第百八十四話 合流
漆黒の刃が駆け抜ける。それは地面を砕き、建物に傷を負わせていた。その攻撃をギリギリで避けた由姫が額の汗を拭う。
一誠は疲れた様子もなく手に握る運命らしきものを振り切る。それは漆黒の刃となり由姫に襲いかかった。由姫はそれに対し栄光を合わせて殴り飛ばす。
上手く流したはずなのに、腕は軽く痺れている。
「第76移動隊というのはこんなものか」
一誠の言葉に由姫は身構えた。だが、一誠は持っていた剣を捨てる。すると、剣はまるで無かったかのように消え去った。
「そろそろ時間か。せいぜい、俺の手のひらの上で踊っているんだな」
その言葉と共に一誠の姿が消える。由姫は小さく息を吐いて周囲を見渡した。
ロドリゲスとアレックスは負傷によって退却。紅はシェルターの最終確認のために後ろに下がっていた。
由姫が神への重力で叩き潰した敵はいつの間にか撤退している。
「お兄ちゃんの言う通りになっているけど、あまりにかけ離れていない?」
由姫が疑問に思っているのは海道駿についてだ。周から聞いた話から考えても海道駿の人となりと作戦が違うような気がする。
海道駿のやり方は犠牲者を出来る限り少なくするようなやり方。だけど、今の状況はまるで誰かを傷つけるために動いているように由姫は思えるのだ。
「考えても仕方ないか。でも」
由姫は周囲を見渡す。そこには戦闘の爪痕が残っていた。砕かれた地面、傷ついた建物。由姫は拳を握りしめ、近くの壁に拳を叩きつける。だが、その拳はまるで柔らかい何かを殴ったかのようにほとんどの威力が吸収され、痛みはないし建物に傷すらついていない。
「本気、なんだけどな」
栄光を身につけた拳を見ながら由姫は呟く。そして、小さく息を吐いて歩き出す。
「とりあえず、動かないと」
「由姫?」
その言葉に由姫は振り向いた。そこには血まみれの服を着る周と、周の腕に抱えられた幼い子供の姿があった。
周は地面を蹴って由姫の横までやって来る。
「シェルターは閉じれたみたいだな。だけど、この戦闘の爪痕は?」
由姫は軽く後ろにステップし最速の打撃を近くの壁に叩き込んだ。だが、壁にはひびすら入らない。
「お姉ちゃん達の能力は発揮している。でも、これは一誠さんによって作られたから?」
「一誠が? “義賊”の中でも戦闘能力が皆無だと思ったんだけどな」
周は小さく溜め息をついてしゃがみ込み地面を触る。そして、小さく頷いた。
「何か変な行動をしていなかった?」
「一誠さんが? えっとね、気配もなく後ろを取られたかな。後は、ロドリゲスさんやアレックスさんに力で勝っていた」
「なるほど。とりあえず、この子をシェルター内に預けるぞ。一誠については次の場所に向かいながら話をする」
周はそう言いながら立ち上がった。そして、シェルターに向けて歩き出す。由姫もその後ろを歩く。
「次の場所?」
「一番近いのは、都のところだな」
断章の先が振り抜かれたハルバートを打ち返す。そのまま都はフォトンスラッシュを赤いローブに向けて放った。だが、ハルバートによって全てが散らされる。
都は荒い息を整えるために後ろに下がった。
周囲には倒れ伏す赤いローブの人達。だが、たった一人だけ、たった一人だけ腕の違う相手がいた。
断章を握りしめながら自分の体を考える。
すでに左腕は二ヶ所斬られ、わき腹も微かに斬られている。力業で押しきられたものばかりなのでまだ対処出来ているが、このままだとかなり厳しいのは明白だった。
「いい加減にしてくれよ。俺様は女の子を傷つけたくないんだけど」
「お断りします。この地区の避難は未だに完全に終わったとは言えません。ですから、まだ食い止めます」
「はぁ、俺様は本当に戦いたくないけど、降参しないなら仕方ないな」
赤いローブの男はハルバートを地面に叩きつける。だが、ハルバートは地面に食い込まない。
都は断章を握りしめて腰を落とす。フォトンランサーを50ほど展開して相手の攻撃に備える。
「仕方ねえよな。ドライブっと」
何気なく言われた言葉と共に赤いローブの男はハルバートを振り上げながら都との距離を詰める。
都はすかさず後ろに下がりながら断章をハルバートに合わせるように振った。
「連綿と続く章を断て!」
断章の力を使いハルバートの力を無くそうとして、断章が都の手から弾き飛ばされた。
「なっ」
すかさずハルバートが都の腹部に叩き込まれる。都は体をくの字に折り曲げられ、近くの壁に叩きつけられていた。
都の口から息が漏れる。それと共に都は血を吐き出していた。
「これだから、自分の力を過信している優等生は俺様、嫌いなんだよな。断章だっけか、その力はあらゆる力を打ち消す力。だったら、別の性能を付与しておけば、そっちが消えるだろ? そして、断章は弾き飛ばされる」
都はその言葉を聞きながら自分の体を診断する。
内臓が破裂していないのには驚きだが、確実にいくつかは傷つけられている。腹部の痛みが全く収まらない。肋骨も折れて杯に突き刺さっている可能性がある。何より、痛みのあまり体が動かない。さらには足は痺れている。
「最後に物を言わすのは筋肉ってこった。さて、悪いようにはしないから大人しく」
都に手を伸ばした赤いローブの目の前を一本の矢が通り過ぎた。赤いローブが振り返る。
視線の先にいるのは弓を構える赤いローブを着た人物。だが、そのローブについているフードは被っていない。
「夢か」
赤いローブの男が笑みを浮かべてハルバートを構える。
「どういうつもりだ? 裏切るのか?」
「裏切るのは、あなた達。私は、あなた達を、信じていた。でも、今のあなた達は、学園都市において、“義賊”としての、役割を、果たしていない」
「仕方ないだろ。でもよ、俺様も、周よりも『悪夢の正夢』一味の方が希望はあると思っているぜ」
「私は、周を信じる」
力強い夢の言葉。それに赤いローブの男はさらに笑みを浮かべていた。
「“義賊”の掟。裏切り者には死を。女の子だから手加減していたけど、俺様、強いぜ」
そして、赤いローブの男は地面を蹴った。
「神隠し?」
「そう。真柴隼人の脱走の際に使用された神剣。一誠はそれを持っているはずだ」
オレ達は人の気配がない通りを全速力で走り抜けていた。
あの後、幼い子供と共にシェルターに入ったオレを待っていたのはちょうどその子供を捜そうとシェルター入り口を守る『GF』隊員と小競り合いをしていた母親だった。
血まみれだったため一瞬顔が蒼白になったが、怪我なく寝ているだけだと説明したなら泣き崩れて土下座をするように感謝された。オレからすれば当然のことだったから子供を返してすぐさま由姫と一緒に飛び出したのだ。
「不可能から可能への逆転。その能力を知っていたのは驚きだけど、歌姫によって守られている学園都市を傷つけられるなんて、そんな能力しか考えられない」
「確かに。不可能なことを可能に出来るなら可能かな。お兄ちゃん、今の状況はどうなっているの?」
「一歩後手に回った。後悔はしていない」
その言葉で由姫は理解したのだろう。何も聞かずに歩調を合わしてくれる。
「このまま予定通りに進んだら少しマズい事態になるからな」
「マズい事態?」
「ちょっと思い違いをしていたんだ。学園都市には二つ、いや、“義賊”を合わせて三つの勢力がある。そう思っていた。だけど、実際には四つの勢力だったんだ」
オレはそう言いながら速度を上げる。この事に気づくのが遅れたのはかなりのデメリットだ。理由はいくつか考えられけど、オレの推測が正しいならあれしかないだろう。
「一つはオレ達『GF』。一つは親父達の部隊。そして、“義賊”と、お袋の部隊」
「お兄ちゃんのお母さんの? どういうこと?」
「由姫は感じなかったか? 親父なら民間人は狙わないし、民間人を守る『GF』にも普通は攻撃しない。避難最中に戦闘に巻き込まれるのは一番混乱することだからな」
混乱すればするほど怪我人は多くなる。そんなことを親父の考え方ではまずはしないだろう。
そして、今まで戦ったからこそわかる。
「お袋の目的は多分だが」
その瞬間、目の前の地面に赤い何かが叩きつけられ跳ね上がる。その何かを見た瞬間、オレは滑り込むように何かを抱き止めていた。
胸の中にいるのはボロボロの姿をした夢の姿。だけど、その目に映る戦いの意志は消えていない。
「大丈夫か?」
「大丈夫、じゃないけど」
夢はゆっくり起き上がる。そして、弓を構えた。それと同時に前方に赤いローブの男が現れる。
「私は、“義賊”だから」
「“義賊”から逃げ出したくせに何を言っているんだか」
「その声、ハトか?」
「わかっているじゃないか」
赤いローブのフードが脱げ、そこから現れたのは笑みを浮かべたハトの姿。
ハトは静かにハルバートをこちらに向ける。
「周、俺様は裏切り者を殺すのに忙しいんだ。邪魔しないでくれよ」
「由姫、近くに都がいるはずだ。探してくれ」
「わかりました」
その言葉と共にオレは地面を蹴った。そして、ハトに向かってレヴァンティンを、
振り抜かずに後ろに下がった。それと同時にオレがいたところをハルバートが叩く。すぐさま地面を蹴り、前に進みながらレヴァンティンを鞘から抜き放ち、振り切ろうとした。
だが、レヴァンティンはハルバートに受け止められる。
「俺様はよ、お前が大嫌いなんだよな」
「オレはお前のことを嫌いじゃないぜ」
「何でも出来る優等生。全てにおいて上の存在。唯一驚いたのは、見下していないところだな」
鍔迫り合いに持ち込みながらオレはハトに一歩近づく。
「優等生の感覚は無かったんだけどな」
「お前にはわからないよ。恵まれた人生を生きるお前にはな」
「恵まれた、ね」
親父とお袋からは相手にされず、ニューヨークで巻き込まれ、茜のおかげで助かり、力を手に入れた。それからは戦った。常に戦った。戦うか勉強するかの二つだけ。
どこが恵まれた人生だ。すでに波乱万丈な人生じゃないか。
「自分が恵まれたなんて思ったことはないな」
「だから、嫌いなんだ」
力任せに吹き飛ばされる。
オレは地面を滑りながらも魔術陣を複数展開した。全ては同じかつ同じ軌道を描いている。
「だったら、少し眠っておけ!」
虚空からすかさず魔鉄の破片を取り出して魔術陣に向かって指で弾いて放った。
幾重にも張り巡らされた加速の魔術を発動する魔術陣を破片は駆け抜け、神速の速さでハルバートを砕きながらハトを吹き飛ばした。
オレは小さく息を吐いて展開していた魔術陣を消し去る。
「これで大丈夫だろうな。夢は今から」
オレが振り返った瞬間、オレの顔の横を矢が通り過ぎた。再び振り返ったそこには飛来した矢を砕いたはずのハルバートで弾くハトの姿。
あの打撃は直撃したはずなんだけどな。
「まだ。あの人の、能力は特殊、だから」
「ふぃー、さすがの俺様も焦ったぜ。この力が無かったら確実にやられていたな」
「焦るのはこっちだ。アクセルシュートは直撃しただろ?」
加速術式による物体射出。速度によっては摩擦によって燃え尽きるが、直撃すればある意味一撃必殺。
ただ、直線にしか撃てないため普通は使用しないし、簡単に受け流されたりする。
「次はこっちの番だよな。俺様、結構強いぜ」
「結構か。なら」
レヴァンティンを鞘に収める。
「オレはかなり強いぜ」
紫電一閃からの紫電逆閃。弾かれた場合は雲散霧消。武器が弾かれた場合は綺羅朱雀。
頭の中で行動を考える。そして、最悪の状況も考えておく。これが、オレの戦い方。
ハトが地面を蹴る。その速度は極めて早く、レヴァンティンを鞘に納めていなかったなら迎撃は難しかっただろう。
オレはレヴァンティンを鞘から走らせようとして、嫌な予感がした。レヴァンティンを使ってはいけない感覚がオレの体の中を駆け巡る。理由はわからない。だけど、予想外の事態のオレは一瞬で答えを作り出していた。
「幻想空間」
すかさず幻想空間を高速展開し能力を発動する。能力は思考速度の極限まで上昇させること。
レヴァンティンが使えない理由はわからない。でも、今使える手段は一つだけだ。
オレはレヴァンティンの代わりに左手に虚空から新た武器を取り出す。正確にはオレとアルの二人の共用である虚空から。
「レイルダム!」
取り出したのはマテリアルライザーにの装備である剣のレイルダム。巨大なレイルダムはハトのハルバートとぶつかり合い、砕け散る。
「「なっ」」
オレとハトの言葉が重なった。レイルダムを砕くハルバートではない。これは、特殊能力か。
レイルダムが砕けた破片の間を縫うように一本の矢がハトのハルバートを弾き飛ばした。その瞬間に破片をくぐり抜けてレヴァンティンの柄を握り締めながら距離を詰める。
「紫電一閃!」
だが、紫電一閃は防御魔術によって受け止められた。防御魔術を切り裂きながらレヴァンティンの刃が降り上がる。そこに纏わせるのは紫電ではなく陽光。
破魔雷閃では再度展開された防御魔術に阻まれてダメージは与えられない。なら、雷属性ではなく、光属性の避けることのできない斬撃なら、
「光輝矛神!」
膨大な熱量を持つ一撃が再度展開された防御魔術を貫き、いつの間にか手元にあったハルバートを斬り裂いてハトの体に突き刺さった。
魔術ダメージを与えるためだけだったのでハトはその場に崩れ落ちる。
「破壊と、再生か? いや、転移? ともかく、今は近くに都がいるはずだから」
「兄さん!」
由姫の言葉に振り向く。そこには、血まみれの都の姿があった。体の傷よりも喀血による部分が多い。それに、意識がないようでぐったりしている。
本当なら動かさない方がいいのだが緊急事態だ。
「幻想空間」
すかさず治癒能力を極限まで高めてすぐさま都の治癒に、
「周君!」
夢の言葉。すかさずその場から跳び退いた瞬間、オレがいた場所をハルバートが通り過ぎていた。
レヴァンティンを抜き放ちながらハルバートを弾き飛ばしながらその場をさらに飛び退いて由姫の隣に着地しつつ都の治癒を開始する。それと同時にハルバートを握る人物を見る。
「ハトにワカメか。なるほどね」
オレはレヴァンティンをワカメに向ける。ワカメは倒れ伏しているハトを担ぎ上げる。
「ハトが負けましたか。まあ、いいでしょう。海道周、あなたの評価が極めて高くなったと言うべきことですし」
「ワカメ、お前達は何をしたい?」
「あなた達と同じだと答えておきましょう」
その言葉と共にワカメが凄まじい跳躍で建物の向こうに消えて行く。
オレは小さくため息をついて都の治療を終える。
「ともかく、合流は出来たな」
オレは小さくため息をついてレヴァンティンを鞘に収めた。