第三十九話 増える不明
昼。
第76移動隊の訓練が終わり、オレは一人で神社に向かっていた。神社に向かう道は周囲に田んぼが多く、田舎という風景だ。背後を見たらビルがいくつも見えるけど。
理由は単純。暇だから。
本来なら勉強する時間だが、音姉がオレを外に出したのだ。見回りという名目の休憩だろう。
「あれ? 周君だ」
その言葉にオレは振り向いた。
振り向いた先には千春と三人の少女がいる。全員槍を持っているということは学生『GF』か。
「見回りか?」
「うん。ボク達でちょっとね。さすがに正規部隊がいるのに何もしないわけにはいかないから」
「そうなるな。まあ、オレ達も昼間はあまり熱心じゃないけど」
「十分だよ。周君も見回り?」
オレは頷きながら親指で後方にある神社を指さした。
「見回りついでに神社に向かおうとな。琴美が巫女をやるように背中を押したのがオレだから、様子は見ないとな」
「ふーん。責任感あるんだね。私達はこのまま見回りを続けるよ。後で学生『GF』の事務が向かうと思うけど、しっかり返答を期限内にお願いね」
「何かの案件か?」
オレは首をかしげると千春は首を横に振る。
「そんなに大層なものじゃないよ。見回りに関すること。さすがに、ボク達も動いておかないと」
「そうだな。考えておくわ」
オレは千春に手を振って歩き出した。
千春も手を振ってオレが向かう道とは違う道を通る。
「学生『GF』も動き出して良かったというべきかな?」
『でしょうね。それにしても、いい場所ですね』
首にかけているレヴァンティンが長閑に声を上げた。
「一応言っておくが、オレ達は見回りをしている最中だ」
『サボっていると思いますが?』
それを言われるとどうしようもない。
『私は、生まれてから日本の田園風景はここに来るまで見たことなかったからですけどね』
「意外だな。オレよりずっと長生きだから知っているんじゃないか?」
『私は生まれて戦争が終わってからずっとアルタミラにいましたから』
つまり、オレが見つけるまであの場所にいたということか。
一体、どれほど昔からいるのだろうか。
『戦争の時は世界が荒廃していましたし、人類も滅亡の瀬戸際でした』
「もしかして、魔科学時代か?」
オーバーテクノロジーの質から考えて、レヴァンティンが作られたのは魔科学時代と考えるのが妥当であったが、レヴァンティンの能力から考えて神剣とも考えられる。
レヴァンティンは少しだけ間を開けた。
『そうです。魔科学時代の末期に私は作られました。理由は、今はまだ話せません』
「そっか。無理には尋ねないさ。さて」
オレは神社の階段を見上げた。
階段の数は約150。微かに後ろに下がり地面を蹴る。
一歩で進む数は15。そのまま一気に駆け上がり、十歩目で一番上まで登った。
神社の境内では琴美が舞を舞っている。そばで見ているのは都だ。
オレは音を立てずに移動する。まあ、空中に魔力で足場を作り出してその上を歩くという作業だけど、これがかなり疲れる。まあ、訓練の方が疲れるけど。
オレが都の横に到着するのと琴美が舞い終わるのは同時だった。
琴美が静かに頭を下げる。
「だいぶ上手くなっています。後、一ヶ月はしっかり練習すれば完璧ですよ」
「ありがとう。ところで」
琴美がオレを指さしてくる。
「あなたはいつの間にいたのかしら?」
「えっ? わっ、周様。いつの間に」
「さっき」
気配は殺していないけど、音は立てていないから二人は気付かなかったのだろう。それに、舞に集中していたし。
オレは琴美に向かって拍手をする。
「上手くなったな。動きはまだぎこちないけど」
「難しいのよ。あなたがやる?」
「都、手とり足とり教えてくれるか?」
「それなら、周様は二週間でマスターできます」
「冗談じゃなさそうなところが怖いわね」
琴美はクスッと笑った。都も同じように笑う。
「あれから何かないのか? 妨害と言うか嫌がらせ」
「いたって健康よ。都がみんなを必死に説き伏せたみたいで、来る人来る人、都の代わりに舞を成功させてと言ってくるのよ。少し、嫌になるわよ」
「ごめんなさい」
「謝らないで。都のおかげで私はここで踊れるのだから。周はどうしてここに?」
「見回りついでに様子見」
簡単に言うならサボりだけど。
「ふーん。そう。都、少し休憩にして良い?」
「はい。琴美にレモンの蜂蜜漬けを持ってきました」
「ありがとう」
都と琴美は仲良く境内の階段に座った。オレは立ったままだ。
「これです」
「いただきます。あっ、おいしい」
「たくさん作っていますから。周様もどうです?」
「オレは一応見回りだからな。見回り中は遠慮する。暇がある日はたくさん作って訓練の後に持ってきてくれよ」
「周、都は毎日するわよ」
「だろうな」
オレは笑みを浮かべる。
都のことだ。最近、よく偵察に来ているアル・アジフと一緒に来るに違いない。
アル・アジフはリースが心配なだけだろうけど。アル・アジフからしたら娘みたいなものだし。
「それにしても、ここは長閑だよな」
「周様の家は騒がしいのですか?」
「オレの家、というより白百合の家は学園都市内部にあるからな。騒がしいと言えば騒がしい」
「学園都市ですか。私は高校生になったら学園都市にいけるように親を説得しています」
「ここじゃダメなのか?」
狭間市はある意味プチ学園都市だ。プチと言うには小さすぎるが。
「私が勉強したいのは魔術学。特に地質学魔術科です」
「地味なところを選ぶな」
地質学魔術科は地質に対して影響のある魔術を研究し、将来の農業に役立てようという学科だ。ただ、建設業に使用される割合の方が多い。魔術は自然の力を借りるだけだから自然に作用することは難しいというのが見解だ。
「オレは法律方面かな。世界の法律を知っておけば、いざこざの対処がしやすくなるし」
「周は『GF』一色なのね」
「まな。オレの人生は『GF』で自分が満足できるまで戦い続けること。一般人の暮らしなんて程遠いけどな。でも、力がある以上、オレがやらないといけないんだ」
「力がある以上か。都はどうするつもりなの? あなた、能力はあるでしょ」
「私は、今はこの街で暮らしていきたいです。学園都市に出るのも勉強するためで、勉強が終わればここに戻ってきます。琴美は、ここにいるんですか?」
「そうなるわね。私は、ここしか行く場所がないから」
琴美は少し悲しそうに言った。
オレは首を傾げそうになるが、傾げることなく琴美の言葉を反芻する。どういうことだろうか。
オレは琴美にそのことを尋ねようとして、動きを止めた。
誰かいる。いや、誰か隠れている。
「悪い。用事が出来た。ちょっくら行ってくるわ」
オレはそう言うと地面を蹴った。
そのまま階段を十段飛ばしで駆け下りて横手の茂みに入る。そのまま身を隠しつつ上に登っていく。
気配は動いていない。だが、こちらを見ているのは確かだ。
境内を回り込むように移動し、神社の裏手に出た。そこにいたのは金色の鬼。
「いきなりすぎね?」
オレはレヴァンティンを取り出し腰を落とす。
殺気はないがいつでも戦えるように。
『貴様は何故剣をとる』
その言葉が金色の鬼から言われたということをオレは一瞬だけ理解できなかった。だけど、レヴァンティンが微かに震えてオレは小さく頷く。
「守りたいものがあるから」
『我を攻撃しないか。近くに守りたいものがいるのだろ?』
「お前が攻撃出来たのなら攻撃している。オレが気づけたのはオレに気配を飛ばしたからだろ?」
『少年なのに理解するか。人間とは不思議なものだ』
「いくつか質問していいか?」
オレは構えを解きながら尋ねた。
鬼は少し驚いたように動きを止めて、そして、頷く。
「お前は崇り神と言われている存在か?」
『この地ではそう呼ばれている』
「お前は守り神か?」
『我はそうありたかった』
つまり、何かが歪めたということか。
「封印を強くするまで活動をやめてくれないか?」
『無理な要望だ。精霊がこの地に来ることがあれば我は全力であの者を殺す。だが、貴様らはそれに気づいたようだな』
「当り前だ。ったく、止めてくれないとなれば、一時的に封印するしかないか」
『貴様らが簡単に封印できる存在だと思うな』
「なら、これでどうだ?」
オレが魔術陣を展開すると鬼の顔色が変わった。
「知っているよな。過去、創生の時代に存在されたとされた究極魔法を分割し封じ込めた魔術陣。いや、魔法陣の方が正しいか? これを使えばお前を封じることは可能だ。一時的にな」
『そうか。その剣、レヴァンティンか』
こいつはレヴァンティンを知っている。どういうことだ?
『また、我の前に立ちふさがるか。まさしく、勇者の剣だな』
『私のマスターは勇者ではありません。ですが、あなたが世界を滅ぼすというなら、私は全ての知識をマスターに公開します』
『安心しろ。我は世界を滅ぼすつもりはない。もっとも、完全に封印が解けた場合を除いてな』
鬼とレヴァンティンが知り合いだったのは驚いたが、レヴァンティンはそれ以上のことも知っているらしい。どうせ黙秘だろうけど。
「そっちからの質問は?」
オレは不敵に笑みを浮かべて見せた。あくまで余裕であることを見せるように。
『何故、貴様は戦う。普通の人生に戻り立たいとは思わないのか?』
「普通の人生? はっ、全く魅力がないな。オレは自分の意思で戦う。それ以上の回答が必要か?」
『いいだろう。貴様を我の敵と認識する。三週間後を楽しみにするんだな』
「三週間後? そんなに時間はかけるか。もうすぐ、お前を封印してやる。覚悟するんだな」
鬼がフッと笑みを浮かべて姿を消す。この場に静寂が戻った。
オレは体に入れていた力を抜いて大きく息を吐く。
「レヴァンティン」
『・・・なんですか?』
「何も聞かないさ。ただ、お前が話したくなれば聞かせてくれ」
『ありがとうございます』
オレはこぶしを握り締めた。
「一体、三週間後に何が起きるって言うんだ。それが起きる前に終わらせないと」
小説内の時間が三週間過ぎれば第一章の前半は終わります。今は前半の前編の最後に近づいている状況です。これから、物語は加速していく予定です。