第四十三話 覚悟
オレは静かにレヴァンティンを地面に突き刺した。そして、掌を上に向ける。
することはただ一つ。膨大な量の魔力を掌で操ること。自分の中の魔力を使うためなかなか多用はできない訓練だ。だから、失敗は許されない。
自分の掌に魔力が集まっていく。霧散しないように凝縮させながら集めて行く。だが、上限もある。時折、魔力が粒子に返還されて散っていく。全体からみれば少ないが、この量で分散するようでは狭間の魔力を掌握するのは不可能だ。
オレはだんだん魔力を増やしていく。粒子に変わる魔力を制御しながら魔力を凝縮させる作業は骨が折れる作業だ。でも、この練習は欠かせない。
魔力を集めて凝縮させて小さくする。そこにさらに魔力を入れて凝縮する。その作業は正直に言って練習したくない。オレは凝縮した魔力を体内に戻した。
たったそれだけの作業なのに体から出る汗はなかなか収まらない。
オレは小さく息を吐いて近くにあったベンチに座った。
孝治と中村は空中戦の練習をしている。亜紗と音姉は打ち合いか。
オレはもう一回小さく息を吐いた。
「簡単には魔力の掌握はできないよな」
「だろうな」
元からベンチに座っている悠聖は小さくため息をついた。
「そもそも、魔力を集める方が難しい。本来、魔力は外に出て行くものだろ。それを凝縮させて力にするなんて自然の摂理を超えているんじゃないか?」
「だろうな。でも、それをやらないといけないんだ。それをしないと勝てるものも勝てない」
「あの時は圧倒していたじゃないか」
「白百合流の間合いがわからないところを攻めただけだ。次は上手くいくかわからない」
「オレは上手くいくと思うぜ。なんて言っても周隊長と亜紗だ。二人のコンビネーションは抜群だろ」
確かにオレにはとあるものがあり、それを使えば亜紗と言葉を交わさなくても話すことが出来る。
オレは自分のこぶしを握り締めた。
「悠聖。後二日は我慢してくれよ。それが終われば訓練に参加だ」
「休んでいられたのにな。おっ、由姫の動きがすごいな」
悠聖の言葉にオレは由姫の方を見た。確かにすごい。
天地関係なく駆け回り、敵の中心から確実に逃さないように動いている。中に入ったら部屋の中にいるような感じになるだろうな。魔力で壁を作り、そこを蹴って高速移動する。このレベルなら普通に準空戦になるだろうな。
由姫は大きく飛びあがって地面に着地した。今日の由姫は技のキレがいい。吹っ切れたみたいだ。
「周隊長は何かしたな」
「まな。応援したから、由姫は大丈夫だろ」
「言うね。でも、全員緊張しているよな」
悠聖の言葉にオレは頷いた。
肌でもわかるが空気がピリピリしている。
何度も任務に行ったことのあるオレや孝治でさえも緊張している。何故なら、今回はメンバーの実力が偏っているからだ。オレ達の前の部隊は全員が高い水準にあった。だから、他人の実力を信じて戦えた。だが、今回は未知数が二人いる。
オレは掌に魔力をためる。
「みんな事の重大さはよくわかっていると思う。だから、オレ達は負けられない」
「さようで。一番緊張しているのはお前だろうな」
「わかるか?」
「何年一緒にいると思う」
悠聖は小さく笑った。
「お前は何の緊張をする必要もない。失敗するとしても恐れるな。オレ達は何だ? 第76移動隊だ。最年少の正規部隊だ。その部隊の隊長は誰だ? お前だ。海道周だ。オレの知る周隊長はいつも自信に溢れた奴だぜ。安心しろ。このオレが証明してやる」
「お前の証明なんてあてにならんけどな」
オレは笑った。そして、頷いた。
「はん、お前に言われる時が来るとはな。でも、助かった」
「そうか。成功させようぜ」
「ああ」
オレは魔力を掌握する。だけど、今までのやり方とは違う。体内の魔力を一気に出して一瞬で凝縮させる。掌ではなく、体中に張り付かせるように。
「オレはオレだ。海道周だ。何弱気になっている。不安なのはみんな同じだ。オレがやらないでどうする。ったく、このオレとしたことが」
「完全復活したようだな。じゃ、オレは散歩でもしてくる」
悠聖はそう言って立ち上がった。
オレは体内から湧き上がるような力を感じる。多分、魔力の溜め方はこういう感じでいいのだろう。
オレは大きく息を吐いた。
「さて、練習の再開でも」
「周、相談に乗ってくれよ」
その言葉にオレは頷きながら振り返った。浩平とリースが横に並んでいる。
「何の相談だ?」
「二人で合成魔術」
オレは浩平とリースを見比べた。そして、小さく息を吐いてベンチに座る。
「合成魔術について浩平は説明しろ」
「魔術と魔術を組み合わせて新しい魔術を作ること。そんなこと周が一番知っているだろ?」
「合成魔術は失敗した時の反動が大きいんだ。それを理解して言っているよな」
「当り前だ。それを前提に話をしている。俺達二人で合成魔術を使えるようになりたい」
「理論上は可能。魔術と魔術の組み合わせなら難しいけど、魔法と魔術ならやりやすい」
それは合成魔術とはいえないとは言えなかった。リースの目があまりに真剣で、浩平の目も真剣だからだ。
オレは小さくため息をついた。
「アル・アジフの方が詳しいだろ」
「アルは合成は詳しくない。だから聞いている」
「わかった。合成魔術の基本は意志と意志を組み合わせること。お前ら二人がやりたいと思うことがシンクロで来たらさらにやりやすい。複数人による魔術と魔術の合成なら成功例があるからいいけど、魔法と魔術なんて成功例があるかすらあやしいぞ」
オレはそう言いながら浩平を見た。浩平は頷く。
仕方ない。
「やるなら本格的だ。今から練習するぞ」
「望むところだ。お前を驚かしてやるからな」
オレは小さくため息をついた。だが、もし、この合成魔術が成功するならそれは大きなアドバンテージになるかもしれない。
「可能性があるなら全てやってやる。だから、覚悟していろよ、鬼の野郎」