第百四十二話 学年選抜予選
平日より土日の方が書くのが遅くなります。平日の方が暇なので。
大きく振りかぶった腕から放たれるドッヂボールに使うボール。それは相手に当たる寸前で急激に落ち、内野に残っていた最後の一人の足に当たり、地面に転がった。
「ウィナー」
そのボールを投げた悠聖が天高く腕を掲げた。
沸き立つ歓声、は少ない。むしろ、あまりのことに驚いている人が多い。
学年選抜であるドッヂボールは17選手が内野14人、外野3人で戦うのだが、悠聖側の内野には、
孝治、亜紗、楓、中村、悠聖、冬華、委員長、
の七人の姿がある。はっきり言うならこの七人による無双だった。
やはり、第76移動隊とは力の差がありすぎる、というのに改めて驚いているのだろう。
「敵がいないってのも面白くも何ともないよな」
「敵がいないにこしたことはないけど」
メグはそう言うがオレはそうは思わない。
オレ達からしてみれば体育祭は別に参加しなくてもいいものだ。むしろ、第76移動隊の仕事を考えれば参加しない方がいい。
とは言っても、オレ達は学生なのだから体育祭には参加したい。参加するからにはちょうどの実力を持った相手が欲しい、ということだ。
「まあ、メグの言うことにも一理はあるけどな。今のところは中間試験、上手くパスしているよな」
「あー、私の忘れたいことの筆頭だったのに。何とか、ね。次の借り物競争が一番気合いが入るけど」
「例年、おかしなくらいの借り物があるからな」
体育祭の借り物競争は独特だ。多分、世界で一番、独特だろう。
「おっと。そろそろ時間だな。じゃ、言ってくる」
「周はウォーミングアップしなくて良かったの?」
メグは周りを見渡しながら尋ねてくる。確かに、周囲にはたくさんウォーミングアップをしている人がいる。由姫や夢もその一員だ。
だけど、オレはそれが目的だった。
「ウォーミングアップを見れば、大体の実力がわかるからな。そこから作戦を組み立てれば」
「やっぱりね。どうりであの海道周がウォーミングアップをしないわけか」
その言葉にオレは振り返った。そこにいたのは総附高の刺繍が入った体操服を着る短髪の少女。身長は普通だけど引き締まった体からよく訓練されているとわかる。
顔は可愛いらしいけど、見た目の活発そうなイメージが勝っているな。目を引くポイントは自己主張の少ない胸くらいか。
「やっほー、メグ。敵陣視察のついでに遊びに来たから」
「時音。ウォーミングアップはいいの?」
「うん。新しい変化球を練習していたし」
時音と呼ばれた少女はその手にある野球のボールを指先で上手く回す。
回転はとても綺麗で軸はあまりブレていない。
「後は、大将に挨拶かな」
そう言いながら少女は笑みを浮かべる。それに対してオレも笑みを浮かべた。
「いいのか? オレ達を甘く見て」
「甘く見ているのはそっちかもね。私は二人の実力を何度もビデオで見た。反応速度を計算し、反射神経の高さから様々な作戦を考えた。海道周。あなたは想像出来ないような球を受けた時に対応出来るのかな?」
どうやら自信満々のようだ。確かに、研究されているなら自信満々な理由は少しわかる。ただ、彼女は勘違いしている。
反射神経の高さから反応速度が速いわけじゃない。それだけを見れば普通のカテゴリーに入るだろう。
脊髄反射が可能な孝治や音姉、反応速度が脊髄反射より速い時雨とかと比べれば全然だ。
でも、見た目の反応速度だけで言うなら世界最速にはなる。彼女はそれを勘違いしている。
「第76移動隊隊長を舐めるなよ」
「舐めてはいないかな。海道周の凄さはいろいろな所で噂されているからね。特に、メグからは耳にたこが出来るかと思った」
「そんなに話していないんじゃないかなと私は思うような気もしないわけじゃないような気がする」
確実に話しているという意味でいいよな?
「海道周を超える。私はそのために学年選抜に出るから。本当なら先輩達の最後の大会が近いから出ない方がいいんだけどね」
「なるほどね。でも、オレ達を簡単に超えられると思うなよ」
「思ってないよ。何たって、伝説の海道周だからね。簡単に超えられたら、拍子抜けよね」
「わかってるじゃないか」
相手としては不足無し、とでも言っておこうか。
「そうだ。メグ、借り物競争でどのランクを取るか決めたの?」
風祭時音は突如として話していた相手をオレからメグに変えた。急に話しかけられたメグは少しだけ驚いている。
メグからすれば話しかけられないと思っていたのだろう。
「えっと、Sランクを行こうかなって」
そして、その言葉にオレ達は絶句させられた。
借り物競争の借り物には五種類のランクがある。順位を取るだけなら最低ランクのD。順位ではなく到着時間の速さを頑張るならSという風になる。ちなみに、クラスに入るポイントはSランクが一番高い。
予選でもなかなかのタイムを出せば本戦及び決勝全てでAランクを取った以上のポイントが手に入る。
ただし、普通に本戦には行けない。
Sランクを取って本戦に行けたのは孝治だけだ。
「つまり、メグは諦めていると」
「そういうわけじゃなくて、Sランクにある一億円以上の物、か、歴史的価値のある物を狙おうかなって」
Sランクにはその二つが普通にある。そんなものは簡単に用意出来ないが、よくよく考えてみるとメグはどちらも持っている。
「なるほど。二つを引けば大当たりになるね。メグは聖骸布と炎獄の御槍を持っているよね?」
「そうだけどって、時音、知っていたの?」
「当たり前じゃん。というか、押し入れの中に入れっぱなしになっているのを気づかないのがおかしいと思うけど」
神剣を押し入れの中に入れるってのもすごいよな。まあ、神剣は何故か持ち主を選ぶ傾向があるから盗まれても何も出来ないことが多い。
レヴァンティンはデバイスの中でも例外だから、ある意味神剣か? レヴァンティンの意志でマスターの命令を拒否するし。
「おかしいかな? お兄ちゃんなんて聖骸布巻かないで抜き身で置いているし」
「どれだけ炎獄の御槍を制御しているんだよ。まあ、札はすぐさま変えられるから、無理だと思ったら諦めろよ」
「わかってる。私はそこまでバカじゃないし。あれ? 都さん?」
その言葉にオレが振り返ると、そこには都と琴美、そして、音姉の姿があった。
オレは首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「いえ。見回りに出かけるので周様に挨拶をと」
「本当は都が弟くんの顔を見たかっただけだよね」
「音姫! 余計なことは言わないでください!」
顔が真っ赤になっているところを見ると事実らしい。まあ、そう言われた方が嬉しいけれど。
「そっか。別に無理しなくてもいいんだぞ。予定なんて狂うものだから」
「それって上の言う言葉じゃないような気が」
メグの声が聞こえてくるが無視だ無視。
「まあ、見回りに出るなら一つだけ。多分、戦闘は起きないから」
オレの言葉に三人の顔色が変わった。オレがむちゃくちゃ遠回しで言った意味を理解したのだろう。三人共、頭の回転はかなり速いし、物事にもよく気づく。
オレが注意して欲しいのはそれだけだったからこれだけ言えば十分だろう。
「じゃ、見回りよろしくな」
「わかりました。何かありましたら連絡しますので」
都が一礼して歩き出す。その後を琴美とオレに向かって手を振る音姫が追いかけていった。
オレも手を振り返して見送る。
『学年選抜対抗ドッヂボール。Dブロックの選手は集合して下さい』
「時間か」
オレの言葉と共にメグと風祭時音が頷く。
「さて、気合い入れていきますか」