第百三十八話 初日の終わり
ちょっと予定と狂いました。
手に持っていたノートをパタンと閉じる。今日買ったばかりのノートはすでに全てのページに様々なことが書き綴られていた。
近くのペンケースにあるマジックを無造作に手に取り、表紙にマジックを走らせる。だが、マジックから文字は書けなかった。
オレは小さく溜め息をついてもう一本マジックを手に取る。キャップを外し、表紙にマジックを走らせる。
書く文字は簡単だ。
第八回学園都市体育祭業務報告書。
第八回と言っても八回も体験したわけじゃないが。ただの上に提出する用の書類を作る業務報告書だ。
『お疲れ様』
目の前に差し出されるスケッチブックと共に冷たいお茶の入ったコップが出される。
「疲れたって言うほどじゃないけどな。今日は悪かったな。夕方に仕事を押し付けて」
『周さんの役に立てるなら本望だよ。周さんのそばにいられないのは辛いけど』
「だから、悪かったって」
オレはそう言いながら時計を確認する。時刻はすでに夜の九時。普通ならすぐに戸締まりをする準備を始めるが、体育祭期間中は様々な『GF』の駐在所が開いている。特に、第76移動隊は二十四時間営業だ。
今日の予定では九時半まではオレと亜紗が、九時半から翌朝五時までは孝治と中村。五時からは委員長とリース、アルとなって体育祭二日目が始まる。
『でも、楽しかった。周さんと正さんの二人といるのは面白かったし新鮮だった。まるで、お兄さんとお姉さんが出来たような』
「で、亜紗はブラコンでシスコンの妹だろ?」
『正解』
亜紗は嬉しそうに微笑んだ。それだけで正と一緒に行動して良かったとは思う。
『それに、周さんの気持ちもわかったから』
「気持ち?」
オレは首を傾げる。亜紗の前では正について悟られないようにしていたはずだが。
亜紗は頷きながらスケッチブックを捲った。そこに書かれていた文字にオレは目を見開く。
『正さんのことが好きだよね?』
普通ならそんなわけがない、と言うところだろう。でも、オレはそう言うことが出来なかった。理由はわからない。わからないけれど、その言葉を言うつもりにならなかった。
『今日の周さんを見ていたらわかるよ。本当に楽しそうだった。私や由姫、都さん、アルさんと一緒にいる時みたいに』
「そうかも、しれないな」
楽しかったのは事実だ。正が楽しんでくれたのも嬉しいと思っている。
『周さんって今までは誰か一人ってのは選ばなかったから。都さんとは、え、エッチしたけど、慰める目的だったから。積極的に周さんが好き好きオーラを出したのは初めて』
「好き好きオーラってなんだよ」
正のことを気にかけているのは確かだ。オレの推測が正しかったなら正の正体はとある人物になる。だから、気になっている。
でも、オレの中では正が別の意味でも気になっているのも確かだった。それは、亜紗や由姫達に感じる感情と同じもの。
『それが周さんの選択なら、私達は何も言わない。周さんが自ら選んだなら、誰も怒らないと思う』
「それが、大事だから一人に決められなくても?」
『周さんが真剣に考えて選んだなら。でも、正さんに周さんは惹かれている。正さんは綺麗だし可愛いしギャップがすごくて周さんのことを理解している。献身的な女の子だから、私なんかよりもっと』
「バカ」
オレは立ち上がって机を回り込み、亜紗の頭に手を乗せた。
「自分のことを、なんかって言うな。確かに、正に惹かれているのはあると思う。でもな、お前のこともオレは好きなんだぜ。みんな長所もあれば短所もある。それがみんなに違いを与え、みんなに輝きを与える。オレが恋している五人は、そういう女の子だ」
『ハーレムを目指さないの?』
「悪くはないけど、目指したいものじゃないな。でも、決めなくちゃいけないんだ。オレは、自らの手で」
ハーレムというのはある意味男の夢かもしれない。でも、オレは決める。絶対に、決める。
「孝治達がそろそろ来るかもな。一応、明日のスケジュールを確認するとしますか」
『うん。明日は学校選抜予選、だよね?』
「ああ。何の競技をするかわからない、っていうか、委員長なら知っているけど委員長な教えてくれないだろうな」
学年選抜は毎年様々な競技をいくつもやって決める。例えば、大ムカデ競争とか匍匐前進競争とか竹馬150m走とか。
噂によると、一部の実行委員は競争を漏らしているためか、ネット上ではいくつもの競技の生身があった。
『委員長だし。私はそんな委員長が大好きだよ』
「対策は立てられないけど、基本的に由姫が無双だろうな」
魔術が使えないという条件下なら由姫は第76移動隊で二番目に強い。由姫の近接格闘は音姉の剣技には及ばないが、由姫単体でもかなり強い。
由姫の苦手な競技(苦手と言いながらそれなりに強い)がなければ基本的に由姫が暴れる。
『去年は本当に色々なものがあったよね。去年みたいのだったらどうしよう』
「去年みたいな学校選抜なんてやりたくないからな」
去年の学校選抜は基本、○○食い競争シリーズだった。パンだけじゃない。様々なものの食べ物競争シリーズ。余ったものはスタッフがおいしくいただきましたとも。
一昨年は確か走る系統ばかりだったが、一昨年には第76移動隊最強の音姉が文字通り一人無双をしたためすごいことになった。
今年は何が来るだろうか。
『並大抵の競技なら心配はないよね。何て言っても第76移動隊なんだから』
「まあ、そうなるんだけどさ。どんな競技かによって対応は変えないとダメだろ。被害は少ないに越したことはないから」
『去年はそんなに激しいものじゃなかったけど』
「ただでさえ連覇しているんだ。マークが厳しくなるのは当たり前だし、オレの考えから言って、相手は競技内容を知っている」
『むぅ、圧倒的不利だよね』
その言葉に頷いた。これは推測ではあるが、対戦校は全て名門又は有名校なのだ。オレ達も有名校の一つだけど、相手からすればどうやっても勝ちたい。勝てばそれだけで第76移動隊に勝ったというステータスが出来上がるからだ。
名門や有名校としてはこれ以上に無いってくらいに宣伝になる。
『圧倒的不利なんだけど、周は負けるつもりがないよね?』
「個人種目なら向こうも勝ち目はないとわかっているだろう。だから、全員参加種目を練習しているだろうな。まあ、騎馬戦とかになれば無双するけど」
オレと孝治と由姫の三人で。
『競技内容によらなくても周さんと孝治さんならしそう』
オレと孝治のコンビネーションは極めて高い。それに、学校選抜には悠聖もいる。負けない自信しかない。
『周さんは自信満々だよね』
「当たり前だろ。オレは一人じゃ弱い。弱いけど、みんなと集まればオレは最強だ。戦場を征する。それだけをすればいい」
『そうだね。周さんなら絶対に出来るよ。私も出来る限り頑張るよ』
「お前ら二人に頑張らられたなら、俺達の出番はないな」
その言葉にオレ達は振り返った。そこには大きなリュックを背負った孝治と手ぶらの中村の姿がある。
オレは笑みを浮かべた。
「夫婦の到来だな」
「海道? 茶化されるのはうちは嫌いやけど?」
『二人共幸せそうだから。私も夫婦だと思ったし』
「婚姻は卒業すれば、うぐっ」
孝治の頭を中村が勢いよく叩く。中村の槍、レーヴァテインによって。ちなみに、周囲に『胡蝶炎舞』が舞っているのが恐怖のポイントだろうな。
これでコピーされたレーヴァテインが大量にあれば無条件降伏する自信しかない。
「余計なことは言わんでいいから!?」
「どうせ後々にわかることだ」
「恥ずかしいやんか!」
「しかし」
「あのさ、一ついいか?」
オレがゆっくり手を挙げるとそこにはゆっくり振り返る中村の姿。ただし、どう見ても鬼と言うべき姿だった。炎の蝶が周囲を舞い、レーヴァテインのコピーが所狭しと並んでいる。
ここが戦場なら確実に詰んでいるよな。
「お前らが結婚することなんて今更なんだけど」
「えっ?」
中村の驚いた顔。オレはそれに驚いていた。
「オレらからすれば遅かった風に思えるからさ。小学生から付き合って今まで継続しているんだぜ。二人の性格は知っているからお前らなら幸せにやれるってわかっていたし」
「は、恥ずかしいやんか」
「そ、そうだ」
二人が恥ずかしがる。中村はともかく孝治が恥ずかしがった顔なんて初めて見るな。
「貴重なものが見れたかも」
そうぽつりと呟いた瞬間、発言を間違ったと理解して、そして背中にゾクリと嫌な予感が走った。
前にいるのはにこやかな笑みを浮かべた中村の姿。
「海道?」
「な、何だ?」
中村が笑みを深める。
「一度死ね!」
そして、放たれるレーヴァテインのコピー。オレはそれがゆっくり時間を引き延ばされたように向かってくる様を見ながら、
「一日が終わったな」
感慨深く現実逃避することにした。