第百四十五話 未来を求めて
久しぶりに滅びについての話なんじゃないかなっと。
「【容赦なく、慈悲もなく、殺すから】」
その言葉は宣言。だけど、それは歌姫の宣言。その状況になった時、音姫は文字通り自分の中の力を開放するだろう。狭間市での鬼姫のように。
海道駿はまるで呆れたかのように肩をすくめた。
「君は私達が今日、襲わないとでも?」
「襲えるならどうぞご自由に襲ってください。あなたというリーダーがこの場にいるのに捕まらないと思っているのですか?」
「たくさんの人が死ぬことになるけどな?」
「それと、あなたのような人の作戦を周様が理解していないとでも? 例え、あなたがその裏をかこうとしても、周様はすでにそれを基に作戦を組み立てているはずですから」
「なるほどね。君達は周を信じているというわけか」
そう言いながらいつの間にか持っていたコーヒーカップを口元に近づける。その口元に浮かんでいるのは笑み。まるで、何かがおかしいかのように。
都はいつでも断章を使えるように準備する。
「狭間の巫女のお嬢さん、そこまで警戒しなくてもいい。私達は何もするつもりはない。何もね」
「例えそうだとしても、複数いる以上、警戒しないわけにはいきません」
「なるほどね。一理あるかな。私からは何もしない。私からはね」
「証拠はもらったわよ」
その言葉と共に琴美がポケットから何かを取り出した。それを見て海道駿が微かに目を見開く。
「神剣のレプリカ、かな」
「デバイスの一種よ。一定空間内の定められた行動を制御するだけの使い捨ての道具。もちろん、こんなものであなたを止められるとは思わないけど、臨戦体勢に入るまでの時間なら悠々に稼げるはずだわ」
「隙を狙ったと思っていれば最初から狙われたのは私の方か。憎らしい」
その言葉に都の眉が微かに動いた。
海道駿がそう発言した瞬間、海道駿から周への嫌悪感を感じていたのだ。それに対して都は微かに反応した。ちなみに、音姫は反応しないように頑張っている。この状態の音姫がキレたならは暴走と隣り合わせなのだから。
「周様はあなたの息子ではないのですか?」
「息子? あんな奴が息子であってたまるか。私と椿姫の子供があんな魔力のない非力な人間であっていいはずがない」
「あなたは、自分の子供になんてことを」
「世界を救うためだ。それすら切り捨てられないなら世界を救うことはできない」
「【どういうことかな?】」
音姫の言葉が響き渡る。それは、万物に対して優先的に強制的に発動する力。海道駿は一瞬しまったという顔になって、そして、諦めたように頷いた。
歌姫という力には対抗できないとわかったのだろう。
「世界の滅びを最初に知った者は誰か知っているか?」
その言葉に全員が首を横に振った。そうだろうと言葉を続けながら海道駿が語る。
「最初に知ったのは善知鳥慧海、ギルバート・R・フェルデ達だ。それから百年、彼らは百年計画で世界を救うために動いてきた。そう、私や椿姫、周に茜も巻き込まれた一員だ」
「人界じゃ、百年計画だったんだ。魔界だと三千年計画だったのに」
「魔界の様な下等人種にはそれぐらいがお似合いだ」
海道駿の言葉に前に出ようとしたベリエをエレノアが止める。ベリエは何かを言おうとして振り返るが、何も言うことが出来なかった。何故なら、エレノアが凄まじい表情で笑みを浮かべているからだ。簡単にいうなら怒っている。
琴美もそれに気付いたのか一歩離れた。
「世界を救うためには俺を越える存在が必要だった。だが、そこで生まれたのは欠陥品だ。元からの核晶異常により魔力をほとんど保持できない存在。私達は絶望したよ。こんな存在で世界を救うことは出来ない。だからこそ、私達は見捨てた。そして、産まれたのが最高傑作だ」
「あなたは、子供をなんだと思っているのですか?」
「私自身が滅びから世界を救うための道具だったのだ。だから、自分の子供を道具にして何が悪い。それに、私に怒るな。場違いだ。周が生まれたのは私達が原因じゃない。海道時雨が強引に椿姫と婚姻を結んだからだ。今では、最強の魔術師を産んだことに感謝しているけどな」
その言葉に誰もが口を開くことを忘れていた。それほどまでに海道駿の言葉は強烈だったから。
もし、その話が本当だったなら、滅びに対する慧海達の策は文字通り最強の英雄を作り上げること。それも強制的にだ。
「まさか、周の存在のおかげで茜の力がなくなるとは思わなかったが。疫病神め。あいつさえいなければ計画に支障はあまりでなかったのに」
「そうだね」
その言葉に、エレノアが反応する。滅びの未来を回避するために周と戦ったことのある少女は笑みを浮かべて海道駿を見る。
「周がいなければ、大きく歴史が変わっていたかもしれない。でも、周がいるからこそ、未来はここにある」
「どういうことだ?」
「息子を理解しようとしない父親に話したところで、理解されないから話す気にはなれない」
「くっ」
海道駿の顔が怒りに染まる。だが、行動することはできない。行動すれば命はないからだ。
エレノアは小さく頷いている。まるで何かにわかったかのように。だからこそ、海道駿の額には汗が流れていた。おそらく、海道駿にとってはエレノアも不気味な存在に見えているのだろう。
周と同じように、物事を理解するのが速いから。
「一つだけ忠告しておく。周を舐めないように。あなたが何を考えているかはわからない。それでも、私達の隊長、海道周はあらゆる全てを理想に近づけようと頑張っている。それがどんなに困難な道であったとしても、それを成し遂げるための力と能力を持っている」
「君達も周の与太話を」
「それは本当に与太話だと思っているの?」
その話を笑い飛ばそうとした海道駿をエレノアは驚いたように見ていた。
「あなたは周が何を成し遂げているか知らないからそんなことが言える。あなたの根本的な考え方は力で制圧すること。それは最終的には同じかもしれない。最後は力でどうにかしないといけないのは、新たな未来を求めて戦っている私たちにもわかる。でも、そこまでの手段が違う。周は、欠陥品でも疫病神でもなんでもない」
「ありえないな。私達にはわかる。あの存在が、未来を創る希望を消すことを。世界全ての強力なんて夢のまた夢。そんなもので世界が動くなら、すでに世界は強力」
「それがわかっていない」
エレノアは笑い飛ばした。そして、海道駿を睨めつける。
「私は周がどうしてそのようなことを言ったのか理解している。だからこそ言っている。周はあなたが考えているような小さな存在じゃない。周を過小評価しないように」
「あんなごみくずを過小評価しないだと? すでに過大評価だ。そんなことをするより、私達と共に世界を救わないか? すでにこの地下にある存在はわかっているのだろう? なら、それを使えば」
「そんなもので世界が救われるなら、世界はすでに救われている」
「ちっ。そうか」
舌打ちと共に聞こえるその言葉と共に、周囲の音が戻った。結界が解除されたのだ。音姫は静かにリボンで髪をポニーテールに整える。
「六人一緒にいるのを間違えたか」
海道駿が帽子をかぶった瞬間、海道駿の姿がまるで夢幻のように消え去った。これが『悪夢の正夢』の力。
海道駿が消えると共にその場にいた全員が椅子に深く座り込んだ。
「お姉様、よく、あそこまで啖呵を切れましたね」
ベリエが呆れたように言う。確かに、あの状況であそこまでいくのはある意味至難の技だろう。それに対してエレノアは軽く肩をすくめた。
「本当のことだから。周が望む未来。それは、三千年計画を打ちたてた初代魔王が成し遂げようとした恒久平和を実現するための手段。あの時は魔王の側近が裏切ったから出来なかったけど、今では魔王も音界の歌姫も人界最強の戦力の周の手元にいる。今度こそ、周なら出来るから」
「確かに条件なら揃っていますよね。それにしても、本当に来るとは。周様の推測は相変わらずずば抜けています」
「二人が本当に羨ましいな。私なんて声を出さないように必死にこらえていたから」
「音姫が口を開いた瞬間にこの場は阿鼻叫喚の世界になっていたじゃない」
琴美の言葉にベリエとアリエが頷く。確かに、あの状況で音姫が動いていたなら真っ先に光輝を引き抜いて戦っていただろう。それこそ、この場が阿鼻叫喚になりかねないような戦いになるだろう。
「ところでエレノアさん。どうしてそこまで弟くんを信頼できるかちゃんとした理由を聞きたいな?」
音姫のその言葉にエレノアはクスッと笑みを浮かべた。そして、
「恋の力、かな」
体育祭が終わる気配が全く見えないことに。本当なら百五十話を目安に決戦の日に入ろうかなと思っていたら予想以上に長くなりました。一体いつになったら決戦に入れるのだろうか。