第二百一話 形勢逆転
目を見開く。口をポカンと開けたまま固まってしまう。突き出した拳は完全に静止し、前方の光景を見つめていた。
何故なら、そこには壁に激突してぐったりとしているアリエの姿があったから。ベリエは千破万雷でリーリエ・セルフィナを攻撃したはずなのに。
一部発火した火に気づくことなくベリエはアリエを見つめ、服装の一部が斬り取られた。
「火をつけたままだと危ないわよ」
その言葉は背後から。アリエがいた場所からベリエの耳に聞こえていた。
「リーリエ、セルフィナ」
「そうよ。惜しかったわね。さすがの術式凍結結界の中だと、私でもやられていた。だけど、結界なんて一部でも綻びが出来たなら簡単に壊れるでしょ?」
リーリエ・セルフィナが笑みを浮かべながら天雷槍を身にまとう。
「さあ、あなたも壊れなさい」
そして、ベリエの体にリーリエ・セルフィナが激突した。
ベリエの体は簡単に吹き飛び壁に激突する。体中の骨が砕ける感覚と共にベリエは地面に叩きつけられた。
戦闘服や戦闘用のデバイスを身につけていなければ確実に死んでいたであろう衝撃。ベリエは体の痛みを堪えながら治癒魔術を展開しつつ起き上がる。
治癒魔術によって強制的に繋げたものの、折れた部分は灼熱の痛みを上げ、体中の筋肉がもう動けないと悲鳴を上げる。
「まだ壊れないの?」
リーリエ・セルフィナの驚くような言葉。
リーリエ・セルフィナの突撃はベリエの千破万雷よりも威力は高く、例えどんな相手でも動けなくする威力はあった。だが、ベリエは立ち上がる。
「負けられ、ない、から」
「自分の実力をわかっている? 雷神槍は使えてもそれ以外のことは普通のレベル。二人でようやく一人前」
「そんなけと、わかっている」
ベリエはナイフを抜き放つ。そんな動作だけでも体は悲鳴を上げて痛みを全身に散らばらせる。
だが、ベリエは我慢する。泣きたくても、叫びたくても、倒れたくても、今を我慢する。
リーリエ・セルフィナを倒せるチャンスは今しかないから。
「アリエと一緒で一人前。そんなこと、第76移動隊の中にいたら、当たり前よ。私は未熟者。周やメグみたいな才能は無ければ、孝治や音姫みたいな天才でもない」
痛みはマシになってきた。ベリエは自分に言い聞かせる。
「お姉様やリースみたいに強力な術式も、楓や光みたいな強力な武器も、悠聖や悠人みたいな強力な絆も何もない」
そんなことは自分が一番わかっている。一番、わかっている。
「由姫や亜紗みたいに極めたわけでも、都やアル・アジフみたいに覚悟を決めたわけでもない。だけど、だけど、私は、周のライバルになるって決めた。あんたを倒すって決めた。だから、負けられない」
「普通なら失神するほどの痛みの中、よく堪えますね」
「血反吐ならいくらでも吐いた。私の雷神槍は私自身を焼く。だから、これが私の雷神槍!」
ベリエはナイフをリーリエ・セルフィナに向かって投げつける。それは紫電を纏い、刹那で加速し、刹那より早く駆け抜けた。
リーリエ・セルフィナがいない空間を。
「天雷槍の私に雷神槍は効きませんよ」
リーリエ・セルフィナはベリエを回り込むように背後から仕掛ける。ベリエはそれを感じて、笑みを浮かべた。
「穿て」
そして、ベリエの言葉と共に体に纏う紫電から放たれた雷の槍がリーリエ・セルフィナを貫いた。
矛神の刃が弾かれる。亜紗の手からは矛神が吹っ飛び、振り下ろした手を強制的に上げられた亜紗の顔は驚愕に染まっていた。
黒い服を着た男は笑みを浮かべている。
「やはり、神威に対し、神権は強いか」
亜紗はすかさず七天失星を掴もうと手を伸ばし、上から叩き潰された。
亜紗の肺から空気が漏れ、亜紗はほんの一瞬だけ息が出来なくなる。
「捉えたぞ。生体兵器の女」
亜紗は亜紗の上に乗っている男を睨みつける。だが、そんなもので男がそこから動くわけがない。むしろ、そんな表情の亜紗の顔に男は笑みを浮かべる。
「そそるな。本当に、怒っているお前は美しい。そうだな。今からお前を犯してやろう」
その言葉に一瞬、ほんの一瞬だけ亜紗の思考が止まり、そして、意味を理解する。
「前からか? 後ろからか? それともたくさんの人にか? お前に選ばせてやる」
亜紗は必死に抜け出そうと体を動かすが、亜紗の体はピクリとも動いていない。
今の亜紗の心の中にあるのは恐怖だけ。犯されることに対する恐怖だけ。
必死に手を伸ばす。七天失星とは3mほどの距離があるが、亜紗は少しでも前に行こうと手を伸ばす。だが、体は動かない。
「後ろか? 後ろがいいのか? いいだろう。この場でお前を」
「ぶち抜け!」
その言葉と共に灼熱の拳が男を捉え、男を亜紗の上から殴り飛ばした。
亜紗はすかさず七天失星を手に取り構える。
「誰だ!」
男の怒鳴り声。それにその人物は答えた。
「名山俊也。精霊使いだよ」
その言葉と共に俊也の周囲に四体の精霊が顕現する。それを見た男の顔が引きつっていた。
亜紗はそれを見て訝しむように目を細める。
男の弱点は服装によって長所と短所が大幅に違うこと。それを上手く突ければ戦いは易くなる。
だが、それを抜きにして男は俊也の登場に驚きすぎている。
「どうして、ここに」
「どうして? 作戦だからかな。亜紗さん、先に向かってください。ここは僕が食い止めます」
『わかった。みんなは?』
「先に」
スケッチブックを取り出した亜紗に俊也は頷く。亜紗はその頷きに頷きで返して地面を蹴った。
俊也は小さく息を吐いて身構える。
「お久しぶりですね。あの時以来ですか?」
「精霊使いの餓鬼。貴様は真柴昭三の飼い犬だろうが!?」
「昔の話ですよ。本当に、昔の。今の僕は『GF』ですから」
「裏切り者」
その言葉に俊也は笑みで返す。そして、男に向かって指を向けた。
「みんな、こいつを倒すよ!」
一誠の体から力が抜ける。それと同時に周囲にいたゴーレムが全て消え去った。それを見ながらオレは小さく息を吐く。
まさか、神隠しをここまで使用するとは思わなかった。
「一誠、お前はどうして」
「お前達にはわからないさ。家族を人質に取られた俺達のことなんてな」
「家族を人質? それって」
一誠がオレの肩に手を置いてゆっくり立ち上がり、そして、背中を近くの壁に当てて寄りかかった。
「お前はまだ気づいていない。海道椿姫が考えている作戦のことを。海道駿の切り札を含め、一瞬にして形勢逆転が起きるレベルだ」
「だが、お前の推測は違うんだろ?」
「相変わらず、何でも出来る天才はイラつくな。ああ、そうだ。だが、大筋は変わっていない。今もそういう風に進行している」
もし、一誠の言っていることが本当なら、それはそれでややこしい事態だ。今の状況をひっくり返された今の手札で敵を抑えることは出来ない。
援軍さえ来たなら話は変わるが。
「海道周、お前はどうする?」
「最悪、避難している人達だけは守るさ。体育祭最終日が出来なくても」
「なっ、お前はバカか!? こんな事態になって体育祭最終日だと? 上や親が黙って」
「宣言したはずだ。ここはオレ達の学園都市だって」
日本政府でも、『GF』でも、国連でも、『ES』でもない。学園都市は学園都市の中にいる生徒達のもの。だから、とやかく言わせない。
オレ達がオレ達の手によって作り上げるのだから。
「この話は学園自治政府も了承している」
「最初から決めていたということか。なるほどな。だが、現実は甘くはないぞ」
「そんなことはわかっているさ。わかっているからこそ、オレ達は戦うんだ」
レヴァンティンを握り締める。握り締めてオレは鞘にレヴァンティンを戻した。
「一誠、お前は戦わないのか?」
「俺は」
一誠は俯いたまま動かなくなる。考えているのだろう。オレは小さく息を吐いて歩き出した。
「全員動けるな」
周囲を見渡しても全員が頷いている。茜が若干疲れているくらいか。
オレは作戦を確認する。まだ、致命的な遅れは出ていない。だから、まだ、大丈夫のはずだ。
「これから学園都市中央に向かう。目標はただ一つ、海道駿を食い止めるぞ」