第百四十話 別行動 チームA
今日の予定は簡単だ。体育祭は二日目から本格的に忙しくなる。だから、第76移動隊も部隊を四つに分けるのだ。
一つはチームA。これはオレと由姫の二人だけ。途中からメグも合流するが、それは学年選抜が終わってからだ。することはある意味挨拶まわりも
一つはチームB。これは孝治や悠聖達、高校三年生が所属する。このメンバーは見回りを行ってもらう。
一つはチームC。これは第5分隊以外のメンバーが所属している。一番自由に動けるようにしたかったかららだ。
最後はチームD。第5分隊でエスペランサ待機組。待機組と言ってもほとんどアルやリマ、ルナがいるだけだが。
というわけで、オレは由姫と一緒に商業エリアに来ていた。ここは来る予定ではなかったのだが、浩平からの予想外の連絡で一番近くにいたオレ達が来ることになった。
「浩平、報告は本当なんだろうな?」
「目撃証言がいくつもあんだよ。大和からは人員が割けないらしいから、助けを呼んだんだ」
「まあ、急げば昼休み潰さずにどうにか出来るからな」
オレの近くに由姫はいない。由姫はすでに目撃証言があった場所に向かっているからだ。
オレは小さく溜め息をつく。
「本当に、巨大な斧を担いだ女の子がいたんだよな?」
「信じたくないが」
ちなみに、リースにも浩平が個人的に連絡したら捜すのを手伝ってくれるらしい。多分、
「エンシェントドラゴンのメリルだよな」
メリルと、音界の歌姫メリルと同じ名前だから一緒にいた場合、かなりややこしい事態になる。
まあ、今日はまだメリルの姿はないから大丈夫だけど。
「多分な。リースよりも小さくて青い髪。そもそも、青い髪なんざ染めなきゃ出来ねえよ。こんな学園都市で出来るわけがない」
「まあ、学園都市は黒か茶か金だもんな。ともかく、オレも出る。目撃情報があったらオレと由姫にすぐ回してくれ」
「はいよ。俺も竜言語魔法で捜すけど、期待はすんなよ」
「お前の竜言語魔法には期待なんてしてないからな」
オレはそう言って走り出した。すぐに近くの建物の屋上を上がる。
「レヴァンティン」
『次は商業エリア東側ですかね』
その言葉にオレは一瞬足を止めて地面を蹴った。
「相変わらず、先回りするよな」
『何年の付き合いだと思っていますか? それに、ちょうど休憩中だったのでかなりありがたいですね』
ちょうどオレはメリルの位置を目撃情報から算出して次の予測を作って欲しいと言おうとした。だが、レヴァンティンは先回りして答えてくれる。
何でも出来るから頼っちゃうんだよな。もう少しレヴァンティンから脱却しないと。
「ともかく、今はメリルを捜すのが先だ。というか、知り合いに二人のメリルってかなりややこしいな」
『メリルというのは昔は珍しい名前では無かったようです。過去の文献のいくつかにメリルという名前のお姫様と、子供の姿の大人として書かれたメリルの名前もありますし』
「なるほどね。というか、レヴァンティンはよく知っているよな」
『優秀ですから』
何が優秀かは聞かない方がいいな。確実に長くなるだろうから。
「偶然の一致だと考えたいけど、何かの象徴だったら笑うしかないな」
『そうですね。神、だったらすごいのですが』
「呼んだ?」
その言葉にオレは足を止めて振り返った。手はとっさにレヴァンティンの柄に置かれている。だが、それより早くオレの体が両断されるイメージが流れ込んできた。
レヴァンティンの柄から手を離す。
「私を捜しているようだから来た」
「エンシェントドラゴンのメリルだな」
「メリルでいい」
「メリルって名前の知り合いが一人いるからな。それに、確認のために」
「ならいい」
メリルは素っ気なく頷くと斧の柄から手を離した。
後ろからかかってきた声に反応したメリルがとっさに斧を掴んだのだろう。気配なく近づかれたから殺気を飛ばしてしまったし。
「悪いが、今の期間は一般客の来場を遠慮してもらっているんだ。だから、今日は大人しく帰って欲しい」
「招待状はある」
「期限、明明後日からだからな」
オレがそうメリルに言うとメリルはブスッとしたような顔になった。そして、ぼそりと呟く。
「人の法則には当てはまらない」
確かにお前はエンシェントドラゴンだから人の法則に当てはめるのは無理だけどさ。
「郷に入れば郷に従え。エンシェントドラゴンだとしても、ちゃんとルールに従わないと討伐隊が組まれるぞ」
「焼き尽くせばいい」
否定出来ないってのがかなり怖いよな。
「まあ、今は学園都市内にいるんだ。その招待状はポケットに戻して、今日はリースにでも案内を」
「メリル!」
リースの声と共に近くの屋根に誰かが着地した。そして、リースはメリルの体を確認する。
まるで、オレが何かしたような感じだよな。
リースはその手に竜言語魔法の書を取り出してオレを睨みつけてきた。
「メリルに何をしたの?」
リースにしてはかなり怒っている。だから、オレにはそれが少し怖かった。
「何もしてないって」
「メリルの体重が少し少なくなってる。あなたが戦闘したからに違いない」
「何もしていないって」
「許さない」
「だから、何もしていないって言っているだろうが」
オレが小さく溜め息をついた瞬間、メリルがもぞもぞと動いてリースから離れる。そして、メリルはオレ達を無視して歩き出した。
思わず手を出してメリルを止める。
「ちょっと待った。どこに」
「退いて。私には目的がある」
斧の柄に手を当てるメリル。オレは額に汗が流れるのがわかった。
メリルの攻撃力は完全に人間離れしている。レヴァンティンですら真っ正面から斬り合えば普通にレヴァンティンごと真っ二つされるだろう。
運が良くて肩が外れるくらい。勝負すべきではないが、
「だから、今の期間中はどうしても無理なんだって。今日は大人しく」
「今から向かわないと麗菓堂限定月20個の商品が食べられない」
オレとリースは完全に息を失った。息をすることを忘れたではない。あまりのことに息をすることが出来ないのだ。復帰するのはその五秒後。
麗菓堂と言えば学園都市商業エリアにある有名な和菓子の店だ。その中でも月20個限定商品は口に入れた瞬間、文字通り溶けるくらいになっている。
和菓子なのに和菓子じゃないと言うべきか。
オレはレヴァンティンを耳に当てた。
「由姫、聞こえるか?」
『どうかしましたか?』
すぐさま由姫の声が聞こえる。
「今どこだ?」
『えっ?』
驚いたような声になる由姫。どこか焦りが混じっているような。
「どこにいる?」
『麗菓堂の前』
ちょっと範囲から離れすぎじゃないか?
「限定和菓子一個よろしく」
それだけ伝えてオレは通信を切った。おそらく、限定和菓子を買うために並んでいるのだろう。
限定和菓子は一人一個だから罰としては十分だ。
オレは小さく溜め息をついてメリルを見る。対するメリルは不思議そうな顔をしてオレを見ていた。
「もうすぐだからちょっと待ってろ」
斧から手を離れたのを見てホッと息を吐くのだった。
「ああ、私の和菓子」
メリルの口の中に放り込まれていく和菓子を見ながら由姫が小さな声を漏らした。よく見れば微かに手が伸びているような。
由姫が買ってきたのは限定和菓子だけではないが、買ってきたほとんどがメリルの胃に収まっている。
「あのな、オレ達は遊びじゃないんだ。今は孝治が代わりに行ってくれているけど、オレ達にも仕事があるんだぞ」
「だって、麗菓堂の和菓子だよ。学園都市内史上最強商品だよ。あまりの美味しさに一時期二日前から並んでいる人がいるくらいだよ」
実際は三日前から。
オレは幸せそうなメリルの顔を見ながら小さく息を吐いた。
「で、メリルはどうして来たんだ?」
「和菓子を買いに」
「メリルが行っても今の時期は買えないけどな」
体育祭期間中は身分証明書の提示が必要な店がほとんどだ。基本は学生証。なければ保険証などが必要になる。
というか、名前の書いてあるものさえあれば何でもいいんだけどな。
「後、調整」
「調整?」
「そう。あっ」
メリルが口を開けてしまったという顔になる。そして、青ざめだした。
オレは小さく溜め息をつく。
「聞かなかったことにする」
「でも」
「まあ、予想なら」
オレは地下を指差した。それに対してメリルは肯定してくれる。
一体、メリルは何なんだ? エンシェントドラゴンだけど、エンシェントドラゴンとは違う何かを感じる。
「周、一つお願いがあるけどいい?」
今まで黙っていたリースがオレを見つめてくる。そして、両手を合わせた。
「一日だけ連れ回って」
「確信犯かい!」
リースはきっとメリルを手引きした張本人なのだろう。リースと合流するより早く待てなかったメリルが麗菓堂に向かおうとしたためこうなった。
一番簡単に納得出来る。
「メリル。お前はオレ達以外の『GF』に知り合いはいないか?」
「『GF』総長善知鳥慧海」
「総長時代の慧海かい。ちょっと待ってろ」
オレは三人から離れてレヴァンティンを耳に当てた。
『愛しのマイハ』
レヴァンティンが強制的に接続を切る。ちなみにオレが切ったわけではなく、レヴァンティンが切ったのだ。
すぐさま回線が開いた。
『どうした? マイ』
今度はオレが接続を切った。
すぐさま回線を開く。
『マ』
オレとレヴァンティンが同時に接続を切る。ここまですれば大丈夫だろう。
『おいおい。ちょっと冗談だろ』
『鳥肌が立ちましたので』
『レヴァンティンも会話に参加出来んの?』
今初めて知りました。
「慧海。メリルって知ってるか?」
『目の前にいるけど?』
「通信取んなよ! 歌姫じゃなくて、エンシェントドラゴンの」
『エンシェントドラゴン? ああ、はいはいはい。エンシェントドラゴンのメリルね。ロリババァの』
ビキッ。
振り返りたくない。絶対に振り返りたくない。
『そのメリルがどうかしたのか?』
「今、学園都市に来ているからさ、お前の権限でどうにかしてくれないかなって」
『なるほどね。どうしようかな。そいつとは死闘を演じたからな。それに、嫌いだし』
メキッ、バキッ。
振り返りたくない。振り返りたくない。振り返りたくない。振り返りたくない。振り返りたくない。振り返りたくない。振り返りたくない!!
『わかった。レヴァンティンに直接送るから権限的には最低だな』
「了解。それで十分だ」
『じゃ、ま』
オレは強制的に通信を切った。そして、小さく息を吐く。
「何とかなりそうだ。由姫、いいか?」
「私なら大丈夫です。それにしても、よく例外が通りましたね。こういうことは本当に厳しいですから。特に学園都市は」
「例外は認めない。それが方針だからな。一度でも認めれば例外がずっと続く。まあ、抜け道もあるからな」
「そう。じゃ、メリルをよろしく。メリル、また」
「うん」
リースが走り出し地面を蹴った。そして、空を飛ぶ。本当なら違反だが、おそらく、浩平が交付しているだろうな。そこら辺はリースがしっかりするし。
「じゃあ、ちょっと不自由かもしれないけど、オレ達についてきてくれよ」
「わかった」
オレはその言葉に頷いて歩き出した。とりあえず、孝治と連絡を取らないとな。
メリルの名前の重複はわざとです。理由は後々語りますが、いつになるかはわかりません。