第百四十九話 敵と正義と悪と味方
ストップウォッチを片手に小さく息を吐く男がいた。海道駿だ。
海道駿はストップウォッチで計った時間を確認する。
「予想よりも20分も早いか」
それは海道駿が海道周を過小評価していたということ。第76移動隊の動きから推測した時間よりも遥かに速い。むしろ、完全に相手は配置についていた。
そんなこと、最初から予測されていないと動けない。
「部隊を分けたのは罠か」
その顔に浮かんでいるのは笑み。
「あなた」
その背後から言葉をかけるおばさんと言うべき女性。海道椿姫だ。
海道駿は笑みを浮かべながら海道椿姫を振り返った。
「出来損ないだったはずの息子を、過小評価していたとは」
「嬉しそうですね」
「嬉しいに決まっている。世界最強と言われた私だが、それに対抗出来る存在が出来損ないの周だったのだぞ。嬉しいさ。親子が戦うのはあってはならないが、世界を救うためだ。むしろ、嬉しい」
「私達の目的は周ではなく」
「わかっている。周は障害だ。親父や善知鳥慧海よりも遥かに強い障害だ。おそらく、私達がやろうとする滅びから救う方法とは真っ向から対抗する障害。世界の誰もが夢を見て、誰もが諦めるような夢をむしゃらに成し遂げようとしている子供だ」
確かに周はそうだ。海道駿は強力な兵器を使うことでどうにかしようとしている。だが、周はたくさんの仲間を集めてどうにかしようとしている。
今までの確執全てを清算するつもりなのだろう。
それは無謀にして愚か。だが、成し遂げた時には、それこそ最高の物語として語り継がれる物語。
だから、海道駿は呟く。
「椿姫。私は、このままでいいのか?」
「あなた?」
「周を協力すべきという自分がいる。周の夢物語を手伝いたいと思う自分がいる。ああ、そうか。親父達が来ないのは周を信じているからだ」
「私達は成し遂げないといけません。必ず、茜のような子供を作らないように。私は打ち合わせに行きます。あなたは少し休憩してください」
「ああ」
ドアが開いて海道椿姫が出て行く音が鳴り響いた。それを聞きながら海道駿は小さく溜め息をつく。
海道駿にとって周は魔王に見えた。カリスマがあり、たくさんの仲間を持って覇道を突き進もうとする魔王。そして、エレノアは魔女だ。
海道駿の考えはエレノアの言葉からかなり変わっている。あのまま行けば完全にこちらに引き込める雰囲気だった。だけど、エレノアの存在がそれを不可能にした?
海道駿の顔に笑みが浮かぶ。
「嬉しいな。本当に嬉しいな。周。私はお前と茜の父親であったことを誇りに思う。だから、お前は私が倒す。絶対だ」
その声は誰に聞かれることもなく部屋の中に散っていった。
コツン。コツン。
音が鳴り響く。その音はこの暗闇の監獄においては来訪を示す音だ。
コツン。コツン。
高い音を奏でながら誰かが階段を使って降りてくる。この監獄に来るのはいない。いたとしても二ヶ月に一人ほどだ。
その監獄の中にいる少し年老いた男は小さく笑みを浮かべた。誰かが来たということはそれだけで暇潰しが出来るということだ。
ここの誰もいないような空間の中では生き長らえるのは難しい。だが、男は約五年もの間、この監獄にいた。それなのに、男は未だに正気でいる。
看守は男を狂っていると言った。確かにそうだ。男を突き動かしているのは復讐のみ。最愛の人を息子に殺されたことによる復讐のみ。それを果たすその日まで、男は我を失わず死なないことを決めたのだ。
コツン。コツン。
足音が止まる。ちょうど、鉄格子の前に止まった。
「君は僕の暇潰しを手伝いにきてくれたのかい? さすがに、脳内でのシュミレーションは疲れたからね。何のシュミレーションか聞きたいよね。息子を殺すシュミレーションだ。もう、何万回と繰り返したよ」
「真柴悠人を殺したくないか?」
その言葉に、まだ子供の男の子声に、男は開いていた口を閉じた。姿は見えないが、おそらく参謀役だろう。
「冗談ならいらないよ」
「冗談なんかじゃない。真柴悠人を殺したくないか? もちろん、フュリアスなら用意が出来る」
その言葉に男は笑みを浮かべた。
ずっと考えていたことだ。だが、『GF』総長によって禁固50年という長い時間が決まってしまった。だから、ずっと考えていた。
どうすれば真柴悠人を殺せるかを。
「何故真柴悠人を?」
「今ね、学園都市では二つの勢力がお互いに掲げた正義のために戦っている。でも、その正義は自分達のための正義だ。他人のためじゃない。だからこそ、俺達は世界の真の平和のために、正義の名を語る悪の組織を倒そうとしている。その中で一番厄介なのは真柴悠人だ。だからこそ、あなたを捜していた」
「そうか。僕は嬉しいよ。まさか、これほど早くにあの真柴悠人を殺せるチャンスがやってくるとは思わなかったからね」
「では、勧誘には」
「乗ろう。だけど、僕はここから出られない。この鉄格子は結界の能力があるから魔術じゃ破れない。それをどうにかしないと」
男の言葉が途中で止まる。何故なら、いつの間にか男の体は鉄格子の外に出ていたからだ。魔術の気配や発動の言葉すらなかった。本当に一瞬。
目の前にいる少年が笑みを浮かべる。
「さあ、行こうか」
その声はまるで、悪魔と言うべき誘惑の声であった。
この日、アメリカにあるとある監獄から一人の男が脱走した。その男の名前は真柴隼人と言った。
「なんだ?」
メグの借り物競走が始まりそうな時間になり、オレ達は窃盗団を増援の『GF』に任せて富良野高校グラウンドに返ったと思ったら慧海から連絡があったのだ。
いつもの定期連絡は夜にするから何かあったのか?
『周か? ちょっとこっちでかなりごたつきがあった』
「何かアクションを起こしていたのか?」
『まあな。アメリカのロッキー山脈にある秘密基地の制圧作戦を行っていた』
「初耳なんだが」
オレは微かに眉をひそめる。ロッキー山脈に秘密基地を作るのは事実上不可能だと思うのだが、イグジストアストラルが隠されていた場所みたいに自然を完全なカモフラージュにしたオーバーテクノロジーによる基地ならわからないでもない。
ともかく、オレに知らせないということはそれほど大きな基地ではないのだろう。
「で、その基地がどうかしたのか?」
『ああ。技術的にはこの年代のものなんだが、かなり奇妙な設計図が出てきてな』
「奇妙? フュリアスのか?」
『フュリアスとフュリアス専用のデバイスを使った武器』
オレはさらに眉をひそめる。何故なら、フュリアス専用のデバイスを使った武器は極めて効果で対戦果が著しく、それこそ悠人ですら、悪い。だから、オレは集積デバイスはフュリアス本体に積むことで虚空から取り出すだけにしたのだ。ただ、デバイス搭載の武器なら呼び出す時間とかも完全なアドバンテージを作り出せる。
それを考えるとオーダーメイドで作られたものか。
『後は、リーゼアインとリーゼツヴァイにリーゼフィアが開発されたことかな』
「リーゼアインとリーゼツヴァイ?」
確か、夢の口から聞いたことがある。昨日だ。昨日、夢が“義賊”から離脱したフュリアスの名前にその二つがあったはずだ。つまり、そこは“義賊”関連の工場だと思うけど、リーゼフィアって何だ? つか、ドライはないのか?
『知っているのか?』
「ああ。“義賊”の機体だった」
『なるほどね。“義賊”関連の基地ということか。それなら納得だ』
「納得って」
『天界の誰かがいた形跡がある』
その言葉にオレは一瞬息をするのを止めてしまった。
今まで人界には沈黙を保ってきた天界、一度慧海がたった一人で軍隊の半数を撃退してから(100年ほど前)、が動いた形跡がある。余りの戦力差に進行は諦めたはずじゃないのか?
『こっちはオレ達が動くから気にするな。お前は体育祭を頑張れよ』
「ああ。何かあったら連絡してくれ」
オレは小さく息を吐いてレヴァンティンを下ろした。そして、小さく息を吐く。
「厄介を通り越してヤバいな。さすがに」
天界の狙いがわからない。でも、一つ思うのは、
「フュリアスが、目的なのか?」
そうとしか考えられない。本当ならもっと基地を調べたいところだが、今はいけない。体育祭が終われば飛んでいけばいいか。
オレはそう思いながらため息をつきつつ、借り物競走が始まるのを見ていた。