第百四話 隼丸
隼丸。
その名前はアルの口から聞いたことがある。
アルが探し求めるオーバーテクノロジー産物の武器。その内の一つが隼丸だ。
他にはオレのレヴァンティン。孝治の運命。アルのアル・アジフ。そして、デュランダルに七天。デュランダルと七天、そして、隼丸は今まで場所がわからなかった。その隼丸がここにある。
オレ達はレヴァンティンの指示に従いながら通路を駆け抜ける。
『隼丸は可変機能を持った弓です。一芸特化のアル・アジフ、デュランダル、七天、運命と違い、隼丸は状況に応じて使い分けることで真価を発揮する武器です』
オレ達の頭の中でレヴァンティンが隼丸について解説してくる。亜紗にもある程度、アルが集める武器について説明しているのでわからないことは今のところないはずだ。
つまり、レヴァンティンと同じということか?
『私よりも万能性は低いです。そもそも、私をマスターみたいな複数の形態にして状況に応じて使い分けつつサポートしてもらう、という使い方をされたのはマスターが初めてですからね。私の場合は他の能力の一芸特化とは違い、マスターをサポートする能力がずば抜けて高いだけです』
高すぎるのもどうかと思うけどな。
オレは小さく溜め息をつきながらレヴァンティンを握りしめる。
何で侵入者が隼丸を求めていると思ったんだ?
オレはレヴァンティンに尋ねる。もしかしたら、偶然、その道を進んでいるのかもしれない。
『マスター。私が調べた情報を覚えていますか?』
忘れるわけがない。レヴァンティンがその情報を持ってきたのは今朝方だ。想像通りの情報だと思っていたら、実は想像以上にややこしい事態になりかねない情報でもあった。
施設について調べたい気持ちがかなり強かったから考えないようにしたけど。
覚えているさ。でも、あれが、
『この施設の見取り図が、ある機関の最重要機密にあった何の注釈も存在しない見取り図と同じだったなら?』
『えっと、説明をお願い』
理解出来ない亜紗が尋ねてくる。亜紗は両手に綺羅と朱雀を握りしめていた。少しずつ通路が狭くなっているので七天失星から綺羅と朱雀に変えたのだ。
オレは少しだけ考えてから亜紗に説明する。
レヴァンティンに『悪夢の正夢』関連で調べて欲しいことがあったんだ。それを頼んでいたんだが、とある機関で関連の情報が見つかってな。
『国連から見つかったの?』
その言葉にオレは足を引っ掛けて転けそうになった。というか、国連なんて文字は一つも出していないぞ。
『今まで不思議だった。『悪夢の正夢』達の動きは大規模すぎる。クスリに絡んでいるからと言って、シェルター内の隠し通路を使ったり、『GF』の庇護下にある学園都市内部でケリアナの花を使ったりするのは小さな組織ではありえない。バックに大きな組織が存在する』
確かにそこまで考えることは出来るはずだ。実際に、『悪夢の正夢』達のバックには何か巨大な組織があると学園都市の『GF』も気づいている。でも、その巨大な組織がわからない。
『『GF』はありえない。学園都市の表は『GF』が支配していても、裏は、地下は特に日本政府が支配している。『ES』は学園都市と接点がない。弱腰の日本政府がバックなわけがない』
『つまり、『GF』、『ES』と並ぶ自称世界の協調者である国連というわけですね。いやはや、マスター、負けましたね』
レヴァンティンの声にオレは黙る。
オレがバックに国連がいると確定させたのは今日だ。だから、絶対に顔には出さないように、絶対に考えないように暗示に近い感じで封印した。でも、亜紗はより早く気づいていた可能性がある。
オレなんて身内を疑っていたのに。
『国連なら情報量から考えて、レヴァンティンが戦うに相応しい存在だから』
確かに、レヴァンティンのハイスペックさは委員長のハッキングすら負ける。まあ、二人が合わさったら国連の防壁なんてものの二十秒で落ちた。
この時ばかりはオレの顔も引きつったし、ちょうど遊びに来ていた慧海の顔も引きつっていた。
完敗だ。まあ、国連に見取り図があった以上、国連の関係者が狙っているのは考えられる話だよな。
国連の関係者としてなら研究者と偽って入れるはずだ。そうなれば慧海達は止めることは出来ない。
相手が誰かわからないが、実力もかなりのものだろうし気を引き締めないとダメだな。
レヴァンティン。一つ気になるんだが、どうしてそれが隼丸を狙っているになるんだ? 確かに、ここの見取り図が国連にあったのと同じものだと思うけど、それだけで国連の関係者が隼丸を狙うとは考えにくいだろ?
『確かにそうです。国連自体は隼丸を狙っている可能性は極めて低いと思います。例え、国連に、隼丸に関する資料があるとしても、隼丸はオーバーテクノロジーの武器の中で一番扱いが難しい武器です。私が知る限り、花畑孝治が一番適合した人物でしょう。それ以外にはいません』
弓と剣の二形態というわけか。
確かに、孝治はかなり珍しい剣と弓の二つを使う。普通、遠距離攻撃には杖を使うのだが、孝治は頑なに弓を使うと言った。
理由を語るなわ簡単だ。前にポツリと漏らしたのだが、武士道、らしい。
弓を扱う人物は普通に弓でしか戦えない。弓はそれだけで千差万別とでも言うかのようなその人物の特徴と幾万の使い道が出来る。だから、弓だけでも初心者は近距離戦以外はやっていける。
さらに、近距離となれば、まるで絵空事のようなアクロバティックな攻撃が可能だ。そこまでの実力に到達するのは難しくなく、鍛えれば簡単に出来るようになる。
つまり、弓だけで戦場を駆け回る方が、下手に他の武器を使うより強い。だから、弓と剣の両方を極めた人は少ないし、どちらかが疎かになる。
『ですが、隼丸という存在は極めて貴重です。そのためだけに隼丸を求める可能性は決して低くはありません。ですが、ハイリスクハイパーローリターンなことは国連はしないでしょう』
だから、レヴァンティン。お前は何が言いたいんだ? 理由になるどころか否定していないか?
『私もそう思う。レヴァンティンが何を言いたいのか今一わからない』
オレの言葉に亜紗が賛同する。レヴァンティンがどうして国連側が隼丸を狙っているのかわけがわからない。
『そうですね。もし、隼丸を狙っているのが国連側だとするならメリットが少なすぎると言いました。でも、その国連内に隼丸が欲しい一団があるなら? そして、その一団が狭間市に入っているなら? その一団が一直線に隼丸の保管位置を目指しているなら?』
『国連の思惑を超えた動きに必ずなる。これは、もしかして』
『はい。国連をバックにつけた組織の暴走。マスターはわかっているんじゃないですか? むしろ、わかったんじゃないですか?』
ああ。今、この施設に入っている奴らがどの組織かもばっちりだ。
オレはレヴァンティンを握りしめて速度を上げる。同じように亜紗も速度を上げた。
レヴァンティンの言う推測を評する理由はオレにはない。レヴァンティンの推測はレヴァンティンが調べた情報から統合したものだ。おそらく、今回、調べてもらっていた情報から抜き出した推測。
つまり、その組織は一つしかない。
『右を曲がれば保管場所です』
その言葉と共にオレ達は右に曲がった。そして、立ち止まる。
そこにいたのはローブを身につけた男女の姿。ただし、見覚えがある。
「『悪夢の正夢』に『現実回避』か」
オレはそいつらのレアスキルを呟いた。シェルター内で出会った二人と同じ姿。その言葉に『悪夢の正夢』が笑みを浮かべる。
「正解だ、海道周。それにしても早かったな。エンペラーを倒したのか?」
「当たり前だ。あんな機械にオレ達が止められるわけがない」
エンペラーはこいつらに従っていたわけじゃないから認識を攪乱してやって来たのだろう。オレ達は倒したというのに。
オレはレヴァンティンを握りしめる。握りしめた手が汗で湿っている。
緊張している。珍しく、相手と話すことに緊張している。
「しかし、遅かったな。すでに隼丸はこの手だ」
「あんたらが隼丸を狙っていたとはな。目的は何だ!?」
「愛娘へのプレゼントよ」
『現実回避』が答える。その言葉にオレは全てを理解した。頭の中でバラバラだったパズルが組み合わさっていく。あらゆるものが一つになる。
オレはレヴァンティンを握りしめて構える。これ以上はさせない。
「そうかよ。だったら、今ここでお前達を倒す」
「いいのか? 戻らなくて? 今頃、外では幻想種が、君達の仲間はフュリアスが襲っている。全滅しかねないぞ?」
『悪夢の正夢』が笑みを浮かべた。確かに、普通ならかなり危険だろう。でも、それは通用しない。
「なあ、最強のフュリアス、エクスカリバーって学園都市からここまで何分で来れるか知っているか?」
そんなことはすでにお見通しだ。何かあった時のための準備はすでに知っている。『悪夢の正夢』達がここにいたのは完全予想外だが、関係者が襲ってくるのはいくらでも考えられた。だから、すでに布石は打ってある。
「並のフュリアスじゃ、瞬殺されるぜ。だから、オレ達はここでお前達を捕まえる。ただそれに全身全霊を注ぎ込むだけだ!」
「生意気な。どこでそんな育ちをした」
「悪いが、あんたらとは違う育て方をされたんでね。一応言っておく。武器を捨てて投降しろ。さもなくば、気絶させてでも捕まえる!」
隼丸の持ち主に関しては最初の構想と違っています。最初は孝治が持っている予定でしたが、運命を持っていた以上、隼丸は持たせない方がいいと判断しました。この結果が良かったのかは私にはわかりません。全て、読者の皆さんが決めることです。
まあ、上手く利用出来たとは思っていますが。