第百二十九話 引き分け
いつの間にやら400話目。長かったような短かったような。これからもどんどん頑張ります。
オープニングセレモニー ダークエルフVSアストラルルーラ 引き分け
大きく書かれたその文字にオレは苦笑していた。FBSに引き分けがあったことに驚いている。
オープニングセレモニーの結果は文字通り引き分け。だが、試合内容は素晴らしいというべき状況だった。近接格闘から射撃戦までリアルを追求したかのような動き。
会場の大半が満足し、残る面々も射撃戦ではなく近接を行えば良かったというだけで、ほぼ全員が満足していた。
満足していないのは試合が終わった瞬間にポカンとしていた悠人とルーイくらいだろうか。今では悠人が初戦を圧勝で終わらせて第76移動隊の部屋に二人で引きこもっている。
体育祭最初の競技も見る限り順調だ。
「すごい、熱気ですね」
会場を見渡したオレにメリルが声をかけてくる。委員長達はかなり忙しく、持ち場に付きっきりだ。というか、足りていないのかリリーナですら借り出されている。
「音界にはこんな行事はないのか?」
「それほどありませんね。音界は人界と比べて緩やかな生活ですから。時は金なり、ではありません」
「なるほどね。隠居生活にはもってこいだな」
「そうですね。では、悠人と共にあなたが音界に来るのはどうですか? 今なら陸軍将校の地位を授与出来ますよ」
その言葉にオレは苦笑した。最初の頃と比べてみればメリルはかなり男嫌いがマシになっているように思える。とは言っても、さすがに悠人やオレくらいにしかまともに話せないけど。
特に悠人とはまるで昔から知り合いだったかのように話している。というか、一番、音界に行ったことのある人界の人間だろうな。
「魅力的だけど遠慮しておくよ。オレは今の第76移動隊というポジションが気に入っているんだ」
「そうですか。では、『GF』を追われるような事態になれば、いつでも歓迎しますよ」
「例えそういう事態になっても、彼は第76移動隊を守り続けると思うよ」
その言葉にオレとメリルの二人は振り返っていた。そこには都島高校の制服を着た正の姿。ただし、その手首に巻かれている腕時計に関してはデバイスだろう。でも、正はこんなデバイス持っていなかったような。
メリルが体を強張らせたのを見た正が優雅にスカートの裾を掴んで礼をする。
「やぁ。先ほど会ったと思うけど?」
「今の状況で私達に気づくとは思えないので」
確かにメリルは歌姫の力を使っている。能力的には関係者以外は気づかないものだ。もちろん、メリルが指定した関係者は第76移動隊とルーイ達だ。
それなのに正は気づいたというのに驚いているのだろう。
「そこはデバイスが優秀だからね。先程の試合、両選手共に素晴らしいものだったよ」
「それにはオレも同意見だが、どこに行っていたんだ? 探していたんだぞ」
「ごめんね。さすがに、あんなことがあったばかりだと恥ずかしく君に合わす顔がなかったのだよ。大丈夫。多分、もう大丈夫だから」
それならいい。正が一人の時に身分確認をされたなら大変なことになる。
「デバイスが優秀ですか。そうですか」
すると、メリルはオレが思ったこととは違うように意味深く頷いていた。おそらく、いや、確実に別の答えを考えている。
その答えはわからないけど、正の目が若干鋭くなったことを考えてそれが正しいのだろう。
「ところで、周。君はこれからどうするんだい?」
「どうすると言われてもな」
はっきり言うなら暇になるだろう。確かに仕事はあるし、体育祭参加種目もあるが、それを行うのは明日だ。
それまでは基本的にオレは様々な部署の渡り歩き。他の面々はそれぞれが担当する場所での警護。
「そんなに忙しくはないな。一点にいられるほど暇でもないし」
「そうか。なら、僕は君について行くことにするよ。久しぶりの学園都市だ、何が変わったか確認したいからね」
「神出鬼没だから歩き回っているように思えたけど?」
「心外だね。この制服を調達出来たのがごく最近だからね。いつものゴスロリ服を着ていれば目立つだろ?」
「まあ、場違いだな」
正の言うようにゴスロリ服を着ていたなら明らかに場違いだと考えていいだろう。まあ、メイド喫茶が存在する近くなら違和感はなさそうだが。
体育祭期間中は競技の参加は体操服で外出も出来る限り体操服か制服推奨だが、その日に競技が無い場合は別に私服でもいい。本戦最終日となれば参加者はかなり減るのでコスプレする人はかなりの数に昇る。
最終日は堂々とゴスロリ服で来るだろうな。
「まあ、いいか。ただし、歩き回っている間は出来る限り変な行動はするなよ。ただでさえ、正は正規の手段で学園都市に入ったやつじゃないんだ。だから、大人しくすること」
「大丈夫だよ。君と二人なら必ず大人しくしてみせる」
「途中から亜紗が加わるから」
その言葉に正が固まった。そもそも、今日は亜紗と回る日だといつの間にか決まっていたのだ。半分強制で。
明日は由姫で明後日はアル。明明後日になれば都となっている。確かに、デートが出来ない以上、こうなっても仕方ないだろう。
「べ、別にいいさ。いくらでも我慢することは出来る。ところで、音界のお姫様はどうするつもりだい?」
「これからの予定は話していなかったな。まず、メリルとルーイをオレとお前で護衛しながら航空区画にまで向かい、見送る。それからが行動開始だ。後はルーイが来るまでなんだが」
本来ならルーイはすでに合流しているはずだった。だけど、ここにルーイの姿はないし、ルーイがいる場所は容易に想像がつく。
オレは小さく溜め息をつきながら周囲を見渡した。
「とりあえず、控え室に向かいますか」
「絶対にルーイの方が早かった!」
「いや、絶対に悠人の方が早かった!」
控え室のドアを開けた瞬間、オレの目には信じられないものがあった。何故なら、悠人とルーイが言い争っているからだ。ただ、信じられないものは今聞こえてきた言葉だ。
「鈴! 絶対にルーイの方が早かったよね?」
「リマ! 絶対に悠人の方が早かったよな?」
悠人はルーイを、ルーイは悠人が勝ったと主張しあっているからだ。タイミング的にはほぼ同時、ダークエルフが放ったスラッシュナイフとアストラルルーラが放ったスラッシュナイフはほぼ同時に突き刺さっていた。というか、レヴァンティンが同時に突き刺さったと言うくらいだ。
それほどまでに同じタイミングだったのに、二人は相手が勝ったと言い合っている。かなり珍しい言い争いだ。
「お前ら、何しているんだよ」
「周さん。あの勝負、絶対にルーイが勝ちましたよね?」
「いや、あれは悠人の勝ちだ」
『私が見ていた限りほぼ同時ですね。ただ、ライフが無くなったのは同時なだけでスラッシュナイフが当たったのは悠人さんの方が早かったですよ』
レヴァンティンの結論は引き分けだ。でも、この二人に引き分けは納得されない。
「そんなわけがない。悠人のダークエルフは信じられないくらいの機動性、柔軟性にアーマーパージによる目くらましなど僕には出来ない様々なテクニックを使っていたんだ。確実に僕より悠人の勝ちだ」
「ルーイもすごかったよ。瞬間移動に目くらましを受けた後の両翼からの射撃。さらにはほんの一瞬の隙をついたスラッシュナイフの射出。あれはどう考えてもルーイの勝ちだよ」
結局はどちらも相手が素晴らしかったということだ。確かに、悠人もルーイもありえないくらい素晴らしかった。だから、相手を賞賛しているのだろうと思いたい。
「周さん、どっちの勝ち?」
「そうだな。僕も周に」
「お前ら、いい加減にしてくれ」
オレはただ、小さく溜め息をつくことしか出来なかった。