第百五十三話 二日目の終わり
時刻的にはすでに三日目。しかし、周の中ではまだ二日目です。
対策の組み直し。はっきり言うならやりたくない仕事だ。今まで組み上げていた全ての構築を一度無にしてから新たに組み立てないといけない。
その構築にしても何が危険か何が危険じゃないかという選別から不測の事態に陥った時の対応など、やるべきことは多岐に渡る。
正直に言うなら、かなり大変ではあるが、組み立てていけば楽しくはなってくる。ただ、楽しくなるのは開始三時間後が平均だ。作業開始から一時間。今の時間はと言うと、
「午前2時、か。ったく、術式のデータを送るだけでこんなに時間がかかるとはな」
『マスターの術式は独創的ですからね。私も多少ながら独創的に手伝っていますし』
確かに、あの術式は運良く組み合わせたことで出来上がったものだ。それをオレが考えたやり方をするなら完全なデータとして組み込まないといけない。
レヴァンティンで試すのは不可能だから、向こうに作業してもらうことになるが。
『それにしても、マスターは相変わらず凄いことを考えますよね。実用化出来れば防衛拠点はかなり堅くなりますよ』
「堅牢の方がいいだろ。それに、オレが考えたことが確かなら」
キーボードを叩いてデータを打ち込む。作り出すのは当日の戦況予測シュミレーション。条件を極めて最悪にした場合の予測を算出する。
ただ、これは意見の一つだ。このシュミレーションは、最高の状況に導くためにありとあらゆる思考を行う。おかげで、シュミレーション一つに集積デバイスは必ず必要となる。
オレが使っているものは体育祭前に新しくしたデバイス内蔵型の出力装置とキーボードを一緒にしたものだ。出力装置はもちろん、宙に浮かぶ立体ディスプレイのもの。
デバイス内蔵型と言っても集積デバイス内蔵型だから大きさは比べものにならなくなってはいる。
「やっぱり、ここが弱いか」
オレはシュミレーション結果を見ながら小さく溜め息をついた。突かれたポイントは特殊合流地点。確かに、ここにあれが隠されていないならこう来るのは当たり前だ。
問題は、予測出来ない味方の動きをどうするか。
「まあ、気長にやっていくしかないな。このままだと朝日が拝めそうな」
『マスター。明日、いえ、今日は何も参加しないのですか?』
「そもそも、今日は溜まりに溜まった事務の仕事を片付ける日だ。事務の仕事は孝治や音姉でも可能だし、今のオレは今の状況に専念出来るってわけ。まあ、明日の仕事も考えないといけないから、都とアルには悪いけど、見回りは無しだな」
『仕方ありませんよ。マスターの作戦はただでさえ学園都市全てを使う大掛かりなものですから』
オレは頷きながらキーボード上を走る手を動かす。
「唯一の嬉しいことが、作戦を変えてもここ一週間で作り上げたプログラムが使えるってことだからな」
『必死に点検もしましたよね。でも、もしもの時を考えていた方が』
「もしもというか、すでに学園自治政府と体育祭実行委員にメールを送ったからな」
オレは小さく息を吐きながら言う。
オレの考える最悪の事態が的中したなら民間人を守ることに最善の努力を行わないといけない。それは、『GF』としての指名であり、最終日の体育祭を行う最終条件。
正は言ったんだ。最終日は無かったって。だったら、オレ達で守りきればいい。まあ、真柴隼人の脱獄で難易度が桁違いに上がったけど。
『マスターは本気なんですね。本気で、未来を変えようとしている』
「そりゃな。世界の滅びなんて未だに実感が湧かないけど、出来る限りの全てをしないと。後悔はしたくない。まあ、後悔する暇はないかもしれないけど、出来る限りのこと、あらゆる種族、あらゆる存在、あらゆる武器、あらゆる思い全てを使って対抗するしかないんだ。それに必要なのは四つの世界の共闘」
『マスターの志はたくさんの人が理解しています。が、一つ問題があります』
「そんな問題くらいわかってる」
理解してくれる人はいるが反対する人もいる。何か大きな事件、それこそ、滅びに関する大きな事件が発生しなければ動かない人も多いだろう。
例え、オレがそれに対する最大の策だとしても。
「今は、本当にどうするかを考えないとな。ともかく、このポイントを狙うのは当り前だからな。そもそも、対抗策が少なすぎるって。金色夜叉、剣の舞、妖精乱舞、里宮本家八陣八叉流、八陣流、八叉流、狭間の力、白楽天流、白百合流、光輝、運命、栄光、リバースゼロ、矛神、エクスカリバー、ソードウルフ、イグジストアストラル、アストラルブレイズ、アストラルソティス、アストラルルーラ、ダークエルフ、アル・アジフ。そして、滅びの破壊の鬼。要所では使えても、絶対的に対抗策が少ないからな」
『ですよね。マスターが今あげた全てはこの学園都市にとって切り札となるものですが、今回の対策で使えるのは、おそらく』
「金色夜叉と妖精乱舞に滅びの破壊の鬼。金色夜叉は何回か発動しているから手の内は割れているだろうけど、妖精乱舞と滅びの破壊の鬼は見せていないから大丈夫だろうな」
『本気ですね。滅びの破壊の鬼に関しては私は使わない方がいいと思っていますが』
「オレだってそうだ」
滅びの破壊の鬼ははっきり言うならハイリスク超ハイリターンなものだ。亜紗の妖精乱舞と比べても、滅びの破壊の鬼は下手を打てば周囲に甚大な被害を及ぼす技。
地下で使うようなものじゃない。
「相手の行動がある以上、向こうの動きはかなり限定できる。ただ、限定できないのは真柴隼人の行動だな」
『行動原理から考えたてみたらどうですか? 真柴隼人は真柴悠人単体を狙っています。なら、その単体だけを狙うと考えて』
「問題は、真柴隼人の軍団だ。真柴家自体、というか、真柴・結城と戦った時では相手方を全て捕まえたとは言えない。もしかしたら、別個にフュリアス部隊を持って来るかもしれない」
『ただでさえ、陽動部隊にフュリアス部隊はあると断言していましたからね。まあ、そこにリーゼフィアはあると考えていいでしょう』
もう一つの問題は、リーゼフィアがどんなものかわからないことだ。夢にリーゼの名前がつく機体はリーゼアインとリーゼツヴァイ以外にあるのかと尋ねたことがある。ただ、解答はこうだった。
「リーゼアインと、リーゼツヴァイ以外の、フュリアスは、知らないよ?」
夢は嘘をつくような性格じゃないし、夢の目を見てもごまかしている様子もない。知らされていないだけか、ただ、所有していないだけか。
でも、リーゼフィアもリーゼアイン、リーゼツヴァイと同じ場所で作られたはずだ。それを考えると何かとややこしい自体にはなりそうだが。
『復讐をしにくる相手は本当に苦手ですよね。私もですが。復讐とは時に大きな力となります。ですが、その力は諸刃の剣。時には身を滅ぼす者です』
「拘りがあるのか?」
『昔の話です。昔の、本当に昔の、今から時代を二回またぐほどの昔の話ですよ。そこにあった人類の希望の武器の一つであるものと、復讐を胸に戦い、復讐を果たして死んでいった気高くも哀れな人間の話です』
多分、レヴァンティンの体験談だろう。レヴァンティンはその時のことを語ろうとしない。時には語ってはくれるが、その時の人物や英雄の存在とかは特に語ってくれない。レヴァンティンなりの思い入れがあるのだろう。
オレはただ、「そうか」とだけ答えて作業に集中する。
レヴァンティンはおそらく復讐をさせない方法を考えるだろう。でも、オレは無理だと思う。
悠人が自分の母親を復讐のために殺したように、大切な妻を殺された真柴隼人は悠人を復讐のために殺そうとしている。止める方法はまずない。
『いつか、復讐というものがなくなればいいのですが』
「その時は、戦いの無い世界だな」
オレはそう答えながらこうも思う。
それは、衰退していくだけの死んだ世界だとも。
レヴァンティンの声を聞きながらキーボードに手を走らせる。それは、オレの日常の作業風景。
そして、オレの日の二日目の終わりは、朝日を拝むと共に到来した。
この話を書いている最中に思ったのですが、この小説、ファンタジーの分類では今、ありませんよね? そういう疑問を持った人も多いと思いますが、ファンタジーと言えば、異世界、と考えていますので第三章まで待ってください。つまり、第二章は学園の分類です。大きく見ればファンタジーなだけなので、一応。