第百五十二話 対策
重苦しい空気が駐在所を包み込む。部屋の中にいるのはオレを含めて三人。
孝治と音姉とアル。すぐさま三人を呼び出したのだ。もちろん、真柴隼人のカリフォルニア地下刑務所からの脱獄についての話だ。
「事情はわかった」
孝治が片目だけを開けて腕を組んだ姿勢のままオレを見てくる。そして、その視線が会議室に向いた。
「何故、ピンク色の空気が流れてきている?」
やっぱりバレたか。
「オレじゃないよ?」
「わかっている。悠人と、この気配はルナだな。どうしてエスペランサにいるはずのルナがここにいる?」
実は駐在所の前にいて一緒に飛び込んだだけなんだけどな。というか、悠人を落ち着かせるために会議室に入れたのだが、まさか、こういうことになっているとは。
「初体験はベッドの上ではないのか!」
「お前の持論には相変わらずついていけないからな!! というか、いきなり話を変えるなよ。出来れば無視してくれればありがたいけど」
「出来ると思っているのかの?」
アルの言葉にオレは頷くしか出来なかった。だって、事実なのだから。
オレは小さく溜め息をつきながらみんなの前に置いている資料を手に持つ。
「ともかく、今は真柴隼人についてだ。みんなもわかっているように、真柴隼人は真柴昭三の息子、ではなく、真柴家に婿養子に入った一人だ。真柴・結城家との戦いで捕まり、捕まった後に悠人を殺すだの喚き散らしたからカリフォルニア地下刑務所に入れられた人だ」
「弟くん、本当にカリフォルニア地下刑務所から脱獄したの? ありえない話じゃないけど、ありえないに近いからありえないというか」
「音姉の言うこともわかるけど、時雨が言うには、カリフォルニア地下刑務所は物理的にも魔術的にも脱獄方法を気づかれずにすることは不可能だとされているからな。オレが言うのも何だが、理論上不可能。レヴァンティンも同じ解答だ」
カリフォルニア地下刑務所の鉄格子はまず壊せない。壊すには孝治の持つリバースゼロの力を受けた音姉が光輝の全力状態で紫電一閃を放てば断ち切れるだろう。
あの鉄格子の物理的防御力は鉄格子自体に魔術術式を書き込んだからかありえないくらい高いからな。ちなみに、エスペランサをつくるくらいのお金をカリフォルニア地下刑務所の一つの階層フロアに必要とする。
「神剣にも対応出来る鉄格子を、どうやって抜け出すことを可能にしたのか想像がつかないからな」
「アルちゃんは何か心当たりがないの?」
「ないとは言えぬの。じゃが、竜言語魔法を使えるのはリースと浩平のみじゃ。メリルもおるが、その三人が真柴隼人を連れ出す理由にはならぬ」
確かに竜言語魔法なら色々と出来そうだな。既存の魔術とは桁違いの万能性を誇るから。
「まるで神隠しだな」
オレは小さく呟いた。本当に神隠しだったならどれだけ良かったことか。
「ふむ。神隠しとは面白い言い方をする。だが、神隠しとは少し異なる気もするが」
「あれはただの行方不明だしね。神隠しなんて普通はおきないものだよ」
「わかってる。神隠しは誘拐されただけってのも。でも、そういう風に原因のわからない失踪は神隠しだと」
「そうか。神隠し(トリックオアトラップ)じゃ」
アルが何かを思い出したかのように呟いた。それに対してオレは微かに目を細める。
神隠し(トリックオアトラップ)はかなり有名な話だ。有名というのは一度、トリックオアトラップという名前の小説が出たからでもある。
神隠し、正確には妖精による姿隠しだったか、それが起きて行方不明者が出た村で起きる数々の事件。それがたった一つの神剣に起こされたものという小説だ。
確かに、題材となった神隠し(トリックオアトラップ)は現存しているはずのものだ。ただ、所有者がおらず、地下倉庫に封印された。
神隠し(トリックオアトラップ)を使えば確かに可能かもしれない。
「手品と罠?」
「神隠しのことだよ。神隠し(トリックオアトラップ)。神剣の中でも最低クラスの神剣で、腕輪型と言っても、身に着けたなら見えなくなるから見つけるのは難しい。能力は奇術の発動。手品みたいなものだ。だけど、使い方次第では手品じゃなく罠を作り出してその中に呼び出すことも出来る、神隠しのように消すことだって出来る」
「そもそも、神隠し(トリックオアトラップ)の最初の所有者は今は絶滅した妖精が持っていたものじゃ。日本では神隠しと言われておるが、ヨーロッパでは妖精が起こすという話は聞いておるじゃろ」
異世界に導く存在も、日本では神であるのが一般的だが、ヨーロッパでは妖精であるのが一般的だ。例えば、ピーターパンのような子供達を導く存在も妖精である。
そもそも、神剣の一部には語られている通りの能力を有する武器がある。例えば、伝承の中でしか存在してないが故に伝承の能力を受け継いだとある剣のように。
「神隠し(トリックオアトラップ)はそもそも神隠しを起こすためのもの。妖精という単一世界に新たな血を呼び寄せるためのものじゃ。じゃから、神隠しとも呼ばれる」
「神によって隠されることで異世界に呼び出されるって感じかな」
「そうじゃ。過去にそういう事件も存在しておる。最も、異世界ではなく異界と言うべきじゃがな。神隠し(トリックオアトラップ)は異界に通じる力を持つとされる。それがもし本当なら、神隠し(トリックオアトラップ)によってカリフォルニア地下刑務所に誰にも気づかれずに真柴隼人を連れ出すのは不可能なことではあるまい」
確かに、アルのものが一番、理に適ったものだ。支援系の神剣は孝治の持つリバースゼロのようにかなり強力な特殊能力を持つ。それは、リバースゼロがそれしか出来ないからだ。
神隠し(トリックオアトラップ)も同じような神剣だと考えられるから、奇術に使えるのは副産物であり、実は神隠しの能力が本物である可能性だってある。
「とりあえず、その線で当たってみる。みんなは神隠し(トリックオアトラップ)による攻撃を警戒してくれ」
「それには及ばぬぞ」
アルが涼しい顔で言葉を返してくる。
「神隠し(トリックオアトラップ)は観客を楽しませる奇術として成り立つ状況でしか発動せぬ。例えば、脱出不能な場所の中からとかの」
『ビンゴだ。神隠し(トリックオアトラップ)は四ヶ月前に盗難にあった神剣だ。確かに、神隠し(トリックオアトラップ)ならあのカリフォルニア地下刑務所を抜けられるだろうな』
オレはすぐさま慧海に連絡して神隠し(トリックオアトラップ)について聞いていた。どうやら慧海もその存在は忘れていたらしい。
『犯人はわかっていないが、状況から考えて『悪夢の正夢』の能力だろうな。だけど、疑問に残るのは』
「どうして真柴隼人の脱獄に手を貸したのか」
真柴隼人の狙いは悠人を殺すことだけ。それを考えても、最小の犠牲で世界を救おうと考えている親父達とは相容れないはずなのに。
『もしかしたら、奴らも一枚岩じゃないかもしれないな。まあ、神隠し(トリックオアトラップ)を使っても、脱出不可能な状況とかはなかなか作れないからな。むしろ、神隠し(トリックオアトラップ)って災害救助用の神剣なんだぜ』
「そうなのか?」
そんなことは初耳だったし初めて聞く。
『元々、神隠し(トリックオアトラップ)は不可能から可能への転換能力なんだ。一番使えるのが、災害時に逃げ出せない状況からの逃走。それが妖精や神の導きだとしても、神隠し(トリックオアトラップ)に対する崇拝はすごいことになったからな』
「不可能から可能への転換能力か。今では、奇術で例えられるんだな」
『幸か不幸かそういうことだ。奇術なんて見た目だけは絶対に不可能なものだ。だけど、それを覆すもの。神隠し(トリックオアトラップ)の象徴だろ』
確かにそうだ。不可能から可能までの転換能力がどこまで強力かわからないが、それを使われたならかなり辛いだろう。
「このことを知っているのは?」
『知らなかったのか? 神隠し(トリックオアトラップ)の元所有者はオレなんだぜ』
その言葉にオレは絶句する。
『神隠し(トリックオアトラップ)なら心配するな。あれは本当の使い方を知っているなら化け物だけど、知らないならただの奇術の道具だ』
「あ、ああ。わかった」
『そうそう。オレも暇があったらお祭りに参加するから、対策は頑張ってたてろよ』
その言葉にオレの顔が引きつるのがわかった。今度こそ、根本的から対策を見直さないといけないだろう。
そうなると、あの可能性も考えないとな。
「慧海。一つ、依頼していいか?」
『いいぞ』
気楽な声にオレは口を開く。
「最新型デバイスをある能力をつけて学園都市の『GF』全員分用意してくれないか?」
こんな無茶な要求は通るわけがない。だが、耳に聞こえてきた声は別の言葉だった。
『いいぜ』
オレはまた、絶句させられた。