第百七十三話 再生を司る炎
再生を司る炎と言われれば何を連想するか。そんなもの、簡単だ。
「フェニックスだろ?」
アル・アジフにそのことを尋ねた周にオレは言う。
「フェニックス?」
対する周は不思議そうに首を傾げた。確かに、普通なら聞き覚えがないだろうな。
「俊也も知っているだろ?」
オレは後ろにいる俊也に話しかけた。が、俊也は委員長と横並びに座って話しこんでいるのでこっちの話は聞いていないだろう。
オレは小さくため息をついて顔を戻す。アル・アジフは懸命に自らの魔術書であるアル・アジフを開いていた。あれって魔術が書いているだけじゃなくて歴史も書いているらしいな。周の話によると、1ページのはずなのに、1ページで数百にも及ぶページを見たって言っていたよな。
「フェニックスは精霊界の魔王と呼ばれている存在だな。まあ、精霊について詳しく勉強している奴なら知っているけど、周は知らなくてもおかしくないな」
「そうみたいじゃな。フェニックス。再生を司る炎を持った精霊として最上級精霊じゃった。じゃが、過去にフェニックス自体が精霊界で反乱を起こし、精霊王に刃向ったことから精霊界から追放された存在。確かに、精霊の話じゃが、かなり深いデータじゃぞ」
アル・アジフが魔術書アル・アジフを閉じながらオレの顔を見てくる。
「そなたが知っていることが驚くなくらいにの」
「なんなら、アルネウラでも」
『悠聖の話は事実だからね』
オレが呼び出すより早くアルネウラが出てくる。いつの間にか優月も出ているし。
これで他の奴らも出てくるとかないよな。
「お母様からよく聞きますが、フェニックスというのは元精霊王の血筋だそうです。ですから、気高き存在として崇められ、その日まで再生を司る炎の存在として立派にいたと聞いています」
『でもね、フェニックスが精霊王に戻りたいとか言い出して、精霊王が怒ったんだと思う。そこの話はちょっとわからないかな。私は優月は精霊の中でもまだ若い方の分類だし』
「なるほどね。簡易召喚」
オレは魔術陣を展開する。そして、その上から召喚魔術を展開した。
「ディアボルガ」
その言葉と共にディアボルガが現れる。その姿は全長20cmほどにデフォルメされた可愛らしい姿。これだけを見ればマスコットして通用するんだよな。目がかなりというか、不自然なまでに大きいから。
現に、アルネウラに優月、冬華までもが視線を釘付けにしているし。
『何か用か?』
ディアボルガがつぶらな瞳をオレに向けてくる。隣の優月が叫びたそうになっているのを我慢しているし。
「お前なら知っていると思ってな。フェニックスについて」
『あの焼き鳥小僧か。奴がこの世界に顕現してからすでに12年ほどたっているが』
「ちょっと待て。12月25日じゃないだろうな?」
周がこめかみを押さえながら尋ねる。すると、ディアボルガはその小さな体で精一杯胸を張りながら腕を組み、つぶらな瞳で頷いた。
ある意味、最後ので全てが台無しだよな。
『確か、『赤のクリスマス』があった時だな。場所は、あめりか、の、にゅーよーく、と言ったか』
とりあえず、ディアボルガは横文字に弱いみたいだな。
周の体がプルプル震えている。オレからすれば『赤のクリスマス』のニューヨークでフェニックスが出ただなんて。本音を言って、その場にいたかった。
再生の炎を司るフェニックスは精霊の中でも規格外の存在。そんなやつとは出会ってみたい。
『些細なことがどうか』
「全く些細なことじゃないからな。ったく、悠聖」
オレを見る周の目は真剣。それを見たオレは嫌な予感に囚われる。
「フェニックスの対抗策は?」
「ディアボルガは?」
『あいつの炎は精霊の中でも特別だ。対抗するには最上級精霊が必要だろう。この中では、一番適任なのはフェンリルだな』
確かに、フェニックスとなればフェンリル並みの能力がないといけない。フェニックスは不死鳥なのだから。
「やっぱりフェンリルか。作戦変更だ。みんな、聞いてくれ」
周の言葉にその場にいる全員の視線が周に向く。
「北村信吾とはメグが戦う予定だったが、北村信吾とは冬華が戦う」
「待って!」
その場に座っていたメグが立ち上がる。必死な形相で周を見ている。
メグからしたら北村信吾を捕まえたいのは自分自身だろう。だから、他の人がやるとなれば必ず反論する。
だが、それは周もわかっているはずだ。そもそも、北村信吾と周を当てたのは周自身だから。
「お兄ちゃんとは私が戦う。ううん、戦わなくちゃいけないの。だから、私に」
「駄目だ。北村信吾はフェニックスを宿している」
なるほどね。そういうことか。
「じゃが、あやつの炎は違っていたと思うぞ。あれは精霊の炎ではなくもっと別の炎。全てを焼き尽くす意志を持った炎じゃ」
アル・アジフからしたら一回焼き尽くされたからわかるのだろう。オレは直接あっていないがなんとなくはわかるけど、精霊の炎は焼き尽くす能力は少ない。だから、精霊の炎ではないというのはわかる。
それは周も同じだろう。実際に頷いているし。
「オレも一瞬は思ったんだ。だけど、北村信吾は行方不明になったはずの時に腕と足の片方ずつは見つかっているんだ。だけど、それが再生している。それに、あの炎はありえない。神剣を超える炎は神剣か精霊武器のみ。意味がわかるな?」
そうなると候補に挙がるのがフェニックスくらいしか残らない。
「なるほどね。つまりは、冬華の雪月花クラスじゃないとフェニックスへの対抗策は無しに等しい、ってわけだな」
オレは周の考えに頷く。だって、フェニックスは再生を司る存在。それがどれだけおかしい存在かは周も名前から類推しているはずだ。
言うなら不死身。そんな敵を相手にただの神剣使いであるメグが対抗できるわけがない。
「そういうことだ。冬華は本来、お前と行動してもらうつもりだったけど、北村信吾をどうにかしないことには何もできない。だから、メグには悪いが北村信吾とは冬華が戦ってもらう」
「少し待ちなさい。確かに、あなたの考えは正しいわ。フェニックスならフェンリルの力で何とか抑え込めるかもしれない。でも、フェニックスの炎は質が悪いわよ。それだけはフェンリルでも止められない」
問題点を上げるならそこなんだよな。再生を司る炎の力は極めて強い。再生だけがフェニックスの能力ではない。それだけで最上級精霊になれるわけがない。その炎をどうにかしないことには戦えない。もちろん、オレでも難しいだろう。
アルネウラの力なら確かにどちらかは抑えられる。でも、どちらかはだ。たった一人を相手に二人の戦力を割けるわけがない。
「じゃ、悠聖と冬華の二人で対処してもらうと言う方針で」
「本当に割くのかよ! 戦線ボロボロになるぞ!」
オレが地上の指揮官だったはずだ。オレが抜けたらだれが入る? 音姫さんは無理だし、孝治は周について行くはずなのに。
「そりゃ、配置後退だろ。孝治を地上に上げて、突入班にメグを入れる。メグの実力はまだまだだけど、十分に使える戦力にはなっているからな」
空いた口が塞がらない。確かに、メグは一般兵の中で考えればかなり強い。いや、かなりじゃないな。めちゃくちゃ強い。だが、その強さは世界トップクラスに通用する実力じゃない。最悪、足手まといになる。
「ちょっと待って。私が突入班に入ったら絶対に足手まといになる」
「なる」
「なるわね」
リースと琴美さんの二人がって、いつの間にかメンバー全員が集まっているし。
「否定してくれないのはそれはそれだ悲しいけど、ともかく、私の実力じゃ」
「大丈夫だ。メグは基本的に支援。前はオレと亜紗が切り開く。それに、メグの実力はみんなが思っているほど弱いわけじゃないぜ」
そう言いながら周は笑みを浮かべる。
「実力的にSランクを名乗っても恥ずかしくないくらいにな」