第百九十一話 戦場の動き
やっちゃった
地面を駆ける。そして、飛び上がる。
手に持つ大剣を握り締め、こちらに気づいていいない集団に叩きつける。それによって無事な人もオレに気づくがオレの周囲に浮かぶ二本の剣が吹き飛ばした。
「つかよ、相手の目的があまり見えないんだが」
オレは小さく溜め息をつきながら隣に着地した冬華に尋ねた。冬華は不思議そうに首を傾げている。
「どういうこと?」
「何というか、今まで通った時に蹴散らしていた相手はただその場で見回っているだけのような存在なんだ。言うなら、『GF』みたいな感じだ」
「確かに。配置に目的が無かったように感じるわね。それがどうしてかはわからないけど」
オレは小さく溜め息をつく。周ならば、何かの答えを持っているだろうが、相変わらずオレのような頭じゃわからない。
だけど、違和感はある。言うなら、二つの勢力と戦っているような感じだ。
「ともかく、予定より早いけど北村信吾を見つける作業に」
「行けるとでも?」
その言葉と共にオレ達の前を誰かが転がった。折れた刀にボロボロになった女性。その人物にオレは駆け寄った。
「素子さん!」
冬華は刀を抜き放ちながらオレと素子さんの前に出る。
視線の先にいるのはリーリエ・セルフィナだった。
「ようやく見つけた。そこのおばさんを連れて来ただけで大変だったわ。だから、大人しくしてくれていたらありがたいのだけど」
「私達が言うことに応じると思っているの? リーリエ・セルフィナ」
「そろそろ時間的にも厳しいかしら。駿さんはそろそろ潜るころだろうし、あなた達だけでも食い止めておかないと」
冬華が刀を握りしめたままじりじりと動く。対するリーリエ・セルフィナは動かない。オレは手に持つ大剣を握りしめた。
リーリエ・セルフィナは転移術者と聞いている。だけど、この余裕は一体なんだ?
「指揮官として優秀なあなたを食い止めなければ、駿さんの作戦は成功しない。この意味がわかる?」
「オレを潰すつもりか? 残念ながら難しいだろうな」
オレは立ち上がり大剣を構える。
「すでに作戦は伝えてある。周が作り出した工程に沿った作戦がな」
「なるほど。では」
リーリエ・セルフィナがオレ達に向かって指を向けた瞬間、オレ達は叩きつけられていた。
何に? 近くの建物にだ。
「かはっ」
肺から息が漏れる。あまりのことに思考が追いつかない。
「では、あなた方を倒しましょう。お姉さんが優しく、そして、派手に動けないようにしてあげるわ。これもあなた達を守るため。ですから、動かないでね」
「なるほど」
ベリエは感心したように息を吐いた。そして、小さく溜め息をついて周囲を見渡す。
「作戦指揮が周からエスペランサへ移って、エスペランサの放棄が決まったから悠聖に、か」
『そういうことだね。悠聖は作戦通りに目的地に進んでいるし、エレノアとアリエの二人も向かっているよ』
「問題は、私はアリエと一緒が一番強いけど?」
その言葉と共にベリエはアルネウラを睨みつけた。アルネウラは苦笑しながら肩をすくめる。
どうやらそのことについてはわからないらしい。ベリエもそれ以上追求する気はないのか溜め息をついていた。
「別にいいわ。単独行動が出来ないわけじゃないし、お姉様は私よりもアリエの方が相性がいいし」
『やっぱりだね。悠聖も多分、そうかなって言っていたよ。ベリエはアリエとは正反対だって』
「まあ、そうだけど。ともかく、単独行動で行ってみるわ。それよりも、あなたはここにいていいの? 悠聖の精霊の中で一番重要なのはあなたでしょ?」
ベリエも同じ第76移動隊にいるので悠聖の精霊については知っている。だからこそ、ここにアルネウラがいるのが不思議でたまらなかった。
アルネウラは悠聖の他の精霊と組み合わさることで無類の性能を発揮するから。
『悠聖にはセイバー・ルカがついているから。一応、連絡役でみんな散っているから私も働かないと』
「そういうことね。じゃ、私は次の場所に」
その時、ベリエは慌てて振り向いた。アルネウラは不思議そうにベリエが振り向いた方向を見る。そこには何もない。あるのは並んだ建物くらいだ。
アルネウラは不思議そうに首を傾げるが、ベリエはただ目を細めるだけだった。そして、地面を蹴る。
『ベリエ?』
アルネウラは慌ててベリエを追いかけながら名前を呼ぶ。対するベリエは振り返ることなく口を開いた。
「リーリエ・セルフィナが本格的に動き出した」
『どういうこと? リーリエ・セルフィナなら周のお母さんが』
「あいつは転移術者じゃない。空間制御術者よ。多分、お姉様もアリエも気づいている」
『意味がわからないよ!?』
アルネウラはベリエに並びながら尋ねるがベリエは苦々しそうな顔である方向を見つめている。それはまるで後悔の顔。
そんな顔を見たらアルネウラはこれ以上、何も言えなくなる。
「私もアリエもお姉様も、昔の事は話したくない。だから、リーリエ・セルフィナに会えばわかる。あいつは」
ベリエはナイフを取り出しながら道を曲がった。
そこにいるのは壁に叩きつけられた悠聖と冬華。そして、笑みを浮かべているリーリエ・セルフィナの姿。
「人を痛めつけることが大好きな奴だから!」
取り出したナイフをリーリエ・セルフィナに向かって投げつける。だが、ベリエが放ったナイフはリーリエ・セルフィナが何もしていないのに弾かれてしまった。
ベリエはそれが元からわかっているのか新たなナイフを取り出しつつ前に駆ける。
リーリエ・セルフィナはゆっくりベリエの方を振り向き、そして、目を見開いた。
「あなたは」
「くらえ!」
ベリエはナイフを投げつける。だが、そのナイフは簡単に弾かれた。でも、それはベリエにとっては想定済み。
すかさず魔術陣を展開しようとして、
目の前にリーリエ・セルフィナが迫っていた。
ベリエはすかさず防御魔術を発動しようとして、天地がひっくり返る。地面にぶつかる寸前で上手く着地をするが、ちょうど目の前にリーリエ・セルフィナの蹴りが迫っていた。
とっさに腕で防御しようと顔を覆った瞬間、ベリエの側頭部に蹴りが直撃していた。
頭が揺さぶられる感覚と共にベリエの体が地面を転がる。それと同時にベリエの周囲にいくつもの硬貨が転がった。
持っていた財布でも破けたのだろうか。
「薄汚い魔界の化け物が、何故、このような場所に?」
「あぐっ」
そして、リーリエ・セルフィナはベリエの頭を踏みつけた。
「あんただけは、私が、倒す」
「無理ね。あなたの実力は低いもの。たった一人で何が出来るか教えて欲しいわ」
その言葉と共にリーリエ・セルフィナはベリエを勢いよく踏みつけた。
「ぐっ」
ベリエが目を閉じて痛みを堪える。だが、リーリエ・セルフィナは何度も、何度もベリエを踏みつける。
その行為はまるで楽しんでいるかのようだった。
「フェンリル!」
冬華がその言葉と共にフェンリルをリーリエ・セルフィナに向かって放つ。だが、リーリエ・セルフィナは軽く腕を振るだけでフェンリルを壁に叩きつけていた。
レベルが違いすぎる。その場にいる誰もが、ベリエ以外の二人が思った。
だが、ベリエはリーリエ・セルフィナを睨みつけている。
「あんたの能力、私はわかっているから」
「転移術者ですが?」
リーリエ・セルフィナは当たり前のように言う。だが、その瞳に焦りがあるのをベリエは見逃さなかった。
「あんたはこのために転移術者であると嘘をついていた。あんたの本当の能力は」
「うるさい化け物ですね」
そして、リーリエ・セルフィナが足を振り上げ、動きを止める。性格には周囲に展開された魔術陣がたくさんの紐がリーリエ・セルフィナに巻きついていた。
ベリエは踏みつけられていた頭を押さえながら立ち上がる。
「空間制御の力。空間自体の数値を変え、転移術者であるかのように見せた。だから、こちらからの攻撃はその力を超える攻撃か、それ以上の幸運を作り出す術式しか成功しない」
ベリエはその言葉と共に後ろに下がる。この時にリーリエ・セルフィナは気づいた。
周囲に散らばっている硬貨、五円玉がうっすら光を放っていることに。
「正月に集まる全てのご縁を術式と共に封じたもの。この鎖を破ることは出来ない」
そして、ベリエが笑みを浮かべる。
「これで終わりよ!」
その言葉と共に空から降り注ぐ灼熱の光がリーリエ・セルフィナを包み込んだ。
短編集始まりのクロニクルに書いて第四章で出すはずだった内容なのに書いていたらいつの間にやら。
というか、リーリエ・セルフィナ自体が早すぎたんですけどね。
ともかく、リーリエ・セルフィナとの因縁に関しては後に書く予定です。頭の中で物語を描いていたら話は飛躍しますよね?