第百七十七話 始まりの時間
ようやくここまで到達しました。もう少しだけお付き合いください。
レヴァンティンを鞘から軽く抜き、すぐに鞘に収める。
落ち着かない。全く落ち着かない。落ち着きたいとは思っているのだが、全然落ち着かない。理由はなんとなしにわかっている。
作戦の時間は近い。近くて、そして、状況が近づけている。
エクシダ・フバルがオレの見える位置にいる。近くにはアルトとリコ。さらには亜紗や由姫の姿がある。
オレ達がいる場所は商業エリアにあるスタジアムだからエクシダ・フバルがいる中段を囲むように第76移動隊が集合していた。
ここにいないのは音姉、悠人、リリーナ、鈴、委員長、琴美、七葉、和樹。他にはメリル、ルーイ、リマ、ルナが共にエスペランサで待機している。
作戦開始まで後少し。
『マスター、少し落ち着いたらどうですか?』
「落ち着けると思っているのか? ったく、こんなことがなければ静かに体育祭を過ごせたんだけどな」
『それは無理というものでは? マスターの気持ちもわからないでもありませんが、落ち着くことを推奨しますよ』
レヴァンティンの言葉にオレは溜め息をつく。
そりゃそうなんだけどさ。やっぱり、大変なものは大変だから。
「それにしても、相手の動きはわかりやすいな」
ここからだからよく見えるが、スタジアムに怪しい人達が数人入り込んでいる。普通は気づかないけど、キョロキョロとしきりに周囲を気にしていたり、魔術を気づかれないように展開していたりする。
そういうのはわかりやすい位置にいるからわかるだけで、孝治はまだ気づいていないだろうな。
「この位置に陣取ってよかった」
『普通ならこんな位置にいませんからね。それに、周囲の認識を阻害するデバイスを配置していますし』
「破るには大規模な魔術が必要。だけど、そんなものはまずお目にかからない。バレるからな」
そうなれば空中を警備している楓とエレノアの二人に気づかれるだろう。いや、二人だけじゃない。セイバー・ルカとディアボルガも姿を隠しているが空中にいる。
この状況で親父がどう来るか楽しみだ。
「タイミング的にはそろそろかな」
『そうですね。次の種目は日本政府主催のNF−01『イージス』の演舞ですし。マスターはどう来るとお考えですか?』
「親父は直接現れる。まあ、親父達が国連と繋がっているなら、第一段階は的中するだろうな」
『それが本当ならかなり厳しいものになるのでは? 普通なら最初は大々的にアピールするために派手に行くはずです。今のこの場はたくさんの観客がいます』
確かにそうだ。ここから見るだけでも満席ではないがかなりの観客がいる。その中にはスーツ姿の集団だっているのだ。もちろんSPもいるだろう。
狙い目としては十分。それに、この後には学年選抜競技だって控えている。オレだったなら確実に狙うだろう。
『観客を味方に引き込む。それこそが一番の狙い目です』
「だろうな。確かに、観客を引き込めたなら、オレ達が圧倒的に不利になる。そんなことは重々に承知しているさ。だけど、いや、だからこそ、そこに狙い目がやってくる」
親父が狙うのはレヴァンティンの言うように観客を味方につけること。それさえ出来れば親父の立場は一気に有利になるだろう。
だから、それをさせないためにいくつもの策は考えている。オレは小さく笑みを浮かべる。
「親父が狙う狙い目はオレからすれば狙い目だ。その狙い目さえ潰せれば、オレ達の勝ちは揺るがない」
『そう簡単に上手く行きますかね。マスターの作戦はわかっています。だからこそ、最悪の状況になった場合、名誉挽回は不可能ですよ』
「そんなことで名誉挽回になるなら名誉返上してやるよ。名誉挽回が出来ない? そんなことはどうだっていいさ。今回は名誉なんて関係ない。オレ、海道周と親父、海道駿の親子喧嘩だ。この学園都市を巻き込んでな」
本当に傍迷惑な親子喧嘩だ。ただ、今回ばかりはその親子喧嘩に第三者が介入する可能性がある。多分、それに親父は気づいていない。
オレは小さく溜め息をついてレヴァンティンを軽く鞘から抜き鞘に戻す。緊張しすぎてヤバい。
『学園都市を巻き込んだ親子喧嘩ですか。確かに、マスターの言いたいことも真ですね。第三者さえいなければよかったのですが』
「それは仕方ないだろ。相手の黒幕がどう出るか。いないならいなくていい。第三者が介入されるのは嫌だからな。さてと、始まるか」
オレの眼下でスタジアムにイージスが入場していく。様々な対エネルギーシールドをつけた防御特化のイージスが数機入ってきていた。
一応、日本政府から渡されたプログラムでは射撃模擬戦闘を行うらしいが、それに使用するのは模擬弾使用のエネルギーライフル。だが、持っているのは、
『通常のエネルギーライフルですね。いやー、相手も大胆ですね』
「孝治達も気づいているな。由姫とか露骨に腰を動かしているし」
『アル・アジフがこちらを見ましたね』
「場所は教えていないぞ」
こんな場所、普通は陣取らないからな。
その時、視界の隅で動きがあった。会場警護、ただし、人気のない場所で行っていた赤と白の制服を着た学園都市の『GF』隊員がローブを着た者に倒されたのだ。代わりに『GF』隊員の制服である赤と白の服を着た者がそこに立つ。
気づかれないようにするためだろう。内部の監視魔術を確認しても何人もの隊員が昏倒されている。殺されてはいないようだ。
真っ先に狙われたのは司令塔だな。
「レヴァンティン、全員に通達」
「その必要はないな、周」
その言葉にオレは振り返った。そこにいるのは剣を構えた親父の姿がある。
やっぱり、気づかれていたか。
「ようやく隙を見せたな。お前をここで捕まえさせてもらう」
「ふーん。で、茜は元気か?」
「元気だ。久しぶりに親子水入らずでご飯を食べに行った。寿司はやはり回らないに限る」
「ブルジョワめ」
寿司と言えば回る寿司だろ。それ以外に手が出せん。
「さて、無駄話はおしまいだ。周、大人しくしていろ。そうすれば、誰も傷つけないと約束する」
「悪いが、オレ達は第76移動隊なんでね。リスクを恐れた先にあるのは敗北だ。そんなこと、誰が選ぶと思っている?」
「そうか。なら、戦うしかないか」
「ああ。戦うしかない」
レヴァンティンを鞘から引き抜く。そして、構えた。
親父も剣を構えながら魔術を展開する。
「では、始めようか」
親父が一歩踏み出した瞬間、親父は背後に飛んだ。そのまま宙に浮くと同時に親父がいた場所に誰かが着地する。
「周君、無事?」
着地したのは楓だ。カグラを右手に持ち、左でブラックレクイエムを空中静止させながらどちらも親父に向けている。
相変わらず、レヴァンティンの仕事は早い。
「楓、ここで戦うなよ」
「どうして?」
楓が振り向くことなく尋ねてくる。それにオレは呆れたように周囲を見回した。
普通はこの位置を考えたら思いつくはずなんだけどな。
「破片が危ないだろ」
「なるほど。周がいきなり斬りかかって来なかったのはそういう理由か」
「こんなところで破片でも落としたら観客に怪我人どころか死人が出るじゃないか」
オレは軽く肩をすくめる。
今、オレ達がいるのはスタジアムを照らす照明の上。もちろん、安定する場所ではないため普通はここにいない。
楓は一瞬ポカンとした後に小さく溜め息をついてカグラを下ろす。だが、ブラックレクイエムは向けたままだ。
「わかった。相手が動かない限り、私も動かない」
親父が満足そうに笑みを浮かべる。オレはそれに対して笑みで返した。
「自分が優位に立っていると思っていると、足下掬われるぜ」
「大丈夫だ、問題ない」
その言葉と共に親父がマイクを取り出す。
眼下を見てみればイージスがとある一機を除いて観客にエネルギーライフルを向けていた。
『突然のことを申し訳ない。私の名前は海道駿。『赤のクリスマス』から生還した男だ』
そして、始まった。オレが思っていたスケールより遥かに大きな戦いが始まった。