第百十五話 あの日を生き残った者達
久しぶりに苦労した話に。書いている最中に携帯の終了ボタンを間違って押して千文字近くが消え去ったり、最初書いていた話を次の話にズラして新たにこの話を書いたり、納得いかないので消去したり、苦労しました。
窓からの夕陽が眩しい。だけど、その光を誰もが鬱陶しく思いながらもカーテンを閉めることはなかった。
部屋の中に渦巻いているのは静寂。そして、何と声をかければいいかわからないという空気。
そして、おもむろに楓が口を開く。
「そっか。全て、思い出したんだね」
その言葉にオレは頷いた。
部屋の中に渦巻いていた静寂が若干ながら薄くなる。だけど、みんな、言葉を探している。
オレ達がいるのは茜の病室だ。そして、この中にはみんな集まっている。『赤のクリスマス』のニューヨークを体験して生き残った四人が集まっている。
「やっぱり、オレには黙っていたんだな」
「そう。幸せな過去を夢見ている海道を見たら、うちらは口出されへんって。それに、本当のことを知った海道は、今度こそ暴走しかねないし」
「まあ、確かに暴走だよな」
親に見てもらいたいがためにひたすらに努力をしていた。よくよく考えてみると、他の物事には何の関心も無かったかもしれない。
ただ、褒められたいために。
「周くんは見ているだけで可哀想だった。うん、可哀想だった。同情だったと思うよ。私も光もそんな周くんを見ていておかしいと思っていたから」
「確かに同情やな。でも、うちは海道のことは嫌いじゃなかったけど」
「昔はお兄ちゃんラブだったよね」
茜がおかしそうに笑みを浮かべる。確かに、昔はそうだった。孝治と出会ってからは孝治一筋だけど。
オレは昔を思い出しながら小さく頷く。
「昔は昔でよかったさ」
「つまり、周くんは今の方がいいの?」
「まあな。だって、みんながいるじゃないか」
そう、第76移動隊のみんながいる。
「ついでにお兄ちゃんが好きなカルテットも」
「余計なことを言うな」
オレは小さく溜め息をついたが否定はしない。実際に事実なのだから。
「というか、うちらを集めたのはそれを話すだけじゃないやろ?」
「「そうなの?」」
茜と楓の二人が同時に首を傾げる。それを見るだけでオレは頭が痛くなった。そんな話をするだけなら四人だけで集まらない。
中村はそれに気づいていたらしいけど、楓は天然なのか知らないが、平然と首を傾げている。
「『赤のクリスマス』でニューヨークを消し去った大罪人である海道駿や海道椿姫が生きているというのはお前らは知っていただろ。今回話すのはこれからだ。あの日、ニューヨークで死んだはずの人達が生きている可能性がある」
「そうやな。誰が生きているかわからんけど、転移術者やったら」
みんなの視線が同時に合った。そして、同時にオレ達の口が開く。
「「「「リーリエ・セルフィナ」」」」
若干ながらトラウマのある人物だ。昔、茜がリーリエ・セルフィナのことをおばさんと言った瞬間、言葉では語り尽くせない様々な威圧感を出された。
頑張って表現するなら、神の威光?
「生体兵器に関することはアリエル・ロワソに聞けば早いと思うよ」
「そっちは冬華に任せている。多分、あっという間に名前を列挙するんじゃないか? 生体兵器の科学者に関しては『GF』と『ES』の両勢力が非道な人体実験を行った罪として指名手配されることになっている」
アリエル・ロワソも指命手配に入るけど、そういう細かいところは慧海達が何とかするだろう。もし、国連が匿っているとするなら、国連を責めるには格好の標的と出来る。
「まあ、それを加えて、親父やお袋のことなんだけどな、ここだけの話。二人は茜を狙っている」
その言葉に茜に視線が集まる。茜は一瞬キョトンとした後におもいっきり首を横に振った。
「ありえないありえないありえないって。だって、私の核晶はお兄ちゃんの中にあるんだよ。今の核晶だと数時間が限界なのにどうやって」
「何か策があると思う」
あの時も言っていた。隼丸は愛娘へのプレゼントだと。確かに、弓での戦闘なら魔術さえ立派なら普通に戦えるだろう。
でも、確かに茜の核晶はオレの中だ。核晶自体は茜が返して欲しいと言わない限り返さないようにちゃんと決めている。もちろん、その時の言葉も。
「でもさ、お兄ちゃんが隠していた三つ目のレアスキルがバレたんだよね?」
「まあな」
オレは頷く。オレの三つ目のレアスキルの存在は何となくわかっていたらしい。まあ、核晶無くても動き回っていたからな。
そのレアスキルに関してはオレは未だにわかっていないことが多い。その一つとして、魔力粒子をどうやって魔力に転換しているのか。
それさえわかれば色々なことが出来るのに。新型エンジンとか新型発電機とか新型デバイスとか。
「私はすごく気になっていたんだけど、お兄ちゃんはどうして私の核晶を使えるの?」
「それは、茜の核晶が規格外だから」
「違う。確かに、私の才能は規格外だったと思うよ。お兄ちゃんもそれはわかっていると思うけど、私の才能よりも、私の核晶よりも、お兄ちゃんのポテンシャルが一番規格外じゃないのかなって思っているの?」
オレのポテンシャルが規格外?
確かに、あらゆる戦場で最大限の力を出せるというとてつもないメリットを持っているけど、ポテンシャルと言うほどじゃない。
というか、隠れてないような。
「まあ、他人の核晶は馴染まないって話は聞くけど、そもそも茜の場合は魔力容量が」
「私の推測なんだけど、お兄ちゃんのレアスキルが核晶に依存しているとするなら?」
「茜、ストップ。オレのレアスキルは『天空の羽衣』も『強制結合』も茜の核晶で」
「私はね、レアスキルについての話はそこそこ詳しいよ。多分、お兄ちゃんよりも。そもそも、レアスキルというのはよくわかっていないんだよ。だから、レアなスキルと呼ばれているの。まあ、そこはお兄ちゃん達も知っていたよね?」
「そりゃ」
「そうなんや」
肯定の言葉を口に出そうとしたオレを遮るように中村が感嘆の声をあげる。もちろん、それをオレ達はジト目で見ていた。
まさか、あの状況であんな言葉が出るなんて。
「あっ」
どうやら中村も気づいたらしく、顔を真っ赤にして背中を向ける。それを見ていた茜は小さく溜め息をついた。
「話を戻すよ。レアスキルがどこで発動してどこで作用しているのかはわかりにくいことが多いんだよ。例えば、お兄ちゃんの『天空の羽衣』とかは一番の謎かもね。どこで発動しているのかが特に」
確かに『天空の羽衣』はわからない。感覚的に言うならほぼ無意識に発動しているようなものだ。ただ、それを祈るだけで『天空の羽衣』は発動する。
その機能は折り紙付きだし、レアスキルのランクで言っても音姉の『歌姫』と同等のSランク。
「光の『炎熱蝶々』とか『物質投影』もかな。でもね、お兄ちゃんの『天空の羽衣』も含めて、推測はいくらでも作ることが出来る。確認する手段はあまりないけど推測は立てられる。でもね、お兄ちゃんの三つ目のレアスキルだけは推測が立たないの。そもそも、個人の魔力に干渉出来るレアスキルなんて存在していないし、そんなものが存在していたという記録もない。お兄ちゃんのものは完全に新しい土俵にポツンと一つだけ存在する完全なユニークスキルなんだよ」
確かにそうだ。慧海にもオレの新たなレアスキルについては報告した。だけど、返ってきた答えは困惑だった。
そんなレアスキルが存在するわけがないという困惑。
「脳が直接発動するわけじゃない。神経が発動するわけじゃない。魔力のバイパスが発動するわけじゃない。他のレアスキルの発動場所の可能性は却下出来る。そうなるとね、ありえない。お兄ちゃんのレアスキルは」
「じゃ、どうしてオレのレアスキルはあるんだ?」
そこまで否定されたならむしろ聞きたくなる。発動場所なんて考えたこともなかったし。
「お母さんやお父さんは私に最初から目を付けていたのは確かだと思う。でもね、もしかしたら、お兄ちゃんに目を付けたかもしれない。お兄ちゃんのレアスキルが本当の核晶に依存している可能性があるから」
「ちょっと待て」
オレは茜の言葉を止めた。それはかなりややこしい事態ではあるが、推測は立つ。確かに、向こうに元アリエル・ロワソ一派がいるとするならありえない話じゃない。
茜の核晶がオレに馴染んでいるのは相性がいいからだとオレが思っていたように親父達も思っていたなら?
「親父達はオレの核晶を持っている?」
「推測だけどね。私を狙う以上にお兄ちゃんを狙うかもしれない。その能力が核晶依存なら、お兄ちゃんを狙う」
「はっ、なら、好都合だ」
オレは笑みを浮かべた。その推測が正しいなら本当に好都合だ。
「オレ達のやることは単純明快。親父達を捕まえてオレの核晶を取り戻し、茜に核晶を返す。簡単だろ」
「周くんが言うと本当に簡単に聞こえるね」
「なんでやろな」
「それがお兄ちゃんパワーだよ」
気づけばいつの間にか日は沈んでいる。いろいろと考えていたからかいつの間にか時間が過ぎたようだ。
「楓、中村。そろそろ帰るぞ」
「あっ、お兄ちゃんだけ先にロビーに言ってくれないかな? 女の子同士で会話したいから」
「そんなに長くなるなよ。帰ってからも仕事があるんだからな」
別に止めるほどの予定も無かったのでオレは先に茜の病室から出る。そして、小さく息を吐いた。
もし、親父達が核晶を持っているなら好都合だ。オレはそれを取り返せばいいだけ。そして、ようやく核晶を茜に返せる。
「さてと、気合いを入れ直しますか」
周が去った病室。その中で三人は向かい合っていた。
「私は何も出来ないから、お兄ちゃんをお願いね」
「わかってる。海道はうちらがちゃんとサポートする」
「うん。周くんはあの日、私達を救おうと、守ろうとした。それを私達は忘れてないよ。だからね、私は強くなったんだよ。いつか、私が周くんを守るために」
そう言う楓の目には決意が溢れている。そして、その決意は並大抵以上のことが起きても消えることはないだろう。
それは楓が本当にしたいから。
「そうやな。海道ならうちらがいなくても何でもするやろうけど」
「でも、周くんにも無理はある。だから、私達がいるんだよ」
みんなが頷く。楓の言葉を聞いた茜は笑みを浮かべた。その笑みは周とどこか似ている。
「お兄ちゃんをお願いします」
「「任せて」」
茜の声は確かに二人に聞き入れられた。
茜の暇つぶしは勉強です。兄妹って似ますよね?