第百十三話 記憶の終わり
『赤のクリスマス』の光景はこれで終わります。
目を覚ましたそこには誰もいなかった。いや、違う。いる。二人、倒れている。
オレはそれがわかっている。でも、当時のオレはそれがわからずただ呆然としていた。
思いだしているのはどうして楓がいないのか。そして、どうして、誰もいないのか。
「天罰、なにかな?」
オレは小さく呟く。誰もいなくなって欲しいと思ったに違いない。だから、誰もいなくなった。だから、誰も傍から消えた。この燃え盛る街で誰も、いない。
オレの口から出るのは笑い声。思い出しただけでも自分の人生は歪んでいるとわかる。たった六歳の子供が、ここまで歪んでいるなんて。
「あはは、ははははっ。僕が、待ち望んでいた世界。誰も、僕をさげすんだ目で見ない世界。嬉しいのに、嬉しいのに」
でも、そうは言っても、オレは人の子だったようだ。
「どうして、こんなに悲しいのかな?」
わからない。自分のこの感情がわからない。当時のオレはそうだったに違いない。でも、今のオレならわかる。
当時のオレは両親に見てもらいたくて必死だった。でも、親父やお袋が見ていたのはいつも茜だけ。最強の魔術師になれると言われた茜だけ。だから、様々のことを頑張った。頑張って、そして、見てくれたのは茜、楓、光の三人だけだった。
オレは人が恋しかったのだ。自分の頑張りを褒めて欲しかったのだ。歪んでいる。その考え方から実行していることも歪んでいれば、こういう今の状況も歪んでいる。
その時、誰かのうめき声が聞こえた。オレはすかさず立ち上がり、周囲を見渡す。そこには倒れている茜と光の姿。
オレはすかさず二人に駆け寄った。
「茜! 光!」
多分、この時は安堵していたのだろう。オレは二人に駆け寄った。
光の怪我の具合はあまり酷くなく、代わりに茜の怪我の具合はかなり酷かった。お腹に穴があいておびただしいくらいに血が出ている。
死ぬ。茜が死ぬ。大事な茜が死ぬ。両親から見られている茜が死ぬ。僕を見てくれて慕ってくれている茜が死ぬ。
この時、オレの頭の中には茜が死ぬかもしれないことしかなかった。だから、オレは茜を助けることだけを考えた。見捨てることなんて選択肢に無かった。だって、オレは茜のお兄ちゃんだから。
治癒魔術を展開する。でも、核晶の無い自分の魔力なんてたかが知れているから治癒なんて全く進まない。だから、オレは祈った。
茜を治すくらいの魔力が欲しい。茜を救うくらいの魔力が欲しい。大事な妹を守る力が欲しい。
その時だった。オレの体に急に魔力が現れたのが。多分、この時に初めて、これが最初で今現在中最後の三つ目のレアスキルの完全開放だったのだろう。
膨大な魔力を用いた強制的な治癒。これは、治癒魔術の中で最も危険であり、最も最速で治癒が可能なものだった。その危険をオレは知っている。知っているからこそ、それを回避する手段をオレはいつの間にか覚えていた。理由はわからない。だけど、オレが行ったの奇跡と言ってもいい所業だろう。
茜を治し、光を治す。この時にはレアスキルが切れていたのかオレの体には心地よいまでの疲労があった。
「これで」
「出来そこないがそこまでの掘り出しものだったとはな。能ある鷹は爪を隠す、ということか?」
その言葉にオレは振り向いていた。そこにいるのは親父とお袋の二人。
「お父、さん」
そう言えば、この時はまだお父さんって人前や本人の前では呼んでいたよな。だから、とっさにそう言う言葉が出たのだろう。
だけど、返ってきた言葉は完全に予想外だった。
「出来そこないがその名を呼ぶな。お前みたいな奴の父だと思うと虫酸が走る」
「えっ?」
「化け物め。こんなことならお前を生まれて過ぎに事故に見せかけて殺しておくべきだった」
「お父さん?」
その意味がわかる当時のオレからすればそれは絶望的な言葉であり、多分、オレの力を完全に把握していたらならあの状態になっていただろう。それほどまで衝撃的だった。
オレは後ずさる。もちろん、ちょうど後ろにいた茜の体に足を取られてその場に倒れ込んだ。
「化け物は化け物らしく、この世に痕跡がないように消し去ってやろう」
「いやっ、いやっ!!」
「大丈夫だ。痛くはしない。我が息子だ。気晴らしに一瞬で消し去ってやる」
親父の手のひら炎が生まれる。オレはそれを見つめていた。動けない。体は完全に硬直しているし、なにより、言葉が衝撃的すぎて動くことが出来ない。
だが、親父の動きは完全に止まる。何故なら、オレを中心に、いや、茜を中心に魔術陣が展開されたからだ。
「お兄ちゃん」
茜の声。それと共に、オレの目の前に綺麗な結晶が差しだされる。蒼く、青く、碧く、どこまでも澄んだ綺麗な結晶。まるで、茜の心を表しているかのような綺麗な核晶だった。
「受け取って。そして、パパをぶっ飛ばして!」
その言葉に、オレは核晶を受け取った。
本来、他人の確証は自身には必ず合わない。だから、いろいろなところが劣化するのだ。だけど、オレ達は少々違っていた。
茜は元々最強になれると言われるほどのキャパシティを持つ存在。そして、オレは核晶がなくても平然と動ける存在。
オレは力任せに魔術を展開した。オレが使える魔術は少ない。だけど、数少ないからこそ、必死に練習した魔術の質は茜にも負けない。
使う魔術は純粋な魔力を固めて放つだけの初級の砲撃魔術。だが、それは予想以上の魔力を得て強力な砲撃となった。だけど、親父の前では簡単に受け止められる。
「貴様、出来そこないの欠陥品のくせに大事な娘の核晶を」
「ねえ、お父さん。僕がどんな気持ちで生きていたからわかる? わからないよね。お父さんはずっとうごい人だった。でも、お父さんは僕のことなんて見ていなかった。見ていたのは茜の才能だけ、だよね?」
「貴様に何がわかる? お前のことがわかった時の絶望の何がわかる!? お前達のせいで俺達は一年間を無駄にしたのだ!! お前達がいるから、俺達は一年間を失った。だから、殺す。お前を、この手で」
「あなた、今、あの出来そこないを殺せば核晶は一生回収できないわ。それに、今の茜は確実に受け取らない」
親父の顔が苦痛にゆがむ。やっぱりだ。やっぱり、親父はオレや茜そのものを見ていたんじゃない。見ていたのはその才能。自分達の血がどれだけ濃く受け継がれているか。その一点だけだったのだろう。
だから、平然と殺すとか、無駄になったとかいう。まるで、自分達の子供には感情が無いかのように。
「お父さんが、これを起こしたんだよね」
「なっ」
「そうじゃないと、すぐに避難しようっていうもんね。お父さんの目的はなんなの? 僕達を産んだ理由はなんなの? どうして、僕を産んだの?」
「お前を産みたくて産んだわけじゃない」
「僕だって、産まれる親を選べるわけがないじゃないか! どうして、そんなことを」
その時の親父の表情はどこか悔しそうだった。そして、オレを睨みつけてくる。
「お前にはわからない。わかってたまるものか! この気持ちをな! こいつの記憶を封印しろ」
そう言って親父はオレに背中を向ける。お袋はオレをまるでゴミを見るかのように睨みつけ、そして、手のひらをかざした。
「あんたなんて、産むんじゃなかった」
その言葉を最後の『赤のクリスマス』の記憶が途切れる。次に目を覚ましたのは病院のベットの上だった。そして、その病院で、その時の記憶を全て失ったオレに対して茜は笑顔で言った。
「お兄ちゃんが、私の核晶を守ってね。私なんかよりも、お兄ちゃんの方が絶対に役立つから」