第百二十七話 控え室
「三日間安静」
オレは小さく溜め息をついて鈴の手首から手を放した。鈴の手首にはすでに魔術陣を描いた湿布とテーピングを行っている。
委員長が来れないからオレが診断を行ったのだ。
「えっと、体育祭は」
「参加するな。絶対に、必ず。捻挫が癖になればただでさえ衝撃の多いイグジストアストラルで戦闘していても捻挫するだろ」
「リリーナ、助けて」
「ごめん。怪我をさせた本人が言うのもなんだけど、これだけは私は周の味方でいるから」
リリーナが本当に申し訳なさそうに鈴に言う。というか、今にも泣きそうだよな。そばにはリマもいるからちょっとは大丈夫か。
鈴は座っていた椅子から立ち上がる。
「でも、期待していた人達もいるから、その人達の期待を裏切るわけには」
「私は、怪我をしていたから負けた、という理由で勝ちたくありませんから」
だが、そんな鈴に対してリマが少しきつめの言葉で言った。言われた鈴は驚いてリマを見ている。
「私はあなたの全力と戦い、全てを叩き潰す。それが出来ないなら例え実戦でも戦う価値はありません」
「そういうわけだ。捻挫自体、それほど酷いわけじゃないし、あまり手を使わないようにすれば大丈夫だから」
魔術はこういう時は不便だ。傷を強制的に塞ぐことは出来ても、捻挫のような体の内部で起きる怪我には対処が難しい。切り傷の方がそこまで作用出来るので対処がし易いのだ。
治せないというわけじゃないけど、専用の機器が必要だし、なによりお金がかかる。鈴はそのようなことは望まないだろう。
「まあ、安静にしていれば三日目には動けるようになるさ。とは言っても、二日間も絶対安静にしているわけにはいかないだろ」
「うん。体育祭期間中だし」
「リリーナに手伝ってもらえ。悠人は、うん、無理だな」
悠人ってパワードスーツを着ていなかった運動神経は皆無だからな。魔術の才能は悪くないのに。
「鈴、ごめん。私のせいで」
「謝らないで。私だって興奮してリリーナに近寄っていたから。私はリリーナが勝って本当に嬉しかったよ。だから、謝らないで」
「でも」
「でもじゃないだろ。オレはあの時の状況を知らないから大したことは言えないけど、聞いた以上は手を捻挫する方がおかしいからな」
鈴は手首を捻挫している。もし、本当に手首を捻挫しようと思えば倒れる時に片手で受け止めないといけない。普通なら倒れてくる相手は両手で受け止めるのに。
つまり、鈴は変な体勢で受け止めたか、変な状況になっていたかのどちらかだ。
「反省しています」
「周、鈴は悪くないよ。悪いのは全て」
「どちらも悪い。リリーナがはしゃいだのも悪ければ、鈴も我を忘れていたのも悪い。オレ達は第76移動隊だ。どんな時でも助ける時は冷静になれ。まずはそれが第一だ」
自分が冷静でないのに助けに行けば二次災害の可能性が大いにある。特に、戦場では命取りだ。
とは言っても、オレもそこまで強く言うつもりはない。
「「ごめんなさい」」
二人の声が重なる。二人共、ここまで言えばこれからはもっと気をつけるだろう。
「わかったならいいさ。そこまでとやかく言うつもりはないし、鬱陶しく思われたくないからな。以後、気をつけること」
「ふふっ、すっかりお二人のお兄さんですね」
「オレはいつからそんな役になったんだ?」
笑いながら言うリマに対してオレは小さく溜め息をついた。
「つうか、お兄さんなら悠人」
「悠人は弟」
「うんうん。悠人は弟だよね」
「と、言っていますが?」
だからと言ってオレが兄だというのは納得がいかない。せめて上司だろう上司。とは言っても、この二人は部下には見えないしな。
そう考えていた時、控え室のドアが勢いよく開いた。
「何で私がインタビューを受けなければいけないのよ!」
開口一番に、入ってきたルナが声を荒げる。まあ、普通はそうだろうな。
鈴が手首を捻挫するというアクシデントでリリーナが控え室に鈴を連れて行ったため、ヒロインインタビューではなく敗北者インタビューがあった。もちろん、受けたのはルナだ。
ルナは怒りに満ちた目でオレを見ている。まあ、そうし向けたのはオレだからな。睨みつけられるのは仕方ない。
「海道周! あんたね、あんたのせいで私は赤っ恥を受けたのよ!」
「滅多に経験出来ないたろ。敗北者インタビューって」
「普通はしないわよ! せっかく勝とうと息巻いていたら、現実では出来ないことされて負けたし」
「出来ないってわけじゃないよ。ただね、グラビティキャノンの特性上、何もない荒原じゃないと試せないだけだから」
確かに、 グラビティキャノンの最大射程は約20km。ただし、命中の可能性が高い距離でそれだ。エネルギー弾の減衰率から考えて実際値最大射程は250kmほど。ちなみに、それくらいで最低威力のエネルギー弾程度の威力まで減衰する。
それより距離を取ると武器としては作用しない。
「確かにそうですね。グラビティキャノンの威力は未だに開発部が再現出来ていませんし」
「そりゃな。ソードウルフの最大出力は現存するあらゆるフュリアスの中で最大だからな。イグジストアストラルやマテリアルライザーも勝てない」
「あのエンジン機関は化け物だよね。実際にスペックを知っているから言えるけど、普通のエンジン機関を使えば数秒で停止するからね」
ソードウルフはエネルギーバッテリーとエンジン機関のハイブリッドだ。エンジン機関もエクスカリバー並みの出力のある大きなものを作っている。
だから、最大出力という点ではハイブリッドタイプのソードウルフに勝つのは難しい。
おかげで維持費がかなりかかる。
「わかっているわよ。ソードウルフの桁が違うことくらい。問題はあんた!」
ルナが指差してきたのはオレにだ。オレは思わずまばたきで返してしまう。
「戦いに負けたのはいい。リリーナの実力はすごかったし、私もまだまだ未熟だとわかったからいいの。でも、敗北者インタビューだけは納得がいかない」
「ただの時間稼ぎだよ。本当ならすぐにやる予定だったけど、メインイベントの悠人とルーイがアップする時間は必要だ」
「それでも、リリーナは怪我をしていないから私じゃなくてリリーナがヒーローインタビューを受ければいいじゃない」
ヒーローインタビューじゃなくて正確にはヒロインインタビューなんだけどな。そういう細かいところはいらないか。
「悠人が一緒にいれない以上、リリーナがついていないと心細いからな。鈴もリリーナも悠人も、みんなで一人みたいなものだし」
「はぁ、わかったわよ。確かに、悠人達はみんなで一緒が一番だわ。でも、それはいいことじゃない。いつか離れるかもしれない。海道周、あなたの過保護面もいいかもしれないけど、いつかは離れ離れになることを考えておきなさい」
「それくらい、理解しているさ。まあ、敗北者、インタビューをさせたのは悪かった」
わざと敗北者という表現を強くして言うとルナは顔を引きつりながら笑みを浮かべている。
「いい度胸ね、海道周。あんたとはいつかフュリアスで決着をつけないといけないと思っていたのよ」
「そうかそうか。なら、エリシアを呼ばないとな。マテリアルライザーを使わないとオレは本気を出せないし」
オレが余裕を浮かべてそう言うとルナの血管が切れる音が鳴り響いた。もちろん、幻聴だろうけど、今の状況ならそれが正しい。
リマが慌ててルナをなだめようと近づく。
「望む所よ! あんたなんてこの私がボッコボコに倒してやるんだから!」
「ルナ、落ち着いてください。それに、マテリアルライザーに勝てるわけがありません」
「姉さん! 放して! こいつだけは、こいつだけは!」
「にゃはは。周、遊びすぎじゃないかな?」
おそらく、今の状況を一番楽しんでいるであろうリリーナが笑いながら語りかけてくる。対するオレは小さく溜め息をついた。
「やりすぎた、が、反省はしていないから」
「相変わらずだね」
リリーナが心底楽しそうに笑う。オレはこの状況をどうするか一瞬だけ考えて、一瞬で諦めて肩を落とす。
結論はどうしようもない。今頃、悠人とルーイが凄まじい戦いをしているに違いないのに。
オレはその様子を頭の中で思い浮かべながら小さく息を吐いた。
次回、悠人VSルーイ