第百九十八話 運命の担い手VS光明神
一斉に放たれた運命が青年を直撃する。孝治は小さく息を吐いて弓を下ろした。
運命の本来の力を使っていないとは言え、これだけ当てればさすがの相手も無事ではないだろうという確信があったからだ。
孝治は戻ってきた運命を掴み、弓を虚空に戻す。
だが、倒していないという確信はあった。
果たして、爆煙の中から出て来たのは純白の翼。
「ようやく姿を現したか、鳥もどき」
爆煙が晴れ、そこに現れたのは純白の服に身を包んだ青年の姿だった。だが、青年の顔は怒りで歪んでいる。
「人間風情が、この私に泥を塗るか!?」
「口調が変わっているな」
孝治はわかっていたかのように口にする。
純白の服に純白の翼。それは、天界の住人となりえる資格を持った存在。天界は魔界と比べて翼を持つものが多い。ただ、その翼が純白であるのは希少だ。
純白の翼は神に仕える存在とされ、とある翼を除いて至高の存在とされている。
「天界の犬が何の用だ? ここはお前の世界ではないぞ」
「勘違いをしているな。地上の民。私達は空の民には及ばないものの、天空の民として地上の民を管理する使命がある」
「使命? 人界は家畜の集まりとでも?」
「地上の民としては察しがいい。惜しむらくは、貴様が忌み嫌われる黒の翼を持つためか」
「くだらん」
孝治は一言で切り捨てた。孝治に言わせれば純白よりも真っ赤な炎の翼、おそらく『炎熱蝶々』、が一番だと答えるだろう。それに、自分の属性翼も気に入っている。
孝治は運命の先を青年に向ける。
「俺はこの翼に誇りを持っている。何物にも代え難い誇りをな。忌み嫌われる黒だとしても」
「誇りだけは一人前か。もうこの姿を見せた以上、名乗らないと駄目だな」
「光明神アーク・レーベ」
その名前を呼んだ瞬間、青年がピクリと動いた。孝治は自信を持って頷く。
「やはりか。天界の天王の配下にして天界の純白の翼を持つ中で強い五人衆の一人」
「神と言って欲しいな。私はこの名に誇りを持っているのでね」
「五人衆の中でも光明神であるアーク・レーベは違う。文字通りの光属性のスペシャリスト。本当の天界最強の光属性の使い手」
孝治の言葉に青年、アーク・レーベは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「嬉しいな。私のような存在が地上の民に知られているなんて」
「個人的に知っているだけだ。確信したのは運命の一斉射撃を受け止められた時だが」
運命の一撃は極めて重く、普通ならば一撃で落ちるものだが、一斉射撃をアーク・レーベは受け止めた。
孝治はその瞬間に相手の名前を理解したのだ。
「天界の住人とは思っていたが、アーク・レーベだったとは」
孝治の顔に笑みが浮かんだ。そして、運命を構える。
「光明神と戦えるとは嬉しいさ」
「ほう。私も地上の民で闇属性に秀でた術者でもあるお前と戦えるのは嬉しい。だが、殺すには惜しいな」
その言葉と共に孝治はアーク・レーベに向かって飛翔する。アーク・レーベはとっさに光の槍を大量に放った。
さすがの孝治もその技にはどうしようもないのか避けるか闇属性魔術で受け止めるしかない。
孝治が運命を握りしめ、そして、光の槍を払う。
「私の槍に貫かれ、消え去るのがお前の運命だ」
アーク・レーベが話した言葉。だが、次の瞬間にはアーク・レーベの表情が変わる。対する孝治の顔には笑みが浮かんでいた。
アーク・レーベが口にした運命という何気ない言葉に孝治は運命を振り上げる。
「エネルギー、ロード」
その瞬間、運命の柄の一部が動き、コアに圧縮した魔力を注入した。
孝治の持つ運命はかなり珍しい機能を持つ。レヴァンティンのようなコアだけの存在ではないのにコアと刃以外を自由にカスタマイズ出来るのだ。
だから、孝治は運命に施した。
運命の柄にエネルギーバッテリーを組み込み、エネルギーバッテリーの魔力全てを運命の力を使う際に使用するように。
条件を満たした運命が光を放つ。
「光明神、失言だな」
対孝治戦時に注意する言葉。それは運命という言葉。その言葉を発した瞬間に、運命の持つ最大の能力が発動する。
「【運命を切り開け】」
孝治の運命が光を放つ。孝治の言葉はそれが秩序であるかのように周囲に染み渡った。
運命の持つ最大級の能力。それが、運命の逆転。運命の言葉がついたセリフを未来と見なし、その運命を反転させるような事象を世界に書き込む能力。
もし、孝治を「戦場で死ぬ運命」と言ったなら、その状況では絶対に死なない。いくら斬られても魔術が直撃しても死なない。味方が言っても意味はないが、敵が言えば力を発揮する能力。
孝治は普通に強いが、その運命の能力は桁違いにおかしいものだった。
孝治が前に進む。すると、アーク・レーベが放つ光の槍は全て孝治を避けるように放たれていた。もちろん、アーク・レーベは孝治を殺すつもりで放っている。
だが、世界に刻まれた事象の強制力は極めて強力であり、いくら光明神のアーク・レーベですらそれを跳ね退けるのは不可能であった。
アーク・レーベは怒りで顔を歪ませる。
「地上の民の分際で、天空の民と同じ領域に達するつもりか?」
「俺達に大きな差はない。あるのはただ一つ」
アーク・レーベの持つ砲撃槍が孝治によって空高く弾かれる。そして、振り上げられた運命がアーク・レーベに向かって振り下ろされた。
「住んでいる場所だ」
だが、運命は阻まれる。薄い光の膜によって。
「光明結界か」
孝治は小さく呟いて後ろに下がった。
光明結界。
光明神であるアーク・レーベがアーク・レーベという名前であるためにつけられた結界。
簡単に説明するなら、光属性と相性の悪い全てを防ぐ結界だ。
例え運命の力があっても孝治が反転させた運命は光の槍に貫かれること。根本的な魔術から相性の悪い孝治の攻撃が光明結界を通り抜けることはない。
「全く、冷や冷やさせる」
孝治がアーク・レーベに気づいたのも光明結界のためだ。運命を受け止めた薄い膜を孝治は見逃さなかっただけである。
ただ、対処は難しい。
ここでアーク・レーベが口を滑らせたなら光明結界を切れるが、アーク・レーベはそんな間違いは起こさないだろう。
「国連特殊部隊直属特殊機動部隊かつ光明神か。どうやってそんな芸当を?」
孝治は疑問に思っていたことを口にする。口にしながらも頭の中ではどうやって光明結界を破るか必死に考えていた。
「私の言葉は神にも等しき言葉。地上の民が無条件で話を聞くのは当たり前だろう?」
「俺が知る国連とはかなり違って腐ったみたいだな。まあ、いい。だが、隊長というのはおかしな役職だ。もしかして、国連特殊部隊直属特殊機動部隊の隊員は全て天界の」
「天界では技術の高い施設はある。だが、最大火力に関しては地上の民の方が上だ。私達は決して驕らない。例え名ばかりの役職があっても、軍には手を抜かない」
そう言いながらもアーク・レーベは孝治に向かって笑みを浮かべている。完全に自分が優位だと確信している笑みだ。実際にそうであるため孝治もどうすればいいか悩んでいる。
アーク・レーベの攻撃は孝治が魔力を切らすまで当たらない。対する孝治の攻撃は光明結界がある以上当たらない。
特に、孝治は未だに神剣であるリバースゼロを使っていない。下手に大きな攻撃をしたところでリバースゼロに吸収されたなら運命を使った光属性の攻撃を孝治は可能にするかもしれないという感覚がアーク・レーベにはある。
つまりは完全な膠着状態。
運命の担い手と光明神はお互いを睨みつけたまま動きを完全に止めている。