第百六十七話 聖剣VS魔道具
前回で楽しく書いたからか今回は少し弱めです。
「僕はただ、新しい未来を見たいだけの、人間さ」
その言葉と共に正は手に持つ時計の針がいくつもついた剣を構えた。
男は大きく後ろに下がりながらさっきと同じような槍を取り出す。
「デバイスを使ったものであるはずなのに、どうやら魔槍を断ち切ったのか、聞かせて欲しいな」
「魔槍、か。君達は面白い名称の付け方をするみたいだね。絶対的な魔力至上主義のこの世界で、魔力に対して絶対的優位に立てる武器、言うなら魔道具だね」
「なるほど。見ていたか」
浩平の銃撃や雨霰はおそらくファンタズマゴリアですら受け止められない威力だったかもしれない。だが、それをたった槍の一本で消し去った。
つまり、魔槍となるものは魔力に対して絶対的優位に立てる武器だと考えていいだろう。
「確かに、今の『GF』には少々荷が重いところだけど、それは大量生産出来るものなのかい?」
「基本的には槍と同じた。そこら辺の武器やに行けばあるだろうな」
「なるほど。だったらそれは、本当に無差別に魔力を消し去るものかな?」
正の顔に浮かんでいるのは笑み。それは、魔槍がどういうものか理解しているとでも言うかのようだった。
「だったら、何故最初から使わなかったのかな? 力を隠していたわけじゃない。おそらく、調べていた。個人の魔力の質を」
「おい、女。お前はどこまで知っている?」
「心外だね。僕は何も知らないよ。魔槍の存在もさっき初めて知ったばかりだ。でもね、戦闘はしっかり見ていたよ。これくらい、僕なら気づける」
男が槍を構える。それと同時に杖を構えていた面々が杖を戻してそれぞれの武器を正に向ける。
それは正を最大の障壁だと認識したことによる排除行動。だが、それを見た正の顔に浮かんでいるのは笑みだった。
ゾクッと、正に武器を構える面々の背中に悪寒が走る。
「彼が持つ書物は君達に渡ってはいけないものだと僕は思っているよ。だから、僕は向かってくるなら喜んで君達と戦おう」
「ふざけんじゃねえぞ、糞女!」
一人の男が斧を振り上げて迫ってくる。正はそれに対して小さく溜め息をついて簡単に斧を避けた。そして、手に持つ剣の刃をその男に叩き込む。
男は勢いよく後ろに向かって飛び、壁にぶつかって止まった。
「安心しなよ。この剣は刃が潰れているから。変わりに、死ぬほど痛いと思うだろうけどね」
「だったら、貫かれて死ね!」
その言葉と共に周囲の物陰からたくさんの魔術で作られた様々な属性の槍が放たれた。その数は約50ほど。
だけど、正は軽く笑みを浮かべる。
「光の方が怖いものだね。ファンタズマゴリア!」
正をファンタズマゴリアが包み込み、全ての槍を受け止める。
「金色夜叉」
そして、正はすかさず前に一歩を踏み出した。最後の槍が消え去った瞬間に剣に金色夜叉を纏わせ、金色の刃でファンタズマゴリアを切り裂きながら振り下ろす。
金色夜叉は周囲にいた三人のローブを着た者達を呑み込んだ。
「大技こそ、隙が出来る!」
タイミングよく走り込んでくる男。金色夜叉を使った正の振りはかなりの大振りだ。だからこそ、大きな隙が出来る。それを狙った加速はタイミングもスピードも完璧だった。
ただ、相手が悪かった。
男が槍を突く。しかし、正はすかさず力任せに体を捻った。振り下ろした瞬間に体を捻ったので普通なら腕に何らかの異常が出るはずだが、正はそれに関係なく体を捻る。そして、まるで後ろにいる相手を斬るかのように剣を動かしたのだ。
ちょうど軌道上にあった槍を高く跳ね上げ、正は反対側に振り下ろす。そして、今度は逆に体を捻った。
むちゃくちゃな体の動かし方。力任せによる部分が多いため、普通なら左右の腕が確実にイかれる。例え魔術を使ってもイかれる。
だが、正は平然と跳ね上げられた槍を振り下ろした槍とぶつかり合い、弾き飛ばしていた。
「何という戦い方」
「そう思うことは無理もないよ。初めてやってみたけど、腕への負担が凄いね。次に使えば確実にどちらかが再起不能かな?」
別の言い方をするなら、そんな無理に近いことをしなければならないほどの完璧なタイミングだったということだ。だが、男はそれがもう一度通じないとわかっている。
さっきの行動はがむしゃらのようだが、完全に予測されていた槍の軌道を通っている。がむしゃらではなくわざと狙った。
「これ以上戦うなら僕は君達を追わないよ。僕はただ、周が考えた作戦が成功することを祈っているだけだから」
「ならば、これ以上、邪魔をして欲しくないな」
その言葉と共にその場にいた全員が身を堅くして声のした方向を振り向いていた。
そこにいるのは海道駿。その背中には杖と、腰には剣が身につけられている。
「は、駿様」
「減点だ。勝手な行動をするなと言ったはずだが?」
「申し訳ございません」
「まあ、いいだろう。お前ほどの奴が守る書類。私も興味が出てきた」
そう言いながら海道駿は腰の剣を抜いた。やはりと言うべきか。禍々しいまでの空気を纏っている。
正は静かに剣を構える。
「僕は書類の中身を知らないよ」
「知らない? そんなわけがないだろう。お前がお前である以上、その書類は想像がつくものでなければならない」
「話は通じないようだね」
正は小さく溜め息をついて発動時間がほぼ一瞬の魔術で作られた純粋な光の槍を放った。だが、それは海道駿の持つ剣によって消される。いや、溶かされる。
正は軽く息を呑み、気合いを入れ換えるように息を吸い込んだ。
「魔術自体を消し去ると僕は思っていたけど、どうやら勘違いのようだね」
「今のでわかったか」
「うん。だから、ここは逃げる一手かな」
そう言いながら正は浩平の隣まで下がった。浩平は周囲を睨みつけているが、動けない以上、どうしようもない。
正はしゃがみ込んだ。
「逃げ切れるような状況かな?」
「無理だな。あの瞬間、手加減無しに自分に撃ち込んだ弾丸のダメージがかなり大きい」
「地面にぶつかった衝撃は大丈夫ということか」
「他者からのダメージだからな」
どうやら浩平は自分が投擲された槍から逃げるために撃ち込んだ一撃がかなりのダメージになっているらしかった。
正は呆れたように溜め息をつきながら振り返る。
そこにはゆっくり近づいてくる海道駿の姿があった。
「手負いの獅子を片手に逃げ切れると思っているのか?」
「逃げ切るしかないよ。だって僕は」
「貴様ら、動くな」
その瞬間、その場にいた全ての動ける人間が一歩後ずさった。それは正も例外ではなく、その言葉によって恐怖したのだ。
それほどまでに背筋が泡立つかのような気配。今、一歩動けば生半可な実力では殺される事が明白な空気。
「浩平に何をした?」
やっとのことで正と浩平、海道駿の三人がそちらを振り向く。
そこには、近くの屋根の上でレーヴァテインを矢の代わりとした孝治の姿があった。
その背後にはまるで阿修羅がいるかのような気配。もっとも、武器が阿修羅より怖いが。
「花畑、孝治!」
海道駿が孝治の名前を呼ぶ。完全有利な状況を一瞬にして完全不利にした存在。さらに、レーヴァテインがあるということは光がそばにいることを表している。
いくら数を集めた所で、刹那で勝負を決められないなら、それは命の半分を握られていることに等しい。それほどまでに、孝治と光の二人は戦略的兵器みたいな人物なのだ。
「引くぞ」
海道駿が後ろに下がる。孝治は動かない。狙いを付けているからだ。もし、レーヴァテインが放たれたなら、この場で受け止められるのは正のファンタズマゴリアだけだろう。
それほどまでに強力にして強烈な一撃だからだ。
その言葉に一人、二人と撤退していく。そして、海道駿が背を向けて走り出すとその時にその場には誰もいなくなっていた。
孝治が小さく息を吐いて跳び、浩平の横に着地する。そして、
「起きろ」
浩平を全力で踏みつけた。
「ごはっ、何すんだ!?」
浩平が文字通り跳び上がり孝治との距離を詰める。だが、孝治は誇らしげな顔で浩平を見ていた。
「動けるな。なら、大丈夫だ」
「大丈夫じゃねえよ!! 殺す気か!?」
その言葉に孝治は目を見開いた。
「まさか、貴様、死ぬのか?」
「俺はどんな人間だ!? 不死身じゃねえぞ!!」
「あはははっ。君達はやっぱり面白いね。でも、今はそのような漫才をしているほど暇じゃないよ。今の相手の情報を周に届けないと」
「ああ。その前に、大和にこの書類を届けさせてもらっていいか? 奴はこの情報を狙いにきたからよ」
そう言いながら浩平が書類をポケットから取り出す。戦闘の余波で折れ曲がっているが、紙だから大丈夫だろう。
「それは何だ?」
「周が考えた新たなデバイスを学園自治政府も使えるから、それの取り扱い説明書。別名、幻想展開デバイス」