第百五話 神速の翼
途中で過去話入ります。
エスペランサのエクスカリバー専用整備ブース。
他のフュリアスとは違い、エクスカリバーの通常形態は戦闘機型。ソードウルフよりかはスペースは取らないが、エクスカリバーは専用の整備ブースで整備をしないといけない。
その整備ブースでは何人もの技師がエクスカリバーの最終チェックを行っていた。
「大丈夫です。行けます」
そのエクスカリバーのコクピットに乗る悠人がコクピットに近寄っていた技師の一人と会話をしていた。悠人の言葉に技師は頷く。
「わかった。全員、待避! 今からエクスカリバーが出るぞ!」
その言葉に技師の人達が慌てて離れて行く。悠人はエクスカリバーのコクピット内で小さく息を吐いた。
悠人が今着ているのはいつものピチピチのパイロットスーツではない。悠人専用のパワードスーツだ。ただし、エクスカリバーに乗る時専用のパワードスーツで衝撃緩和以外の防御性能はない。
悠人はまた小さく息を吐き、パワードスーツに包まれた手でレバーを握りしめる。
「アル・アジフさん、周さん、無事でいて」
「えっ? 常にエクスカリバーで待機ですか?」
僕は周さんの言葉に驚いていた。周さんは呆れたような表情で頷く。
「今のエクスカリバーZ1は未だに戦闘経験はないけど、最高速度と機動性だけは一番だろ? ここから狭間市までものの数分で到着出来る」
「そうですけど」
「連絡はオレかアルが行う専用回線で繋げる。出撃要請が出たらすぐに準備して欲しい」
「一つ、いいですか?」
僕は周さんに向かって手を挙げる。周さんは僕が質問してくるとわかっていたからか小さく頷くだけだった。
「周さんは何を心配しているんですか? それは、アル・アジフさんに関することですか?」
「ああ。狭間市は学園都市ほどの戦力はない。もしかしたら、オレ達が狭間市に行くのを狙って襲いかかってくる集団がいる可能性もある」
「『悪夢の正夢』ですね」
僕の言葉に周さんは頷いた。
学園都市内部ということで僕達フュリアス部隊はあまり関わりはないけど、今、第76移動隊が相手をしている『悪夢の正夢』を代表とする集団。
自惚れじゃないけれど、僕みたいなパイロットを待機させるような相手なんて数少ない。
音界のルーイ達か『GF』の第一特務。そして、『悪夢の正夢』を代表とする集団。
「オレ達は全力を尽くす。だけど、狭間市ということで都達やアルに由姫は挨拶まわりをするんだ。直接向かうのはオレ、亜紗、メグの三人。みんな、普通の相手だと大丈夫だと思うけど、『悪夢の正夢』達が幻想種やフュリアス部隊を出してきた場合、対処しづらいはずなんだ。その時は、頼めるか?」
周さんの言葉に僕は笑みを浮かべた。
「じゃ、帰ってきらた整備班のみんなや第5分隊のみんなを連れてご飯、奢ってね」
「ちょっと待て。整備班を加えたら百人近くになるじゃないか」
整備班は第76移動隊所属ではなく、近くの専門学校生や『GF』が派遣する学園都市の技師達の集まりだ。第76移動隊ではあまりたくさんいないが、それでもかなりの数になる。
僕を待機させるということは整備班も待機させるということ。だから、そうしないといけない。
「ったく、わかった。焼き肉くらいなら奢ってやるよ。その代わり、何かあった時は必ず来てくれ」
「うん」
僕は頷く。今まで僕達は第76移動隊の中にいながら完全に蚊帳の外だった。でも、今回はようやく入ることが出来る。
もし、アル・アジフさんを狙う奴らがいるなら、僕は赦さない。
「任せて。ほんの数十秒で全機倒すから」
数十にも及ぶ展開されたフォトンランサーが女性を狙う。しかし、そのフォトンランサーは不自然に軌道を変えて地面に突き刺さった。
都はすかさず断章を構えて魔術陣を展開する。
「どうして当たらないのよ!」
魔力を編み込んだ糸である頸線を琴美は飛ばすだが、その頸線も軽々と女性は避けていた。
「そんな小さな攻撃、当たらないもの」
都が放った収束系の魔術も簡単に回避する。いや、簡単に魔術が回避する。
何かを行っていることはわかっても、その何かがわからない。
「指向系魔術、氷属性ですか?」
都が断章を握りしめて地面を蹴る。女性はそれを一瞥した瞬間、都の体が宙を舞った。まるで、見えない力で投げ飛ばされたかのように。
都は上手く着地する。
「惜しいわね。でも、私はそこまで複雑な術式は使えないもの」
「使えないわりには回避力は高いわね」
琴美が手に持つ槍を握りしめる。都と琴美の二人は膨大な量の攻撃を行っている。でも、一つも掠ってすらいない。
「今はあなた達の足止めばかりしているからよ。攻撃も行えば、さすがに捌けなくなる」
「指向系ではなく、攻撃を捌く能力ですか。大体、見えて来ました。でも、底が見えませんね」
「ここで見せても意味はないわ。今はあなた達を足止めすればいいだけだから。あそこに行かせないように」
女性が指差した方向をチラッと都は見た。そして、慌てて振り返る。
そこには十数機ものフュリアスがあったからだ。
「さすがにシリーズと最新のフュリアスがいれば、拘束も容易いはずよ」
「シリーズ? 最新のフュリアス? あなたは何を」
声を上げていた琴美を都は手で制した。そして、断章を下ろす。
「琴美。今は静かにしておきましょう。いくら攻撃に出ても私達は傷一つ負わせれません。ですが、色々とわかりました」
都は真っ直ぐ女性の目を見る。
「あなたは『悪夢の正夢』一味ですね」
「根拠は?」
「あのフュリアスは国連が開発した最新型のフュリアス。試作機が一機盗まれたと話を聞いていましたが、実は、国連が裏経由で『悪夢の正夢』一味に送っていた方が辻褄が合います」
「そんな話は初めて聞いたわよ」
琴美が呆れたように都を見る。都はクスッと笑みを浮かべた。
「多分、『GF』でその情報を持っているのは私だけだと思います。あのフュリアスはLNF-15アサルトですよね?」
「都って視力良かったっけ?」
琴美がフュリアスの方を見ながら呟く。都の言葉に女性は答えない。
「私達を狙う組織。そして、国連をバックとする組織。そんなものは『悪夢の正夢』一味しかありません」
「どうかしらね」
女性は薄く笑みを浮かべるだけ。対する都も薄く笑みを浮かべていた。その中で琴美は千春の墓に向かい合って正座をしていた。
「千春、あの二人をどうにかしなさいよ」
「フュリアスですか」
由姫が小さく呟いた。いつの間にか由姫とアル・アジフの周囲にはフュリアスの姿がある。
背中にあるバックブースターと頭にある特徴的な狐耳のような通信用アンテナ。国連の機体であるということは一目瞭然だった。
「ふむ、LNF-11ティアラよりも飛行に特化したタイプみたいじゃな。最新型かの」
「アル・アジフさんも知らないんですか?」
「確かに、我はフュリアスに関しては物知りじゃが、我らに対し秘密主義の国連機を知るほど人脈も広くはない。知っているものがいるなら、それは国連関係者じゃろう」
フュリアスの手に握られているのは通常のエネルギーライフルじゃない。エネルギーバルカンと呼ばれる鎮圧用の武器だ。
威力は低いが弾幕を張ることに特化しており、フュリアスには効かないものの生身の人間が相手なら当たるだけで気絶させられる威力がある。
その銃口が二人を狙っていた。
「アル・アジフさん、耐えれますか?」
「難しいじゃろうな。エネルギーバルカンの威力は我の障壁魔術では砕かれる。そなたの重力魔術と共になければの」
二人はお互いに魔術を展開していた。アル・アジフは障壁魔術を。由姫は重力魔術を。この二つの布陣はある意味絶対防御の一つだった。
だが、防御だけではどうにもならない。
「歯がゆいですね。このままだと完全に布陣を組まれてしまいます」
障壁魔術と重力魔術の外ではいつの間にか現れたローブの人達が二人を囲んでいる。その数は約三十。二人からすればかなり厳しい状況だ。
「そうじゃな。もし、向こうが十五秒以内に行動に移ったらマズいの」
アル・アジフの言葉に由姫は驚いた。だが、アル・アジフは口を開き、数字をカウントする。
「十」
周囲は誰も動かない。いや、何かの準備をしているみたいだ。何かはわからないが由姫の視界からは何かの魔術だと判断する。
「七」
それでもアル・アジフはカウントを進める。その口に浮かんでいるのは笑み。
「五」
まだ動かない。いや、動く。二人を囲むようにしていたローブの人達が一斉に杖を構えた。
「二、一」
アル・アジフのカウントが無くなった瞬間、周囲にいたフュリアスの内三機が同時に爆発した。爆発したと言っても頭を撃ち抜かれて機能停止になる。
「なっ」
周囲から響く声。それに対してアル・アジフは今にも口から笑い声が出そうな状況になっていた。
「ようやく来たの。最終兵器が」
それは、エスペランサからエクスカリバーが発進してからたったの三分の出来事だった。