第三話 依頼
戦闘と書いたのに戦闘が入る予定はまだまだありません。
ボロ雑巾から復活した悠聖が新しい服に着替えるのを待ってから、オレ達は『GF』の総長室に向かっていた。誰もがしっかり服装を整えている。一応、重要そうな話だしな。
孝治は前を見ながら横に歩くオレにだけ聞こえるような小さな声で、しかも唇を動かさずに話しかけてくる。内緒の話をする時や、噂をする時には便利だ。
「周。呼び出しの理由は?」
オレはそれに対して同じように答える。孝治のを真似していたらいつの間にかできるようになったんだよな。
「さあ? 連れて来いと言われただけだし。まあ、重要そうな話ってことは確かだな。オレ達が驚く話らしいけど」
「了解した」
孝治は目だけで頷く。こういう会話の仕方は本当に便利だからな。まばたきだけで会話をするという技術をどこかの小説で読んだことはあるが、あんなもの覚えるのが面倒な上にまばたきの回数が多くなることで悟られることがある。ちょっとした合図には使えるけど。
総長室の前に立ったオレはすぐさまドアをノックしようとして、ドアが勝手に開いた。ちなみに、自動ドアじゃない
「遅い」
部屋から顔を出してきたのは、やはりよく見知った顔だった。というか、気配で気付かないで欲しい。
「悪い悪い。本当ならもう少し早く来るつもりだったけど孝治達が見つからなくて」
「それだったら仕方ないか。孝治くんはどこにいるかわたしもよくわからないし。ただ、もうすぐ弟くん探しに行こうとたけど」
白百合音姫。それが彼女の名前だ。
名門の一族でもある白百合家の長女でオレの義理の姉。そして、オレの一つ年上ながら世界最強の一角と言われるほどの天才の中の天才。実際に『GF』が主催した全年齢対象のトーナメントで優勝したことがある。
トレードマークは髪をポニーテールに括っている大きなリボン。ちなみにオレ特製。最初は作るのにはかなり苦労した。今はすぐに作れるけど。
「探すのに手間取ったからな。時間がたっても仕方ないか」
オレはそう言って総長室に入った瞬間、しゃがみ込んだ。もちろん、嫌な予感がしたからだけど。結果は、
「ぐほっ」
背後に立っていた悠聖の顔面に灰皿が直撃した。ちなみに、灰皿の中身は何もない。
お店とかにあるような小さなものじゃない。人殺しができそうなくらいに大きなものだ。まあ、悠聖なら死なないだろうけど。物理防御だけはかなり高い。殴られ慣れているから。
「いきなりの挨拶がそれか」
オレは小さく溜息をつきながら前に座っている男を見た。
オレとよく似た顔つきで、髪の毛は寝癖がひどいように見えるが、それがデフォルト。跳ねまくっているのが普通だ。もちろん、オレもだけど。
多分、オレとそいつの二人を見知らぬ人が見たなら必ず兄弟だと間違うだろう。それぐらいにオレと時雨の顔は似ている。血が繋がっているから仕方ないけど。だが、オレと時雨は兄弟という関係ではない。親子でもない。
オレ達は全員が総長室の中に入った。
「で、何の用だ? オレ達を新部隊の案件で呼び出すということはかなり重要なことなんだろ?」
「まあ、重要と言えば重要だけど、23分の遅刻だ。音姫は予定の20分前には来たぞ。時間にはルーズになるな」
「文句なら孝治と中村に言え。場所がわからなかったんだ。で、用事はなんなんだ?」
「落ち着け。そこまで急いだとしても人生ろくなことがないぞ。急がば回れ。まあ、単刀直入に言うが、依頼だ」
単刀直入に言うこと自体が急がば回れと反するような気がするがオレだけだろうか。
「イエス」
灰皿がぶち当たっていた悠聖が小さくガッツポーズを取る。いつの間に復活したか知らないけれど、オレはそれを背後で気配として確認しながら首を傾げた。もちろん、前にいる時雨が投擲体勢に入ったから。
「ごっ」
悠聖の顔面に灰皿がぶち当たる。自業自得なので何も言わない。
「で、依頼はなんなんだ?」
オレは何事もなかったかのように時雨に尋ねた。
「いつものことやから気にしてないと思うけど、ここ、総長室やんな」
中村が言いたい内容はわからないこともない。ただ、灰皿を投げつけられたのが悠聖だからとしか言えない。
オレは小さくため息をつく。
「黙秘で。で、依頼は?」
「案件のランクで言うならAは確定」
ランクAということは戦闘ランクA以上のメンバーで固めていないと任務の達成が難しいということだ。ここにいる全員は戦闘ランクA以上だから大丈夫だけど。
「ランクAね。依頼主は?」
「今回の依頼主は二人いるんだ。一人は『GF』の評議会」
その言葉にオレ達の顔色が変わった。驚愕という表現が一番近いだろう。かすかに疑心暗鬼も入っているからだけど。
前にも言ったように、評議会の爺共は保身にかけては人一倍熱心である。それなのに評議会がオレ達に依頼するのは、その依頼がかなりの厄介事であるとも言える。しかも、オレ達に依頼するということは隊の設立を許可するということ。
オレの推測を言うなら、オレ達のような未成年にしか出来ないような任務。これだけ見ると一部の団体が凄まじくうるさそうだ。
「で、もう一人が、アル」
時雨がそう言うと総長室のもう一つの入り口である倉庫(実際はほとんどゴミ庫)のドアが開いた。
そこにいるのは、手に大きな本を持つ少女だった。多分、魔術を使うための補助として使える魔術書の類だろうけど。髪の毛は長く膝くらいまである。身長は、オレと同じくらいか。
オレは時雨に「誰?」と話しかけようとした瞬間、音姉がその少女に近づいた。
「アルちゃん、大丈夫だった?」
「誰がアルちゃんじゃ。我にはアル・アジフという名がある。その名で呼べといつも言っておるじゃろう。そなたには何度説明したらわかるのじゃ」
「だって、アルちゃん可愛いから」
そう言って音姉がアル・アジフを抱きしめる。アル・アジフは懸命に暴れて音姉から離れた。
それを見ているオレ達は完全に固まっていた。音姉の私生活を知るオレからすれば固まることは無いが、他の三人は完全に予想外だろう。あの音姉が誰かを抱きしめるなんて。音姉って自分が可愛いと思った人には平気でするからな。
だけど、それだけではオレが固まっている理由にはならない。何故、オレが固まっているかと言うと、
「アル・アジフ? あの、『ES』の最高幹部の」
「ふむ、そなたらとは初めてじゃな。我はアル・アジフ。『ES』の幹部の一人にして穏健派代表じゃ。よろしく頼むぞ」
『ES』。
この名前は『GF』と同じくらいに有名だ。
『GF』が南アメリカ大陸、ヨーロッパ大陸、ユーラシア大陸の東側を主な範囲としているが、『ES』はアフリカ大陸と『GF』の地域以外のユーラシア大陸を主な活動領域としている。
だけど、有名なのはそれだけじゃない。ある事件を起こした一派がいるから
「まさか、『ES』穏健派代表様から直々に依頼だとはな。で内容は?」
「それは、時雨に話してもらおうかの。我は一度時雨に話しておるし、ちゃんと依頼内容が伝わるかどうか見ておらんと」
どうやらアル・アジフは時雨の性格をよく知っているらしい。時雨は基本的にめんどくさがりだ。
時雨はすごく嫌そうな顔になる。
「わかった。だけど、補足は頼むからな。面倒だし」
「わかっておる」
時雨は小さく溜息をついて口を開いた。
「初任務としては重いくらいだけどな。まあ、聞いてくれ」
この世界の地図はユーラシア大陸とヨーロッパ大陸で分かれています。二つの間にある海はチェルノブイリ海峡と呼ばれています。