第百八十八話 エスペランサ攻防戦 前編
「ドライブ!」
大きな鎌を握り締めるリリーナは撃ち上げられた信号弾を見た瞬間にドライブモードに入っていた。
すかさず目の前にいた者達を三人斬り伏せる。
「ようやく作戦は第二段階だね」
高速で飛来する矢を鎌で弾き飛ばしながらリリーナは呟く。
第二段階。それは各々が自由にドライブモードによる行動を許可する段階。さらには、第76移動隊が予め作られていた作戦に沿って動き出す段階。
本来ならこのタイミングでエクスカリバーやアストラルルーラ達は出るのだが、未だに敵の数が多いため道を空けられない。
「俊也、体は大丈夫?」
リリーナが振り返った先には両柄から刃を出す両剣を握りしめる俊也の姿があった。その速度は極めて速く、ヒットアンドアウェイで攻撃を仕掛けている。
「痛みはありますが大体は」
『俺様がシンクロしているんだ。ちょっとくらいは肩代わりするさ』
爆発によって吹き飛ばされた俊也はフィンブルドとシンクロをしていた。だから、フィンブルドの声は俊也が握る両剣から聞こえる。
リリーナはそれに頷きながら大きく後ろに下がった。後ろに下がると同時にリリーナがいた位置に収束砲が突き刺さり爆発する。
「砲撃手の位置は確認出来ただけで八ヶ所。ただし、それが囮かはわからないよ」
相手の攻撃を避けながらリリーナは俊也に向かって言う。本当ならどちらかが出たいところだが、二人で完全に囲まれてしまっている。ついでに言うなら防衛戦だ。だから、放置している。
ずっと放置出来ないのはわかっているが。
「せめて後一人いれば」
俊也が小さく呟く。この時に俊也の頭の中にあったのは悠聖のことだった。確かに、悠聖ならこの状況をあっという間に打開するかもしれない。
でも、今ここにいるのは自分自身とリリーナのみ。
迫ってきたローブの相手を両剣で殴りつけ、斬り伏せる。
この戦力でどうやって挽回していくかを考えないといけない。そして、どうやってフュリアス部隊を出撃させるか。
「人がいないことには文句は言えないよ。文句を言うなら、自分の、実力に、文句を、言って!」
リリーナは攻撃を弾きつつ、鎌を大きく振り切ることで近づいていた敵を吹き飛ばすがやはり焼け石に水だろう。
リリーナは鎌の先を相手に向ける。
二人の耳にはまだ旋律が聞こえているため全く絶望的ではないが、このまま行くと作戦に支障が出る。
『怖いのは、未だにエース級がいないってことだな』
フィンブルドの言葉にリリーナが頷く。
「そろそろ相手のエース級が出て来てもおかしくないからね。出て来たらあっという間に私達は負けると思うよ」
『お前はな。俺達はまだ戦える』
「だろうね。でも、相手は一体」
「知りたいか?」
二人に投げかけられる声。そこにはローブを着ているのにフードを被っていない男がいた。
二人はすぐさま武器を向ける。
「あなたは、確か」
リリーナが苦々しそうな顔で呟いていた。
男は笑みを浮かべて懐からナイフを取り出す。
「お初にお目にかかる。魔界の姫君。しかし、姫は私を知っているようだな」
「バックに国連がついているとは聞いていたけど、まさか、こんな大物までいるとは」
「リリーナさん、知り合いですか?」
『俊也、話は聞いていたか。まあ、まさかあんたがここに来るとはどういう風の吹き回しだ?』
どうやらフィンブルドも知っているらしく、フィンブルドの気配が膨れ上がる。殺気とも言っていい。
男は笑みを浮かべ、そして、地面を蹴っていた。
リリーナがすかさず前に出て鎌を振るう。だが、男はその鎌をナイフ一本で受け流すとリリーナの腹部に蹴りを叩き込んでいた。
とっさのガードでリリーナは直撃を防ぐが、10m近く吹き飛ばされる。
何とか体勢を立て直したリリーナの前には一本のナイフが迫っている。リリーナはとっさに鎌で打ち払い、懐に潜り込んだ男の姿を見ていた。
体はバックステップをしようと動いている。だが、迫り来るナイフを持つ腕を避けることは、出来ない。
リリーナの体にナイフが突き刺さり、リリーナは体をくの字に曲げて吹き飛ばされた。腹部にある痛みを自覚しながらリリーナは相手を睨みつける。
「国連の犬」
「誉め言葉として耳に入れよう。まずはどこから解剖されたい? 腕? 足? それとも、内臓?」
「誰が、そんなことを」
「フィンブルド!」
完全に注意がリリーナに向いている男に向かって俊也はいくつもの風の刃と共に前に踏み出していた。
両剣を握りしめ、振り下ろしながら前に踏み出している。
男はそれに対して前に踏み出した。もちろん、俊也がいる方向にだ。
風の刃を全てナイフ一本で弾く。可視不可視なんて関係ない。全てをナイフ一本だ。そして、ナイフが両剣を受け流して、そのまま俊也に迫った瞬間、男の体が風の刃によって切り裂かれていた。
だが、男は気に止める事もなくナイフを俊也の右腕に突き刺した。俊也は灼熱の痛みを感じながらも風によって男を吹き飛ばす。
強いというレベルじゃない。俊也の実力は普通に高く、真っ正面からの戦いでは相手がよほどの敵でなければフィンブルド一体で圧倒出来るだろう。
だが、男の実力は俊也とリリーナの二人を相手にしてもまだまだ余裕がある様子だった。
俊也は両剣を地面に突き刺して倒れるのを防ごうとするが、地面に突き刺すことが出来ずにその場に倒れてしまう。
「あんた達の、好きにはさせない」
リリーナが腹部の傷を手で押さえながら片手で鎌を向けているが流れ出る血を止めることは難しい。一応、治療兵である委員長は近くにいるものの、戦闘の最中では乱入することは難しい。
だが、ここで降伏したらエスペランサは奪われるだろう。そのまま空を制圧されてどんどんじり貧になるのは確かだ。
「ここは、私達が、守るから!」
鎌を片手で構えリリーナは前に踏み出す。男はそれを鼻で笑い、ナイフを握り締めて前に踏み出した瞬間、
近くにあったカタパルトのハッチが吹き飛んだ。破片を避けるために男は大きく後ろに下がる。
カタパルトの中にいるのは鋼鉄のマントを身に付け。エネルギーバルカンを持つリヴァイバーとアルケミスト。そして、翼の砲全てを向けているイグジストアストラルの姿。しかも、その三機は同じカタパルトに搭載されている。
それを見たリリーナは顔をひきつらせ大きく後ろに下がった。その瞬間、三機のフュリアスがカタパルトから撃ちだされる。カタパルトから撃ちだされた瞬間、リヴァイバーとアルケミストが同時に跳び上がり、イグジストアストラルがそのまま正面を滑って男に肉薄する。
「イグジストアストラルにファランクス装備のフュリアスか!」
その言葉と共に男はナイフを投げつけた。だあ、イグジストアストラルは減速することなく、地面を滑りながら、男を跳ね飛ばし、呆然と固まっている集団に向けて背中の砲を一斉に放った。
「俊也君! リリーナさん!」
俊也とリリーナの二人もその光景に呆然と固まっていると、委員長の声が響き渡り、二人がそちらを向いた。そこには防護用のマントを羽織った委員長の姿。その手には簡易杖が握られている。
「今すぐ治癒するからね。フィンブルドはその間だけ守ってもらえる?」
『いいぜ』
委員長の言葉にフィンブルドが両剣から通常の妖精の状態となり三人を守るように風を動かす。委員長はその間に倒れている俊也に近づいた。
「傷は少し深いかな。破片はないから、そのままの治癒と包帯を巻くだけで十分か」
委員長は症状を確認するための魔術と治癒魔術、それに、包帯を巻く作業を同時に行っている。ふつうはどれか二つなのだが、委員長は普通に三つを同時に並行して行っていた。
「ごめんなさい」
「謝らないで。俊也君は頑張ったじゃない。もう少しだけ、頑張らないと。リリーナさんは大丈夫じゃないかな?」
「傷が深いのは自覚しているよ。でも、これはどういう状況?」
リリーナがゆっくりとした足取りで近づく。委員長は俊也に包帯を巻きながらリリーナに的確な治癒を行っていく。
「エスペランサの放棄を悠人君が決めたから。篠宮君がエスペランサのデータを初期化している最中。もちろん、バックアップはあるよ」
その言葉と共に委員長はポケットからデバイスを取り出した。
「それにね、ようやく完成したから。学園都市を守る歌の第一段階が。歌姫の歌は第二段階。ここからは最強の戦力が戦場に参加するよ」
その言葉と共にエスペランサの屋上から誰かが墜ちてくる。いや、飛び降りてくる。
その人物は地面に着地すると同時に片手で器用に括っていたリボンから手を離した。
「お待たせ、二人共」
第76移動隊最強の戦力である音姫が着地すると同時にイグジストアストラルが飛び上がる。おそらく、メリルをイグジストアストラル内に回収するためだろう。
音姫は光輝の柄を握り締めながら腰を落とす。
「ここからが戦いの本気かな」
その言葉と共に音姫は前に踏み出した。