第百八十五話 動き始めた存在
「フュリアスの数は見えているだけで100くらいかよ」
浩平が額から汗を流しながら小さく呟く。LNF-15アサルトが数十機。ただ、倉庫にもまだまだあるだろう。
その周囲にはイージスの姿も見える。
「この学園都市を攻め滅ぼすつもりかよ」
どう考えても浩平の目からはそのような状況にしか見えない。浩平は顔をひきつらせながらリースに話しかける。
「そっちはどうだ?」
『確認できた。実弾もいくつか見られる。装備的に言うなら学園都市を火の海に出来るレベル』
「まじかよ。とりあえず、監視を続けるぞ。このまま、悠人達のフュリアス部隊が動くより早く動かれたら、本気でどうしようもないからな」
『わかった。見つからないように気を付けて』
「ああ」
浩平は小さく息を吐いて周囲を見渡す。この場所なら普通に見つからないし、隠密行動は狙撃手の基本だ。
「さて、他の奴らも動き出しているだろうし、そろそろ第二段階になってもおかしくないよな」
フレヴァングを構えながら浩平は小さく呟く。
「頼むぞ、周」
孝治の持つ運命がローブの集団を一瞬で斬り裂いていた。そして、返された刃がさらに集団を倒す。
ローブの集団も目的を孝治の無力化ではなく、孝治の後方へ駆け抜けることになっているが、全く駆け抜けていない。むしろ、だんだん逆に押されていたりもする。
「夜だけ強いのじゃないのかよ!」
ローブの一人が叫んだ瞬間、運命の刃がその人物を斬り伏せた。そのまま回転しながら力任せに横に振り吹き飛ばす。
「夜に強いだけだ。俺自身の強さは昼も夜も変わらない」
「くそ。とりあえず、誰でもいいから抜けろ。そして、シェルターを」
「シェルターを、どうするって?」
その瞬間、その空間に何かが駆け抜けた。それはまるで全てを威圧するような感覚。その感覚と共に孝治は振り返る。そこには、大量のレーヴァテインを空中に浮かす光の姿があった。
光はその手に持つ本物のレーヴァテインをローブの集団に向ける。
「孝治! 委員長から連絡。西区と北区の避難は99%完了。少し遅れている南区と東区も悠聖と冬華の二人が指揮を取って進行中。うちらは自由行動が与えられたで」
「そうか。木村は?」
「すでに行動中。空中から他の人を援護するって」
「そうか。第二段階はまだ来ていないから本気を出せないが」
孝治が半分だけ囲まれた状況であるのに余裕の笑みを浮かべていた。そして、運命を構える。
その運命は鈍く光っている。
「少々俺も怒っていてな。最後の体育祭をこのような輩に邪魔をされたとなると」
その顔に浮かんでいるのは笑みと共に、怒り。目が全く笑っていない。
「この場にいる全員を叩き潰しても収まるものじゃない」
「後ろは援護するで。やから、思う存分戦い!」
「助かる。お前ら、覚悟はできたか?」
迫り来る鈍く光る刃をベリエは上手く後ろに下がりながら避けた。そして、持っていたナイフを投げつける。そのナイフは刃によって弾かれるが、その瞬間にはベリエは走り出していた。
相手の腕を取りながら肘を叩き込む。そして、微かに浮いた相手のがら空きの胴に蹴りを叩き込み壁に叩きつけた。
ベリエは小さく息を吐いてナイフを拾う。
「ふぅ、単独行動中にやって来るなんて」
そう言いながらベリエは周囲を見渡す。周囲は路地裏でローブの者達が八人倒れていた。
ベリエは避難しきれていない人達を捜すためにアリエやエレノアとは別行動で動いていたのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。
「由姫から近接格闘を習っていて良かった」
ナイフをポケットに入れながらベリエは歩き出す。路地裏を抜けた先には人の気配が全くしない大通りがあった。
この地域の避難はあらかた終わっているため人はまずいない。
「思い出すな。魔界を」
ベリエはそう言いながら小さく息を吐き、走り出した。
今やるべきことは避難しきれていない人達を捜すこと。それ以外にベリエのやることはない。
人の気配を捜しながら走っているとベリエのデバイスが震えた。ベリエはすかさずデバイスを取り出して通信機を繋げる。
「はい」
『ベリエちゃん? よかったよぅ。今まで連絡が取れなくて』
「絡まれていただけよ。そっちは?」
『東区に移動することになったの。ベリエちゃんは今、どこ?』
ベリエは自分がいる場所を確認する。そして、小さく溜め息をついた。
「合流は難しそう。アリエはお姉様と一緒にお願い。私は単独で向かうから」
『わかったよ。気をつけてね』
「はいはい」
ベリエはそう言いながらデバイスから通信機を外した。そして、小さく溜め息をつく。溜め息をついた時にはベリエの手にはナイフが握られていた。
「で、いつまで見ているつもり?」
「やはり気づかれてしまったか。さすがは結界術師の姉妹の姉。感覚が鋭いというのは本当だったみたいだね」
その言葉と共に建物の影からアリエル・ロワソが姿を現す。アリエル・ロワソの右手には魔力の刃を作る剣が握られていた。
前回見た時とは武器が違うことに驚きながらもベリエは小さく溜め息をつく。
「なんでいるかは尋ねないけど、手伝うの? それとも」
「手伝うのは難しいかな。私はこれでも犯罪者だ」
これでもというところでベリエは何かを言いたそうだったが、何も言わないように唇を噛み締める。
「だが、味方であるのは確かかな。君達が正義である以上」
「『ES』の部隊を極秘裏に出したのね。わかった。周に伝えておく」
ベリエはアリエル・ロワソに背中を向けて走り出そうとした瞬間、ベリエの前をナイフが転がった。ベリエはそれを拾い上げて振り返る。
だが、そこにアリエル・ロワソの姿は無かった。
ベリエはデバイスが内蔵されたナイフをポケットに収めて走り出す。
「事態は動き出した、か。私も頑張らないと。周の隣に立ちたいし」
ベリエは走る速度を速める。次の目的地に向かって。
「漆黒よ、駆けよ!」
その言葉と共に最後のローブの人物が倒れ伏す。
孝治は小さく溜め息をついて振り抜いた運命を下ろした。
「これで大丈夫だな」
「そうやな」
その隣に光は降り立った。そして、周囲を見渡しながら展開していたレーヴァテインのコピーを消し去る。
二人の周囲には立っている人はいない。
「作戦は順調か。さすがは周だ」
そう言いながら孝治は座り込み、倒れ込んでいるローブのフードを捲った。そして、微かに目を細める。
その感情にあったのは怒りでもあった。
「まあ、周やからな。うちからしてみれば、作戦が順調にいかんほうがおかしいとは思うけど」
「そうだな」
孝治は立ち上がりながら頷いた。光は今までの孝治の表情に気づいていない。
孝治は運命を鞘に収め、魔力によって編まれた漆黒の翼を広げる。
「次の目的地に向かうぞ」
デバイスを取り出し、次の位置を確認しながら孝治は言う。デバイスと装置によって示された場所は学園都市中央。
「そうやな。『炎熱蝶々』」
光の背中にも炎の翼が生まれる。それを確認した孝治は小さく頷いて飛び上がった。そして、光も飛び上がり、学園都市中央に向けて進路を取った。
その時、孝治がすかさず運命を抜き放ち振り切る。運命は飛来した光の塊を弾き飛ばしていた。すかさず光もレーヴァテインを構える。
「へぇー、完全に隙をついたつもりだったけどな」
そこにいたのは砲撃槍を構える青年。ローブは着ておらず、顔を晒している。青年は笑みを浮かべて砲撃槍を孝治に向ける。孝治も運命を構えた。
「光、先に行け」
「わかった」
迷うことは無かった。
光は頷くと共に飛び立つ。青年は視線で光を追いかけるが砲撃槍を向けることはない。
わかっているからだ。一瞬でも注意を逸らせば一撃で叩き斬られることを。孝治もわかっている。下手に動けば撃ち落とされることを。
だから、二人共動かない。
「お前も同じか?」
その時、唐突に孝治は尋ねた。青年は一瞬だけキョトンとした後、頷きを返す。
「そうだよ。僕は同じさ。君はどうやら僕達について少しは知っているようだね」
「『GF』は国連の裏側について知らないことが多い。独自に調べていた情報に限度はあるが、お前達の噂は聞いている」
「光栄だね。だから、撃ち落とさせてもらうよ」
「やれるものならやってみろ」
その言葉と共に青年が砲撃槍から光が収束した砲撃を放った。だが、その砲撃は孝治によって作られた漆黒の球体に包まれて消え去る。
「俺も本気で行く」
最速。
今の速度を自分で言うならまさにその言葉が正しいだろう。
炎獄の御槍を握りしめ、聖骸布を体に巻き、全力で学園都市の中を駆けている。それは、逃げ遅れた人を捜すためでもローブの集団を倒すためでもない。
私は道を曲がる。道を曲がって、ようやくお目当ての人物を見つけることが出来た。
私は地面を滑るように急停止する。そして、炎獄の御槍を構える。
「お兄ちゃん」
「メグか。やはり、来たな」
お兄ちゃんが笑みを浮かべる。
「さあ、殺し合いを始めるか」
お兄ちゃんは笑みを浮かべたまま、フェニックスを宿す腕を私に向けた。私は炎獄の御槍を構える。
お兄ちゃんは本気だ。本気だからこそ、私も本気を出さないといけない。
「炎閃!」
私の体を炎が包み込む。その姿を見たお兄ちゃんは愉快そうに笑みを浮かべていた。
私はそんなお兄ちゃんを睨みつけながら炎獄の御槍を握りしめる。
周の作戦とは違うけど、私は、お兄ちゃんを捕まえたい。だから、第二段階が入るより早くお兄ちゃんを倒し、捕まえる。それしか方法はない。
私は小さく息を吸い込み、地面を蹴った。