第百二十五話 オープニングセレモニー
「理由を説明していただけますか?」
オレの目の前に立ちふさがったのはにっこりと笑みを浮かべた都。それだけならオレも何とか頑張れただろう。でも、その手に断章が握られている以上、オレは掴んでいた手を離しその場に土下座をする。
「あっ」
少し寂しそうな声が聞こえるが今は我慢した方がいいだろう。ただ、本音を一言言いたい。
「どうして都がここにいるんだ?」
「周様が見知らぬ女の子と密会しているとリースさんから聞いたものですから」
にっこりと深いまでの笑みを浮かべる都。オレは部屋の端にいるリースを横目で睨みつけた。その顔に浮かんでいるのは笑いをこらえる表情。
確実に狙っていたな。
「だから、これには、事情が」
「事情ですか? 周様にはしなければならない仕事があるのではないのですか? それすらも放っておいて女の子とうつつを抜かして密会することを優先とする用事なのですか?」
どうやら勝ち目はないようだ。
「すみませんでした!!」
オレはその場に土下座した。この状態の都には誰も勝てない。訓練中の音姉と同じだ。有無を言わさぬくらいにっこりとした笑みのまま放たれる怒りの言葉。どう考えても恐怖だよね?
「し、周は謝らなくていい。僕が悪いから」
「いえ、女の子に罪はありません。悪いのはずベ手周様なのですから。ねえ、周様」
「違う。僕が悪いんだ。周はどこも悪くない。周はただ、僕の隣にいてくれただけだから」
多分、それが、ダメだったんだろうな。
「仕方ありませんね。そろそろ、オープニングセレモニーという名のリベンジマッチが始まりますよ」
「もうそんな時間か?」
オレが頭を上げて時計を見ると確かに近くなっていた。そろそろ向かわないと間に合わない。
オレは小さく息を吐いて立ち上がる。
今、第76移動隊専用の部屋にいるのはオレ、都、正、リースの四人だけだ。他のみんなは会場に向かったのだろう。
それに、フュリアス乗りとしてはオープニングセレモニーは絶対に見逃せない。
「じゃあ、みんなで行きますか」
「先に行く」
その言葉と共にリースが部屋を出て行こうとする。その表情には笑みが浮かんでいた。もう、隠す気はないのだろう。
正も憮然とした表情でリースを見ている。すると、リースは笑ったまま、
「そのままでいる正は、可愛い」
そう言うと部屋から出て行った。オレはそう言われた正に話しかけようとして、何故か拳がとんできていた。
オレはギリギリで避けながら距離を取る。拳を放った当の本人は顔を真っ赤にして右の手のひらで頑張って隠そうとしながら左の手のひらをオレ達に向けていた。
「み、見るな! 頼むから僕を見るな!」
「ほわっ」
そんなことを言う正の姿にオレは一瞬見惚れ、何か棍棒のようなもので後頭部を思いっきり殴られていた。
「周様、女の子のお願いはしかと聞き入れないとだめですよ?」
振り返ると、そこにはにっこり笑みを浮かべた都の姿。
そんな都に恐怖を感じていると誰かが走り、部屋から出て行く。どう考えても正です。
「少し、お仕置き、しましょうか」
「ちょっとは加減してくれよ」
開会式後にやるオープニングセレモニー。いつもは有名人歌手や有名チーム同士の試合など、様々な意向をこなされてきた。そして、今年、今までのものより完全に白熱するであろうものとなっている。
それを打診してきたのは音界側からだが。
「周はもしかして知っていたの?」
会場でオープニングセレモニーの内容に知らされ、興奮した面持ちのメグが嬉しそうに尋ねてくる。確かに、今の学園都市にいる大半は興奮すること間違いなしだろう。何故なら、同年代が多く、世界的にも有名なものを使ったオープニングセレモニーだからだ。
正直、このオープニングセレモニーも批判が来る可能性もあったが、その全てをメリルがことごとく抑えた。
『レディース&ジェントルマーン。学園都市体育祭開会式オープニングセレモニーへようこそ。オープニングセレモニーのみの視界を担当する学園都市総合大学四回生筒谷がお送りします』
会場に流れる声。どうやら、オープニングセレモニーが始まるらしい。特設会場の中央にはFBSの筐体がお互いに背を向けて置かれており、その席にはリリーナとルナが座りあっていた。
どちらもやる気満々だからか慣らすためにCPUを相手に戦っている。
『今回のオープニングセレモニーは異色も異色。なんと、今話題のゲームセンターのゲーム、フュリアスバトルストラーカーズを使った戦いです。フュリアスバトルストラーカーズとは、今現在、世界各国で廃部され始めているフュリアスのコクピットを模したものを使い、プレイヤー同士で戦い合うゲームです。そのコクピットも本物を使っているため『GF』でも訓練に使用されているほど。体育祭ではこれを使用するという異色の競技もありますが、今回のオープニングセレモニーはなんと、記憶に残っている方も多いはず。人界と音界がお互いの最新機を使い戦った世界と世界のフュリアスバトル。あの戦いに熱狂された方も多いはず』
あの時は結局は全世界に配信されたからな。そもそも、最初はそのつもりは全くなく、軍事関係者のみが撮影可能としていたのだが、結局はそれがいつの間にか放映されていた。
まあ、慧海は元から放映するつもりだったみたいだけど。
『今回は音界からの申し入れにより、フュリアスバトルストライカーズを使って擬似的なリベンジマッチがオープニングセレモニーとして行われます!!』
その言葉と共に湧き上がる熱狂。
あの時は文字通り社会現象になっていたからな。フュリアスという今までは空想の産物であったロボットが現実として放送されたのだから。
かの有名な電気街もフュリアスでいろいろ騒がれたっけ。
『今回のオープニングセレモニーは前哨戦として、都島学園都島高校二年生リリーナ・エルブレムVS音界歌姫親衛隊隊員ルナ・アルカトラとの戦いです』
リリーナとルナの二人はいつの間にか向かい合っていた。そして、ちょうど真ん中に置かれたマイクの電源が入る。
「負けないから」
「それはこっちのセリフよ」
二人が睨み合うのを周囲の人達がはやし立てる。その間にオレはメリルの近くまで来ていた。
メリルの隣にいた委員長がオレに気づく。
「海道君、今までどこに」
「野暮用でな。委員長こそ、忙しくないのか?」
委員長は首を横に振った。そして、ハラハラした面持ちで今にも始まりそうな戦いを見守っているメリルを見る。メリルの手は悠人の服の裾を掴んでいた。
「大事なお客さんの接待も仕事だから。まさか、ここまですごいことになっていたのに。全国中継だよね?」
「そうなっている。そもそも、学園都市の体育祭は前々から人気の高いものだったからな。日本唯一の特区であり、世界最大級の学術都市。そして、『GF』の警護実験区画。まあ、人気ない方がおかしいな。それに、悠人VSルーイの戦いはルーチェ・ディエバイト並みに今でも受け継がれているし」
「そっか。海道君はそういうの詳しいよね。じゃ、私はちょっと離れるから。メリルさんをお願いね」
「わかってる」
委員長がそのまま人混みの中に消えていく。オレは一歩メリルに近づいた。
「なあ、メリル。オレはルナの実力を知らないのだが、どれくらい強いんだ?」
真柴と結城家が起こした事件でもルナはフュリアスを失ったため、早々にオレ達とは別行動で裏方に回っていた。だから、ルナの実力は知らない。
メリルは少しだけ考える素振りを見せた後、小さく頷いた。
「親衛隊の中では最下位。音界では中の上の実力ですね。親衛隊にいられるのも、私と幼なじみという理由ですから」
「へぇー」
つまり、メリルが頑張って人事に干渉しているということか。
「ですが、あなたみたいなタイプです。努力で差を埋めようとする」
「私達と同じなんだ」
後ろから静かについてきていたメグが小さな声を漏らす。メリルはオレを真っ直ぐ見つめてきた。
「優秀すぎる幼なじみや姉を持つルナは、ひたすら努力をしています。おそらく、実戦に参加した回数はルーイやリマを超えるでしょう。例え、相手がトップクラスのパイロットでも、ルナは頑張って食らいつきます。それが、ルナですから」
「つか、本来ならルナとは鈴が戦う予定だったのだけどな」
「えっ?」
オレの言葉にリリーナは驚く。それはそうだろう。今回の順番は実力順なのだから。
「リリーナが希望したんだよ。ルナと戦いたいって。あいつって勘がいいからさ、何かを教えたいんじゃないか?」
「でも、それで足下をすくわれますよ」
「うーん。でもな、リリーナだから何をするかわからないのだよな」
あいつは試合前に言っていた。
現実で出来ないことはゲームで出来る、と。
『さあ、ソードウルフVSアストラルブレイズ、試合、スタート!』
そして、ゲーム上での戦闘が始まる。