幕間 『ES』の動き
それは一週間ほど前の話。『ES』本部にあるとある一室において一人の白衣を着た男性が優雅に水を飲んでいた。そう、優雅に、水を、湯飲みで。
「そうか。もうそんな時期か。最近は研究室にこもっていたから俗世には疎くてね」
『そう言いながらしっかり情報を持っているあたりが憎らしいけどな』
据え置き型の通信機から周の声が聞こえる。男性は優雅に水を飲む。
『で、アリエル・ロワソ。お前は来るのか? 二日目に』
「そうする予定でいるよ。こちらも、君の父親には恨みが積もっているからね。本当なら私がこの手で決着をつけたいところだけど、それは君が許さないだろ?」
『当り前だ。親父と決着はオレがつける。邪魔をするならお前を捕まえるからな』
「わかっているさ。今回の事件で君の父親を捕まえる最適の人間は君しかいない。君以外にはいないとも言うべきかな。君は、過去に終止符を打つつもりなんだろ?」
その言葉に向こうで頷く気配がアリエル・ロワソにはわかる。だから、アリエル・ロワソもゆっくり頷いた。
そして、優雅に水を注ぐ。
『二日目に来るなら、せめて戦力ぐらいは持ってこいよな。お前の実力は疑うことなく強いが、お前の戦い方は特徴すぎて、学園都市の『GF』にも知っている人が多い。もし、お前が単独で来たなら学園都市の『GF』が見つける可能性が高くなる』
「そして、鬼ごっこのために人員が割かれて作戦が成功しなくなる。それくらい理解しているよ。君ほどではないにしても、今回の事件は相手がどう狙ってくるかわかりやすいからね。懸念があるとするなら、相手方の内部組織の状態というべきか。もし、内部が分裂状態にでもあるとするなら」
『昔の『ES』並みにややこしいことになるから止めてくれ。そこのところは祈るしかないな。オレも、言うほど作戦を立てているわけじゃないし』
「君の作戦を聞かせて欲しいところだね」
アリエル・ロワソは答えが来ないだろうと思いながら尋ねる。通信を傍受されたら筒抜けだからだ。今の時点でならいくらでも作戦の変更は聞く。だから、答えがないと思っていた。
しかし、返ってくる言葉は違う。
『いいぞ』
その言葉にアリエル・ロワソは手に持っている湯飲みをその場に落としかけた。それほどまでに周の言葉は不用心だからだ。
『おいおい。オレが通信している相手は天下のアリエル・ロワソだぜ。傍受されないように通信機自体も改造しているんだろ』
「そうか。君にはレヴァンティンというチート武器があったね」
『チート言うな。まあ、大まかに説明するだけだ。親父達はオレ達が一ヶ所に集まったところを叩くはずだ。狙いは前に言ったように。親父がそこに現れる可能性は高くはないが、確実に事情を伝える演説をどこかでやるはずだ。多分、学園都市関係者と観光客やらをシェルターに逃がす時間を作るために』
「それを聞くと、悪者には聞こえないね。悪者は一般人を虐殺するものだけど」
『そのイメージ、『ES』の過激派が発祥だからな』
周が呆れたように言う。確かにその通りだった。
悪者が民間人を大虐殺するのは『ES』の過激派中の過激派の行いだ。ただ、それは悠人によって全滅したが、そのイメージは『ES』が作り出している。
アリエル・ロワソはわかっているとでも言うかのようにクックックッと笑う。
「しかし、正義の味方と正義の味方とのぶつかり合いというのは本当に面白いね。全ての決着は話し合いではなく力で決まる」
『力が無ければ話なんて聞いてもらえないからな。話を聞いてもらえるのは有利とも言える立場か、対等の力がある時。今、親父達は対等だとオレは感じているからな』
「ほう。世界最強の魔術師を相手にそんな口を」
『お前なら、知っているだろ。オレの能力を』
その言葉にアリエル・ロワソの動きがほんの少しだけ止まった。
『お前が生まれたばかりのオレを誘拐したのは生体兵器にする目的が本当の目的じゃない。本当の目的はオレの体から核晶を抜きとること。違うか?』
「君は生まれながらにして核晶欠損症ではないのかい?」
『なら、尋ねるが。親父達は核晶欠損症の妹に対して隼丸を渡すと言っていた。この意味がわかるな?』
「プレゼントということかな?」
その言葉づかいはまるで、わかっているけどはぐらかしているような声だった。
それに周はもちろん気づいている。だからこそ、言葉を続ける。
『疑似核晶の存在があっても、その稼働時間は少ないし、戦闘に出れば出るほど時間は少ない。だったら、考えられるのは核晶を手に入れたということだろ? 核晶は個人によって大きく違うし、他人が使えば大きく性能は落ちる。でも、さほど性能が落ちていないと思えるオレがいるなら?』
「その本人の核晶を手に入れて使えば、強力な力を発揮するかもしれない。そもそも、核晶というものは未だに解明できていない部分が多いものだよ。人体実験するしかないからね。そんな非人道的なことは誰も許さない。だけど、極稀に核晶自体が適合する時がある。血縁関係の時は確率は大きくなるね」
『それを親父達は勘違いした。で、オレの核晶を調べたお前に尋ねたいんだが』
アリエル・ロワソは笑みを浮かべた。それは、周の次の質問を理解しているからだ。だから、先に言う。
「君の考えているような能力だよ。それは私が保証しよう」
『そうか。助かる。だったら、その日に面白いものが見られるかもしれないぜ。じゃな』
通信が切れる。その音を確認してアリエル・ロワソは小さく息を吐いた。
「海道周。君は、この運命の中でどこまで抗うのかな? 私はその未来を本当にみたいよ。君が、君の望む世界。それを見せてくれるというなら、私は、いや、私達は、君に、君達『空の民』について行くと言うのに」
すると、ドアがノックされる音が鳴り響いた。アリエル・ロワソはほんの一瞬でその場に会った全てを片付ける。そして、椅子に座った時には優雅にカップを持ち、湯気が立ち上る紅茶を静かに口に含むアリエル・ロワソの姿があった。
また、ドアがノックされる。
「どうぞ」
その言葉にドアが開く。
「失礼します」
その言葉と共に入ってきたのはショートカットの活発そうな少女だった。年齢は周と同じくらいか。ただ、その背中にあるのは槍とライフル。腰には刀とナイフがある。
アリエル・ロワソは小さく頷いてカップを机の上に置いた。
「ルネ君か。私に何か用かな?」
「えっと、アリエル・ロワソ様が学園都市に行くという話を聞いて、私もつれて行ってもらえないかなと直談判に来ました。アリエル・ロワソ様から貸し与えられた部隊を置いて行くのは忍びないのですが、それ以上に冬華や楓と会いたくて」
「ふむ。私もちょうど実力のある面々をさがしていたところだったよ。ちょうどいい。君を学園都市に向かう際のメンバーとしよう。もちろん、メンバーと言っても当日は自由行動だ」
「あ、ありがとうございます」
ルネは勢いよく頭を下げた。ほとんど90°近くまで下げているからか後ろの腰にある武器が見える。そこにあるのは槍の穂先だけの武器。一応、換え刃らしいが、そんな雰囲気は見えない。
そして、ルネはそのままドアから出て行った。
アリエル・ロワソが腕を振るだけで開いていたドアが閉じる。
「若者たちが頑張るんだ。私の様な大人達は傍観者に徹するとしますか。でも、もし、君の父親以外が学園都市を狙うと言うなら、私も動きだすよ。大事なパーティを邪魔にさせたくはないからね」
そして、アリエル・ロワソはいつの間にか持ち替えた湯飲みの中に入っている水を優雅なしぐさで口に含んだ。