第百六十一話 本番初日の朝
朝日が目に染みる。オレの部屋はここまで朝日が入ることは無かったはずなんだけどな。
ゆっくり目を開けた先にあったのは見慣れない天井。ここは、駐在所か?
ゆっくり体を起こす。今までの体が重かったように思えるほど軽い。
「何かが、外れたからか?」
オレは周囲を見渡す。周囲を見渡してもアルの姿が見当たらないということは、先に起きているのか。
「といか、ここまで来ると清々しいよな。オレは一体、何に縛られていたんだ?」
狭間の鬼は世界の意志とか言っていたっけ。アルは鎖か紐か忘れたけどそのようなもの。何なんだろうな。
「世界の意志か。この世界に一体、何が隠されているんだか」
今は情報が少なすぎるけど、本当に踊らされていたなら真実を見極めたいという気持ちがある。
何がオレを動かしていたのか。
「周、起きたのか?」
ドアが開き、そこから顔を出したのは孝治だった。オレは頭をポリポリと掻きながら立ち上がる。
「アルは?」
「一度家に戻っている。日常品を常に持ち歩くお前とは違うらしい」
「オレも好きで持ち歩いているわけじゃないからな。でも、何かあった時のために必要だろ」
何かあった時にしか使用しないけど。
それはオレの性分かわからないけど、一応は用意してしまう。
「本当なら持ち歩きたくないけど」
「ほう」
孝治の目が微かに細まり、オレはファンタズマゴリアを展開して孝治が振り切った運命を受け止めていた。
孝治の癖を知っていなかったら確実に首を落とされいたかも。でも、直感が無いということは寸止めにするつもりだったのか?
「偽物というわけではないか」
「かなり危ないからな。ファンタズマゴリアの展開をミスったら首飛んでたぞ」
「安心しろ。峰打ちだ」
運命の刃は両刃ですが。
「気持ちはわかるが、少しは落ち着け。急かしていてもいいことはないぞ」
オレがそう小さく溜め息をつくと、未だに展開しているファンタズマゴリアに運命が叩きつけられた。今度は刃ではなく腹で殴ってきている。
ファンタズマゴリアの弱点を的確についてきたなこの野郎。
「周、変わったな」
「変わった? まあ、そうかもしれないな」
確かに変わったのだろう。オレは新しい道を見つけたのだから。自分が本当にやりたいことというべきか。
今までのオレはひたすら急かして生きていたからな。
「今までのお前はひたすらに前に進もうとしていた。俺や音姫さんに追いつけないとわかっていても、追いつこうと食らいついてきていた。いや、何かに押されていたというべきか」
「お前も気づいていたのかよ」
「いつからの付き合いだと思っている? お前が普通とは違うことは見ていた。努力というより強制に近かったからな。だが、もう安心だ」
孝治が笑みを浮かべる。その笑みは柔らかい、親友を心配してくれていた笑み。
「ようやく、本当のお前と一緒に戦うことが出来るな」
「言ってろ。自分の力はまだ把握しきれていないんだよ。だから、どこまでいけるかなんて」
「何年の付き合いだと思っている?」
その言葉はオレが気づいていないことを気づいていると言うかのような言葉。オレはそれに対して苦笑で返した。
「そうだな」
全く持ってその通りだ。こいつならオレの力もオレが理解していない範囲で気づいているだろう。
これからは考えていかないとな。オレの戦い方は特に。
「だが、気になることは前からあった」
「気になること?」
「ファンタズマゴリアがお前しか使えないことだ」
確かにファンタズマゴリアはオレしか使えない。由姫も近い技は使えるがファンタズマゴリアのような強力なものじゃない。
構成は簡単なのに、ファンタズマゴリアだけは慧海でも使用出来ないのだ。それなのに、データとして打ち出せば使うことが出来る。
「もしかしたら、今までのお前が関係しているかもな」
「まぁ、本人のトラウマによって大きく威力が変わるから、それもあるかもしれないな」
関係があるとするなら、あの幻想空間だろう。だけど、あれはトラウマではないような気もする。
ファンタズマゴリア自体が規格外の性能だからでもあるけど。ある方法を除いてよほどの攻撃を受けないと砕けないし。
「だが、お前はファンタズマゴリアが無くても十分に戦えるだろ?」
「まあな。ファンタズマゴリア自体、使えば一定時間、使用不可能になるからな。まあ、壁のように展開したままというのもありだけど」
「俺とお前の組み合わせは最強だ。そうだ。一つ尋ねていいか?」
「いいぞ」
オレは小さく息を吐いて両腕を伸ば、
「時間は大丈夫か?」
そして、固まった。
現在の時刻は午前七時半。ギルバートさんやエクシダ・フバルが来るのは八時。ここから目的の場所に向かうまで必要時間は約二十五分。
額に汗が流れる。
間に合うというレベルじゃない。準備する時間が全く足りない。
「音姉達は?」
「着いている頃だろうな」
「レヴァンティン」
オレが近くにあったレヴァンティンを掴み取ると一瞬で服装を着替える。時間がないから仕方ない。
服装は『GF』の儀礼服。堅苦しくて着たくはないが、向こうは『GF』の大幹部。仕方ないという気持ちが強い。
「ナビを頼む」
『夜の感想を一言、あべし』
レヴァンティンを蹴り飛ばしながら加速し、駐在所を出たところで蹴り飛ばしたレヴァンティンを捕まえる。
「次に変なことを言ったら投げ飛ばす」
『別にいいじゃないですか。減るものではありませんし。激しくてアル・アジフとエリシア合わせてよ』
「星になれ!!」
全力全開の投擲でレヴァンティンを空高くまで投げ飛ばす。こいつの存在は完全に忘れていたから知られている。記憶を消すには殴るのが一番だろうか。
オレは近くの屋根に飛び移り、塀や屋根を伝って最短距離で向かう。途中でレヴァンティンを拾うことを忘れない。
『英雄、色を好むとでもいいますし、恥ずかしいことではありませんよ、絶倫さん』
「今、お前をパートナーにしていることをすごく後悔しているんだが」
『ジョークですよ、イット、イズント、ア、ジョーク』
「お前って流暢に英語を話せたはずだよな? どうして片言になってんだ? それと、ジョークじゃないって意味だよな?」
『マスターのツッコミ力がレベルアップしていますね。本当なら、最後のツッコミだけのはずなのに。これぞ真のマスター』
「なあ、今からお前を破壊していいか?」
今なら握力だけでこいつを握り潰せるような気もする。
『マスターの雰囲気が変わったのは私もわかりますよ。私としては、昔の二の舞にならないか心配だったので』
「昔?」
『はい。昔の話です。でも、今のマスターなら大丈夫だと断言します。だって、マスターですから』
「そっか」
レヴァンティンばかりに頼っているのも悪いからな。オレも、もっと強くならないと。ただの器用貧乏じゃなく、本当の意味での器用貧乏に。
まあ、オレから言わせてみれば、最強の器用貧乏時代が懐かしいけどな。
「『赤のクリスマス』に狭間戦役とこれ。なかなか激しい日常だよな」
『今更ですか?』
「まあな。滅びを救ったら、誰かを育て上げるのも悪くないな」
『まさかのロリコン宣言。さすがマス、壊れます壊れます。さすがにそれは壊れます』
オレは握りしめていた拳を開けてレヴァンティンを放した。そして、レヴァンティンはポケットに入る。
「オレが戦うんじゃなくてさ、みんなが戦えるようにしたいなって」
『今までのマスターなら、「誰かが傷つくくらいならオレが戦う」でしたしね』
機械だからか声真似上手すぎだろ。一瞬、自分の声かと思ったし。
『変わりましたね』
「元に戻っただけさ」
多分、オレは戦うことよりも指導役や支援役の方が好きなのかもしれない。いつか、本当にいつになるかわからないけど、いつか、世界を救えたならオレはそうしたいと思える。
新たな未来が来たなら、ちょっとくらい、そうしてもいいだろう。
『マスター、時間は大丈夫ですか?』
「大丈夫だろ?」
『駐在所の時計、五分遅れていましたよね?』
オレは全力で屋根を蹴った。
本格的な本番初日は次の次くらいです