第百五十六話 追加連絡
後悔はあるかと尋ねられたならオレは後悔はないと答えるだろう。ただ、今の状況はどうにかしないとかなりまずいような気もするが。
だって、三日目の仕事を全くしていないのに三日目が終わった。はっきり言うならかなりヤバい。確かに、予定は早めにくりあげてはいあが、まさか、こんなことになるなんて。
『自業自得ですね』
「お前に言われなくてもわかっているからな! 自業自得なんて自分がわかっているわ!」
多分、徹夜明けのテンションでやったのがかなりまずかったのだろう。というか、睡眠時間一時間が一番まずかったのだろう。
まあ、息抜きにはなったけど。
オレは小さく溜め息をつきながら山積みになった報告書を一枚一枚確認していく。
『マスターはもっと人に頼れば』
「それはしない主義だ。今回のことは自業自得。だったら、自分自身で全てを終わらすべきだろ?」
確認した書類に承認印を押して規定の場所に入れる。
レヴァンティンは小さく溜め息をついた。
『マスターらしいと言えばマスターらしいですが、トップがやるべきことじゃありませんよね』
「そうそう。周君はもう少し私達を頼ってくれてもいいな」
「余計なお世話だ」
オレは小さく溜め息をついて承認印を、
「って、楓!?」
「私はこっちの書類をやるね。こっちは承認印じゃなくて内容確認みたいだから」
「じゃなくて、何でここにいるんだ? 全員帰したはずだろ? 今日はオレが午前3時まで」
「早起きしたから」
今は十二時前なんだけどさ。
「周君も周君だよ。自分だけで頑張るんじゃなくてみんなも使わないと。多分、それが周君が器用貧乏と呼ばれる理由なんだから」
「まあ、他人を動かすのは得意とは言えないからな。おかげで、戦術予測は凄くても、指揮能力は低いって言われるし」
他人と同調することは得意だ。器用貧乏だから。
「ともかく、周君が何と言おうと手伝うから。これは私の中では決定事項なのです」
「わかったわかった。その代わり、二時になる前には帰すからな。寝不足は美容の大敵だぞ」
「『ES』時代から睡眠時間は五時間だと決めているから。でも、そうしないと周君は怒るよね?」
「当たり前だ。一人で背負い込むなということもわかるけど、この作業だけはオレしか出来ないからな」
承認印は隊長又は副隊長以外押してはいけない。スケジュールの関係上、押せるのはオレくらいだ。
オレは承認印を書類に押していく。すると、レヴァンティンが淡く光った。
『マスター、総長からの通信です』
「開いてくれ」
レヴァンティンがオレの言葉に応じて通信を開く。
『周。時間は大丈夫か?』
「もうすぐ深夜だけど、大丈夫だ。書類整理しながらでもいいか?」
『問題ない。こちらで調べていた学園都市地下についての追加報告だ』
オレの手がピクリと動く。それに応じるように楓が録音機器をつけた。そんなことをしなくても、レヴァンティンが録音してくれるけど。
『学園都市の地下だが、国連を通じて日本政府に語りかけたが拒否の一点張りだ』
「直接日本政府に言わないのか?」
『『GF』と話すことはないと言われた。今の外務大臣は反『GF』だ』
「確か、『赤のクリスマス』で家族を失ったんだっけ。ちょうど、『GF』の動きが遅かった部分で」
オレはテレビで見た内容を思い出しながら答える。親父が生きていると知ったら行動はさらに過激になるような気はするが。
だけど、こちらの正当性を訴えるはずなんだけどな。
「理由は何にしたんだ?」
『学園都市で大規模な事件が起きる可能性がある。相手は地下水路を使う可能性があるので、地下水路の詳細な図面が欲しいと言ったが断られた。アポを取らずに直接向かったのがまずかったか』
多分、それは関係がないような気もするが。
「『GF』には話すことはない、か。わかった。こっちで外務大臣について調べてみる。何かきな臭い空気がするしな」
『駿と繋がっている可能性か?』
「ああ。犯罪者の逮捕に協力しないなら、むしろ、犯罪者と繋がっている可能性を疑うのが筋だろ。警察が行っても、外務大臣の逮捕はまず無理だしな。だったら、『GF』が追い詰めればいいだけだ」
何かの証拠があっても警察は動かない。いや、動けないだろう。外務大臣の逮捕となれば政権が崩れるのは当たり前だし、犯罪者集団と繋がっていたならことさらだ。
それに、警察トップと繋がっていてもおかしくはない。
だから、オレ達で証拠を見つける。
『相変わらず、エグいことを考えるな』
「相手が相手にしないなら相手にしてもらえるように目につくことをすればいいだけだ。それに、親父達と繋がっていることがわかればそれだけで動きを制限しやすいしな」
『では、外務大臣についてはお前に任せよう。それと、日本の外務省経由から面白い情報が入った』
「面白い情報?」
時雨が面白いということは、何かがおかしい情報だと思っていいだろう。何が来るかわからないけど。
『学園都市で政府が動かす機体だが、重大な欠陥があるらしく、とあるデータを流すことで緊急停止するらしい』
「イージスが? それよりも、どうしてそんな情報が」
考えられるのは外務省のトップに近い人達が意図的に情報を流したということだ。情報を流した真意はわからないが、こんな情報を流すということは何かがあると言っているようなものだろう。
やはり、親父達は狙ってくるか。
「ありがたいな。そのデータはあるのか?」
『ああ。第76移動隊の中心集積デバイスに送っている。追加連絡は以上だが、何か質問はあるか?』
「いや、ない。助かった」
『そうか。頑張れよ』
時雨との通信が切れる。
オレは小さく溜め息をつきながら承認印を押した書類を所定の場所に置く。
「周君、どうして『GF』と日本政府は仲が悪いの? 『ES』は中東やアフリカの国家との仲は良好なのに」
「それを話すとなると、歴史の話になるんだよな。日本政府と『GF』の仲は、『GF』設立当初からかなり仲が悪かった。悪かったと言っても、日本政府と、自称『平和を愛する団体』からの印象が悪かっただけだけどな」
昔の日本は大きな事件も少なく、平和というのに相応しい国でもあった。平和ボケと言われるが、あそこまで事件が無かった時代は一種の理想郷だ。
「力による防衛の『GF』と日本政府の違い。大きな溝となって、その溝がだんだん大きくなっているんだ。今では、勘違いした政治家が日本から『GF』の影響を少なくしようとしているが、かなり間違ったことではあるけどな」
「なるほど。あれ? それと、イージスの話はどう関係するの?」
「今の日本政府の閣僚は『GF』が嫌いってメンバーだらけだけど、官僚の半数以上は『GF』の存在に肯定的だからな。昨今の犯罪に対しての『GF』の活躍は目につくし、まともな対抗手段が少ない警察庁自体が『GF』に頼る比率も大きいからな。というか、警察庁が『GF』の傘下にならないか本気で議論されたくらいだし」
結局は相も変わらずただ存在するだけの組織に成り果てているけど。警察の存在は否定しない。現に、『GF』では介入出来ないようなことも、警察だと介入出来るからだ。
「批判うんぬんよりも、どうすれば上手く回るか考えた方が賢いけどな」
「そうなんだ。ややこしいね」
「ああ。本当なら、一つだったらもっと簡単なんだけどな」
本当に簡単だ。でも、世界はそんなに簡単じゃない。
「まあ、イージスを止めるデータが本当なら、ありがたいけどな」
オレはそう言いながら承認印を押していく。
時雨からの追加連絡はありがたいものばかりだ。地下水路に関しては外務大臣を狙えばいいけど、罠の可能性があるよな。
「レヴァンティン。頼めるか?」
『表示しますね』
その言葉と共に立体ディスプレイが立ち上がり、まるで、蜘蛛の巣のような図が浮かび上がる。
相変わらず仕事が早い。
『外務省のサーバーはチョロいですね。ダミーや停止をほんの数十回使うだけで隔壁は開きましたし、ほんの少しいじるだけで内部犯の犯行に出来ましたし』
オレは小さく溜め息をつきながらデータを保存する。これを基に作り上げたら簡単だろう。
「レヴァンティンは本当に高性能だね。私のブラックレクイエムも同じくらい高性能だったら」
「同じレベルを求めるのが間違っているからな。さて、データの消去は頼むな。もちろん、廃棄じゃなくて破壊で」
もしもの時を考えて、それくらいはしていても大丈夫だろう。レヴァンティンの噂は有名だから、罪状を突きつけてやってくるかもしれない。
まあ、その時用のデータはレヴァンティンが確保しているみたいだけど。
「ともかく、書類をさっさとやるぞ」
「うん」
オレ達は書類に向き直った。山のようにある書類もかなり減ってきたからどんどん崩していかないと。
でも、いつ終わるだろうか。