第三十八話 狭間の日常 海道周の場合 後編
オレが倒れていたのは五分ほど。正確には気絶していたのが正しいだろう。
オレが目を開けると心配した顔で覗き込む由姫と亜紗がいた。
オレはゆっくり目を瞑る。
「結果は?」
「姉さんの一人勝ちです。兄さん、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
オレはゆっくり起き上がった。周囲を見渡しても場所は動いていない。あの瞬間、亜紗の攻撃はほとんどが直撃していた。
右腕に二発、左腕に一発、右足に二発、胸に一発、頭に一発。
頭の衝撃で気絶したのだろう。まあ、やることはやったと思う。
「兄さんが泣いているから」
「泣いている?」
オレは顔に手を当てた。確かに涙を流している。でも、どうして涙を流しているかわからない。
「何で、泣いているんだ?」
『何か怖い夢でも見た?』
「記憶にない」
本当に記憶にない。倒れた時から今まで一瞬だったはずだ。はずなのに、何かが引っかかる。
オレは首を傾げながら涙の後を拭いた。
「うし。音姉、孝治、どうだった?」
「リースちゃんが思っていたより強かったかな。浩平くんは臨機応変に対応出来る能力はあるし、七葉ちゃんの技術もかなり高いよ。スカウトしても良かったんじゃないかなとお姉ちゃんは思うよ」
七葉の場合はやむを得ず第76移動隊に入れたから音姉もそう言ったのだろう。
「光は相変わらずだ。由姫はまだまだ未熟だが」
「反省しています」
どうやら最後は圧倒されたらしい。まあ、経験の差がかなり大きいからな。
「驚いたことは都のことかな。亜紗ちゃんを圧倒したし」
「はぁ?」
その時のオレの顔はさぞ間抜けだったに違いない。それほどまでにオレは驚いていた。
「ちょっと待て。確かに亜紗の足を止めた感触はあったけど、亜紗の剣技で一般人が圧倒出来るわけないだろ?」
一応、五分と五分の戦いにまで持ち込めるようにはした。距離を取りつつ魔術を放てば何とかなると思って。
「都の魔術素質が雷属性でね、それを使って戦っていたから。後、杖術も一般人としてはなかなかのレベルだったかな」
音姉が一般人としてという時は大抵戦場では使えないということだ。だが、亜紗を圧倒出来るなら十分な実力ではないかと思ってしまう。
考えられるとしたら、都が握っていたライトニングナイフと片手銃か。
「都は?」
「あそこ」
音姉が指差した方向を見ると、そこにはベンチの上で寝かされている都と中村がいる。地べたには浩平が転がされている。
あいつは絶対に何かしたな。
「亜紗から見て都はどうだった?」
『必死に戦っていた。訓練すれば強くなると思う。ただ、私達のレベルに到達する確率は五割』
三年ほどパートナーとして組んでいたからオレが聞きたいことは言わなくても聞かせてくれる。
オレがこう聞いた場合は確実に第76移動隊に入れて使えるか意見も聞きたいという風に亜紗は記憶しているからでもある。
「そっか。まあ、さすがに無理だろな。さて、音姉、後は任せた。オレは都を送るから」
「わかった。浩平くんの処遇は?」
オレがリースの方を見ると、リースは怒っていた。いや、実際には怒っているように見せようとしているが、むしろ可愛くなっている状況か。
まあ、怒っていることは気配からわかる。姿からは全くわからないけど。
「好きにして」
「わかった。的にするね」
それはそれでかなり酷いと思う。
「一ついいかの」
都を背負いながら帰る道の最中、横で歩いているアル・アジフは口を開いた。
「いいぞ」
「ああいう訓練はよくするのか?」
「第76移動隊に入ってから初めてだな。まあ、『GF』じゃ度々やっているよ」
「『GF』のデバイスの設定じゃな」
『GF』のデバイスと『ES』のデバイスでは同じものを使っていても設定は大きく違う。
『GF』のデバイスは警察が持っているのと同じもので、デバイスを介した武器や攻撃は相手の魔力にダメージを与えて昏倒させるというシステムだ。
ゲームで例えるなら、HPではなくMPに直接攻撃するタイプだ。MP=気力と考えて欲しい。
対する『ES』の設定は名ばかりの自衛隊や国連軍が持つ殺すことが可能なタイプだ。ただ、このタイプは一般に流れることはまずない。
『ES』が自ら開発したデバイスや、元々殺すことを想定して作らなければこの設定は出来ないからだ。
ただ、今の『ES』において、穏健派は昏倒させるタイプ。過激派は殺すことが可能なタイプと分かれだしている。まだ、昏倒させるタイプはそこまで普及はしていない。どっちが使い易いかと言えば格段に後者になるからだ。
「こっちのタイプは大規模戦闘が可能だからな。誰がシステムを開発したんだか」
「使えるに越したことはないじゃろ。それに、『GF』の理念にも関わってくる」
『『GF』は決して人殺しをしてはいけない。『GF』は決して武力だけで制圧してはいけない。『GF』は決して自分の身を安く犠牲にしてはいけない。『GF』は決して人を見捨ててはいけない』
これが『GF』の理念だ。
誰も殺さず、力だけで押さえつけない。さらには自分の身すら危険から回避するように言われ、尚且つ守るべきを人達を見捨てない。
簡単には達成出来ない。
「それが、『GF』の力じゃろうな」
「『GF』も最初はたった十人から始まった。アル・アジフなら知っているよな」
「善知鳥慧海、ギルバート・F・ルーンバイト、レイ・ラクナール、フィーナ・ラクナール、里宮テオロ、里宮朱雀、里宮綺羅、白百合姫路、白百合雪羽、クロハ・F・ルーンバイトの十人じゃ」
「誰が全員言えって言った」
まさか、本当に全員言うとは思わなかった。
日本人が多いが、里宮と白百合ならみんな納得する。
白百合は言うまでもなく音姉や由姫の家。
里宮は八陣八叉流の開祖で全ての情報を握ると言われている家だ。ちなみに、戦争寸前だった二国が里宮家が仲介に入るだけで仲良く手を握ったという話もある。
「どんなけ数が少なくても、理念があれば大きく出来る。その最たる例じゃないか?」
「理念か。我らの理念はなんじゃろな」
「さあ。それは自分で考えろ」
「それもそうじゃな」
アル・アジフが笑い出し、オレも笑う。
オレ達は都の家につくまで笑い合っていた。
「今日も一日が終わりか」
オレは屋根の上から曇り空を見上げていた。生憎のところ今日は雲っていて星空は全く見えない。もちろん、月も見えない。
オレは小さく溜息をついた。
ここに来て一週間以上過ぎた。もうすぐ4月になり、オレ達の中学校生活が始まる。まあ、授業は簡単だと思うが。
本音を言うなら鬼と話がしたい。それで決着がつけばいいし、無理なら悪いが一時的に封印をさせてもらう。
ただ、オレの勘が嫌な予感を告げている。
「とりあえず、時雨からアリシアさんとレノアさんの応援を頼むしかないか。とりあえず、最悪の想定を考えておかないと」
考えられる最悪の想定が当たった場合は、オレはレヴァンティンを全力で使わないといけない。そして、第76移動隊が本気にならないといけない。
オレは体を起こした。
「さて、寝るとしますか」
オレは腕を伸ばしながら部屋に戻ろうとする。
夜はだんだん深まっていく。
日本の警察について
現実のような体制ではなく、何らかの事件を地域の『GF』や大きな『GF』に連絡する係。もちろん、武器の携帯が可能で先制攻撃も可能である。ただし、不真面目な人の割合が多い。