪くも有名人だから。
アルトは俯く。自分に力がある。力があるけどやらなければならないこともある。アルトにとってそれは苦渋の決断。何を守ればいいのかを決めなければいけない。
「周はいいな」
アルトは笑みを浮かべながら周の名前を呟く。
こんな状況で頭に浮かんだのは周だった。周ならどうするかを考えてしまう。そして、周ならどのような未来を考えるかも。
「お兄ちゃん?」
「未来、いい加減にしなさい。お兄さんにも仕事があるのよ」
期待されているわけじゃない。女の子は今を終わらせたいだけ。だから、尋ねている。多分、シェルターにいる大半がそう思っているだろう。そう考えると、アルトは迷っている自分が馬鹿馬鹿しくなってきていた。
今、このシェルターにいるのは学園都市体育祭を楽しもうと来た人達なのだから。
「そうだね。じゃ、約束するよ」
アルトは小指を差し出す。
アルトの言葉に女の子の母親は驚いたようにアルトを見ている。
「これから僕はみんなを守りに行く。だから、大人しくお母さんと一緒にいててね」
「うん」
そして、合わさる小指。それを感じたアルトはゆっくり起き上がった。
その顔にもう迷いはない。
「エクシダ・フバル氏、僕は行きます」
「行ってこい。未来を作るのは私みたいな老いぼれの大人ではない。お前達だ」
「はい」
アルトは歩き出す。それに同調するように一人、また一人と『GF』の隊員が立ち上がる。その誰もが怪我をしていたが、動ける人は立ち上がっていく。
全員、アルトと女の子の会話を聞いていた人だ。
「アルト?」
そんな中、シェルターの中にリコの声が響き渡る。アルトはその声に振り向いて口を開いた。
「僕は行くよ。だから、エクシダ・フバル氏を」
「そうじゃない。あたし達が行くのは賛成。第一特務の面々も準備を終えたから、あたしはエクシダ・フバル氏に聞きに来ただけ。あたしがいいたいのは怪我人を連れて行く気?」
その言葉に立ち上がろうとしていた怪我人が立ち上がるのを止める。その動作を見たリコは小さく溜め息をついた。
まるで、戦うなとは言ってないと言いたいように。
「アルト、あたしがシェルター内の指揮を執る。今から出す指示は一つだけ。怪我人以外は出撃。学園都市を自らの手で守りたい者は部隊間で連携を取ること。そして、第一特務を中心とした戦いにしない」
「どうしてだい? 僕達を中心にすれば」
「周ちゃんが言ってたよね? 学園都市は学生の領域だって。あたしの言いたいことがわかる?」
「僕達は、手伝うだけ」
「そう。あたしは周ちゃんを信じる。周ちゃんの信じる学園都市の姿を信じる。だから、あたしはシェルターにいるから、みんなをお願い」
リコの言葉にアルトは頷いた。
本当ならリコは真っ先に飛び出して親友と共に戦いたいはずだ。だが、リコはそれを我慢している。学園都市という存在が学園都市内の学生達の場所であるから。
ここで大人が介入すれば学園都市は学生達の街では無くなる。今まで『GF』や学園自治政府が頑張ってきた努力が無駄になる。
だから、リコはアルトに託した。約束をしたアルトに。
「リコ、任せて。シェルターは任せたから」
「お任せあれ」
この時、大きな流れの一つが動き出した。それは、シェルター内で起きた小さな約束から始まったこと。
アルトは歩き出す。約束を守るために。
「アルト・シュヴッサー。約束を守るために出撃する!」
ベリエはナイフを構える。だが、ナイフを持つ手は震えていた。
「学園都市は、私達の街だから」
「呆れた。もう、いいかしら。さあ、死になさい」
そして、リーリエ・セルフィナが雷の槍を放つ。ベリエはそれをナイフで払おうとして吹き飛ばされた。
地面を転がりながらもベリエは握り締めたナイフを手放さない。そして、ベリエは壁にぶつかり止まった。
本当なら倒たままでいるだろう。そうじゃないのは、気合い、という以外に何もないかもしれない。目は若干虚ろになりながらもベリエは立ち上がる。
「死ねない。私は、守る、から」
「そう。なら、焼き尽くしてあげる。天雷槍!」
天雷槍を纏ったリーリエ・セルフィナが地面を駆ける。その速度にベリエはついて行くことが出来ず呆然と前を見つめ、
漆黒がベリエの視界を塞いだ。
目は開いているし色も識別出来ている。光がないというより漆黒の色をしているだけだ。それが、前を塞いでいる。塞いで、リーリエ・セルフィナの突撃を簡単に受け止めていた。
「無事、みたいだな」
漆黒の服をした誰かが顔だけ振り返る。その顔を見たベリエは目を見開いた。
「時雨、師匠?」
漆黒のマントと漆黒の戦闘服。そして、手には紫電を纏う刃の小さめな斧。
世界最強の雷属性術者である海道時雨がそこにいた。
「久しぶりだな。リーリエ・セルフィナ」
「何故、あなたが。あなたが入ってくるのはもっと遅いはずでは」
「そうだな。オレもそう思っていた。だが、ちょっとだけ予定が変わってな。だから、オレ一人で入らせてもらった」
リーリエ・セルフィナに斧を構える時雨。リーリエ・セルフィナの額には汗が浮かんでいる。
「ミョルニル、発動」
そして、時雨は世界最強の身体強化術式を発動させた。
これからは今まで活躍していたベリエに代わって時雨がリーリエ・セルフィナと戦います。ついでにアルトも戦場に参加します。