第百六十六話 雨霰
ある意味因縁の戦いです。
最初は一つの銃声だった。だが、その銃声が聞こえた瞬間にいくつもの銃弾が放たれていた。速射という領域を超えた天才による掃射は的確にローブを被った者達に向かい、弾かれた。
「お前の技術など、わかっている!」
一瞬の驚きがあるであろうタイミングに槍を持つ男は前に踏み出した。タイミングは完璧。浩平が驚いていたなら確実に当たるであろう速度とタイミング。
だが、浩平はすかさずフレヴァングを向けていた。引かれる引き金は一回。だが、四方八方から放たれたいくつもの弾丸が槍を持つ男を狙い、弾かれる。
「ウィルガ」
そう浩平が小さく呟いた瞬間、浩平の靴にまるで翼が生えたかのように光が集まり浩平は上手く槍を押さえながら空に飛び上がった。
男は振り返りながら槍を振ろうとするが、浩平はその瞬間に双拳銃を構えている。
武器の高速展開及び高速収納と高速連射。それは浩平が持つ天才の領域。
放たれる弾丸はまるで雨霰のごとく降り注ぐ。しかし、それらは全て弾かれた。見えない何かに。
「対抗術式、じゃねえな」
宙返りをしながらちょうど囲まれるような位置で着地する浩平。周囲に目配せするが、数は把握しきれない。
近接武装を持つ者は一人。それ以外は全員杖を持っている。とう考えても支援型の軍団。多分、結界も展開しているのだろう。
竜言語魔法を使えばリースを呼び戻せる。だけど、今回戦うのはこいつ一人なら、
「大人数で寄ってたかって倒すつもりじゃなかったのか?」
「目的はお前が手に入れた書類と、私の後悔のみ。あの空間で何故お前を逃したかわからないが、その後悔をここで断つ」
「上等だ。俺は周や孝治のようににバカみたいに強くはないが、その分、手加減は出来ないぜ。後、流れ弾で仲間を失いたくないなら今すぐ避難しな」
リボルバー型の拳銃を取り出しとっておきの弾丸を詰め込む。それを腰のホルダーに収めた。
そして、双拳銃を虚空に戻し、フレヴァングを取り出す。
「避難? お前を逃がさないための面々だ。撃ち抜けないように細工はしている」
「そうか」
浩平は笑みを浮かべながら無造作に引き金を引く。その瞬間、男は走り出していた。槍を握りしめ、下から上に跳ね上げようとして、槍が弾かれた。
男の視界に映ったのは槍がたった一発の弾丸によって弾かれる瞬間だ。
「まさか」
さっきの一発。放たれてからどこかで反射させて槍を弾いたことになる。
浩平はフレヴァングから手を離し、腰の拳銃を手に取って引き金を引いた。
ただの銃声と共に弾丸が放たれる。それに対して男は槍で払おうとした。払おうとして、失敗を悟った。
ただの弾丸じゃないことに気づいたからだ。まるで、魔力の塊であるかのような弾丸。払おうと動かした槍は止まらない。
「大いなる翼の斬撃」
浩平の言葉と共に炸裂する。
強烈な暴風のような鎌鼬が男の体に襲いかかり、槍を細切りにする。だが、それだけだ。
浩平は失ろに下がりながら拳銃を腰に戻した。
「おいおい。今のは風王具現化クラスの技だぞ」
男が手に持っていた破片を投げ捨てる。
「対策は立てている。だが、お前が本当に戦うに値する相手だったとはな」
その言葉と共に男が新たな槍を取り出す。だが、その槍はまるで、禍々しいまでの空気を作り出していた。
言うなら神剣ならぬ魔剣の類。
「第2ラウンドだ。ここからは死ぬ気でかかれ」
「厄介だな!」
フレヴァングを片手で構えて引き金を引く。だが、その瞬間には男はそこにいなかった。
瞬間移動したのだとわかった時には背後で土を踏みしめる音が鳴り響く。だから、浩平はいくつかの銃器を空中に取り出しつつ制止させ、振り向きながら竜言語魔法の防御魔法を高速で展開した。
凄まじい衝撃と共に防御魔法に蜘蛛の巣が張ったかのようなひび割れが出来上がる。竜言語魔法の防御魔法は障壁魔術に近い耐久性があるはずなのに。
衝撃と共に浩平は後ろに滑りながら下がる瞬間、空中に制止させていた銃器の引き金を頭の中で引いた。
放たれた弾丸が槍を狙う。だが、槍に当たった瞬間、全ての弾丸はまるで熱い何かに落ちた雪のように溶けた。
「文字通り魔剣かよ!」
「魔槍と言って欲しいな」
禍々しい空気を纏った槍が勢いよく疲れる。浩平がすかさず飛び上がると、浩平がいた場所がえぐり取られた。
機構がわからない。あんなもの、どうすればいいかわからない。まだ一日ある以上、後四発は残して起きたい。
つまり、使えるのは中級クラス一発だけという計算になる。
浩平は頭の中で戦術を組み立て直しながら作戦を新たに考える。
周がいればありがたいという気持ちは変わらない。でも、やることは一つだけ。
「フルバースト!」
フレヴァングを空中で構え、ありったけの魔力を使い切るように全ての銃器を取り出す。頭の中で放つイメージは最速の一斉掃射かつ連射。
一瞬で組み立て放ちきる。放たれた瞬間はまるで太陽が爆発したかのような光と音が連続的に鳴り響き、あらゆる弾丸が男を狙って動き回る。
とあるものは壁を跳ね、とあるものは地面を跳ね、とあるものは人を跳ね、とあるものは他の弾丸に当たって軌道を変える。時には弾丸自体が真っ正面からぶつかり合って正反対の方向に向かう。
攻撃するタイミングはバラバラのように見えて同時。放たれた弾丸は一斉に男に向かい、
「目障りだな」
槍の一振りが向かっていた全ての弾丸を消し去っていた。
「確かにすごいな。この槍が開発されたばかりでなければさすがに破られていたか」
「つまり、許容量を超える威力に関しては意味がないというわけか。普通状態のフルバーストで達成出来るのね。まあ、消されたのは想定内だからいいけどよ」
「何?」
「あんたからしたら、想定外だよな!?」
その瞬間、足下が光り輝き始める。浩平は全ての武器を虚空に戻して右腕を天高く空に向けて掲げた。
「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ。アルティメ・レティオ・アルバード・ゼア・フォリス」
「させるか!」
男は槍を投擲体勢に入る。だが、遅い。
浩平の目の前に現れる一冊の書物。それは、浩平が唯一自分の体内にある魔力だけで使用出来る最大級の竜言語魔法。
「ぶち抜け。雨霰」
その瞬間、膨大な光弾が、それこそ無数の雨のように、まるで夕立の時のように出現し、降り注いだ。
雨霰。
別名。滅びの雨。
竜言語魔法を知る浩平だからこそわかる威力。これは限定的に放っているが、広域に放った場合、それは一国を滅ぼす力を持つとされる威力。
浩平はそれを切り札とし、一国を滅ぼす力をたった一人の男に向かって放った。
最大フルバーストを囮とした最大級の竜言語魔法。おそらく、周ですら気持ち良くはめられて終わるだろう攻撃。
だが、それは普通だったらの話。そう、槍が普通だったなら。
雨霰が男に向かって放たれる。一つ一つが地面に大きめの隕石が落下したかのようなクレーターを作り出す光弾が明確な意志を持って集中する。
だが、その全てがかき消えた。迫り来る槍と共に。
響き渡る銃声。
それと共に浩平は体勢を崩して地面に落下した。受け身を取らずに地面と激突する。
「がはっ」
浩平の肺から空気が漏れる。それと同時に浩平の首元に禍々しいまでの空気を放つ槍が突きつけられた。
投擲されたはずの槍が男の手にあるということは、
「神剣か?」
「人造神剣が一番近い表現だな」
「人造?」
レヴァンティンや運命のことをそう例えるならわかるが、人造神剣というのは意味がわからない。
男は笑みを浮かべる。
「滅びに対抗するための武器だ。さあ、書類を渡してもらおうか」
「勝手に取れ」
激痛のために体が動かないため、浩平は顔を逸らしながら言う。男はそれに満足そうな笑みを浮かべて、
「それは困るかな」
禍々しいまでの空気を纏っていたはずの槍の穂先が宙を舞った。それを追いかけて顔を上げた男の目に入ったのは、
黒い何かの中心にある真っ白何か
と頭が何かを理解するより早く、男の顔面をその人物の踵が直撃していた。
男が大きく吹き飛ぶ。
「君は?」
痛む体をこらえて体を起こす浩平。そんな浩平に振り返りながら、その人物は笑みを浮かべた。
「僕はただ、新たな未来を見たいだけの、人間さ」
戦いはまだ続きます。