第九十八話 状況説明
狭間研究所の入り口。それは小規模な地滑りによって見つかった場所だった。
その近くには看板やらフェンスやらが立てられて普通は入れないようになっている。ただ、出入りは激しいため誰にも気づかれずに入ることは難しくない。
オレ達、オレと亜紗、そして、メグに俊輔の四人はそのフェンスの内側に入る。
外側から見ていても思ったが、本当に奇妙な光景だ。国の研究者やら警察やら『GF』やらが集まっている。しかも、仲悪く。
国としては『GF』に手柄を盗られたくないと思っているのだろうが、現場の主導権を握っているのは完全に慧海だ。
オレは小さく溜め息をつきながら慧海に近づいた。
「相変わらず、名声だけは大きいみたいだな」
「おっ、ようやく突入班が到着か? 半数くらいいないみたいだけど」
慧海が白銀の騎士甲冑を身につけたまま振り返ってくる。
まさか、慧海の奴がそんな高級品を引っ張り出してくるなんて思いもよらなかった。
「里帰りやら体を温める目的で街まで走りに行っている」
「なるほどね。で、その子が新しい隊員?」
「北村恵。こいつがかの有名な『無敵』の英雄善知鳥慧海」
「第一特務隊長で、元『GF』総長の?」
メグの顔が引きつっているのがわかった。まあ、無理もない。
だって、オレが慧海と敬語関係なく話すのを初めて見た人は必ず口を開けてポカンとするし。
慧海は白銀の騎士甲冑を軽く叩いた。
「にしても、威厳を高めるためにこれ着てるけど、暑すぎてどうにかなりそうなんだが、周、どうにかできねぇ?」
「知るか。それより、中の様子は?」
「まあ、これを着ているからわかるだろ」
慧海がそう言いながら白銀の騎士甲冑をコツコツ叩く。
それだけでオレと亜紗は中で何があるか何となく理解した。そして、顔が引きつるのがわかる。
「慧海、お前はオレらを殺すつもりか?」
「まあ、障壁甲冑を着ているのを見たらわかるけど、罠の知識なかったら即死級が多いな」
障壁甲冑。
戦闘服の最上位であり、文字通り、ミスリルという物質が作られている。
ミスリルは魔鉄の魔力含有率が鉄本体の重量の60%を超えたもののことだ。ちなみに、専用の装置か職人がいなければまず作れない。
鉄本体に対し、同じ質量の魔力を含ませたことで出来る魔鉄はアストラル装甲と呼ばれている。イグジストアストラルの装甲だ。そんなもの、今の技術で作れるわけがない。
つまり、障壁甲冑は作製可能な装甲の中で最も高価で最高の防御力を発揮する。
そんな障壁甲冑を着ていないと駄目だなんて、『天空の羽衣』で対抗しろというのかよ。
「いやー、本当に死にかけたよ。まさか、トラップの中に底なし沼があるなんて」
「はぁっ、それはお前が障壁甲冑を着ているからだろ」
慧海の声にオレは溜め息と共に言葉を吐く。
障壁甲冑は重い。アストラル装甲はさらに重い。防御力が高い分、重さが桁違いだからだ。だから、障壁甲冑を着ている相手に対し水攻めはかなり有効だったりもする。
慧海には効かないが。
「トラップの内容は?」
「落盤トラップ、地雷トラップ、毒ガストラップ、はない」
その言葉にオレは安心したように息を吐いた。
「ただ、人並みの大きさをしたフュリアスがいる」
「明らかにトラップより質が悪いよな? そいつの能力は?」
「硬い」
そう言いながら慧海はその手に槍を取り出す。それを見ながらオレは絶句していた。
二の句を継げないオレに対し、亜紗がスケッチブックを開く。
『地の槍で貫けない?』
「ああ。防御力という点じゃ、イグジストアストラルと同じアストラル装甲を使っていると言ってもいいだろうな。まあ、攻撃手段から考えて、聖骸布は使える。まあ、入り口にいただけだからな、他は同じタイプかわからないけど」
「おいおい、オレ達にどう戦えと」
「一見不可能な相手を倒すのがお前のお家芸だろ?」
その言葉にオレは肩をすくめるしかなかった。それを言われたらどうしようもない。
気になるのはいくつかある。だけど、それを証明するのは一生出来ないだろうから難しい命題だ。
オレは小さく溜め息をついた。
「オレ達の突入時間は今から三時間後。そこまで他の奴らを食い止められるか?」
「それくらいならな。問題としては、数の差によって突入されるかされないかだ。安全を確保するにはお前らが突入してからじゃないと難しいし」
「だろうな。とりあえず、休める場所でも」
「それなら」
慧海が指差した先には建物がある。真新しい建物だ。
見た目はビジネスホテル。しかし、そこにはこう書かれていた。
“カップルのみ歓迎”
オレの踵が慧海のこめかみを直撃していた。
「何であそこにラブホテルがあるんだ?」
「必要だろ?」
こめかみを蹴り抜いたはずなのに相変わらずピンピンしている慧海。こいつの体は浩平並みか。
「んなわけあるか」
「お前らだって休憩しに行くんだろ? 料金は三時間3000円。安いぜ」
「需要ないだろ!?」
あんなところにカップルのみ歓迎なんていうホテルがあったならあっという間に潰れるだろう。
それほどまでにありえない場所にある。
「ちぇっ、ジョークの通じない奴らだな」
慧海はそう言いながら指をパチンと鳴らした。それと同時に看板やら何やらが外されていく。
そして、そこにあった文字はレストランレノアだった。
名前に強烈な違和感を感じるが、あの人ならやりかねない。レノアさんは慧海以上に謎の人だし。
「わかった。とりあえず、軽く飲み物でも行こうぜ」
レストランレノア。
従業員の話によると、一ヶ月間限定のレストランらしく、値段は儲けることを考えていないくらいに安い。
ただ、誰もが困惑するだろう。
レストランレノアは基本的に座敷だ。座敷に卓袱台とどう考えても日本を意識している。そこまではいい。
レストランの内装は極めてよく、座敷も掘り炬燵のように正座をするような作りになっているのは少ない。さすがに外国の研究者もくる以上、こういうタイプにしたのだろう。
だけど、だけど、メニューだけが納得出来ない。どうして日本料理がなくて豪快な肉料理やカロリーの高そうな飲み物しかないのだろうか。コーヒーだけは許す。
軽食の欄にあるフライドポテトにいたっては、
アメリカンサイズ。スーパーアメリカンサイズ。エベレストサイズ
と三種類ある。怖くて頼めない。
オレらはコーヒーを注文して座っていた。
「とりあえず、質問がある奴は?」
「では、俺から行こう。障壁甲冑の防御力は噂しか聴かないが、その噂通りだとしたなら施設内はかなり危険ではないか?」
俊輔の声には心配してくれている色が混ざっている。こういう奴がいてくれるだけでもかなりありがたいからな。
オレは軽く肩をすくめた。
「障壁甲冑には短所も長所もあるからな。まあ、トラップに関してはオレやレヴァンティン、アルがどうにかする。次」
「内部構造とかわからないの? ほら、無駄に高性能なレヴァンティンだったらわかりそうじゃない?」
メグの考えはわかる。でも、それがわかっていたならこんなに苦労はしていない。
『さすがに私はそこまで高性能ではありませんよ。私は最強のデバイスではありますが、そこまで無駄に高性能ではありません』
「自惚れられるほど高性能だもんな。次」
『おやつ食べていい? エベレストサイズを』
「止めてくれ」
お前は少食だろうが。
「まあ、状況把握をするには時間がかかるだろうな。施設内の危険性は極めて高いから独断行動を慎むこと。メグ? どうかしたのか?」
メグはオレの話を聞いていなかったのかポカンとしていた。そして、首を横に振る。
小さく呟いてはいるが声は聞こえない。でも、その唇の動きは、
そんなはずはない?
「メグ?」
「ひゃい?」
変な声を上げてメグがオレを見てくる。オレは小さく溜め息をついた。
「どうかしたのか?」
「えっ? あっ、うん。他人の顔をお兄ちゃんに見間違いかけて。ありえないのにね」
確かにありえない。メグの兄はもう死んでいる。だから、ありえない。
「もう少し周には状況説明をして欲しいな、なんて。周なら色々知ってそうじゃない?」
「賛成だ」
「わかった。これはアルから聞いた話なんだけどな」
オレは口を開く。今の状況と施設の状況を分かる範囲で説明するために。