第百七話 『悪夢の正夢(ナイトメア)』の正体
ついにボスの名前が公開です。気づいていた人も少なくないはず。
レヴァンティンモードⅢを握り締めて前に駆ける。
このレアスキルはどんなものかは実はオレもわかっていない。わかっているのはこの能力によって核晶が無くても動き回れることだ。
それ以外は実戦ではほとんど使っていない。使う機会がないからだ。この能力は通常の魔力があれば十分に補えるものだ。
唯一、別の使い方が出来るのはこの剣に魔力を纏わせることだけ。
「その力は、一体、何なんだ!?」
『悪夢の正夢』がオレに向かって雷属性の魔術を放つ。それに対してオレはレヴァンティンを合わせた。
レヴァンティンモードⅢと雷撃がぶつかり合った瞬間、雷撃が一瞬にして消え去った。代わりに、レヴァンティンモードⅢを包んでいた魔力が少しだけ減少する。
この効果の副産物は、レヴァンティンの能力のように魔術を打ち消すものだった。そのため、魔術に合わせることで何の魔力消費もなく打ち消せるおかしな技が出来る。
ただ、使いにくいけど。
この時に魔術の中心を捉えないと打ち消せない。さらに、数で来たなら押しきられる。そして、拡散系の魔術には通用しない。
ほんの一瞬、実験のごとく使用していてわかった能力の一部だ。
一番のデメリットは『天空の羽衣』と併用出来ないという点だろう。『天空の羽衣』を展開中にこの能力を使えば『天空の羽衣』自体が魔力に分解される。
オレは前に踏み出しながら右手に持つレヴァンティンモードⅢを振り切った。だが、『悪夢の正夢』はそれを軽々と避けて、代わりにナイフを放ってくる。
それを弾き、嫌な予感が背中を襲った。
オレは『悪夢の正夢』から視線を外さずに横に跳ぶ。すると、ちょうどオレがいた位置を槍が貫いた。
「避けられた?」
槍をもつ『現実回避』の女は少し驚いたような顔になっている。おそらく、亜紗との戦闘中に狙っていたのだろう。だから、亜紗からの警告は無かった。
「やっぱり、近接は強いな」
オレはボソッと呟きながらレヴァンティンモードⅢを握りしめる。
一対一には出来たものの、相手を分断したというよりはこちらが分断した方が正しい。
オレならともかく、亜紗は少し熱くなりやすい部分がある。そのため、亜紗が攻撃に専念する時は苛烈だが周りがあまり見えなくなる。その特徴を『現実回避』は掴み、使ってきた。
全くなまっていないじゃないか。表どころか裏からも姿を消していたというのに。
「厄介にもほどがあるっての」
オレは小さく溜め息をつく。『悪夢の正夢』と『現実回避』が合流したのでオレと亜紗も合流する。
『まさか、隼丸があの人達に従うとは予想外ですね』
「隼丸もレヴァンティンと同じように話せるのか?」
『私やアル・アジフみたいに万能ではありませんが、意思疎通なら可能ですよ。ですが、まさか、『悪夢の正夢』達に従うとは思いませんでしたから』
「そりゃ、『悪夢の正夢』達も最終的にはオレ達と同じだからな」
レヴァンティンモードⅢを通常のレヴァンティンに戻し、鞘に収め腰を落とす。
それだけで向こうは通じるだろう。白百合流の紫電一閃。命名理由通りのまるで紫電がほとばしるような速度で抜き放たれる高速の抜刀技。
多分、白百合流で一番有名で、白百合流以外を含む技の中で出が最速かつ、高威力の使い易い剣技。
「あいつらの最終目的は世界を救うこと。そうだろ、『悪夢の正夢』」
「ほう。頭はだけは賢いようだな」
「これまでの経歴をあんたらは知っているだろ。オレは二回、世界を救うために動き出した集団から戦った」
「そうだな。確かに、お前は戦った。だが、それは世界を滅ぼす可能性を内包していると思わなかったのか? 魔界の支配による滅びからの脱却。人間のクズを使って滅びを乗り切る。どちらも、今のままよりかは遥かにいい。世界が滅びる一端はお前達に」
「そんなので乗り切って、待っているのは混迷の世界だ」
もし、その二つのどちらかによって世界が救われても、その後の世界にたくさんの火種を残したままになる。もしかしたら、世界大戦になるかもしれない。
ほぼ百年前の世界大戦は英雄達が死に物狂いで戦い、終わった。しかし、その戦いも実は滅びから救うためだったりもする。
世界大戦は一時的に文明のレベルを下げる。もし、それが取り返しのつかないレベルにまでなったら文明は崩壊だ。多分、それを狙ったのだろう。
「そんなことは守れたとは言えない。今のまま、滅びを乗り切るのが一番だ」
「馬鹿げた事を。このままだからこそ、世界は滅ぶ。だったら、世界を大きく変えれば」
「方法はある。いや、世界間ではもっといい関係を目指せるかもしれない」
「どういうことだ?」
『悪夢の正夢』の顔色が変わる。オレは一世一代の賭けをするかのように気合いを入れた。
多分、心の底では戦いたくないと思っているんだろうな。
「オレは滅びがどういうものかわからない。わからないからこそ、オレは推測を考えた。みんなの行動を見ている以上、滅びのトリガーは文明。そして、戦力があればどうにかなる可能性がある。だったら、総力戦だ」
「そんなことは最初から」
「人界が、音界が、魔界が天界が主導権を握るんじゃない。文字通り、世界同士で結束するしかない」
「絵空事だ」
「だが、その絵空事が無ければ世界は救えない」
人界と魔界、音界の仲はいい。だが、魔界と音界、音界と天界、天界と魔界の関係は最悪だと言ってもいい。
その理由として、魔界と天界は今の領地以外の領地が欲しいという思惑があるからだ。案外知られていない理由でもある。
その格好の標的が音界だ。まあ、悠人繋がりで音界と魔界はかなりマシになってはいるが。
そんな状態で協力出来るとするなら、それは本当に絵空事に近いことだろう。でも、それくらいしないといけない。
「そうだな。確かにそうだ。しかし、周。それは不可能だ」
「やってもいないことを不可能なんて言うんじゃねえ! 今の関係は慧海達第一特務の存在によって保たれている。だったら、オレ達が動いて世界を動かすしかないんだよ。第一特務が壊滅した瞬間に世界が滅亡へ向かうなんて嫌じゃないか」
「子供だな。まだ、世界を理解していない」
「あの日からずっと隠れていたあんたらには言われたくないな。そうだろ。あんたはあの日、『赤のクリスマス』の日にテロを起こした。それは、あんた達の存在を隠すため。『赤のクリスマス』で犠牲になったと思わせるため。そして、策は成功した。一つを除いてな」
オレの頭の片隅にはあの日の光景が思い浮かんでいる。それは、思い出すことの出来ないパーツの最後の欠片。
「最強の魔術師となりえる才能を持った茜だ。本当なら、自分達の手で回収するつもりだった。だけど、茜はオレに核晶を渡した。他人の核晶を強制的に排除すれば、その核晶自体が壊れる可能性がある。だから、お前達は退いた。姿を隠すために」
「ほう、何故、そう思う?」
『悪夢の正夢』の顔に笑みが浮かぶ。この状況を楽しんでいるのか?
「もう、いい加減芝居は止めたらどうだ? 『悪夢の正夢』。いや、海道駿!!」
その言葉に亜紗がこっちを振り向くのがわかった。『悪夢の正夢』がさらに笑みを浮かべる。
「根拠は?」
「今までの言動だよ。お前はオレを知っているようだった。つまり、オレと認識のある奴以外はあり得ない。そして、その能力。『悪夢の正夢』と『現実回避』のユニークレアスキルとも言えるものが二つ同時にあることはおかしい。そうなんだろ。親父、お袋」
「しかし、それでは決定打とはなりえない。もう一つ、根拠があるんじゃないか?」
オレは頷いた。そして、目を瞑る。あの時の光景は簡単に思いだすことが出来た。オレと相対する親父とお袋の姿が。オレはレヴァンティンを『悪夢の正夢』に向ける。
「親父とお袋が生きている。それを知っているからこその発言だ。そうだろ、『赤のクリスマス』首謀者海道駿!」
「まさか、欠陥品がここまでとはな」
『悪夢の正夢』の手がフードにかかり、フードを脱ぐ。そこにあったのは写真の中の親父から年を重ねたらそうなるであろう姿。
「嬉しいぞ、周」
「あんたに褒められても嬉しくないさ」
オレはレヴァンティンを握り締め、腰を落とした。
海道周の過去を断ち切る物語はこれからが本番です。