第百八十一話 栄光
体が軽い。
ローブの集団と戦いながら由姫はそう思っていた。迫り来る刃を受け流し、カウンターの一撃を叩き込む。
その際には体を回転させて回し蹴りを放つのだが、その全ての行動が由姫自身が思っているよりも遥かに速い速度であった。
三方向から襲いかかってきたローブの集団を一歩後ろに下がることで回避し、回転しながら上段回し蹴りで蹴り飛ばす。
八叉流発破『強襲脚』。
足を叩きつけるように振るため防御の上から簡単に吹き飛ばすことが出来る。
由姫はさらに後ろに下がった。
ローブの集団は警戒しながらゆっくり距離を詰めてくる。すでに半分は倒れているが、残った半分は完全に警戒していた。
背後をチラッと見てみれば避難する人がまだいる。すでに数が少ないからかシェルターを閉める準備は始まっているが。
「兄さんの作戦通りに進んでいますけど、このタイミングでの敵襲は体に悪いです」
そう言いながら由姫は小さく息を吐く。
息を整え次の一撃に備える。そんな雰囲気を感じたローブの集団はなかなか動けない。
「警告します。武器を捨ててください。これ以上戦うというなら手加減することは出来ません」
由姫の言葉にローブの集団に怒りが渦巻いた気がした。そして、ローブの集団が地面を蹴り、
「筋肉バスター!」
「筋肉ラリアット!」
そんな言葉と共にローブの集団が吹き飛ばされた。
由姫は身構えたまま完全に固まっている。何故なら、そこにはブーメランパンツだけの姿をしたガチガチのボディビルダーがいたからだ。
身構えたまま後ろに下がる由姫。
「神よ、何故人に女という種族を作った。全て男で解決すればいいというのに何故作った」
由姫だけでなくローブの集団も引いている。
「見ろ、この筋肉美を! 世界には男だけで十分だ!」
「ロドリゲスさん! あなたに一瞬ついて行きます」
まさか、これが有名なロドリゲスとアレックス。
由姫はそう思いながら後ろに下がる。
ロドリゲスは身長2mを軽く越す長身な上に暑苦しい。学園都市内ではかなり有名人で、学園都市ゲイ協会(非公式にして非公認であり取り締まり対象)のトップと言われている。
「な、なんだ。こいつは」
ローブの一人が声を上げる。普通はそうなるだろう。だけど、ロドリゲスについての話を同じ格闘家(ちょっと違うが)である由姫は知っている。
見た目はあれだけど、学園都市で数少ないSランクを持つ化け物。
「ちょっと遅れたようだな」
その言葉と共にロドリゲスと由姫の間に青年が着地した。その姿には由姫は見覚えがある。
「紅さん?」
「おうよ。由姫ちゃんだけにいい格好はさせられないからな。たった三人だけど、援軍に来たぜ」
「避難誘導は」
「俺らの地区は終わった。隊員が必死こいて誰かいないか走り回っているだけだ。さてと、おい、あんたら。こんな可愛い女の子を狙って悲しくならないか?」
紅が笑みを浮かべながら声をかける。
その言葉にロドリゲスが呆れたように振り返った。
「隊員が女の子を可愛いなんて言うのが悲しい」
「俺はお前の言葉が悲しいわ!」
紅が咳を一回して再び笑みを浮かべる。
「女の子を傷つける奴は敵だ。容赦はしない」
「むしろ、女の子を嫌う人は味方だな」
「ロドリゲスは黙ってろ!」
なんというか、色々と台無しになっていく。
紅は小さく溜め息をついて身構えた。
「この学園都市には助けを待っている女の子がたくさんいる。俺達はそれを守るのが仕事だ」
「男の子しか守らない。特に男の娘なら大歓迎」
「自分もであります!」
由姫と紅の二人がロドリゲスとアレックスを見ながら小さく溜め息をつく。そして、紅は顔を上げて手のひらに炎を作り出した。
紅は周が一目を置く人物。人柄もあるが、周は部隊内の信頼の高さとその能力に一目を置いていた。
何故なら、一時期Sランクを持っていたのだから。
「てめぇら、覚悟は出来ているんだろうな?」
「それはこっちのセリフだ」
聞いたことのある声に由姫はそちらを振り向いた。そこには赤いローブを着た人物と、隣に立つ3mほどの巨人が八体。
「ここにいる部隊は別の場所へ。Sランク相当三人だと気が重いはずだ」
「一誠さん?」
由姫は信じられない思いで赤いローブの人物に話しかける。そして、赤いローブの人物は深く被っているフードを脱いだ。
そこにいるのは由姫のクラスメートである一誠。
「ここまで事態が動かないとはな。さすがは海道周と言うべきか」
「どうして一誠さんが、“義賊”がどうして私達の敵に」
「理解していないのか。いや、理解するわけがないか。“義賊”というのは本来、お前達みたいな選ばれた存在とは違うのだから。話は終わりだ」
一誠が指を由姫に向け、近くの巨人に命令する。
「殲滅せよ」
その言葉と共に巨人達が動き出した。動きはかなり速く、あっという間距離を詰めてくる。
「筋肉ボンバー!」
そして、巨人の一体がロドリゲスによって殴り飛ばされた。そのままもう一体の巨人を蹴り飛ばす。アレックスも巨人と掴み合いになっているが、明らかにアレックスが押していた。
ただ、気になるのはその目。どう考えてもハートマーク。
「ロドリゲス、アレックス、下がれ!」
紅の言葉に二人が同時に道を開けた。そして、そこを灼熱の炎が食らいつくす。
紅は炎に関してはスペシャリストだ。学園都市一とも言っていい。だが、その炎を受けた巨人は微かに表面を焼いただけで平然と動いてくる。
「おいおい。生物の限界を超えているぞ」
「大丈夫です」
その横を由姫が駆け抜けた。拳を握りしめ、巨人が振った拳を一歩後ろ下がるステップで軽々避け、前に踏み出した。
里宮本家八陣八叉流崩落『綺羅朱雀』。
刹那で直撃した由姫の拳に身につけられた栄光が巨人の体に食い込み、バラバラに吹き飛ばした。
吹き飛んだ破片を見ながら由姫は目を見開く。生物ではなく無機物。無機物から生命を創造する能力。
「人形使いか!?」
紅の声が周囲に響き渡った。
戦闘ではあまり作られない物理属性を極めたスペシャリスト。それが人形使いだ。ゴーレムを作り出す能力に長けているが、そのゴーレムはどれだけ小さくても五体が限度のはずの力。
だが、一誠は軽々とゴーレムを使っている。
「まさか、兄さん達が“義賊”に襲われたのは」
「俺が作ったゴーレムだ。まあ、止められるとは思わなかったが」
その言葉と共にさらに大量のゴーレムが現れる。その数は約20。人形使いという限度を超えている。
由姫は拳を握りしめた。ゴーレムはそれほど強くはない。一番強くてもAランク程度と言われている。だが、このゴーレム達は違う。
「本気、出さないとダメなようですね」
「いいのか?」
一誠の顔に笑みが浮かぶ。
「また、傷つけるぞ」
心を揺さぶる言葉。それに対して由姫は笑みを浮かべた。笑みを浮かべて身構える。
「そうですね。今までの私だったならそうかもしれません」
ゴーレムの一体が由姫に飛びかかる。だが、そのゴーレムは真上から見えない何かによって押し潰された。
ゴーレムの部品だったであろうパーツが周囲に転がる。
「私の神への重力は確かに強力です。強力すぎて誰かを傷つけてしまう。ですが、無機物に対して手加減する必要はありますか?」
そう言いながら由姫は自分のレアスキルを最大展開する。それと同時に周囲のゴーレムが叩き潰された。
由姫が作り出した重力によって。
「なるほどな。だが、相手が人ならどうする?」
一誠の言葉と共に現れたのはハルバートを持った赤いローブの人物。
それに対して由姫は笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ」
そして、栄光を現れた人物に向け、下ろした瞬間、見えない何かによって上から叩かれたかのように現れた人物が地面に叩きつけられた。
「私はこの栄光と共に歩み限り、大丈夫です」
体が軽いと思ったのは栄光がサポートしてくれたからだった。栄光は由姫の神への重力の制御を行ってくれている。
だが、そんな光景を目の当たりにしたはずの一誠は未だに笑みを浮かべていた。
「それで勝ったと思うのか?」
その言葉は由姫の背後から聞こえてきた。そして、一誠の姿は由姫の視界にはない。
振り返った時にはそこに一誠の姿はなかった。
紅達は驚愕の表情で由姫の背後を振り向く。そこにはどう考えても孝治が持っているはずの運命を握る一誠の姿があった。
「優勢は、変わらないさ」
その言葉に由姫は栄光を身につけた拳を握りしめた。
そろそろ本格的に戦闘ですかね。ちなみに、ロドリゲスとアレックスの攻撃の名前は基本的に筋肉という頭文字がつきます。二人共、普通に強いですよ。
ちなみに、紅の強さは最初に考えていたメンバーに紅が入っていたからです。今では浩平と変わっていますが。