第百七十六話 最後の準備
最後の準備です。ようやくここまで来ました。
「後、一時間」
オレは小さく息を吐きながら呟いた。
オレが予測した相手の動き出す時間まで後一時間。オレは目的地近くの会場で座って体育祭を見物していた。
エクシダ・フバルの護衛は第一特務が中心に行っている。空をアルと楓の二人が見回っているだけだ。
だから、オレは今の時間は暇である。
「これから何が起きるやら」
オレは小さく溜め息をついてレヴァンティンを鞘から軽く引き抜く。
「これからどうなるんだろうな」
『さあ。私に尋ねられましても。神のみぞ知る、とでも言いましょうか』
「だよな。はぁ」
「心配?」
その言葉に声を上げる。そこには亜紗の姿があった。
正確には赤い目をした亜紗の姿。
「準備を始めたのか?」
「うん」
そう言いながら隣に座る。
今の亜紗はブラストドライブの一部展開中の状態だ。その時だけ亜紗は話すことが出来る。
「妖精乱舞をいつでも展開出来るようにしないと。作戦だと、私がかなり重要な位置にいるから」
「そうだな。オレ、亜紗、由姫の三人が中心に進むからな。突撃、防衛、突破。作戦が通用するかはオレ達の手にかかっているからな」
そう言いながらレヴァンティンを持たない手の拳を握りしめる。
オレ達の作戦さえ成功すれば、第一段階は終了だ。第二段階は、時間との勝負。
「もしかしたら傷つけられる可能性もある。だから、気をつけてくれ」
「大丈夫。大丈夫だよ」
亜紗がオレの手を握ってくる。
「大丈夫。私は強いよ。妖精乱舞の私は負けない」
「暴走だけはするなよ」
妖精乱舞の亜紗ははっきり言うなら音姉に勝てる。それほどまでに妖精乱舞は強い。
強い分、暴走した時のリスクも高い。だから、亜紗を止められる可能性のある由姫とアルと一緒にしている。
「その時は頼れる仲間が助けてくれる」
「だろうな。そうなるようにメンバーを組み立てているし」
オレはレヴァンティンを鞘に収める。収めてから小さく溜め息をついた。
自信はある。だけど、オレの予測での場合だったら第二段階でどうなるかわからない。第二段階だけは本当に無理だ。
「やるしかない、か」
「ようやく見つけた!」
すると、メグの声が響き渡る。それにオレ達は振り返った。
「はぁ、はぁ、はぁ。駐在所にいるものだと思っていたから、全力疾走で捜したんだからね」
そこには息を荒くしたメグの姿。作戦一時間前だというのにもう少し休憩しろとは思うけど、それほど一大事なのか?
オレは立ち上がってメグに近づく。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ。どれだけ走り回ったと思っているのよ。まあ、ウォーミングアップになったけどさ。ともかく、話があるの」
「話?」
メグが頷く。その目は真剣。
「うん。大事な話。もしかしたら作戦が大変なことに」
「場所を変えるぞ」
オレはメグの手を掴み、亜紗の手を掴んで歩き出す。メグがそこまで言うということは大事な話があるはずだ。
オレは周囲にある人気の少ない場所に向かって歩き出した。
私は周に真剣に話す。一誠のことを。
私の中にある違和感全てを話し尽くす。もしかしたら、嫌な予感がするから。もちろん、その予感は当たっていない方がいい。
何故なら、それは友達を疑うということだから。私は信じたくない。友達がそんなことをしているなんて。
「なるほどな」
私の考えを聞いた周は苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた。これにも嫌な予感がする。
「考えていた最悪の想定なんて久しぶりかもしれないな。レヴァンティン、音姉と孝治、悠聖の三人に連絡。第三段階への移行の可能性60%強。他言無用で」
『わかりました』
その言葉に私は愕然とする。
第三段階。
それは周が考えた作戦の最悪の想定。民間人への被害が出る確率が80%を越す場合にしか移動しないはずの段階だった。
やることはただ一つ。オーバードライブの許可。命に負担がかかるオーバードライブを行ってでも守らなければならない状況ということ。
「周、本当に?」
「オレだって考えたくはないんだ。今までのことを考えたらそういうことしか考えられない。嫌な想定が的中した時、第三段階にならないと駄目だろうな」
「周は一誠が何をしようとしているのかわかっているの?」
「正確には健さん達もだな」
その言葉にまた、愕然とし耳を疑う。確かに、あの五人組が仲はいいから確かにひとまとめになっていてもおかしくはない。
「じゃ、周はみんなが何か予想はついているの?」
「推測はな。ただ、あまりに情報が少ないから確定出来るようなデータは何一つない。何一つないけど、全てを合わせたら答えが出て来るんだ」
周は悔しそうに言う。
「健さんと真人のFBSの腕が実戦に近い動き。一誠はオレ達がハト達を教えようとしたら慌てて遮った。そして、一誠が海道姫子のことに気づいたこと。そして、五人組。そもそも、学園都市にフュリアスのパイロットがいるのがおかしいんだ。つまり、健さん達の正体は」
「“義賊”」
その言葉に私達は振り向いた。そこには赤いローブを着た夢の姿があったからだ。
「ごめん、なさい。“義賊”のみんな、止められなかった」
「夢、どういうこと?」
私は尋ねる。その言葉に夢は頭を下げた。
「“義賊”は、海道駿に、つく。“義賊”から、離脱したのは、私だけ」
「最悪の想定が的中か。本気でやってられないぜ」
「ごめん、なさい。みんな、ちゃんと、周君と同じ目的を持っている、はずなのに」
「謝るな。オレの目的よりも親父の目的の方が成功しやすいと思ったんだろ? それなら仕方ないさ。夢とだけは戦いたくなかったからいいけど」
周はそう言っているがかなり顔が険しい。誰だって戦いたくないだろう。友達とは。
「この最後の一時間で情報が集まったから最後の準備に時間が出来てよかった」
「最後の準備?」
私は首を傾げる。そんなに準備することがあるのだろうか。
周は笑みを浮かべた。
「最後の最後。最終の第四段階。それが発動出来たなら、勝負はオレ達の勝ちだ」
オレはレヴァンティンを取り出す。そして、レヴァンティンに口を近づけた。
「学園都市内にいる『GF』支部に第76移動隊隊長海道周より連絡がある。今朝方届いた防御専用デバイスの全員所持を徹底するように。使い方の連絡もしっかりとするように。最後に、第76移動隊からの許可が無ければ極力使わないように。以上」
これだけ通達しておけば大丈夫だろう。もしもの時の最終手段。
「どうやら、最後の準備は完成したようだね」
その言葉にオレは振り返らずに答える。
「まあな。最後の準備は整った。後は、待つだけだ」
「君は自信満々なようだね。この学園都市を守り、そして、最終日を迎えることを」
「約束しただろ」
正と約束した。必ず、最終日の後夜祭で正に伝えたいことがあると。
まあ、障害はいろいろとあるけどな。
「親御さんが黙っていないよ。大事件の後は必ず」
「学園都市は子供達の都市だ。学生達が動かし、学生が守る。そんな学園都市に大人達が口を挟む余裕なんてさせるか」
「学園都市のお金は全て親御さんだよ。そのお金を止められたなら」
「問題ない」
そんなことはすでに考えている。その対策も。
「オレ達の学園都市はオレ達が動かす。楠木大和とも話はつけている。だから、待っていてくれるか?」
体育祭の最終日が終わるのを。
「待っているよ。君が、君達がどこまで戦えるか。僕は、全てを見ているから」
オレは振り返る。そこには正の姿はなかった。姿はなかったが、オレは正がいたであろう場所に声をかける。
「見ていろよ。お前が守れなかったものを、オレは守ってみせる。そうじゃなかったら、オレはお前と話せない」
拳を握りしめる。時間は刻一刻と近づいている。
「だから、見ていてくれ。オレの進む道を」
次は始まりの話です。何話続くかわかりません(笑)