第百十二話 統合
「遅かったな」
オレ達が施設の外に出ると、そこには近くの壁にもたれかかっている慧海の姿があった。
オレは呆れたように溜め息をついて慧海を見る。
「仕方ないだろ。エンペラー、魔科学時代の遺産が道を塞いでいたんだから」
「なるほどね。駿達が脱出してから展開したんじゃないか?」
「見たのかよ」
慧海の顔には驚きがあまりない。つまり、生きていたことを知っていたんだろうな。
オレは慧海を見る。そして、尋ねた。
「いつからだ?」
「最初から疑っていたさ。よく考えてみろよ。世界最強の肩書きが、あんなところで死ぬと思うか?」
「なるほどね」
それなら納得出来る。世界最強は文字通りの肩書きだ。今の最強の魔術師はアルだが、それを超える親父なら『赤のクリスマス』で生き残らなかった方が不思議だ。
そして、親父が犯人だとわかった以上、あの日を生き残った数はさらにいるだろう。つまり、共犯者という意味で。
「この事は世界にバラすか? バラせば、面白いくらいに世界が反応するぞ」
「いや、これは切り札だ」
「切り札? ああ、なるほど」
一瞬キョトンとした慧海だが、すぐにオレの言いたいことがわかったらしい。楽しそうに笑みを浮かべながら頷く。
「諸刃の剣だぞ」
「なあ、慧海。学園都市を守るために自分の地位を捨てることは間違っているか?」
「命を捨てると比べれば大正解だ」
オレの親父とお袋が生きている。これは世界に知られていないオレ達だけの切り札だ。この切り札はとある状況以外は使えないが、最悪の状況なら親父達はそのカードを切るだろう。
なら、オレも切り札を持っていなくてはならない。
このカードを切るということは、下手をすれば身を滅ぼしかねない。だけど、
「親父やお袋はオレがこの手で捕まえる。過去を断ち切るために」
「そうだな。お前らなら絶対に出来る。頑張れよ」
「ああ」
オレは慧海に背中を向けて歩き出す。亜紗もオレの横に並んで歩き出した。
『周さん、切り札ってどういうこと?』
オレの頭の中に亜紗が語りかけてくる。内容が内容だからこういう会話にしているんだろう。
オレは軽く苦笑した。
今は秘密な。使わない可能性の方が高いから。
『そうなんだ。わかった』
オレの回答に亜紗は納得したように頷いた。亜紗は結構、オレの言う事は無条件で信じる。信頼されているのもあるけどな。
オレからすればかなりありがたい。そして、まるで妻のようにずっと近くにいてくれるのも。時にはストーカーまがいのこともされるが。
「目で会話。熟年夫婦だな」
「誰が熟年夫婦だって、何でお前がいるんだ?」
降りかかった言葉に振り返りながら返すと、そこには悠聖と悠人を新たに含むみんなの姿があった。
全員が戦闘を行ったらしく、戦闘服のいたるところを何らかの理由で汚している。
「慧海さんに呼ばれててな、ちょうど来たってわけ。それにしても、厄介な奴らを相手にしちまったな」
「厄介な奴ら? 『悪夢の正夢』の奴らのことか?」
「そうそう。今も話し合っていたんだけど、腰を落ち着けて話さないか? オレが聞いただけでもヤバいってだけは簡単にわかる」
悠聖は後ろにある建物を指差す。そこにあるのはレストランレノア。
あそこなら腰を落ち着けて話せるだろうが、人に聞かれたくない話があるからああいう場所は勘弁してもらいたい。個室ならわからないように結界が張れるが、そんな都合のいい場所はまずないだろう。
「あっ、個室は取ってあるから安心しろよ」
「準備いいな、おい」
オレは呆れて溜め息をつくしかなかった。
レストランレノアの個室。そこは恐ろしいことに防音などの様々な加工が施された場所だった。呆れるほど様々な加工が施されている。
しかも、今のメンバー総計九人だ。それがゆったりと座れるくらいの広さ。
オレは小さく溜め息をつきながら結界を展開する。結界と言っても声を結界外に漏らさないようにするためのものだ。ちなみに、盗聴器はアルが探している。
「盗聴器はないようじゃな。ふむ、学園都市にもこういう個室をたくさん作ればいいのに」
「需要ないからな。とりあえず、全員が何らかの敵と出会い、戦ったってことでいいよな」
オレの言葉に亜紗を除く全員が頷いた。戦ったのは親父の関係者だろう。あまりたくさんいないとは思っていたけど。
「じゃ、オレとメグからいくな。オレは途中からだったけど、メグが戦っていたのは炎使いの男」
「焔の鬼か」
親父達の仲間の一人に焔の鬼がいる。ただ、メグがよく生き残っているよな。聖骸布のおかげか?
「その相手でみんなに話があります」
メグがおもむろに立ち上がった。その表情にあるのは何だ? まるで、申し訳なさそうな顔だ。
「私が戦った相手。お兄ちゃん、北村信吾でした」
オレは一瞬、メグが何を言っているかわからなかった。メグの兄が焔の鬼? でも、メグの兄は死んだんじゃないのか? 生きているのはありえない状況で行方不明になったんじゃ。
「周、言いたいことはわかるよ。でもね、あの人はお兄ちゃんだった。ちゃんと、お兄ちゃんだったよ。誰かに操られているわけじゃなく、お兄ちゃんだった」
オレは小さく息を吐いた。
信じられないという気持ちは少ない。何故なら、親父やお袋が生きていたのだ。死んだはずの人が生きていても不思議ではない。
「後、そいつに流動停止が効かなかった。能力はわからないが、流動停止を打ち破るくらい強力な力みたいだ」
「流動停止が効かないってのが眉唾ものなんだが。都達はどうなんだ? 戦ったのか?」
「私達は足止めされた方よ。転移術者だっけ。40は過ぎたおばさんよおばさん」
「はい。かなり稀有な転移術を操る術者でした。攻撃が見えないと言った方が正しいですね」
そんな転移術者、今の『GF』には存在しないし、そんなレベルとなると故人しか候補がいない。それでも候補に出来るなら『赤のクリスマス』の犠牲者。その中にちょうど年齢が一致する人がいる。
まあ、親父やお袋が生きていたし、共謀していたと考えればいいか。
「なるほどね。大体の規模はわかってきたな。アルや由姫は?」
「我と由姫の二人はシリーズと戦っておった」
「シリーズ?」
何かのチーム名だろうか。
「生体兵器のチーム名」
アルの言葉にオレと亜紗の二人は目を見開いていた。
もちろん、生体兵器という言葉に反応したからだけど、それを作り出せる技術を親父達が持っているということになる。つまり、生体兵器を量産出来る状態なのだろう。
どうやって不可能な部分を乗り切ったのかわからないけれど。
「信じられぬとは思う。じゃが、相手の一人、タイプ03がそう宣言した以上、信じる方がいいじゃろう。我らが見たシリーズはタイプ01からタイプ03まで。01は近接格闘型。02が高速戦闘型。03が魔術師型じゃ」
「特化型か。問題がどんどん増えて行くな」
「次は僕が言いますね。純白のコートに身を包んだフュリアスとエンカウントしました」
顔が引きつるのがわかる。純白のフュリアスと言えば浩平に別ルートから追ってもらっている者だ。いくつかの噂話の収集しかできなかった存在が現れたということか。エンカウントしたということは悠人が戦っているし。
「戦闘力は僕よりも下ということは確かですが、リリーナや鈴では苦しいクラスだと思います」
「ルーイレベルか。つか、この場で出てきたってことは奴らに関係あるだろうな」
オレは小さくため息をついた。多分、これでみんな言っただろう。だから、次はオレの番だ。
「じゃ、次はオレだな。まず、アルに連絡。ここの施設の中に隼丸があった」
「本当か!?」
アルが立ち上がる。だが、オレの顔を見て喜んでいられる状況ではないと悟ったらしい。すぐさま立ち上がってオレを見てくる。オレはそれに対して頷きで返した。
「本当だ。ただ、隼丸は『悪夢の正夢』達の手に落ちた。そして、『悪夢の正夢』がわかった」
「正体がわかったのか?」
悠聖が驚いたようにオレを見ている。そして、何かに気づいたように手を唇の元にやっていた。
何度も頷いていることから多分、悠聖も気づいたのだろう。親父達に。
「なあ、周。話したくないらならいいんだが、『赤のクリスマス』の犠牲者の中に、『GF』にいた高位の転移術者がいたよな? 女性で20代後半の」
「ああ。悠聖、気づいたか?」
「不思議だったんだ。最初に不思議に思ったのは、お前が『悪夢の正夢』関連の事件にかかわった時、必ず過去の悪夢を見ていたということ。そして、偶然の一致とは思えないくらいにメンバーが集まっていること。メグの兄も参加していたことから一つ考えられるんだ。なあ、お前の両親は本当にあの日に犠牲になったのか?」
「悠聖さん! 兄さんにそんなことを」
「由姫ちゃんは黙っていて。聞きたいんだ。あの日、何があったんだ? お前は、覚えているのか?」
その言葉にオレは小さく頷いた。そして、レヴァンティンをテーブルの上に置く。
「これから話す内容はオレが許可するまで他言無用で頼む。オレが思いだした、あの日の真実を」
次で『赤のクリスマス』の時の話は終わります。