第百八十三話 幻想空間
周の中にある世界の意志と呼ばれたものについてです。一見チートに見えますが、使い勝手はかなり悪いですよ。
レヴァンティンが槍を弾き、作り出した足場で放たれた魔術を避ける。タイミングを上手く合わしたけど足にかすって軽く血が飛び散る。
『運動性能30%ほど下がっていますね』
レヴァンティンの声が頭の中に響く。それを聞きながら槍をレヴァンティンで受け止めた。
「いい加減に死になさい」
お袋の言葉がオレの耳だけに聞こえるような小さな声を出す。オレは微かに目を細めた。
「お袋は親父とは考え方が違うみたいだな」
オレは口を開かずに言う。そして、軽くレヴァンティンを引いた。だが、その瞬間にはお袋が後ろに下がる。
上手く嵌ればかなり有効なんだけどな。
「椿姫、あまり前に出るな」
「大丈夫ですよ。今は周を押さえるのが先ですから」
親父からすればオレを押さえているのが作戦だと思っているみたいだが、まだまだ手のひらの上で踊っている。
オレは小さく息を吐いてレヴァンティンを構えた。
「早く地下に潜らなくていいのか?」
「エスペランサが落ちるまで気が抜けないからな」
「なるほどね。まだ、道が開いているわけ、じゃないんだな」
全く顔は動かない。
だが、微かに息が乱れたような気がする。
「地下への通路は目星はついているんだろ? だけど、日本政府もそのエネルギー源は手中に収めたい。だから、国連の隠し部隊にある親父達を使い、『GF』が不利になるように動いた」
「何の話だ?」
やはり言質は取れないか。だが、休む時間だけは稼げた。
オレはレヴァンティンを握りしめて構える。
「さて、そろそろ本気に」
その瞬間、視界の隅で何かを捉えた。
人だ。民間人であろう小さな子供、幼稚園くらいの年齢の子供がそこにいる。しかも、誰かに狙われている。
頭の中で作戦の状況を考える。ここでのロスはかなり致命的。もしかしたら後手に回るかもしれない。だけど、
「見捨ててられるか!」
オレは足場を蹴って地上に向かって飛び降りた。
「なっ」
親父が驚きの声を上げるがオレは気にすることなく地上に向かって最大加速で駆け下りる。
鞘に収めたレヴァンティンを握りしめ、ファンタズマゴリアを展開出来るように準備しながら敵の姿を確認する。
そこにいるのは一本の剣を持った男。幼い子供は泣きながら逃げている。
「紫電」
オレは攻撃範囲に捉えた男に対し、レヴァンティンを鞘から抜き放った。
「一閃!」
最大加速かつ最速の速度と軌道を持って放たれたレヴァンティンの刃は背後から男に迫り、避けられた。
まるで幻のように姿を消したのだ。着地しながら背後から嫌な予感がする。オレはその予感通りにレヴァンティンを振り、迫っていた剣を弾いた。弾いた勢いを利用して後ろに下がり幼い子供の横に着地する。
「大丈夫か?」
「ひっく、お兄さんは?」
「ちょっとした正義の味方だ」
レヴァンティンを構える。男はだらっとした体勢でゆっくり歩み寄ってくる。その足取りはどこかフラついており、その目はまともに見えていない。
その姿に得体の知れない何かを感じてしまう。
『マスター、気をつけてください。嫌な予感がします』
「そんなの普通に」
目の前から男が消えた。
微かな驚きと共に振り返りながらレヴァンティンを振り切る。
幼い子供を狙った剣を弾き、胸ぐらを掴もうと手を伸ばした瞬間、幻のように男が消え、背後に嫌な予感が迫っていた。
すかさずその場から跳びつつ子供を抱え後ろに下がる。ギリギリで振り下ろされた剣を避ける。
粒子をバラまいているからこちらの視界に異常があるわけじゃないし、相手が瞬間移動しているわけじゃない。まるで幻のように消えるのだ。そして、現れる。
認識の撹乱なら手の出しようはない。
「完全に予定外だが、歩けるか?」
オレは抱えている子供に尋ねた。子供は頷いてギュッと服を掴んでくる。
安全圏まで避難したいけど、そういうわけにはいかないしな。
「さてと、どうやってこいつを気絶させるか」
今までの敵とは違う。認識ではなく感覚で戦うしかない。
「ちょっとだけ、待ってろよ」
オレは子供の頭を軽く撫でて前に向かって踏み出した。一歩目から最速で駆け出してレヴァンティンを振り抜く。だが、相手は幻のように消える。
そんなものは想定済み。オレはレヴァンティンを握りしめながら背後に向かってレヴァンティンを振り下ろしていた。
紫電一閃から紫電逆閃ではなく、背後への雲散霧消。
レヴァンティンの刃は男の持つ剣を砕き、男の体を殴り飛ばした。
殴り飛ばしたが、それで終わらない。さらに一歩を踏み出しながら雲散霧消の軌道をなぞったようにレヴァンティンを動かす。
白百合流燕返し『雲散霧消・三日月』。
見事な弧を描き、レヴァンティンは吹き飛ぶ男を壁に叩きつけた。
オレはレヴァンティンを鞘に収める。
「何とかなったな。とりあえず、あの子を」
「手遅れですよ」
その瞬間、何かの衝撃と共にオレの体を槍が貫いていた。
そのまま槍が引き抜かれ、再度槍が突かれる。灼熱の痛みが腹の二ヶ所に出来上がり、オレはその場に倒れ込んだ。
子供がいた場所に目を向ければ、そこには血を流して倒れる子供の姿。
「『現実回避』、か」
痛みを堪えて立ち上がろうとした瞬間、再度槍が疲れた。今度は左胸。肺がやられすぐさま息苦しさと共に血を吐き出す。
「本当に憎い子。せっかく私が作り上げた狂戦士をいとも簡単に倒すなんて」
「き、さま」
声は漏れるが体は動かない。傷が深すぎる。
「あなたは駿と一緒に私の手のひらの上で踊っていればいいのよ」
レヴァンティンを握りしめる。だけど、力があまり入らない。体からどんどん力が抜けていく。
ようやく、オレがオレであることを作り出せたのに。ようやく、何かの意志によって動かされていたオレから自分を取り戻せたのに、こんなところで、
死んでたまるか。
心の中で声が響く。それは、自分の中にある空間。何者かによって作り上げられた空間。
何者かはわからない。いや、違うな。何者かはわかる。オレだ。もう一人のオレだ。本当のオレはオレであり僕の二つ。だから、オレは口を開く。
突き動かされる衝動そのままに。
――――君はその力を使う覚悟はあるのか?
頭の中で声が響く。オレはそれに対して頷いた。
ああ。覚悟はある。
――――それが君の特有の力で無くても? 与えられただけのものであっても?
例えそうだとしても、オレは自分の中にある全てを使う。器用貧乏だから。
オレは苦笑しながら答えた。器用貧乏だから全てを使う。それに、それもオレだから。
――――そうか。なら、同族のよしみで君に言葉を贈ろう。負けるな。自分に、そして、世界にも。
当たり前だ。負けるのは嫌いだ。特に、今までのオレ自身に負けるなんて絶対に嫌だ。
前に進むから、今までとは違う自分になりたいから。だから、オレは大声で叫ぶ。
「幻想空間!」
その瞬間、全ての痛みが消え去った。痛みを感じなくなったわけじゃない。傷が一瞬にして治癒されたのだ。
オレはゆっくり起き上がる。
「何故」
槍をオレに向けるお袋。オレは腰を落とした。
「自分の中の世界を周囲に具現化する魔術を知っているか?」
「投影空間。それをしたというのですか?」
「さあな。この空間がどこまで広がっているのかわからないさ。でもな、一つだけ言ってやる」
今までの戦うでこの世界にはよくお世話になった。
ファンタズマゴリアという絶対防御はオレが作り出せた魔術ではなく、この投影空間による幻想空間の一部を具現化して取り出したものだった。
人の心のイメージをそのまま作り出せるファンタズマゴリアなら絶対防御に近いものだと言うのもわかる。でも、この世界は一つの能力がある。
「今のオレを殺せると思うな」
世界の意志に身を任せるのじゃない。世界の意志という意味のわからないものもオレの中の一つなのだ。だから、受け入れる。それによって、オレはこの世界を知った。
幻想空間を。
「傷の治癒。厄介ですね。ですが、あなたの相手は私ではありません」
その言葉と共にオレの背後で誰かが起き上がった。誰かなんて言う必要はないか。
「あなたは手のひらで踊っていなさい」
その言葉と共にお袋が離脱する。オレは小さく息を吐いた。それは安堵の息。
「空間集結」
展開していた幻想空間を閉じる。それと共にオレはレヴァンティンを振り上げた。
「幻想空間」
そして、再度、幻想空間を展開する。
幻想空間はオレの望むものを作り出す世界。だからこその幻想。他の言い方をするなら妄想。
それが、幻想空間にあるたった一つの能力にして、たった一つの弱点である能力。
「破魔雷閃」
そして、振り下ろしたレヴァンティンによって放たれた破魔雷閃は男の体を呑み込み再度壁に叩きつけた。
「原理はわからないけど、ともかく、お前が幻みたいに消えるのを無くせばいいんだろ」
妄想だからこその能力。
“たった一つの性能を限りなく極限まで展開出来る能力”
それが幻想空間の力だった。まあ、ファンタズマゴリア自体が受け流すために作った防御魔術だし、そう考えると幻想空間って使いにくいとは思う。
「お袋、ありがとな。あんたのおかげでオレはようやく最大の力を手に入れた」
オレは子供に歩み寄って抱え上げる。服を血だらけにした子供は静かに眠っている。オレはそれに安心しながら歩き出した。
「だから、頼むぜ。オレ」
オレは笑みを浮かべながら考える。
一番近くのシェルターはどこかな?
幻想空間の補足。
後に出すかもしれませんが、忘れる可能性があるのでここで書いておきます。
幻想空間の極限まで性能を伸ばせると書きましたが、特徴を一つだけ伸ばせるだけです。例えば、防御魔術の場合、ファンタズマゴリアは受け流すことを極限まで上げたもので、受け流せない面の攻撃には弱く、砕けない防御魔術を作り上げた場合は、幻想空間自体を消さない限り防御魔術自体が消えないということになります。
ちなみに、最初の幻想空間での性能は治癒の極限強化によってほぼ蘇生の能力を得る能力です。即死には意味がありませんが。